第9話
ドン、ドン、ドン。
巨大な風船でも破裂したかのようだ。
花火の音である。
何か祭りかイベントでもあるのだろうが私たちは誰も気にしていない。
品川に住んでいるとこういう音にも無頓着になってしまう。観光客向けの祭典の類は日常的だからだ。研究所の中で何かの実験が行われるのが珍しくないのと同じことである。
四人の男女と一匹の獣が集まっていた神聖な実験室の中は花火の振動の下で静かだった。
「私たちは出ていましょうか?」
気を利かせたつもりで私は仁科研究員にそう言った。私と諏訪吉沢研究員の三人の目があっては彼もどうだろうと思ったからである。仁科研究員は反って不満そうに首を振った。
「いえいえ、ちゃんと人がいてくれないとこの実験の公正さが疑われてしまいます。それに見てもらった方が俺も燃えますし」
ひょうひょうとした顔でそう言う仁科研究員はすでに白衣を脱いでいた。
実験台の上では「M136」が手足を伸ばした大の字の形で固定されていた。「M136」は白いスモックを身にまとい、両手首と両足首、それに首の五ヶ所が拘束されていた。今しがた麻酔から醒めた所で、時々身じろぎし、左右を見やって、獣の唸り声を低く上げていた。
「それでは実験を開始します」
仁科研究員は実験台の傍らに立って厳かに言った。どこか芝居がかった風なのはこの男のいつもの調子である。
「この開始の始という文字には女偏が付いています。これは女性としての行為のおこり、つまりはじめて胎児を孕むことを意味するものです。生き物として全ての始まりであります。大変に厳粛な行いであり、私も科学者の一人として身が引き締まる思いです。精一杯頑張らせて頂きます」
「君がそういうことを言うとふざけているように聞こえる。早くやれ」
吉沢研究員が顔をしかめてそう言った。日頃温厚な吉沢研究員であるが、今回の実験内容にはいささか呆れた思いも隠せないようである。もう一人諏訪研究員はいつものように控え目で感情はほとんど面に表わしていない。暗い性格なのかと思われるかも知れないがそうではなく彼女には独特の温かみがある。人間的魅力という点では私などより遥かに上の人だろう。きっと誰からも愛されて……おやいけない、また彼女に嫉妬してしまう所だった。私を合わせた三人は部屋の隅の椅子に並んで座った。神聖な実験の立会人としてである。
「まずはこれです」
シャツとズボンの軽装をした仁科研究員が手にしたのは哺乳瓶だった。中には赤い液体が満々に入っていた。
「この私の血が入っています。かっきり200CC。まったくこの子には血を上げてばかりで、この私めはすっかり貧血です。まあそんなことはいいのですが、この血液、皆さんご存じのように人間の血液は新生物を酔わせる効果があります。最初にこれを飲んでこの子には少々いい気分になってもらいましょう」
仁科研究員はニヤニヤとした目で実験台の上の「M136」のおかっぱ髪の顔を見下ろした。獣は憎々しげな目をして仁科研究員を見上げ唸り声を漏らした。
「まったくお前は見れば見るほど可愛いなあ。さあ今ごちそうを上げるからね」
言いながら仁科研究員は「M136」の黒髪を撫でて、そしてその口元に哺乳瓶を近づけ、ほんの二三滴だけ自らの血液をその愛らしい唇に垂らした。「M136」は目を見開いてその赤い液体を舐め取った。
「どうだ、うまいだろう? いっぱいあるからな、ゆっくりと飲め」
若い男はもう一度自分の血を獣の唇にボタボタとこぼした。「M136」は桜桃のような唇を開いて、その液体を口腔に直接受け入れた。白い喉が波のように動いた。仁科研究員が冷たく笑った。
「いい子だ」
仁科研究員はまだ半分ほど入った哺乳瓶を脇に置いて……そして「M136」の着ていた白いスモックの胸元のボタンをゆっくりと外し始めた。全部で五つあるボタンが外されて、果物の皮でも剥くようにスモックの前が左右に開かれた。
息を飲むような清純な裸身が露にされた。
肉体の中心部にある陰毛はふさふさと立ち上がって、若さと生命力の象徴であるかのように黒々と盛り上がっていた。
「きれいだよ××子ちゃん」
仁科研究員は「M136」の人間時代の名を呼んで、その白い腹を指先で撫でた。私がつい三日前に切り取った双の乳房はすっかり再生されていた。予想されていたこととはいえ私は少し動揺していた。その若い乳房の美しさに対してである。
どこか悪魔的な笑みを浮かべながら仁科研究員は実験台の上に拘束された若い獣の肌に指を這わせた。片方の手が子宮のある下腹部を撫で、片方の手が可憐な乳首を摘み上げた。指先で乳首をひねると「M136」の喉から小さな呻きが漏れた。
「ほうら気持ちいいだろう? これからもっと気持ちよくして上げるからね。君は初めてだから戸惑いもあるかも知れないけれど受け入れないとダメだよ。そうして君はもっと深い喜びを知ることが出来る。本当の女になるんだ。君は少女から女になって、そうしてその先に輝かしい次世代の命が生まれる。永遠へと続く行いだ。どうだい、素晴らしいとは思わないか?」
仁科研究員は薄ら笑いを浮かべつつ「M136」の二つの乳首を弄んだ。時に軽く触れて、時に強く握り潰す。また「M136」が低い声を漏らした。
実験室の温度が急に高くなって来たような気がした。私は椅子に腰掛けたまま、いつの間にか自分の黒いフレアスカートの裾を強めに握っていた。暑さのせいか、私は喉の渇きを覚えて、無意識的に生唾を一つ飲んでいた。
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