第19話 ノイア VS ギンガ 勃発!!
―――この世は弱肉強食だ。
弱いものは虐げられ、差別され、ゴミのように扱われる。
目の前で地面に這いつくばるノイアを見ながら、その姿をかつての自分に重ねギンガは思った。
彼の生まれ育った町は物資が乏しく、満足な食料もない。道では置き引きや強盗は日常茶飯事で喧嘩や殺しは生きるためには許される。町にはごろつきがあふれ、道のいたるところにゴミが散乱している。
子供たちは砂利の付いた食べかすを集め飢えをしのぐ。双極帝国戦争の敗戦国だったことも大きいだろう。そんな一般的なスラムなどよりもさらに低下層の人権など保障されていないところで彼は育った。
生きるために自分より弱い奴から奪った食料は、自分よりも強いものに搾取される。食料がなくてもいつHKVが発症し、死に至るかわかったものではない。
彼は毎日が生きるか死ぬかの極限状態の中でも泥水をすすりながら、這いつくばり、生き抜いてきた。
その極限で彼が見出したのは《自分がピラミッドの頂点に立つ》ことだった。
何度も地面に転がりながら、何度も血を吐きながら、何度も死にかけながら、それでもギンガは立ち上がり頂点に立ち向かっていった。その先にたとえ絶望しかなかろうと。
そして数年の時が流れ、ついにギンガは君臨した。弱肉強食の頂点に。
搾取される側から搾取する側に立場に立った。
これでHKVが発症するまでの間、頂に立ち続られるとギンガは思った。
しかし、現実は違った。
かつてのギンガと同じように自分こそが強者だと言わんばかりに襲ってくる。
昼夜、場所問わず気を抜く暇がなかった。
うんざりだった。どうせ誰も自分になど勝てはしないのに。
―――力だ。絶対的な力がいる。
誰も歯向かうものがいないほど強く、喧嘩すら、殺してやろうという気すら起きない絶対的な力を手に入れる。
ギンガはちょうそのころ電波ジャックによるサセッタの存在を知った。
新人類セリアンスロープ。
そして世界を統べようとしてる絶対王者マセライ帝国に対するレジスタンス組織。
それは彼の心を揺さぶるに十分すぎるほどの魅力だった。
『前々からマセライは気に食わねえと思ってた。分けわからんウイルスぶちまけやがって、生きたければ媚びろ、へつらえ、搾取されろってぬかしてるようなもんだろ、くそが。
手始めにまずマセライをぶっ潰す。それが終わったらレジスタンスは俺が乗っ取る。絶対的な権力、絶対的なセリアンスロープによる力。この二つを併せ持つ究極地点が俺の立つべき場所だ』
ギンガは自分を慕う数人の仲間とともにレジスタンスが拠点としているという噂の元を訪れ、セリアンスロープに無事適合した。
しかし、そこで待っていたのは何ともユルいサセッタの現状であった。
ろくに戦闘経験がなさそうなサセッタの人員。レジスタンスに参加希望するもやしのような大人たち。
極めつけはドアの開け方も知らないぬるま湯につかりきったアホ面を浮かべていた三人組である。幼いころからぼろ雑巾のように生きてきたギンガから見ると、一人はましな目をしていたが、残りの女と目の前で這いつくばっている奴にはどうしよもなく憤らざるを得なかった。
―――死を知るがゆえに生きる術を知る。絶望の先にある死を本気で体験したことがない奴らが、なに偉そうに命かけてんだ。こういう奴はすぐに死ぬか、逃げ出すか、裏切る。だったら今ここで潰しておく。
ギンガは倒れこむノイアに向けて近づく。
ノイアの視界には自分の血が滴った地面しか映っていなかったが、足音で近づいてくるのが分かった。
―――逃げなきゃ……! 逃げて生き延びないと! もう痛いのは嫌だ!!
仮想空間だというのも忘れノイアは立ち上がり、殴られた頬を抑えながら背を向けて走り出そうと力を入れた時だった。
―――……体が、動かない!?
寸刻までは自由の利いていた体が、唐突に何の前触れもなく硬直した。
まるで固まり始めたセメントに全身を突っ込んでいるかのような感覚だった。
背後から一歩また一歩とギンガが近づき、そして、ノイアの正面にゆっくりと回り込む。
まさに修羅像のごとき人相。二人の年齢はさほど変わらないにもかかわらず、その顔にできたシワの一本一本からは幾多もの死線をかいくぐってきた重みが伝わってきた。
ノイアは恐ろしさのあまり目に涙を浮かべ、唇が震えた。
その情けない顔が、より一層ギンガを苛立たせた。
ギンガはノイアの髪をつかみ宙に釣り上げ、離すと同時に拳を下から腹に叩き込んだ。
☆
「今の、どうなってるのかしら」
薄暗い部屋で椅子にもたれかかりながら眼鏡をかけた女は言う。
視線の先にはいくつものモニターがあり、そのうちの一つに周囲から開けた道路の上でギンガとノイアが映し出されていた。
長い髪の毛を指先でいじりながら眼鏡の女は、同じように隣に座り監督官役を任されているアスシランを見る。
「どうって言われても僕が知るわけないだろ? なんたって僕は女の子にしか興味ないからね」
そう言ってモニターに映る女を凝視する。
よく見れば、アスシランの周辺に映っている画面は全て女性のみで、そのすべてが何故かローアングルであった。
眼鏡の女はこめかみに血管を浮かべ、アスシランのチャンネルをすべて変えた。
その結果、画面に映し出されたのはタンクトップを着たゴリゴリのマッチョだった。
妙に黒光りした筋肉が小刻みに動く様がどの画面にも鮮明に映し出された。
「……よくない、よくないよ、アッサ。この仕打ちはあんまりじゃないか。なんで僕がこんなむさいおっさんの筋肉なんか見なきゃいけないんだ」
アッサと呼ばれた女はため息をつく。
「あのね……、これも仕事のうちなんだからちゃんとやりなさいよ」
「エクヒリッチ隊って君みたいなまじめな人いたんだね。結構、戦闘狂が多いイメージだったんだけど」
「そんなことはどうでもいいでしょ。そんなことよりさっきの映像見てもらえる」
「いや、結構だ! 男の映像なんて……」
「デヒダイトさんに言いつけるわよ」
「……男の映像なんて誰が見ないといったんだ。さあ、見せてよ」
アッサは映像を巻き戻してその映像の一部始終を見せた。
「これは、セリアンスロープとしての力を使っているのかしら」
「……もう一回巻き戻してくれ」
アッサは言われたとおりに巻き戻す。
「彼は……ギンガ君だったかな」
アッサはその一言に驚きの表情を浮かべた。
「……まさか、参加者全員の顔と名前を覚えてるの」
「あたりまえじゃないか。医療班からのサセッタ参加希望者のカルテは回ってきてるだろ?」
「ええ、それはそうだけど……。よく覚えてたわね」
「そりゃね! 昨日の夜からみっちりデヒダイトタイチョ―に監視されながら泣く泣く覚えたからね! 女の子の情報は一瞬で覚えれたんだけど、男は地獄でしかなかったよ」
「あぁ、そう……」
若干のしょうもなさはあったが、愚痴を言いながらもしっかり覚えてきているあたり相当絞られたのだろう。
アッサはアスシランに気が抜けてるのを注意したつもりだったが、実は内心気が抜けていたのは自分だったことに気づかされ、気合を入れなおす。
「それで、これどういうことかわかる?」
その問いにアスシランは腕を組み、むつかしい顔をする。
「能力に関しては実際、生で見てみないことには何とも言えないけど、間違いなくセリアンスロープの力は使ってるんじゃないかな。ほら、ここよく見てみなよ」
そう言って見せられたのはギンガが地面に這いつくばるノイアに近づく場面だった。
服が風でなびいている。
アスシランが指さしたのはギンガの肩だった。
カースを倒した時のシオンとはまた異なる形をしたものであるが、そこには確かにセリアンスロープ特有のアザがあった。
「『
「……逸材だね。カルテを見るに、おそらくだけど彼自身の根源として絶対王者という観念があるんだろうね。そこから考えると彼のモチーフとなっている生き物は―――」
「……百獣の王、ライオン?」
「精密な検査をしてみないことにはわからないけどね。だからこの現象を強引に論理づけるなら、最初の一撃でノイア君に精神的な恐怖心を負わせて、その後に耳では聞き取れないほどの超低重音のライオンの唸り声でさらに今度は無意識下にある脳の恐怖心を煽る。
脳っていうのは恐怖のキャパシティを超えると使い物にならなくなるからね。ほら、よく言うだろ、恐怖のあまり腰が抜けて動けなくなるって。そうやってギンガ君は金縛りに近い現象を引き起こしたって寸法なんじゃない?」
「な、なるほど」
「もしかしたら普段の強気な言動、見た目もそのためなのかもね」
カルテをひらひらさせながらアスシランは再び自分のモニターに戻る。
チャンネルを回し、再び女の子を探す作業にうつった。
同様にアッサも自分のモニターを監視する仕事に戻る。
その姿を尻目に、アスシランは先ほどの映像を思い出す。
ギンガに髪の毛を鷲掴みにされ宙に浮いていた時にはっきりと見えた。
ノイアの腹にもしっかり『
―――さて、ここからが踏ん張りどころだ、ノイア君。せっかくランプを使って君たちをここまで誘導させたんだ。一人でも欠けてもらうのは困るんだよ。頼むよ。
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