第2話 世界の誤認
セリアンスロープ―――それはHKVから人類が生き残るために作られた人造人間とは異なるもう一つの方法であり、また新たな人種である。
HKVが流行してからというもの一部の人は助かるために
自らの肉体を捨て、機械にその身を置き換えた。
見た目が本来の姿とほとんど変わらない上に身体能力が向上される。
四つの帝国が属国になったことも含め
徐々に人造人間は世間へと浸透していった。
しかし、六年前のとある事件
―――後の“カトロッカ爆破事変”と呼ばれる出来事を皮切りに、
人造人間を用いたマセライ帝国の機密文書、
『
その内容はHKVを利用し全人類を支配下に置くというものであった。
マセライ帝国は他国による偽装工作によるものと主張。
しかし、主張むなしくこれにより人造人間化に志願する人は激減した。
当然のように帝国外からは批判が殺到したが、
しかし、属国含むマセライ帝国内部は帝国に対し
反発どころか不気味なほどに平穏そのものであった。
それがなお外部の人間からは人造人間化の価値を下げるものとなっていった。
---------------------------------------------------------------
「へー、僕らが知らない間にそんなことになってたんだ」
ノイアはのんきそうにアイネが喋った世間の事情を聴いた。
「『僕ら』っていうな。俺は爆破事件のことは知ってたぞ」
シオンは苦々しく言う。
それはシオンにとっては母親が殺される原因となった
事件と言っても過言ではなかった。
爆破事件では犯人と思われる男の身柄が拘束されたが
抵抗したために殺された、と世間に発表されていた。
その人物は身元がオーシャン帝国の男であった。
その他にも"四人"の人物が確認され、
いずれもオーシャン帝国のスパイである可能性が報道された。
その数日後、シオンと母親は人造人間レプリオンになるため
マセライ属国三帝国の内の1つ、ドセロイン帝国に足を運んでいた。
しかし、その事件があった後にオーシャン帝国出身のシオンと母親が
受け入れられないのは火を見るより明らかであった。
幼いながらにシオンはその考えを話し
母親を幾度となく説得しようとしたが、その度に
「シオン、大丈夫だから。
ドセロイン帝国の知り合いに頼んであるから絶対に安全よ。
お母さん達以外のオーシャン帝国出身の人もいるから」
と言われ聞く耳を持ってくれなかった。
そしてその結果―――、シオンと母親を含む数人で
ドセロイン帝国に訪れたが、入国前にオーシャン帝国出身という理由だけで
兵が駆けつけ、包囲され、そしてその場で皆、銃殺された。
運良く生き延びたシオンはその後、アイネとノイアに出会い孤児院の一員になった。
その経緯を少し聞いていたアイネは
場の空気を流すように手をひらひらさせる。
「はいはい、シオン。そうやって突っかからない。五十歩百歩、どんぐりの背比べよ。続き話すわね」
アイネはそう言って再び話し始めた。
---------------------------------------------------------------
一年前、アイネが里親の元に引き取られてから数か月後のことだった。
一つの組織がカトロッカ爆破事変の犯行に名乗りを上げた。
その方法がまた特殊で
公衆の電波をジャックするという大胆不敵なものであった。
テレビには一人の白衣を着た人物が椅子に座っている姿が映し出されていた。
照明器具がないためか顔はおろか性別すらもわからず、
人が座っている、という状況がかろうじて判別できた。
薄暗い背景にはどこかの製鉄所を連想させる入り組んだパイプやタンクなどがうっすらと見えた。
「おはよう諸君、我らは“サセッタ”。
セリアンスロープという新しい人種によって組織されているHKVの効かぬ新人類だ。
諸君らはHKVから生き残る方法は人造人間だけだと思っているみたいだが、
……それは違う」
低い重圧のある声が画面から聞こえたかと思うと、
おもむろに内ポケットから銀色の小瓶を取り出した。
「我らが開発したこの新薬を投与することで
人は人ならざるものに進化を遂げる。
諸君らも知っての通りHKVは人にしか作用しない。
では、人でないものはどうか。
人間以外の哺乳類、鳥、魚、ありとあらゆる動植物はウイルスによって死んでいるだろうか」
少し間をあけて続きを言う。
「―――答えは否だ。
なのになぜ各国はそろいもそろって死んだ人間や
生きている人間の生態検査ばかりしている。
多少は人間以外も研究した機関もあったようだが、
それでも大半は人についての研究資料ばかりが世に出ている」
すこし大げさにため息をつき
音声マイクが聞き取れるか聞き取れないかくらいの声で
「理解に苦しむ」といった。
「さて、話がそれてしまったが時間がない。
ここからは簡潔に話そう。
我ら“サセッタ”は独自に開発した新薬により
新人類セリアンスロープを誕生させた。
これによって我らは人という枠組みから外れたヒトになった。
これはもはや神の領域、禁忌を犯した進化の究極地点ともいえる。
ではそのセリアンスロープとは何か、
まずはこれから説明せねばならないだろうが……。
十を聞くより一を網膜に焼き付けたほうがいいだろう」
そう言って煙草をくわえる。
あるいはそれが合図だったのかもしれない。
映像が切り替わり画面は岩肌の多い荒地へと変わった。
砂埃が互いを追いかけるかのように舞っている。
風で作られた薄いカーテンの奥から人影が現れた。
髪を後ろで一つに結び腰の位置まで伸ばした少女がそこにいた。
黒い衣装で身を包み、首元に巻かれている赤いマフラーがひときわ目立った。
立っているだけでその凛とした姿に
一瞬でも目を奪われたものも多かったはずだ。
少女は一定のリズムを刻みながら、小さく跳ねる。
何がおこるのか見ている人たちの緊張感が最高潮に達した次の瞬間、
少女は大空へと飛び上がった。
―――いや、正確には大空を飛んでいると形容したほうが正しかった。
少女の背中から青空に似合う白い翼が突出し自由に飛び回っていた。
一瞬だが映像に映る空を飛ぶ少女は目を輝かせ高揚しているようにさえみえた。
「……さて、ご覧いただけたかな」
先ほどの輝かしい映像から打って変わって
重低音の落ち着き払った声がひびいた。
映像はいつの間にか最初の画面に戻っていた。
しかし、先ほどまでの陰影の多かった薄暗い雰囲気ではなく
どこか安心感のある絶妙な光量が差し込んでいた。
わずかな光から男の顔が画面に映し出される。
そこで初めて、影の中にいた人物を視認できた。
顔にところどころしわが刻みこまれ、その瞳には聡明さがあふれていた。
男が言う。
「これはCGでも立体映像ホログラムでもない。
まぎれもない事実だ。
あの少女はHKVが発現し絶命寸前だった。
しかし、この薬を投与したらどうだろうか。
彼女は生き延びた。生を充実している。希望に満ちている。
まだこれから先何十年とある命を取り留めたことで
彼女は生きる喜びを知ったに違いない。
少なくとも私は自由に羽ばたいていた彼女の顔を見てそう思った」
今まで抑揚なく喋っていた男の言葉にわずかだが熱がこもった。
それは聞いている者すべてに伝わったことだろう。
「ただ、一つ言っておくと、誰しもがああやって
空を飛べるセリアンスロープになれるわけではない。
あの少女がたまたまその動物の特徴を発現しただけだ。
人によって適性度、発現の個体差はある。
それは心に留めておいてほしい」
男はそう言って自らの腕をまくり手を突き出す。
何もない手の中に織物を織るように
幾重にも糸が重なり合い何かが形成されていく。
十秒もかからないうちに何もなかった男の右手には
色鮮やかな花がつままれていた。
何重にも繊維が巻き付けられた偽物ではあったが、
暗がりに咲く一輪の花は驚くほど美しかった。
「私は彼女と違うが、うまく能力を使えばこんなこともできる」
そう言って、花を指で遊びながら慈しむ。
一瞬の静寂ののち、
「……最後に諸君らに伝えたいことがある」
男はこのとき双眸を初めて画面に映した。
「今、このときもHKVは刻一刻と人類を蝕み死に追いやっている。
諸君らは本当にHKVがただの伝染病だと、
本当に自然界で発生したものだと、
そう思っているのか?
この状況で一番得している国はどこだ。
ウイルスが世界的に流行ってからタイミングよく
都合のいい代物が出来上がったのは本当に偶然なのか。
一番被害が少ない国はどこだ。
どうにも私はこれが意図的に引き起こされたかのように思えてならない。
そう思い我ら“サセッタ”はこの力を使い
マセライ帝国主要都市のカトロッカに潜入し断片的であるが
例のC.C.レポートの入手に成功し拡散させた」
しかし、と言って壮年の男は続ける。
「入手したレポートの情報は一部だったが、
爆破したことによって面白い現象を見ることができた。
人造人間の―――反映し――い―――――だ」
もともとそこまで安定した電波ではなく多少の雑音は入ることはあった。
しかしここにきて映し出された映像、
聞き取れていた声が急に悪くなった。
画面に映っている男は演技かかった驚きの表情を浮かべる。
「思ったよりも早く特定されたみたいだな。
では諸君、今から言う言葉を以て一時の別れとさせていただこう。
……真の敵を見誤るな。
人類の敵はウイルスなどでは決してない。
人類を窮地に、滅亡に追い込もうとし
自らの利のためだけに動くマセライ帝国だ。
これを見ている諸君らは選ばねばならない。
自らの意志で、その闘志をもって生きるのか。
または生きながらにして死ぬのか。
それともすべてをあきらめて死ぬのか。
生への執着がある者は私たちの元に来い。
共にマセライ帝国の野望を打ち砕くことに賛同する者も私の元に来い。
“サセッタ”が必ずや力になることを約束しよう」
そう言い椅子から立ち上がり固定されていたカメラを右手で掴みあげる。
銀の小瓶を映し、最後に一言だけ残した。
それが観ていた人の耳に、心に、脳に、刻むように。
「―――この『神の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます