第1話 アイネの帰還

その孤児院は丘の上にあり、科学が発達した時代にそぐわない自然に囲まれ

原始的な造りをしていた。

風が吹けば隙間風が入り込み、室内を歩けば床が軋んだ。

家具や電化製品なども1つ世代が古いものを使い

何度も修理した苦労が見受けられた。


しかし、発展した都会から離れた場所に位置しているからこその

昔ながらの温かさがそこにはあった。



蔓延するHKVや戦争で親を亡くしたもの、兄弟を亡くしたもの、

親戚を亡くしたもの、それら行く当てのない子供たちがここでは身を寄せ合っていた。


その中でシオンとノイアも暮らしていた。






久しぶりにカラっと晴れた空に心地よく吹く風。

太陽が空の中心に来て、昨日までの雨で濡れた世界を照らしている。


最低限の衣服を身にまとったシオンとノイアは青々とした地面に座り込み

丘から遠目に見えるビルの群れを眺めていた。



「……アイネが里親のとこに行ってからどれくらいたったかな」


おもむろにノイアが口話開いた。

シオンはまたこの話か、と言わんばかりにため息をつく。


「あのな、そんな話してもアイネは戻ってこないぞ」



「分かってるけどさ、シオンはさみしくないの?何年もここで一緒だったのに急にいなくなっちゃうんだもん。ろくにお別れの言葉も言えなかったし」



「こんな時代でいつウイルスが発症して死んでもおかしくないからな。以前より事が早く進むのは当然っちゃ当然かもな」



ノイアは仏頂面になる。



「僕が聞いてるのは寂しいか寂しくないかだけなんだけど」



シオンは無言を貫き通そうとしたが

隣からにらみを利かせる視線を感じ、



「そうだな、寂しい」



観念して同意した。

ノイアは立ち上がり歩きながら言った。



「ねえ、僕らでアイネを迎えに行かない?」



突拍子もない提案にシオンは口が半開きになる。

相変わらずノイアの脈絡もない提案には

シオンも思考が追いつかなかった。


「二人で力を合わせればきっと何とかなるよ。

シオン頭いいんだしさ!何とかしてウイルスで死ぬ前に三人でもう一回集まろうよ」



「お前が考えなしの馬鹿だってことは分かってはいたけど、ここまでとは……。いいか? 情報が圧倒的に足りないだろ。アイツの行った里親の住所は? 名前は? 仮に居場所を突き止めたとしても金もない俺たちがどうやって会いに行くんだ」



「う、それは……」


「それにな、アイネを迎えに来た奴らの身なり見たろ。ありゃ、相当の金持ちだ。だから今頃、あいつら、人造人間レプリオンになって優雅に死におびえることなく暮らしてるさ。迎えに行ったところで追い返されるのがおちだ」



さっきまで目を輝かせていたノイアだが

シオンの言葉で一気に現実に呼び戻された。

ノイアは座り込みゆっくりと脚を抱え込み顔を伏せた。



 その様子を見て、さすがに言い過ぎたと思ったのか「ま、シスターに聞けば何かわかるかもしれねえし、場所によっちゃ歩いて行けるかもしれないから話くらいはできるかもな。うん、悪い賭けじゃねぇ」と何とかシオンはフォローを入れた。




「ほんと最悪よねー。人を勝手に冷徹扱いしたり人造人間レプリオン扱いしたり。いい度胸してるじゃない。いつの間にそんな男らしくなったのかしらね」




雨上がり特有のさわやかな風と共に突然

幼いころから聞きなじんだ声が背後からした。

シオンはまさかと思い振り返る。



見覚えのある顔立ちだった。

若干小綺麗になった長い黒髪が視界に入った。

ぱっちりとした瞳に

芯を感じさせるようなたたずまい。



引き取られて孤児院を出て行った時となんら変わりないその姿に

シオンは思わず口を開き名前を呼ぼうとした次の瞬間



「アイネー!!」


と、ノイアが飛びついた。



アイネはそれを受け止め、頭をなでる。


「……あんたも来る?」


からかうように笑いながらシオンのほうに顔を向ける。



「ゴリラ女に圧殺されるから離れとけー、ノイア」



「ほんとに少しみない間に変わったわね、シ・オ・ン!」



 アイネはこめかみに血管を浮かび上がらせる。




「んで、何でここにいる」


シオンのその言葉にアイネは目を丸くする。

そんなの分かり切ってることじゃない、とでも言わんばかりの顔だ。



「なんでって言われても里親といるよりもシオンたちとまた一緒にいたくなったから戻ってきたに決まってるでしょ」



さも当然のようにさらりと口に言葉として出すあたり

以前のアイネから全く変わっていなかった。


一見したら彼女の言動はわがままで気勝手だと

思われがちだが、誰よりも自分を持っていて、いつだって存在感を放っていた。


そのためか、孤児院では

みんなの姉であり母のような頼りがいがありまた、慕われる対象だった。



中でも特にノイアは彼女を尊敬しておりまた一番気が合う友人であった。彼女が目の前に現れたことが

よほどうれしかったのだろう。ノイアは今までにないテンションになっていた。



「ん~、さっすがアイネ―!」


ノイアは抱き着くのをやめて、肩をたたく。


「僕は信じてたよ! 戻ってきてくれるって。うわぁ~、一年ぶりくらいかな!」



あまりのテンションの上がり具合にアイネは少し戸惑いつつもそれくらいかなと答えた。一方のシオンは苦笑いをしながら興奮気味のノイアから距離を取った。



しばらくノイアの興奮が収まるまで待った後

アイネはこの場所に戻ってきた経緯を話し始めた。



「戻ってくるか結構迷っちゃったけど……。

家族でね、人造人間レプリオンになるかもって時にふとあんたたちの顔がよぎっちゃって……。



もう二度と会えないんじゃないかって。



親に詳しく聞いてみたら、人造人間レプリオンになるためにはマセライ帝国かマセライに属してる帝国にまで行かなくちゃいけないらしいの。



そしたらもう二人にほんとに会えなくなっちゃうかもしれないしなにより周りに流されて自分を見失うのが嫌だったから。だからずっと両親と話し合って、やっと昨日私の意思を尊重してもらえたわ」



言葉と言葉を紡ぐように、されど意思は固く。

全てを語ったアイネの顔は晴れやかだった。

彼女の中で様々な葛藤があり、そして今この場にいることはノイアもシオンもひしひしと感じ取れた。


シオンは言う。



「そんで飛び出してきたってことか。もったいねーな、せっかくウイルスから助かる手段を手に入れて

かつ永遠の命も自分のものにできるかもしれなかったのに」


「シオン、なんか嬉しそうだね」


ノイアが含みのある笑いをしながら言う。



「お前に言われたくないな」



シオンは真顔で言った。




そのあとも三人は久しぶりの会話を楽しんだ。

都会の様子やアイネがいなくなってからのことなど、つもりに積もった話を消化していった。



お喋りに夢中になっていた3人は少し肌寒くなって来たことに気づいた。

いつのまにか頭の上にあった太陽は地平線に顔をつけていた。



シオンがそろそろ"家"に戻ろうとすると

最後にアイネが切り出した。



「ねえ、そういえばセリアンスロープって知ってる?」



シオンとノイアは顔を見合わせて顔を横に振る。



「私ね、都会で噂になってるのを聞いたんだけどもしかしたらウイルスから助かる方法があるかもしれないの」

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