第一節 躓石 (4)

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「俺が、実働1部に入ることはできますか?」

総指揮官は目を瞑る。少し悲痛そうに、息を吐いた。

「どうして?」

「機械兵を、追いたいんです。」

ゆっくりと目を開き、見定めるような視線を俺に向けた。

「できるかできないかで言ったら、できる。簡単ではないが、決して不可能ではない。1部隊は実働部の要。戦力が増えるのは、純粋にありがたい。だが……」

総指揮官の作る間が、とても長く感じる。

「とりあえず、君の持っている選択肢について話す。よく聞いてくれ。」

「……はい。」

「まず前提として、君は我々の目の届く範囲で生活してもらう。理由は、君の保護と監視だ。」

「監視?」

「うん。君は紫石を宿しているにも関わらず、それを制御するための知識や技術を有していない。真人自身についてもわからないことが多い。君が紫石を使って悪さをするとは思えないが、その逆、紫石君を使って暴れ回る可能性はある。そのための監視だ。わかるかい?」

「そんなに、危ないものなんですか?」

間沙を見る。彼もおそらく、1部隊の1人だ。

「そうだね。相応しくない者が持てば、危険を齎す。紫石に限らず、強大な力というのは、そういうものだよ。」

相応しくない者……

「話を続けるね。我々の下で生活する上で、JSOに所属するかしないかを決めてもらう。もし入るのなら、部署の希望もね。どちらにせよ、君の生活はJSOで管理されることになるだろう。」

「JSOに入るか入らないかで、具体的な違いはなんですか?」

「まずは住む場所。JSOの職員は基本、住み込みだ。隣の建物で全職員が生活している。逆に職員でなければ、住むことができない。JSO管理下の別の建物に住んでもらう。次に仕事や学業。JSO以外の職に就くことは、はっきり言ってかなり難しい。もちろん、職に就かなくとも生活ができるよう、支援はする。学業については、自宅で受けてもらうことになる。外出も、この件が解決するまでは護衛を付ける。行動範囲は、1部隊がすぐに駆けつけられる場所に制限されるし……」

言葉の途中で、総指揮官がため息をつく。すまない、と眼鏡を外し、眉間に指を当てた。

「これじゃ、入る選択肢に誘導しているみたいだ。こんなことを言うのは問題かもしれないけど、入らない選択肢のデメリットが大きすぎる。僕らが嫌いだーとか、働きたくないーとかだったら別だけど。」

「いえ、俺は、JSOに入りたいです。」

「1部隊に?」

「はい。」

総指揮官は俺の目を見た。逸らしたくなるのを堪え、強い意志をもって見返す。

「そうか、それはありがたいね。じゃあ、その方向で進めよう。大変な道のりになると思うけど、頑張ってね。」

眼鏡を掛け直した総指揮官は、柔和な笑みを浮かべた。

「は、はい!」

「では、その手始めとして!」

総指揮官が立ち上がり、間沙の肩に手を置く。

「なんですか?」

「間沙、君を真人の教育係に任命する!」

え、マジで?怖いんだけど……

「……嫌です。」

それはそれで傷つく!

「指揮官命令!」

「俺より、璃奈か宏文ひろふみの方が適任だと思います。」

「そかー、真人にはぁ、紫石の扱いに長けている人が付くべきだと思ったんだけどぉ、間沙がダメって言うんじゃ、啓太けいたに任せるしかないなー!」

総指揮官がわざとらしく首を傾げる。

「指揮官、啓太をなんだと思ってるんですか。あいつだって、指導をするとなれば、変なことは教えませんよ。」

「そうかなぁ?」

「そうです。」

「ほんとにぃ?ほんとのほんとかなぁ?」

間沙は自信がなくなってきたのか、眉間に皺を寄せ始めている。

いや、単にウザいだけか。というか啓太、さん?いったいどんな人なんだ……

総指揮官の威厳の欠片もない顔と声に、間沙は観念したようにため息をついた。

「わかりましたよ……やります。」

「はい、就任おめでとう!よろしくね!指示は後でまとめて送るけど、細かいところは任せるから!」

「はぁ、わかりました。」

「真人もそれで良いかな?」

「あ、はい。」

「それじゃ、僕からは以上だ。いっぱい話したから、わからないことがあったら、この!教育係のお兄さんに聞いてね!」

間沙の表情から、苛立ちが伝わってくる。

「行くぞ、真人。」

「あ、うん。」

失礼します、と2人で総指揮官室を後にした。


 病室に戻ると、間沙の方から電子音が鳴った。端末を取り出し、操作し終えると、ベッドに座った俺に向いた。

「指揮官から連絡が来た。真人の部屋はもう用意できるそうだ。ただ、あと3日は経過観察期間として、この部屋にいてもらう。」

「俺の部屋?」

「そうだ。1部隊のいる区画だろうな。」

そっか……もう、戻れないんだ。あの家での生活には。

「指揮官も言っていた通り、ここにはJSOの職員しか住むことができない。だから、明日からの3日間は手続きに追われることになる。少なくとも、仮加入までは済ませないといけない。紫石を扱うような組織だ。仮とはいえ、加入してしまえば、脱退するのにも手間がかかる。この道から外れるのなら、今しかない。」

「もう決めたんだ。俺は、1部隊になるって。」

間沙の鋭い目が、不安そうに揺らめいた。

「〝機械兵を追うため〟か?」

「あとは、造った奴を……問い詰めたい。理由を知りたい。なんで……僕らを襲ったのか。」

「お前、やっぱり賢いな。」

間沙は軽く笑った。

「ここでの会話は口外しないし、紫石が不安定になっても、俺がいる。本音を言え。」

「……俺は──」

〝相応しくない者が持てば、危険を齎す。〟

総指揮官の言葉が、喉元に突き立っている。そんな気がして、腹の奥に押し込めていた本心。それを口にする。

「──殺してやりたい、機械兵を造った奴を。母さんが殺されなきゃいけない理由なんて、あるはずがない!」

涙が滲む。手が、声が震える。

「今の実力がどうとか、真実がどうとか、俺にはさっぱりわからない。でも、進み始めるしかない。紫石のことも、1部隊のことも、やっぱり怖い。ここで怯えて立ち止まったら、もう、歩き出せなくなる気がするんだ。だから、この道が正しいかなんて、気にしてられない。確かなのは、母さんを殺した奴が許せない、この気持ちだけだ!」

間沙は静かに聞いていた。やはりどこか、不安そうに。俺の呼吸が落ち着くまで待ち、口を開く。

「自分が立っている道が正しいかなんて、わからないものだ。振り返るその瞬間まで、望んだ結果がそこにあるのかは、誰にもわからない。」

目が合う。力強く、優しい。どこか、母さんに似ているような、そんな眼差し。

「だから、俺たちがいる。足が竦むのなら誰かの手を取れ。迷い悩むのなら誰かの背を追え。周りの声を聞いて、進んでいけばいい。」

足が、心が、少し軽くなる。

「うん、ありがとう。」

手を差し出される。それを握り返した。



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 中期任務から戻り、報告を終えて、久方ぶりの自室に戻る。

いろいろと、あったみたいだな。

間沙へと通信を入れる。

『啓太、戻ったのか。』

「さっきな。手が空いたら、俺の部屋に来てくれ。」

『あぁ、すぐに行く。』


 しばらくして呼び鈴が鳴り、ドアを開ける。

「おつかれ。」

「お疲れなのはお前の方だろ?俺がいない間に、随分と賑やかだったみたいじゃないか。」

「まぁな。」

ドアを閉めた間沙は部屋には上がらず、ドアに背を預けた。

「だいたいの話は指揮官から聞いた。出自不明の紫石と宿主、機械兵に、何か知った様子の母親。ネックだろうな。情報がないって?」

間沙が通信機を切る。

「ないはずがないんだ。宿主の母親で、機械兵に殺された。関係ない方がおかしい。指揮官も調べてるよ。」

「どこかの家の後継者争いかとも思ったが、どうもそう簡単な話じゃなさそうだ。機械兵の技術力に、個人情報の書き換え。国直属の機関にでも所属していないと、そこまではできないよな?例えば、紫石を研究している、どっかの治安維持組織とか。」

「嫌な推測だ。あり得なくもないってところが、特にな。」

「この情報量じゃ推測にもなっていない。だがJSO内、もしくは元職員に、機械兵を造った人物やその協力者がいる可能性は否定できない。探りを入れてはみるが、しばらくは様子見か。」

間沙が長く息を吐いた。

「なぁ、啓太。機械兵はなぜ、真人がJSOに保護されることを許したと思う?自分の手元に置かない理由がわからない。なぜ攫わなかった?」

「さぁな。あんな街のど真ん中で人を殺してみせる奴の頭の中なんて、知ったこっちゃない。そうだな……母親のかたきを取るために努力して苦労して、やっとのことで辿り着いた先で返り討ちにしてやった方が、奴の望むエンターテインメントとしての質が高いんじゃないか?」

「そんなものに、質も何もあるか。」

「だから知らないって言っただろ?それに、そこら辺の話をちゃんと考えなきゃいけないのはお前の方だ、教育係のお兄さん?」

「はぁ、お前に任せりゃ良かった。」

「自信なさげだな。俺も間沙が適任だと思うが。紫石の扱いに長け、剣は王道、おまけに、。ベストな選択だ。」

間沙は俺を少し睨み、ドアノブに手を掛けた。

「話は終わりだ。それと、真人の指導に関しては全員で当たった方が良い。協力しろよ。」

「邪道で良ければ。」

「邪道も王道もない。重要なのは、何を為すかだ。」

ドアが閉まる。からになった玄関に、あの男の言葉が残る。

「〝何を為すか〟ね。さすがは言葉の重みが違う。」

しかし、指揮官も意地悪なもんだ。間沙が適任なのは確かだがな。清水 真人は、親を殺され、監視され、おそらく復讐心を抱いている。そんな人間を見るんだ、悩むだろうよ。間沙自身の決着だって、まだなんだから。



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 モニターに映る青年を、目に焼き付ける。

あれが──

「〝真人〟?」

対面に座る父上の、怒りを含んだ声。モニターの向こう、人形を通して、それを女にぶつける。

「お前がその名を呼ぶことも、お前の子がそう名乗ることも……相応しくない。」

『この子は真人よ!あなたは』

「________」

女の言葉を聞かず、父上は覚醒の秘文を唱える。

「振幅増大……閾値を突破。」

操作精度がテスト時よりも悪い。興奮状態にあるからか?

「JSOの到着まで、推定20秒。」

父上の操作する人形が刀を抜き、斬りかかる。青年を背に隠した女は、けることもできず、刃をその身に受けた。

警告が出る。父上の操作が不安定だ。人形側に影響が出てしまう。

「父上、警告が──」

その先の言葉に詰まった。その目を、見たことがある。記憶の中、返り血に染まった彼は、俺ではない誰かを虚空に見ていた。

「──警告が出ています。一度、操作子体を離してください。自動操縦オン。」

父上は手足を操作台から下ろし、静かに呼吸を整えた。

「操作子を初期状態にリセット。系統誤差反転入力。マニュアル、スタンバイ。対象の安定係数、負の領域に突入。対象が刀身召喚に成功。紫石優位と判定。JSOが到着。」

父上は操作に戻らなかった。

「よろしいのですか?」

「あれの相手はまだ先だ。私の操作では、危うく殺してしまう。」

父上は席を立った。

「後は任せる。手筈通り、JSOに保護させなさい。」

1人になった部屋には、拙い剣撃の音が響く。

紫に呑まれたその目を、人形越しに哀れんだ。

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