第一節 躓石 (3)

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 総指揮官から語られた、4日前の出来事。

「そして女性と青年はここに運び込まれた。人型機械の残骸もね。何か思い出したかい?」

「……その青年が俺、ってことですか?」

「あぁ、そうだ。」

「まさか、そんな……」

思わず苦笑してしまう。

「俺に、そんな力があるって言うんですか?そんなの、あるわけない。」

「それは我々も疑問に思っている。どのようにして君に紫石が宿ったのか。ただ実際に、君の体内に紫石の反応を確認した。これは紛れもない事実だ。」

「そんな、だって……」

俺の意識は、紫石だとか力だとか、そんなものには向いていなかった。聞くまでもなくわかってしまった、受け入れ難い事実。

「女性は、どうなったんですか。」

「こちらに運び込まれた時に、死亡を確認した。胸部から腹部にかけての切創が原因の、失血死だ。ご遺体は、この施設内に安置してある。」

母親はこの施設内にいる、璃奈はそう言っていた。

「……母さんに、会わせてください。」

「わかった。間沙、案内を頼むよ。」


 部屋から出て再び3階に戻る。長い廊下の奥まで進み、間沙は扉を開けた。

「俺はここにいる。何かあれば声をかけろ。」

間沙の言葉を聞き流し、部屋の中に入る。狭く薄暗い、寒い部屋の中央に、ベッドが1つある。そこには、1人の女性が横たえられている。

顔を、見た。その女性は、ずっと俺を支えてくれたその人。たった1人の家族。いつも笑顔で、温かい母親。

「どうして……」

掠れた声とともに、涙が落ちる。

どうして、母さんは殺された?

俺の疑問に母親の姿が答えるように、記憶の靄が散っていく。

……思い出した。母さんと、買い物に行ったんだ。交差点で、背後から声がした。あいつは、誰だ?怖くて、俺は動けなかった。でも……?

胸が騒つく。

……でも、そうだ、声がしたんだ。身体の内側から、響くような声。その声が、俺に言った。あいつを──

途切れ途切れの不鮮明な映像が、頭の中を駆ける。

あいつを──

〝──!〟

「おい、」

背後から声を掛けられる。あの時と状況が重なり、心臓が跳ね上がった。

「大丈夫か?」

「俺は、どうなってるんだ?」

「さっき話された通りだ。」

「なんで母さんは殺された?」

「それはまだ」

「あいつは!」

気付けば、間沙に掴みかかっていた。

「あいつは誰だ!?」

間沙は答えず、冷静なままの目で俺を見た。その眼差しが、さらに俺を焦らせる。

「人型の機械だったか?だったらそれを造った奴が居るはずだろ?どこにいる!?母さんを殺した奴は!」

視界が歪む。頭が痺れる。息が苦しい。

「知っていれば、とっくに俺たちが向かっている。それに、お前がそれを知ってどうする。」

「そいつを殺してやる!」

「お前には無理だ。」

「この……っ!」

苛立ちのままに拳を振るう。自分を止められなかった。

間沙の視線は、さして動揺もせずに俺の動きを的確に追い、難なく拳を避ける。腕を掴まれ、体の勢いもそのままに、壁に押さえつけられる。

「くっ……」

「冷静になれ、真人。」

壁の冷たさと間沙の声が、心拍と思考を宥める。呼吸が落ち着くと、身体が震え始めた。

直前までの自分の言動が怖しい。自分じゃないみたいだ。

「……真人。紫石には、闘争に関する感情を増大させる性質がある。だから今の感情は、お前の心そのものじゃない。」

間沙が拘束を解く。

「ただ、その元になっているのは、お前が感じているものだ。紫石は感情を増大させるだけで、生み出すことはないからな。」

「ごめん、俺……」

「この状況ならしかたのないことだ。気にしすぎるな。」

「俺は、どうすればいい?」

「それは指揮官と話し合った上で、お前自身が決めろ。話の続きは明日以降でも構わないそうだ。とりあえず、今日は休め。」


 間沙に連れられ、病室に戻る。食事を断り、ベッドに倒れ込んだ。

目を瞑る。4日前の記憶の欠片が、頭の中に散らばっていた。それらを繋ぎ合わせれば、総指揮官から聞いた話が、やはり自分の身に起こったことなのだとわかる。思い出しても、わからないことだらけだ。

どうして、こんなことに?母さん……

零れた涙に、応える声はない。



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 間沙と共に、総指揮官室の前に来た。昨日の話の続きを聞き、俺の思い出したことを話すために。

ノックと返答の後、中に入る。

「おはよう、真人くん。」

「おはようございます。」

昨日と同じ場所に座る。

「さて、さっそく話の続きをしたいんだが、その前に真人くんの……んー、変な感じだ。」

「変?」

「呼び方だよ。1部隊の子たちには〝くん〟なんて付けないからね。君はJSOにすら入っていないけど、どうしても似ていて。」

「呼び捨てでも、俺は大丈夫ですけど……」

「そう?いやぁ、ありがたい。」

後ろの間沙が呆れたように総指揮官を見る。

「何か言いたげだね、間沙?」

「別に。未だにその回りくどい手口を使うんだなと、思っただけです。」

「よく覚えてたね、間沙。」

「いいから続けてください、柏木。」

「それじゃあ改めて。まずは真人が思い出したことを話してくれるかな?」


 頭の中にある光景を、少しずつ言葉にして伝えていく。苦しい作業だった。何度も言葉を詰まらせ、得体の知れない衝動を抑え込んだ。


 話し終えてから、総指揮官はしばらく考え込んだ。

「話してくれてありがとう。今の話で特に気になる点は3つ。1つ目、真人が刀を召喚できたこと。2つ目、人型機械が君たち親子を知っているようだということ。3つ目、〝真人〟という名前。君に説明すべきことを交えながら、これらのことについても質問させてほしい。大丈夫かい?」

「はい、大丈夫です。」

「順に行こう。まず1つ目、刀の召喚。真人、紫石について知っていることは?」

「〝紫石〟って、1部隊の人たちの体内にある石、ですよね?」

「そう、君にもね。」

「今でも信じられませんけど……それが体内にある人は、身体能力が上がる。あとは、刀を、紫に光る刀を、何もないところから出せる。あとは……感情を、増幅させる?」

「最後の、感情を増幅させるって話は、どこで聞いたの?」

「え、間沙が……」

「俺が昨日話しました。」

「もー、ダメだよ?機密事項なんだから。」

「すみません。」

「それで、真人は今回の事件以外に、刀を召喚したことは?」

「ありませんよ。」

「君の様子からしても、こっちで調べた感じでも、真人は何も知らずに紫石を宿していたということだね。まずは紫石について話そう。さっき答えてもらった通り、1部隊が宿し、彼らの高い身体能力を支えているのが紫石だ。また、石がもたらす能力の1つとして、刀の召喚がある。君は〝何もないところから出せる〟と表現した。それは少し違う。つまり、真人は仕組みをわかっていない上で召喚したことになる。その時のこと、覚えているかい?」

「なんか……何も意識してなかったです。当たり前に持ってた、みたいな。」

「うん。刀を召喚した時、君は紫石に呑まれた状態だった。紫石には過去の宿主の記憶、といっても、体験をそのまま覚えているわけではないんだけど、感覚的なものが引き継がれることは珍しくない。つまり刀を召喚できたのは、紫石に刻まれた感覚に従ったからだ。」

「あの声は、紫石のもの、ってことですか?」

「んー、それはちょっと違うかな。あの声は君のものだよ。特定の感情が増幅される話は、間沙にしてもらったんだよね?」

「はい。」

「それと同じ。君の心の声が増幅されたものだ。君の制御できる域を超えたから、自分ではない誰かのものに思えたんだろう。」

「俺の声、ってことですか?」

「増幅はされているけど、そういうことだ。〝声〟が聞こえるほどの状態であったのなら、紫石が覚醒していたってことになる。人型機械が、なにか謎の言葉を発していたんだよね?」

「はい。でも、なんて言ってるかまでは、聞き取れなくて……」

「それはおそらく秘文だ。紫石はそれによって覚醒した。真人を搬送している間に、間沙が君の紫石を診たんだが、封印が解かれた状態だったそうだ。今は簡易の封印をしてある。覚醒は比較的容易たやすくできるが、正式な封印は簡単にできるものじゃない。つまり、紫石について熟知した者が封印を、君の知らないうちにおこなったというわけだ。こちらで真人について調べてみたが、気になる情報はなかった。ここまで質問は?」

「……ないです。」

「少し情報量が多すぎたかな?」

「はい……」

「覚えていなくても大丈夫だ、今はね。君の紫石を封印した誰かがいて、人型機械が覚醒させたってことだけわかればいい。」

「わかりました。」

「2つ目、人型機械が、真人と君の母親を知っていたこと。君の紫石が封印されていたことと、事件の様子から推察して、君の母親は紫石を扱う家となんらかの関係があった可能性が高い。こちらも調べてはみたんだが、その手の情報は出てこなかった。」

「関係ない、ってことですか?」

「いや、真人のことを調べた時点でも思ったが、何者かに素性を書き換えられたと考えている。」

「書き換えられた?」

「うん、そこは更に調べる必要があるだろうね。質問は?」

「紫石を扱う家って、なんですか?」

「紫石の宿主は基本的に、自分の子へ紫石を引き継がせる。だから、1つの紫石を同じ血筋の者たちで管理することがほとんどだ。でも、違う血筋でも紫石を宿した例がある。つまり今ある情報からでは、真人の紫石が、君と血縁関係のある人物から移されたものかどうかは、わからないんだ。他には?」

「大丈夫です。」

「紫石の家系については、説明のために必要なところだけを話している。いきなりすべて聞かせても、ややこしくなるだけだからね。そのややこしいかもしれない3つ目、君の名前だ。真人は自分の父親について、何か知っているかい?」

「俺が生まれてすぐに病死したって。それ以外は、何も。」

「うん、こちらで調べた情報でもそうなっている。やはり目立った点はないが、こちらも書き換えられている可能性が高いね。さっき、親から子へ紫石を引き継ぐと言ったけど、他にも継ぐものがある。それが名前だ。」

「名前?」

「正確には漢字の一字だね。だが、君とご両親に共通した文字はない。偽名の可能性もあるから、君の紫石が誰から移されたものなのかは、やはりわからない。君の名前に、人型機械、その向こうにいる人物は、嫌悪感を示した。もしかしたら、その紫石と名前を君が継いだ時に何かが起き、それが、機械兵を造った人物の動機なのかもしれない。」

「〝機械兵〟……それが、あれの名前ですか?」

「うん、呼称がないと不便だろ?なんの捻りもないけど、僕らには他に考えなきゃいけないことが山積みだ。」

あの日の光景が、また繰り返される。

刀を持った白服。振り下ろされる刃。赤く染まった体。

「いいかい、真人。その考えなきゃいけない最優先事項は、君の安全だ。彼らの目的はわかっていないが、君と、君の母親が深く関わっていることは、ほぼ間違いない。君の安全を護るのも、紫石の管理者を支援するのも、機械兵の製造者を炙り出すのも、僕たちの仕事だ。今後のことなんだが、」

「あの!」

「なんだい?」

眼鏡越しの総指揮官の視線に、少し尻込む。これから言おうとしていることも、その根底にあるものも、すべてを見透かされているような目だ。

ひと呼吸置き、口を開く。

「俺が、実働1部に入ることはできますか?」

俺は、母さんがなんで殺されたのか、自分の目で確かめたい。大切な人が抱えていたものを、確かめなくちゃいけない。

そのために俺は、機械兵の向こうにいる奴を──


〝──!〟

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