第10話 背負う思い
アイネとノイアは病院から離れた薄暗い建物にいた。
シオンの無事を祈りながら一刻も早くサセッタに助けを求めようと院内を駆け回っていた時だった。侵入してきていた他のドセロイン帝国の兵士と鉢合わせしてしまい、あわや殺されかけた時だった。ちょうどそのとき窓ガラスが割れ、外からデヒダイト隊が駆け付け難を逃れることができた。
アイネとノイアはシオンがほかの兵士と戦っているかもしれない旨を伝えた。
「よく頑張った。あとは俺たちに任せろ」
大柄な体をした精悍そうな男―――デヒダイトが言った。
デヒダイトの指示でガルネゼーアが二人を病院から離し、安全な場所まで連れ出した。
アダルット地区から少し離れた荒野にある建物内に移動した。
そして現在に至るのだった。
ノイアは落ち着きなく膝を揺らし、アイネは祈るように手を組み黙ったままだった。
ドアが開き、のそりとデヒダイトが部屋に入ってきた。
アイネは慌てて駆け付ける。
「シオンは……、いましたか!?」
デヒダイトは目をそらし答える。
「あぁ、一応身柄と安全は確保できた。お前たち二人から聞いた特徴とも一致している。ただ―――かなりの重傷だ。今すぐにでも本部に運んで手当てを受けさせるとこなんだが、うわ言のように『アイネ、ノイア』と言ってやがるもんでな。一応お前たちに伝えておこうと思ってな」
「それ、私たちのことです! シオンは今ここにいるんですか!?」
「もう移動させるがな」
「少しだけでいいんです、会わせてください!」
デヒダイトは搬送する間の少しだけだ、と念を押し二人をシオンのもとに連れて行った。
シオンの容態を見て二人は青ざめた。
横たわるシオンの顔は苦痛に歪み、汗が通常の倍以上流れていた。
顔は高熱でもあるかのように赤く紅潮し、呼吸をするのさえも難しそうだった。
「シオン!」
アイネとノイアが駆け寄る。
シオンも二人に気づき最後の力を振り絞るように言った。
「お……、俺たちの、家が、無事かどうか……確かめ、て……き」
そこまで言い、シオンは目を閉じ力なく横たわった。
「シオン!!」
アイネの目には涙があふれだし、声帯が張り裂けるほど叫んだ。
その後ろからデヒダイトが、やってくる。
「嬢ちゃん、大丈夫だ。気を失ってるだけだ、もう機体に乗せて本部に搬送するから離れてろよ」
そう言ってアイネをシオンから引き離し急いで機体に運び込んだ。
シオンを乗せたハイジェットはあっという間に荒野のかなたへと姿を消した。
ノイアはアイネとシオンを乗せた機体が走り去った両方を交互に不安げに見つめる。
デヒダイトは言った。
「安心しろ。お前らも次の機体が来たらそれに乗り込めるよう何とかしてやる。そんでもって、本部についたらあいつの傍にいてやれ」
そう言ってデヒダイトは二人の頭をわしゃわしゃと雑に撫でた。
しばらくしたのちアイネは涙をぬぐって言った。
「やっぱり次の便には乗りません」
デヒダイトは少し驚いた表情を浮かべた。
続けてアイネは言う。
「シオンがさっき言ったんです。家が無事かどうか確かめてきてくれって」
「うぅむ、その家とやらはどこにある。この状況の中でうかつに外に出すわけにはいかんな。俺たちが撤退させたとはいえ、まだ残党が残ってるやも知れん」
デヒダイトは無精ひげを生やした顎をさすりながら二人の様子をうかがった。
しかし、どうやら二人ともいうことを聞きそうにないくらい強い覚悟をした目をしていた。
デヒダイトは深くため息をついた。
「……分かった。念のため部下を一人つけよう。ただ、次の日まで待て。今夜はもう遅いから休め」
少し圧をかけるようにデヒダイトは言った。
翌日、アイネとノイアは孤児院に帰ってきた。
しかし、見慣れた風景はそこにはなかった。
本来丘の上に立っているはずの孤児院はなく、屋根は吹き飛び建物が四散していた。
二人は孤児院だったものに足を踏み入れる。
すると、鼻を刺激する悪臭が漂い思わず鼻をつまむ。
足元には乾いた血が地面にこびりつき家族だったものがあちこちに転がっていた。
ノイアはその場に崩れ落ち吐き出した。
護衛でついてきていたガルネゼーアはその悲惨な現場を見て慌てて二人を引き離そうとした。
「……私は、大丈夫です。ノイアだけお願いします」
アイネは地面に横たわる家族たちを見て、自分の記憶と一致させるようにゆっくりとゆっくりと、孤児院内をまわる。
一歩歩くたびにアイネがこの孤児院ですごした思い出が玉突きのように脳内を駆け巡る。
どんなに痛かっただろう。
どんなに苦しかっただろう。
どんなに無念だっただろう。
アイネの目には大粒の涙があった。
すると地面に見慣れないバッジが落ちているのが確認できた。
アイネはそれを拾い上げる。
表には何かの紋章が彫刻されている。ドセロイン帝国のものだとアイネはすぐにわかった。
裏返すと『V.K.』と彫られていた。
アイネはそれをポケットの中にしまい、外に出る。
そしてこういった。
「……みんなのお墓、作ってもいいですか」
アイネとノイアは数時間かけて作った人数分のお墓に手を合わせる。
その手は土で汚れ、皮がむけ痛々しかった。
しかし、シオンが負った傷に比べれば大したことはない、アイネとノイアはそう思った。
アイネの右腕には家族全員の血がしみ込んだ布が巻き付けられていた。
二度とこのような罪のない子供や人間が殺されることのない世界。
マセライ帝国やその属国、そしてHKVによって死ぬことのない世界。
アイネは思う。
マセライ帝国やその属国であるドセイロン帝国のように誰かを犠牲にして見出した安寧は本物ではない。
犠牲の上に成り立つ平和は真の平和ではない。
誰もが傷つかず平等に笑いあえる、そんな世界をつくりたい。
アイネは死んでいった家族たちに誓うように右腕に巻き付けた赤く染まった布を力強く握りしめた。
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