第二節 協心 (1)

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 人形からの応答が途絶える。どうやら破壊されたようだ。

対象は1部隊によって拘束されていた。JSOの保護下に入ることは、まず間違いないだろう。

あとは、彼が実働部に入るという選択をしてくれれば、手間がかからないのだが。

足音が近づいてくる。

「よっ、一希かずき。おつかれさん。」

「勝手に弄らないでください。」

機器に触れようとした男を制止する。

「悪い悪い。どうだった、1部隊の2人は?俺も見たいんだけど。」

「どう、とは?」

録画を再生し、聞き返す。

「カッコよかったー!とか、大したことねぇなぁ、とか?」

「特には。今回の目的は1部隊員の解析ではないので。新たに得た情報はありません。」

「クールだねぇ。おっ、自然な連携だな、今の。じゃあさ、一希。勝てる?あいつらに。」

男を見る。挑発的だが、底の見えない不気味な目だ。

「もし相対することになれば、勝ちます。父上がそれをお望みならば、なんとしても。」

「相変わらずパパ大好きなこって、羨ましー!」

左肩が重くなる。男の肘が乗っていた。

「どけてくだ」

「勝てないよ、お前。」

威圧感のある声に、思わず息を呑む。

「一希、お前は決して弱くない。でも今のままじゃ、あいつらには勝てない。」

「それなら、もっと努力すれば」

「違う違う、お前は足りてないんじゃない。余計なものを持ってるんだ。それが邪魔して、本来の力を出しきれていない。」

「余計なもの?なんですか、それは?」

「そう不安気な顔するなって。俺がパパに怒られるだろ?焦らなくていい。どうせあの青年が現場に出てくるまで、しばらくかかるんだ。それまでに、自力で答えを出してみろ。」

男は肘をどけ、部屋を出て行こうとする。

「あ、1個訂正。足りてないわけじゃなくはない。あれ、合ってるか?つまりは、全力出しきれば勝てるかって言われても分が悪いから、どっちにしろ頑張れよ。んじゃ、おつかれさーん。」

足音が遠ざかる。

分が悪いことは、自分でもわかっている。相対してみなければわからないとは言うが、おそらく、今のままでは……

〝余計なものを持ってるんだ。それが邪魔して、本来の力を出しきれていない。〟

思い当たる節はない。いったいなんだ?鍛錬を続ければ、自ずとわかるものなのか?

空になった対面の席を見つめる。

それでも、俺は勝つ。勝たなければいけない。父上のためにも、自分のためにも。



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 JSOに保護されてから、2週間が経とうとしていた。最初の1週間はあの病室だったが、今は他の職員と同じく、別棟の1人部屋が割り当てられている。

JSOに入ると決めてから、大量の手続きに追われた。母さんの葬儀も終え、家の処分もしている。職員の人たちがあれこれ面倒を見てくれているから、比較的スムーズに事は進んでいると思う。

 部屋で書類を整理していると、通信機から電子音が鳴った。まだ貰ったばかりで、上手く使いこなせていない。あたふたしながら通信を開始する。

柏木かしわぎだ。話があるから、指揮官室に来てほしい。』

「はい、すぐに行けます。」

『よろしくね。』


 指揮官室に入ると、指揮官の他に、長身の女性がいた。秘書兼副指揮官の下野しものさんだ。同行していた中期任務の報告や後処理に加え、俺の仮加入の手続きやらで、今のところ休んでいる姿を見たことがない。指揮官曰く、

〝僕も付き合い長いけど、休んでるとこ見たことないから大丈夫!〟

と。それを聞いた下野さんは手を休めることなく、指揮官の残している仕事リストを暗唱してみせた。これには指揮官も縮こまり、関係ないはずの俺ですら恐怖を感じた。

「おつかれさま。諸々の手続きは順調かな?」

下野さんがいるせいか、指揮官の机の上が、前よりもスッキリとしている。

「はい。時間のかかるもの以外は、ほとんど済みました。」

「うん、順調そうでなによりだ。今日はね、真人まことが1部隊に加入するための条件について話そうと思う。」

今の俺は、一応JSOの職員という扱いになってはいるが、仕事を与えられているわけではない。保護と監視、そしてゆくゆくは1部隊に入るため、便宜上名前が載っているだけだ。

「条件と言っても、文章で明記されているものはない。だいたいの基準はあるけどね。身も蓋もないけど、顧問からGOサインが出れば、明日からだってなれる。」

「顧問?」

「そう、今は4人の顧問がいる。1部隊に入るためには、彼らの承認が必要だ。そのおおよその条件を伝えておこうと思う。」

思わず力が入る。

いったい、どんな条件なんだろう?

「ふっ、そんなに力まなくても良い。真人の場合、既にクリアしている項目もある。」

「え、そうなんですか?」

「うん。まず1つ目、紫石しせきを宿して2年以上経っていること。真人は宿している紫石との親和性がかなり高い。幼少期から体内にあったケースと似ている。だからこの条件はクリア。2つ目、紫石に関する知識を有していること。これは少しずつ覚えてもらう。テストとかはないけどね。そもそも正しい知識がないと、紫石を正確に扱うことはできない。3つ目、成人の儀を終えていること。」

「成人の儀?」

「そう。紫石の宿主として認められるための儀式、剣術をメインとした試験だ。通常は、紫石を引き継ぐ子を、紫石の宿主である親が見定める。これをもって紫石と次期当主の座は親から子へ、親はその家の当主となる。」

「じゃあ1部隊は全員、次期当主ってことですか?」

「まぁ、そうだね。そう思ってくれて良い。」

指揮官が言い淀んだのが気になった。

例外もいるのだろうか。

「だが、真人の場合は特殊だ。そもそも既に紫石を宿しているし、見定める〝親役〟も決まっていない。前例はあるんだけど、3つ目は協議中だ。なんにせよ、真人が1部隊に入るためには、あの面々と同じく戦えるようになる必要がある。」

「1部隊と、同じく……」

できるのか、俺に?

「不安かい?」

「はい……」

「無理もない。彼らは幼い頃から、紫石を継ぐ者として鍛えられてきた。2週間前までの君とは、まったく違う世界で生きてきた。そんな中に放り込まれるんだ。不安で当然。でも、それでも進むと、決めたんだろ?」

そうだ。これは、俺が選んだことだ。きっかけは最悪だった。わけもわからず、大切な人を奪われた。今までの生活にも戻れなくなった。選択肢は多くなかった。それでも、1部隊になると選択したのは、俺自身だ。

「はい!」

「いい返事だ。条件をクリアするために何をするべきか、細かいところは間沙まさに任せてある。ただ……そのー、一応ね?どんな感じなのかなーって、内容を聞いたんだけど……あははー……」

困ったようにまごつく口元とは裏腹に、指揮官は凄まじく笑顔だ。追い込まれると逆に笑えてくる。そんな状態に似たものを感じる。

「どんな、感じなんでしょう……」

「普通は、小さい時から剣術と知識を教え込まれて、13歳で成人の儀、15歳でJSOに仮加入する。」

「そんなに早く!?」

「ん?あぁ、そうだね。まぁ年齢そのものはともかく、成人の儀まで6〜7年、紫石を宿してJSOに入るまで2年と少し、現場に出る正式加入まで1年。間沙のプランだとそのおよそ10年を、2年でやるつもりだ。」

「に、にねん……?」

2年で間沙たちと同じレベルに?なれる気がしない。

「まぁ最短でね。さっきも言ったけど、真人は紫石との親和性が高い。あの事件の時、君は刀の召喚を、紫石に刻まれた感覚だけを頼りにおこなってみせた。あれって、実は安定させるのに時間がかかる子もいるんだ。その紫石の持つ感覚を利用できれば、大幅に時間を短縮できるんじゃないか、って考えらしい。しかも、真人は今年で16だろ?体を成長させやすい時期だし、志さえ保てば、キツい鍛錬でも続けられる。だから〝死ぬ気でやればなんとかなる〟っていうのが間沙大先生の意見だ!」

「なんで最後の最後でそんな脳筋なまとめに!?大丈夫なんですか、そのプラン!?」

「大丈夫だって!間沙はたまにこういう突拍子もなさそうなこと言うけど、できないことはできないってちゃんと言う子だから、できるって言ってるってことはできるんだよたぶん知らないけど!」

「なんか投げやりになってない!?」

「というわけで!訓練は明後日から開始できるらしいよ!」

「話を聞く前とは違う意味で不安なんですけど……」

「大丈夫!うちの医療部は優秀だから!」

「危なくなること前提ですか!?」



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 指揮官からそんな話を聞いたせいで別の不安が生まれた後、集合場所と時間を伝えられた。

 修練場に入ると、誰も居なかった。始業したばかりだし、今日が休みの人もまだ来ていないのだろう。前に間沙が施設内を案内してくれた時、その時は午後だったが、結構な人数がいた。気さくな人が多く、みんな仲が良い。こんな立場だが、良い組織だと感じた。

後ろから扉の開く音がする。振り向くと、2人の人物が入ってきていた。1人は黒髪をポニーテールにした猫目の女の子。もう1人は背の高い、濃灰色の髪をもった男性。

「あんたが真人ね?」

「うん。」

仁美ひとみよ。」

「え?」

「私の名前、刈谷かりや 仁美ひとみ。」

「あ、うん、よろしく。」

握手をしようと手を差し出す。すると、なぜか俺を見て、もう1人の男性を見て、そっぽを向いてしまった。

俺、嫌われてる?なんかしたっけ?

「ほら、仁美。握手だよ。」

「別に、必要ないでしょ。」

「あはは、ごめんね真人。俺はたかむら 宏文ひろふみ。よろしくね。」

仁美に差し出した手を、代わりに宏文が握る。

「よろしく……」

「仁美のことは気にしないで、照れてるだけだから。」

「て、照れてないわよ!」

「思いがけず自分に後輩ができて、本当は嬉しいんだよね?」

「そんなことない!」

「はは、間沙や指揮官から話は聞いてるよ。初日の今日は俺の担当なんだ。基本的には1対1で相手をするんだけど、仁美はちょっと人見知りだから、ここで見知っておいた方が良いと思って、連れてきた。」

「宏文がどうしてもって言うから、来てあげたの。」

「そうそう、俺1人じゃ心許なくてねー。」

どうやら仁美は素直じゃない性格らしい。宏文は扱いが上手い。妹とかいそうだ。

「2人とも1部隊、なんだよね?」

「うん、トレーニングは1部隊が見ることになってるよ。今日は初回だから、概要だけね。それにしても、凄いメニューだねー……」

宏文が端末を見ながら苦笑している。

「そんなに、ヤバいの?」

「んー、ヤバいねー……」

「ふんっ、このくらいできないと、ダメってことよ。」

「じゃあ仁美も一緒にやる?」

「え、遠慮しとくわ……」

嫌な予感と共に、訓練の日々は始まった。

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