第4話 バーキロン
翌日、三人は早朝に孤児院を出た。
大人たちやほかの子供にばれない様に慎重に行動した。
途中、抜け出すときにノイアが「スパイごっこしてるみたいで楽しいね」と同意をシオンに求めてきた。
実際シオンも少しそう思っていたが、しかし認めるのも癪だったので無視した。
それでもなおしつこく定期的に同意を求めてくるのでついに「あぁ! そうだな!」と少し照れ交じりに答えると
「そういうとこはまだ子供ね~」
昔と同じようにアイネにからかわれた。
「もー、シオンそんなへそを曲げないでよ」
アダルット地区に向かう道中で、アイネは隣を歩くシオンをたしなめる。
「別にへそ曲げてるわけじゃねえよ」
シオンは前をずんずん進むノイアの背中を見ながら答える。
昨晩、徒歩か交通機関を使うかノイアの部屋で会議をした。
最終的に3人は徒歩で行くことにした。
交通機関はアイネが里親の元を出ていくときに持たされたわずかなお金があったが、
三人分の金額がないと言う理由で却下された。
大型ハイジェットに乗りたがっていたノイアは少し残念そうな顔をしてた。
田舎道で、都会のように固められた道ではないが高低差も特になく比較的スムーズに移動できた。
道の傍らに咲く青々生い茂った草や花が太陽に照らされて、イキイキとしているように見えた。
「ねえ、シオン。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
アイネが珍しく神妙そうな声を出したので、シオンは思わず隣を見る。
「どうした」
「うん。あんたのお母さんってマセライ属国の、ドセロイン帝国だっけ。
そこに、その……、殺されたんでしょ。オーシャンの出身ってだけで目をつけられて……」
「そうだけど、それがどうかしたのか」
シオンにはアイネが何を言いたいのか見えてこなかった。
「今から行くサセッタって、目をつけられる原因になった“カトロッカ爆破事変”を起こした張本人なわけでしょ。
私にとっては間違った現実を暴いてくれた組織だけど、シオンにとっては因縁のある集団なんじゃないかなって思って」
「あー、そういうこと」
そこまで聞いてようやく彼女が言わんとしようとしていることが分かった。
と、同時に昨日シオンが行くことに同意した時に、アイネが浮かない顔をした理由も察することができた。
要は彼女は心配しているわけだ。
アイネの意見に流されてシオンが嫌な気持ちを押し殺してついて来ていやしないか、と。
シオンは言う。
「そんなことはないさ。あの時母親を止められなかったのは俺にそれだけの力が無かっただけだ。
結果がわかっていたにもかかわらず、結局は母親について行って死にかけてるしな。
自業自得だ、母さんも、俺も。
だからサセッタに関しては特になんの感情も抱いてないから安心しろ。
今ここにいるのは自分で考えて、悪い賭けじゃねえと思ったからだ」
「……そう、ならよかったわ」
アイネはそう言って、今度こそ本物の笑顔を浮かべた。
前方からノイアが大きな声を上げる。
「おーい! 二人とも! 見えたよ、アダルット地区だ!」
―――――――――――――――――――――――――――
世界は今から10年前の£2990年、人類史上最悪の双極帝国戦争時に勢力が二つに分裂していた。
一つは全世界ナンバーワン軍事力を誇るオーシャン帝国率いる他二国(クウォンタム帝国・ドリッドカイラ帝国)の反マセライ軍。
もう一つは言わずもがな、マセライ率いる他三国(ヌチーカウニ―帝国・ロンザイム帝国・ドセロイン帝国)のマセライ帝国軍。
停戦期間を含めおよそ四年という長期戦争での被害は甚大で、
戦死者、被害者、ウイルス、すべてを含めた死者は世界人口の30%。すなわち約20億人にも及んだとされていた。
そして、今から五年半前に双極帝国戦争はマセライ軍の勝利に終わり、長き戦いに幕を下ろしたのだった。
マセライ帝国が世界の頂点に君臨した瞬間だった。
そして現在、マセライ属国のドセロイン帝国の軍隊に一人の少年がいた。
短く整えられた金髪に、太陽のような色をした瞳。
たたずまいには気品があふれており育ちの良さがうかがえた。
身長が大人と遜色ないこともあってか実年齢よりも高くみられることが多かった。
窓からは日差しが差し込み彼の進む廊下を照らす。
上品な装飾が施された絨毯の上を歩いていると、曲がり角から人相の悪い、見るからに嫌悪感を催す男が現れた。
彼はその小汚い男に道を譲るように廊下の隅に寄り敬礼をした。
どうやら彼の上司に当たる人物らしい。
「バーキロンではないかぁ」
小汚い男はねっとりとした声で金髪の少年を見る。
「相変わらず気に食わん顔立ちだなぁ、えぇ? その顔で何人の女を落してきた? ん?」
下品な男だ。
バーキロンと呼ばれたその少年はそう思った。
そいつはバーキロンに会うたびに何かと因縁をつけてくる男であった。
しかし、仮にも自分の上司。思ったことは発言はおろか顔にも出すわけにはいかなかった。
彼―――バーキロンにはプライドよりも優先させる夢があった。
軍組織を変え、助けを求める人を救うこと。
それが彼の夢だった。
この夢は幼いころに偶然見た光景に由来していた。
ドセロイン帝国の国境沿いには、他帝国の侵入や許可の得ていない移民を防ぐ目的で分厚い壁が建造されている。
バーキロンはよく壁に空いているわずかな隙間から友達と一緒に外に探検をしに行っていた。
ある日、いつものように秘密の抜け道を通り、さて今日はどこにいこうかと話し合っていた時だった。
両手で数えられる程度の人々が門前に押しかけているのが遠くに見えた。
バーキロンたちは顔を見合わせこっそり見つからないように野次馬をしに行くことにした。
幸い、近くには木が生い茂っていたため身を隠しながら近づくことができた。
聞こえてきた内容を聞くに、集まった人々はどうやら
助けを求めドセロイン帝国に訪れてきたようだった。
しばらく様子を眺めていると、オーシャン帝国から来たということを言っているのが聞こえてきた。
するとオーシャン帝国出身と分かるや否や、突然兵士たちが豹変し複数の門兵が銃を構え、問答無用で一斉射撃を行った。
バーキロンはただ次々と倒れていく人々を呆然と眺めていた。
唯一子供とその母親らしき人物が渓谷をまたぐ鉄橋まで逃げ切っていた。橋の下には勢いのある水流が激しく唸りながら流れている。
バーキロンはその2人が逃げ切れる事を祈った。しかし、それもむなしく母親は銃から子供を守ろうとして心臓を撃ち抜かれ、
同様に子供も何発も撃たれ橋から落下し激流に飲み込まれ浮かんでくることはなかった。
親がドセロイン帝国の幹部という裕福な家庭で育ったバーキロン。
何の不自由もなく
すぐさま父にこの出来事を報告し軍組織の改善するよう求めた。
しかし、思わしくない返事が返ってきた。
双極戦時にマセライ属国になって以降、ドセロイン帝国内で権力は軍が大半を握っていた。
そのため、幹部であっても下手なことはできないと言い渡された。
『これでも外側からできるだけのことはしているんだ。多少の犠牲はしかたない。わかってくれ』
そういった父の顔は疲れ切っていた。
バーキロンはこの腐った組織を変えなければならない、父のように外からではなく、内側から、根本から直さねば。
幼いながらに思った。
そして、現在15歳。
あの一斉射殺から五年半。
ようやく適齢になったことで自ら軍に志願し、トップに上り詰め組織を変える時が来た。
そのためならどんな犠牲も払う覚悟だった。
大局を見るバーキロンにとっては顔を合わせるたびに行われる上司の男の嫌がらせなんぞ、道端の小石のようなものであった。
バーキロンは言う。
「交際どころか女性と話すとアガってしまうたちでして……」
「ハーッハハ! そのツラでか! こいつは滑稽だなぁ。女の扱いはまだまだガキだな!」
ひとしきりバーキロンを罵倒したあと、さらに嫌味ったらしくこう続ける。
「さっきの会議でも言ったと思うが、鳥頭のおまえにもう一度教えておこうじゃないか。俺は優しい上司だからな」
バーキロンを挑発するかのように人差し指で自分の頭を数回叩く。
方眉を吊り上げにんまり笑う。
男は言った。
「俺がオーシャン帝国にあるアダルット地区に送っておいた派遣団から報告がきた。
レジスタンスの奴らはそこにいる。
あと一時間後に出発だ。くくくっ、奴ら夜には全滅だ!
いやー、レジスタンスの拠点をつぶしたとなると俺の未来も安泰だな」
自分一人の力で突き止めたといわんばかりの言い方であった。
その後も自慢話を続け、五分後、ようやくすっきりしたのか高笑いをしながら足取り軽くバーキロンの前からいなくなった。
彼は深く息を吐き出した。
わずらわしい男から解放されてのため息ではない。
人生初の戦いになることに対して、自身の冷静さを保つためのルーティーンだ。
ここで成果を上げれば目標に一歩近づく。
バーキロンは拳を握りしめ出兵の準備をととのえるためその場を後にした。
廊下に差し込んでいた日光はいつの間にか雲に遮られ、空には暗雲が立ち込めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます