第20話 ガトリングおぢさん?
『残り人数、13人です』
シオンの小型のイヤフォンからPhantom-ereaMがアナウンスをした。
「13人か。一気に減ったな」
シオンは少し驚いた顔を浮かべる。
先ほどから爆撃や銃声が町全体に響き渡っている。
時間がたつごとにその勢いは激化していき、現在で9人の脱落者が出た。
参加者はいたるところに設置されっている補給武器を用いて武装しているが、シオンは巡り合わせが悪いのか、いまだ手に入れていなかった。
「これじゃろくな戦闘もできずにやられて終わりそうだな」
せめて短剣一本、銃一丁のどちらか手に入れたかったシオンは、高層ビルに赴く前に数軒家に入って探索した。が、しかし、他の誰かが来た後なのか、芳しくない成果しか得られずただいたずらに時間を浪費しただけであった。
今いる二階建ての家も荒らされた形跡はないものの、武器となりそうな獲物は落ちていなかった。
しかたなくシオンは一階に降り高層ビルに向かおうとする。
「ん?」
窓の下に人影が見えたような気がした。
シオンは態勢を低くし、気づかれないよう気配を殺して様子をうかがう。
「あれは……子供か?」
捉えたのはまだあどけない顔つきの少年である。
服はところどころ破け、くすんでいる。
目には大粒の涙をため込み、今にも泣きだしそうな雰囲気を醸し出している。
しかし、シオンは違和感を感じざるを得なかった。
最初のこの試験が始まる前、ざっとではあるが参加者全員の顔や体形は見ていた。全員シオンたちよりも体が大きく、それでいて明らかな年上だった。
唯一近い年齢だと感じたのは、扉の前で絡まれた例の五人組である。
だが、その中にも目の前の少年に該当する人物は見受けられなかった。
となれば、シオンに考えられるのは一つだけだった。
「ミスターファントム、部外者が紛れ込んでる。大丈夫なのか?」
『……部外者ではありません』
「あんな俺たちより小さい子供、参加者の中にいなかったはずだけど」
すると突然、地響きにも似た爆発音とともに衝撃波が体全体に襲う。
狙われていると思いシオンは急いで身を隠す。
隣の建物が崩壊していくが音で分かった。建物同士が近接しているため、その振動がシオンの足元にまで及ぶ。
「くっ!」
裏口から逃げるか、それともこのまま身をひそめるか、逡巡する。
不規則な衝撃音やシオンがいる家を狙って打ってないところを見るに、敵はただ威嚇射撃をしているだけなのだろうか。
そんなことを考えていると、ファントムの音声が耳に流れてきた。
『正面にいた子供はどうします? このままでは巻き込まれてしまいますよ』
「……助けにはいかない。ここら一帯が射撃されているにもかかわらず飛び出して、敵か味方もわからないやつを助けようとするのはバカだけだ。そんなことしたら敵に見つかってハチの巣にされるまでがセットだ」
『了解しました』
攻撃が止んだすきをぬって、シオンは立ち上がり裏口に向かおうとする。
しかし、窓の外の何かに気づきすぐにその足を止める。
『どうしました?』
「……さっきの話の続きだけど、いるんだよ。罠ってわかってても困ってるやつは見捨てれない正義のヒーローってやつがさ」
シオンは踵を返し少年のいた路地に面した、裏口とは真逆の窓に向かう。
やはり勘違いではなかった。そこには少年の元に全力で駆け寄る見飽きるほどに見てきた少女の姿があった。
「アイネ……!」
『まさか助けに行くつもりですか? 先ほどは助けないと言っていたのに。非常にいい判断だとワタクシは思うのですが』
「あぁ、馬鹿だよな、馬鹿げてる。でもな、ファントム、言ってなかったかもしれないけど昔俺は一度死にかけてるんだ。
その命を繋ぎ止めてくれたのはアイネとノイアだった。一度死んだこの命は二人に救われた。だったらその二人が死地に向かってたら理屈抜きに命掛けて守るのが道理ってもんだろ」
窓枠に手をかけ、二階から飛び降りる。
その時シオンの目にアイネの背後でガトリング銃を構える男が映った。
シオンは庭に着地し急いで塀を飛び越える。
そこでようやくアイネは子供の後方にシオンの姿をとらえた。
「シオン! この子助けるの手伝って!」
アイネは距離の離れているシオンに呼びかける。
その時だった。突如、救助しようとしていた子供の姿がぼやけたかと思うと煙のように跡形もなく霧散していった。
アイネは一瞬の出来事に思わず立ち止まる。それを見計らったかのようにアイネの背後でガトリング銃が起動するのが遠目にもシオンは分かった。
『
「アイネ!! 伏せろ!!」
シオンは叫ぶも、しかし悟った。
―――くそ! 間に合わねぇ!
シオンは思い出す。せめてあの時のように、カースに攻撃を叩き込んだ時のように速く動けさえすれば。
するとシオンの思いに応えるように首筋にアザが―――
熱くたぎるような感触がシオンを包む。
以前よりも激しく、しかし馴染むようにシオンの細胞を刺激する。
本能で理解できた。一度経験したことのあるシオンだからこそわかった。この感覚はセリアンスロープ特有のものである。
大柄の男はためらいもなくガトリング銃から何十もの銃弾を射出する。
「
まさに間一髪という言葉があてはまるだろう。もしくは紙一重とでもいうのだろうか。
それほどまでに極限のわずかなタイムラグも許されない状況で、シオンはアイネを抱きかかえると側路に駐車してあった乗用車の陰に飛び込んだ。
二人を追うようにしてアスファルトを削っていた銃弾が徐々に車へと標的を移す。
「あんなところに飛び込むなんて相変わらず正気の沙汰じゃないな」
シオンは背に預ける車が被弾し、激しく振動するのを感じながらいう。
「うっさい、子供が迷い込んだかと思ったの。……見捨てられないでしょ、普通。ていうか、助けてくれたのは感謝してるけど、いつまでくっついてるつもり」
「ん? お、おう、すまん」
『シオンは平静を装っていますが、心拍数上昇を確認。脳波に大幅な乱れ、同時に交感神経作用による分泌物を確認。三十分前に計測したデータと類似していることを確認。以上の結果を踏まえワタ―――』
シオンは必要な情報を全く提供しない耳障りなイヤフォンを右耳から取り外す。
「なんではずしたの」
「……なんでもない」
シオンはアイネに聞こえてやしないかと内心ヒヤッとしたが、どうやら杞憂だったようだ。
「そんなことより一旦ここから逃げるぞ」
シオンは腰を低くしながら、敵から死角になるよう移動しようとする。
しかし、それを制するようにアイネが服をつまむ。
「まって、あの人は子供を殺そうとしたのよ。いくら仮想空間だからってやりすぎだわ」
「それが奴の作戦だろ。威嚇で打ちまわして、立体映像で作り出した子供に食いつくやつを探してたんだ」
シオンは自分で解説していてふと気づいた。はたして今射撃しているガトリング銃で建物一つを崩壊させるだけの威力があるのだろうか。
「だからといって、いくら偽物でも子供をおとりに使うなんてどうかしてるわ。戦うわよ、シオン。あの人の腐った根性を叩き直してやるわ」
しかし、シオンは気乗りしなかった。
相手は顔こそよく見えなかったがかなりの大柄の男。加えて武装している。
対してシオンとアイネは何の武装もなしの子供ふたり。
―――俺一人だったらセリアンスロープの力で何とかなるかもしれないが……。
そのシオンの杞憂を感じ取ったのかアイネは不満げな表情を浮かべる。
「あら、シオン。足手まといがいるせいで戦えないとでも言いたそうな顔してるわよ」
「そりゃ、当たり前―――」
シオンは言葉を失った。
アイネの目元にシオンと同じく、形こそ違うものの、それは間違いなくセリアンスロープの証、形印コントラーが浮かび上がっていた。
「今度は足手まといにならない。私も一緒に戦うわ」
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