第11話 ゼロへの帰結

―――体が熱い。自分が自分じゃないみたいだ。生きているかどうかさえの感覚もない。体の中で自分じゃない何かがうごめいて体を支配しようとしている。






シオンは苦痛に顔をゆがめる。


白いシーツをかぶせたベッドの中で、そこから何本もの管がつながれていた。管は機械や点滴などに行きつき常にシオンの状態を管理・維持していた。


室内に機械音だけが寂しくこだましていた。




―――アイネ、ノイア、みんな。無事なのだろうか。どうか、生きていてくれ。もう目の前で近しい人が死ぬのを見ることはしたくない。






その時シオンは自分の手が誰かに握られているのに気づいた。


感覚こそまだ麻痺しているものの、そっと包み込むようなぬくもりが伝わってきた。


そのぬくもりのおかげなのか、傷つきこわばっていた体から痛みが徐々に引いていくのが感じられた。






シオンはこの暖かさを知っていた。


かつて母と共に銃で撃たれ、生死をさまよっていた時期に感じたものだ。


肉体的にも精神的にもどん底にいたときに、生きる希望、そして活力を与えてくれたものだ。








シオンはゆっくりと目を開ける。






「……なんて面してんだよ」




何度もこすったからだろうか、彼女の眼は赤く腫れあがっており今にも泣きそうな顔をしていた。


シオンのその声に彼女はハッと驚いたように目を見開き振り向く。


何かを言おうと口を開いたが、今のシオンの言葉を思い出したのか慌てて後ろをむいた。


しばらくそのままの空間が流れたが、やがて後ろを向いたまま彼女が言った。




「起きないんじゃないかと思ったわ」


「言ったろ、そこまで悪い賭けじゃないって。むしろ俺はお前や皆が生きてるか心配だったんだぞ」






“皆”とシオンが言ったとこで彼女の体がピクリと反応した。




それだけでシオンには何が孤児院に起こったか察するには十分だった。


やはり夢などではなかった。聞き間違いなどではなかった。




あの男によって奪われたのだ。


帰るべき家を。そして家族を。




シオンはある程度予想をし、腹をくくっていたつもりではあった。


しかし実際、確定された事実を目の当たりにすると堪えるものがあった。








「これからどうする。このまま当初の予定通りサセッタに匿ってもらうか?」




シオンは最初の三人で決めた事を思い出しながら話す。


セリアンスロープに無事適合したのち、孤児院に戻ってHKVから生き残る手段の一つを教えること。そして、サセッタの保護の元、再び家族全員で暮らすことだ。


だが、それはカースによって踏みにじられ、夢も希望もゼロへと帰結してしまった。




残った事実はセリアンスロープになったということだけ。


セリアンスロープという新人種が社会に溶け込むにはそれ相応のリスクがある。


普段の生活で何らかの副作用が起こった場合の対処や、事前にリスクを把握するための定期的かつ専門的なメディカルチェック。マセライ帝国一強時代におけるレジスタンスの技術という危険性。


その他様々な問題が考えられる。




そのため、シオンの中ではこのまま三人で孤児としてサセッタに保護されることが自然な道理だと考えた。






しかし彼女は首を横に振る。


そして右腕に巻かれた赤い布きれに触れた。






「いいえ、私はサセッタに入るわ」






ゆっくりと振り返りシオンに顔を向ける。


そう言った彼女―――アイネの表情は毅然としていた。








「サセッタに入って争いのない世界を目指す。マセライ帝国やその属国によってHKVが蔓延して多くの人が苦しんでたり、人造人間レプリオンが富を蓄え多くの死の上に一部の安寧が成り立っているのが今のこの世の中の現状よ。そんな世界を変えたい。皆で笑いあえる世界を作りたい。それが死んでいった皆の無念を晴らす方法でもあると思うの」






その瞳はシオンにとって痛いくらいにまっすぐで、そしてまぶしかった。


シオンは目をそらし目の前に広がる天井を見つめる。




―――アイネは気づいているのだろうか。レジスタンスであるサセッタに入るということは今の反社会的存在になるということ。さらに以前アイネから教えてもらった演説の内容を聞くにサセッタは武力行使を惜しまないようだ。


すなわちサセッタの改革は必然的に争いを引き起こすことになる。


革命を成功させたとして、本当にそれはマセライ帝国と違うと言い切れるのか。






シオンは深く息を吸って、吐き出した。


再びアイネに目を向けた。




アイネの思想は稚拙で、穴だらけで、矛盾している。だがそんなアイネだからこそシオンは賭けてみたくなるのだった。






自分では想像できない世界を魅せてくれる。


六年前の死地から生きる活力を与えてくれたアイネならあるいは……、とシオンは思った。






「俺も、サセッタに入るよ。お前だけ危ないとこに行かせるわけにはいかんからな」




アイネは驚きの表情を浮かべた。


そしていつからいたのだろうか、部屋の入り口付近からノイアが




「ぼ、僕も入るよ!」




と声を大きくしていった。




二人はノイアのほかにもう一人いることに気が付いた。






「おう、元気になったか。小僧」




傍にいるノイアの倍はあるであろう身長と肩幅。蓄えられた髭が印象的な見覚えのある男が立っていた。


デヒダイト隊軍隊長、デヒダイトその人だった。




「小僧も起きてるならタイミングがいい。ちーとばかし、話いいか」

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