《 六日目 》

 かつては純白だった王子達彦のワイシャツは、今や血と泥でどす黒く染まっていた。

 赤く日に焼けた顔にボサボサ髪と無精髭。平時ならばこういう身なりの者は「ホームレス」と呼ばれるであろう。

 おまけにこのホームレス、下半身には何も穿いていなかった。ひどい下痢が続いて、ズボンの中にもらしてしまうので、いつの間にか脱いでしまったのである。どこで脱ぎ捨ててしまったのか当人には記憶がなかった。どうせ誰も見ていないのだからいいではないかと思った。

「香織」

 と男は言った。独り言である。男は足を引きずり、ペットボトルをぶら下げながら、ヨロヨロと環七通りを北へと歩いていた。

 黒い涙が溢れて黒い頬に流れ落ちた。片手に握りしめたスマートフォンからはもう何の音もしない。電池はとっくに切れているのだが、なぜか男はそれを捨てようとはしない。

 目の見える人でも迷子になる都会のジャングルの中で、それでも男は立ち止まることはない。男は何も考えない。そして何かを信じている。思考などというつまらないことにエネルギーを分けるほど今の男には余裕がなかった。

「香織」

 とまた男は言った。その名前は男にとって花のようなもので、それだけで光り輝き、それだけで喜びであり、それだけで幸福を意味する命の言葉だった。

 男はゆっくりと環七通りを北へと歩いていた。

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