第3話 決意

シオンは話を聞き終え息をのんだ。


今まで天災だと思っていたものが人災で、しかもそれが完全に利己的欲求を、財を満たすためだけに人の命まで奪っているというのだ。



「ほ、本当なのアイネ。今の話」



ノイアの嘘であってほしいという心の願望が聞こえてくるようだった。


「残念ながら本当よ。電波ジャックはつい一昨日あったの。ここじゃ映らなかったの?」

「昨日まで一週間ずっと雨だったんだよ」


肩をすくめながらノイアが言う。


「あぁ、そういうこと……。私がいなくなってからだいぶん経ってると思うけど、

まだ雨の日にテレビつかないのね。いい加減アンテナから何から何まで変えたほうがいいわよね」


昔を思い出したのか、アイネの口元に微笑みがこぼれた。



話は少し戻るけど、とアイネはいう。


「さっき言った二人に会いたいから帰ってきたっていうのは本当よ。

でも、理由はもう一つあって、そんな倫理観のかけらもない非道な帝国の思い通りになるのが嫌だったの。

誘導されるかのように人造人間レプリオンになって配下に収まる。

そんな自分で決められない人生なんて無意味よ。HKVで死んだほうがましだわ」


アイネは無意識のうちに口調が強くなった。


「それで、アイネ。

今までの話から考えるとHKVを無効化するセリアンスロープになるには

その『サセッタ』とやらに接触しないとダメなんだろ。そいつらはどこにいるんだ」


少し冷静さを取り戻したシオンが聞いた。

サセッタはいわゆるレジスタンス集団だ。



そんな彼らが宣戦布告ともとられかねないような電波ジャックでの爆破事件の真相、

そして同志を募る言葉を発信すればマセライ帝国も黙っていないだろう。

居場所を突き止めつぶしにかかってくるはずだ。



「アダルット地区よ」


アイネが断言する。

おー、近いね、とノイアが相槌を入れる。

シオンが断言できる理由を尋ねようとした。

しかし、分かっているといわんばかりにアイネは制して言葉を続ける。


「都心では電波ジャックの翌日からサセッタのことが噂になってて、

どこに潜伏してるだとか活動してるだとか、いろんな噂が流れたわ。

だから、噂の一つになってたアダルット地区にここに帰ってくる前にちょっと寄って確かめてきたの。ちょうど通り道だったしね」




アダルット地区は孤児院から徒歩で一時間弱にある地区だ。

孤児院の子供たちの間ではシスターや職員の人たちがよく買い出しにいく地区だというくらいの認識だった。



この地区は都心部から離れているせいか若者が少ない。

そのためか活気がなく、地区全体として住民の活動圏内となっているのは、

比較的交通の便がいい帝国道234号線に集中していた。


一方、そこから少し離れると廃墟になった建物や、舗装されてない道にあふれていた。

そんな世間から見捨てられたかのような地区にわざわざ移住してくる人はいなかった。



アイネは何度かシスターたちの買い出しにお手伝いでついていったことがあるため

土地柄やどこにどんな建物があるかはある程度は把握していた。



里親の元を離れ、アイネはサセッタの居場所を見つけるためにアダルット地区を小一時間歩いた。

234号線から外れ荒廃地帯に差し掛かった時、アイネは違和感を覚えた。

目の前にアダルット地区には似つかない建物を見つけた。



周りの建物は原形をとどめないくらいに崩れているのにもかかわらず、

この建物はどしりと地に構えていた。アイネは都会で見た大きな病院の外観に似ていると思った。



カモフラージュのためか、ところどころに建物が崩れていたり、色がくすんだりしていた。

しかし、建物が崩れるような致命的な跡はなく建物の中では人の気配が感じられた。





「というわけで、以上が調査報告です。どう、私的にあの建物がビンゴだと思うんだけど」



アイネが自信満々に言う。

ノイアは目を輝かせる。


「絶対そこだよ! 人の気配したんなら中に人がいるってことでしょ。

廃墟に人がいるなんておかしいもん。絶対レジスタンスの人たちだって!」


ノイアはアイネの意見に全面的を肯定した。

この死に満ちたどんよりとした世界で、二人の間に希望が広がっていった。



しかし二人が浮かれている傍らで、シオンは考え込んでいた。



ノイアの言った通り、廃墟で人の気配がするのは不自然だ。

もしかしたら盗賊の類かもしれないし、浮浪者が住処にしているだけかもしれない。


そもそもアイネの勘違いということもあり得る。


さらにもっと踏み込んだことを考えると、

12歳のアイネが簡単に違和感を持ってしまうような場所に、

全世界から注目されているレジスタンス“サセッタ”がアジトを選ぶのか。


可能性はゼロではないが、どう考えても無駄足に終わる可能性が高い。

シオンはそう思った。



「で、あんたはどうなのシオン」

アイネは考え込むシオンの顔を覗き込む。

目と目が合った。



シオンは吸い込まれそうなくらい純粋な彼女の瞳を見るたびに思う。

自分の意思を貫き通す力強さ、そしてその闘志が宿っている。アイネという人物が必死に生き、そして輝こうとしている。


死にかけだったシオンがアイネと初めて出会ったその日から、彼女のその瞳に、生きざまにわずかな希望をかけてしまいたくなるのだった。


シオンは言う。


「……あぁ、悪い賭けじゃねぇ。行く価値はあるだろ。立地的にはアジトにしやすそうだしな」


その言葉を聞きアイネはほんの一瞬だけ曇った顔をした。

シオンはその表情を見逃さなかったが、その真意までは分からなかった。



突然、はい!、とノイアは手を挙げた。


「ハンスとかシスターたちも一緒に誘おうよ!

 HKVが効かない方法があるっていえばみんなついてくるよ!」

「だめだ」


シオンはノイアの意見を一蹴する。


「サセッタの連中がいるかどうかも分からない状態だぞ。

そこに数十人の不確定要素を詰め込んで遠足気分で行って盗賊とかに会ってみろ。


全員お陀仏だ。


被害を最小限に抑えるためにもまずは最年長の俺たちだけで行くのが最善だ。

最悪サセッタがいなくても勝手に抜け出して怒られるのは俺たちだけで済むしな」


それに大人の説得は難しい。と最後にポツリとつぶやいた。

母親を説得することができず、殺されてしまったシオンの言葉には重みがあった。


「なるほど、それもそうだね~」

ノイアはいう。


アイネは

「そうね、とりあえずシオンの言う通り三人だけで行きましょ。

論より証拠よ。

セリアンスロープになることができたら、

また皆のところに戻ってきてその後のことはまた決めたほうがいいかもね。」


といった。

二人はうなずいた。




後ろから声が聞こえた。

三人は振り返るとシスターが手を振って家に帰ってくるように振っていた。

気が付くと日はとっぷり暮れ、優しい光を放った三日月が夜空を登り始めていた。


「アダルット地区に行くのはまた明日になりそうだね。

代わりに今夜はアイネの帰還パーティーだね」


ノイアは言った。

三人は今夜は明日に備えて英気を養うことにした。

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