第9話 覚醒 [後編]

荒野を恐ろしいほどの速さでかけていく人影の集団があった。

彼らが羽織っているローブは、白をベースとし三本の黒線が刺繍され、襟元には縞模様の石が埋め込まれていた。


彼らの正体はレジスタンス“サセッタ”。

そこに属するデヒダイト隊・先兵特化部隊の精鋭たちであった。その数およそ十人。セリアンスロープになることでおよそ人では考えられないほどの速さで移動していた。


彼らはアダルット地区支部から救難信号が本部に届き、救出に向かうため先遣されたのだった。




「つーかさー、今更急いで行っても意味なくね? 結構時間たってるし、生き残りなんていないってー。だからさー、もちょっとスピードおとそ、風でツケマ取れそう」


ばっちりメイクを決め、肌をこんがり焼いた金髪の女が愚痴る。

服は着崩され胸元が大胆に露出し、走るたびにそのたわやかな胸が揺れた。


その言葉を聞き、彼女の隣を走っている短髪に整えられた眼鏡をかけた青年が軽く舌打ちをする。


舌打ちが聞こえたのか女は睨む。


「なに?」

「いや、なに。その何に対しても愚痴を言う姿勢に感服しただけだよ。さっきの舌打ちはそれに対する祝砲だ、ガルネゼーア」


ガルネゼーアと呼ばれた女は、こめかみに血管を浮かび上がらせる。


「あ? ぶっ殺すぞ」


さっきまでの猫を被った間延びした喋り方から一変、ドスの効いた声に変わる。

初見の人間にはあまりのギャップ差に同一人物かどうかを疑うほどだが、長らく同じ部隊にいる男やその他の人間には慣れたものだった。


両者の間で火花を散らせていると、先頭を切って走る軍隊長デヒダイトが仲裁に入る。


「ガルネゼーア、ブロガントそこまでにしておけ。アダルット地区が見えてきたぞ」


見ると、はるか視線の先に轟轟と炎が町全体を覆っていた。まさに火の海という形容が当てはまるほどの悲惨な景観であった。

さすがの光景に、ガルネゼーアとブロガントは口論をやめ顔に緊張が走る。

デヒダイトが声を張り上げる。


「ガルネゼーア、ブロガント、アスシラン、ラウン、カルーノ、その五人は俺とともに地区支部の敵兵撃退および救出に向かう! 残りは町の人間の救出に向かえ!」


そう言ってさらに移動スピードを上げる。

デヒダイト軍隊長の指示のもと二手に分かれ、大火に覆われるアダルット地区にその姿が消えていった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――




アイネは汗をぬぐう

火が建物全体に回り温度が上昇していくのが分かった。

視界の端々に炎が映り込む。



退路は断たれ、目の前には不気味な笑顔を浮かべるカースがいる。

ここから安全に逃げ切るには目の前の小汚い男の脇を通りぬけ、中央広間につながる階段に行くしか手はなかった。

握っているノイアの手が震えているのが伝わってきた。



アイネはシオンを見る。

シオンは左の首筋を抑えながら少し苦しそうな表情を浮かべていた。


「さぁて、覚悟はできたかガキども」

カースは光り輝くサーベルを握る手に力を入れる。



シオンは瓦礫から突き出している鉄パイプを抜き取り手元に構えた。

カースには聞こえないほど小さな声で二人にささやく。


「俺があいつを引き付ける。その間に中央広間にある階段から脱出しろ」

「私は反対よ、あんただけ置いて逃げるなんて……」

「だったら何かいい方法があんのか? 三人の中で一番運動神経がいいのは俺だろ、数秒くらいの時間稼ぎくらいできるさ。そのあとは窓でも突き破って逃げ切るから安心しろ。そこまで悪い賭けじゃねえ」

「でも……!」


アイネがそういった瞬間にシオンはカースめがけて走り出した。

サーベルと鉄パイプがぶつかり合い火花が飛び散る。


「行け!!」


シオンが叫ぶ。


アイネは下唇をかみしめる。

「アイネ、行くよ」

ノイアは急いでアイネの手をつかみシオンとカースが火花を散らしている脇を通り中央広間に向けて走り出した。



うまくいったかのように思えた。

しかし―――、ノイアは地面に広がった粉末に足を滑らせ転倒する。

カースの目をくらますために用いた消火器の中身がここにきて裏目に出た形となった。



それを見逃すカースではなかった。

シオンとのつばぜり合いをサーベルで押し離す。シオンから背を向けてノイアとアイネめがけて一気に距離を詰める。


シオンは体勢を立て直しその後ろを追った。


その瞬間だった。

カースは振り向きざまにシオンの頭部めがけてサーベルを振りぬいた。


―――罠だった。

シオンがカースの行動原理を利用し蹴り飛ばしたたように、カースもまたシオンが大切に思う二人を餌にすることで飛びつかせ、そこを狙ったのだ。



避けようがなかった。

シオンは死を覚悟した。



刹那―――首筋に激痛が走ったかと思うと世界が止まって見えた。

否、カースもノイアもアイネも、すべては動いてはいるがその全てがまるでスローモーションのようにシオン目には映って見えた。


カースが勢いよく振り抜いたサーベルも目で追うことができた。

左足を軸足にし、強引に体を外側に捻る。

それはコンマ一秒の世界だった。



カースの剣戟を紙一重でシオンは躱した。

強引に躱したためシオンは体勢を崩し地面に倒れこむも、すぐさま立ち上がり鉄パイプを構える。


カースは驚きのあまり目を見張った。

まさかあの体勢、あの勢いから避けられるとは夢にも思っていなかったのだ。



シオンは目で二人に逃げるよう合図を出す。

そのシグナルをアイネは素直に受け取った。

先ほどのシオンの戦いぶりを見て足手まといになると判断し、院内にいたサセッタ関係者を探すことに考えを切り替えた。

ノイアが立ち上がるとともに、アイネは一緒に中央広間に姿を消していった。



シオンは二人が逃げ切ったことを確認してから、逃げるために窓際にゆっくりと移動する。

カースは目をぎょろつかせ、シオンを凝視する。


「やってくれたなぁ~。せっかくのかわいこちゃんを逃がしてくれやがって……。あの孤児院のガキのように頭を吹き飛ばしてやるわ」


ぼそりと言ったカースの小言がシオンの耳に入った。

思わず足を止める。

「……いまなんて言った、孤児院?」

「あーー? ここに来る前に虐殺してきたんだよ! ラリマー孤児院っつったか、そこにいたお前みたいなガキどもをなぁ!!」


シオンの鼓動が高鳴った。

顔から血の気が引いていくのが分かった。


―――だめだ、動揺を顔に出すな。

シオンは無表情を貫き通す。



しかし、カースはそのわずかな変化を見逃さなかった。

シオンの身なり、その動揺具合から同じ孤児院だと推測できた。


カースは意地汚い笑みを顔に広がらせる。


「そぉ~いえばぁ~、殺してる最中にあのクソボロイ家から『シスター助けてぇぇえ!』っていう叫び声が外まで聞こえてきたんだよ。まあ、そのシスターとやらは先にうちの部下が殺してたんだけどね。ッハハハ! あのガキ、どんな気持ちだったんだろうなぁ!」


そういってわざとらしく噴き出す。


シオンの鉄パイプを持つ手が震える。

恐怖からの震えではない。度し難いほどの残虐さを嬉々として語る目の前の男に対する怒りだった。


その瞬間のシオンの中で、逃げるという選択肢が消えた。母親のこと、孤児院のこと、そして今この瞬間のこと。シオンの中で感情が入り混じり、鼓動が素早くなり、そして首筋が熱くなるのが分かった。この男はここから生かして出すわけにはいかない、諸悪の根源はこの男だとシオンの直感が告げた。



シオンは持っている鉄パイプをカースに突きつける。


「その言葉、言ったこと後悔するなよ」


シオンらしからぬ合理性を度外視した発言であった。

それほどまでに目の前の男が憎く、そして死んでいった家族の無念を背負ってものだった。


そしてアイネでも同じことをしただろうな、と頭のどこかで思った。

シオンの首筋にあった痣は、のど元にまで広がっていた。


カースはにやりと笑いサーベルを構える。


先に動いたのはシオンだった。

間合いを尋常ではない速度で詰め寄る。

およそ人間の速さではなかった。



慌ててカースは地面を勢いよくけり後方に距離をとる。


しかし、それすらもシオンの目には遅すぎるくらいのスピードに映った。

不思議な感じだった。

目に映る周りのものがどういった軌道を描くのかはっきりわかる。

今、目で見ている世界の時間が引き伸ばされているかのような、そんな感覚だった。


加えて、体もいつも以上に軽く感じられ自分でも信じられないほど早く動くことができた。


これがセリアンスロープの力なのか、シオンは思った。


シオンは一気にカースとの間合いを詰め、鉄パイプを振り下ろす。

カースは不敵な笑みを浮かべそれに応戦した。


激しい火花が一瞬飛び散ったかと思うとシオンが振り下ろした鉄パイプはいとも簡単にエターナルサーベルによって切り取られた。


カースは高笑いしながら言う。

「最初は出力が弱いが、時間が経つごとに切れ味が増してくんだよ、ブァーカ!!」



しかし、シオンはひるまず折れた鉄パイプのまま連撃を繰り出した。

削り取ったことで油断していたカースはシオンの攻撃をモロにくらう。




シオンは攻撃の手を緩めなかった。



―――まだだ! もっと早く! もっと奴に痛みを!!!



すさまじいほどの速さだった。

幾重にも攻撃をカースに叩き込む。

その勢いに砂塵は舞い、衝撃によって窓が激しく振動した。



「これで……、終わりだァァァァァァアア!」


何十回目かの攻撃でシオンがそう言い放ち、足に力を入れた時だった。


バキっと、鈍い音が響いた。

シオンの足に激痛が走る。

体勢が崩れ、地面に手をつく。その瞬間にも鈍い音と共に激痛が走った。


シオンの足はあらぬ方向に曲がり、また手首も同様であった。

全身の筋肉から時間差で筋の断切音が聞こえてきた。


シオンは何とか立ち上がろうとするも、支える骨や筋肉が本来の機能を果たせる状態ではなかった。


耐えきれなかったのだ。

セリアンスロープの力を引き出したはいいが、シオンの未熟な体では持ちこたえられなかった。



シオンの連撃を食らい髪が乱れ、ありとあらゆる部位が凹み息を切らしながらカースはゆらりと立ち上がる。

目の前には先ほどまでの気迫に満ちたシオンはいなく、地面に芋虫のように体を痙攣させる少年の姿があった。



「……ッハ、ハァ、ハァ。クソガキが、て、手こずらせやがって」


カースはサーベルをシオンめがけて振り下ろした。



―――はずだった。

振り下ろしたはずのサーベルを握っていた右腕は、はるか前方に吹き飛んでいた。

カースは状況が理解できないでいると、背中から光り輝く見覚えのある刀身が自分の胸を貫いていた。



「胸部の右の腹直筋鞘の前葉から五センチ上。ここに位置するのが僕たち人造人間レプリオン兵の核。そうですよね、カース隊長」


カースの背後から若い男の声が響いた。


「きさ、ま……バーキ……ロン……ッ!!」


バーキロンはカースの体からサーベルを抜きとる。


カースはよろめきながら地面に倒れこんだ。


「バーキロン……! 貴様、上司のこの俺、……に、こんなことをしてただで済むと……!」


「サセッタからの援軍がきて、すでにあなたが率いてきた兵士たちは撤退をし始めています。わずか十名ほどでしたがその戦闘力は群を抜いていたため、代わりに撤退指示を出しておきました。あなたがいない今、驚くほど僕に従ってくれましたよ」


バーキロンは涼しそうな顔で言う。


「か、勝手なこと……を。おれが、ふっか……つ」


カースはとぎれとぎれに言葉を発する。

その様子を見てバーキロンは冷たく笑った。



「あなたが記憶を予備の人造人間レプリオンにインプットして再び稼働するまでには、もうすでにあなたは僕の部下になってますよ」



そういい、サーベルでカースの首を撥ねた。



バーキロンは端に転がっているシオンを見たあと、そのまま踵を返し、炎の中に消えていった。

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