第3週目!

 俺の名前は龍ヶ崎セイジ。もうそろそろ自己紹介は省略しても良いんじゃないかと思い始めている正義のヒーローだ。


 ゴクアークの幹部サギッシーとの戦いから一週間。昨日まで俺の第六感ヒーローレーダーは全く反応しなかった。

 しかし、俺にはわかる。今日がである、と。


 ていうか、いままで戦ってきたやつらも、どういうわけだか軒並み何かしらのアクションを起こすのである。前回のH市は日曜日、前々回のU町も日曜日、そしてその前のY市も日曜日だった。いまは日曜日に仕掛けるのが悪の組織業界ではトレンドなのかもしれない。


「あー! セイジさん!」


 一般人に擬態している買い物帰りの俺をめざとく見つけて声をかけてきたのは、いつの間にか正体がバレている上に慕われているシゲル君である。


 キラキラネームのはびこるこの平成の世に『シゲル』? そう思った方もいるだろう。リアルなシゲルの方、申し訳ありません。

 しかし彼は『詩蹴シゲル』と書くタイプのシゲル君なのである。ゲーテに魅了されたお母様とJリーグを愛してやまない元水泳部のお父様によって名付けられた、なかなかに重みのある業を背負ったゲームオタクだ。


「やぁシゲル君。ゲーセンの帰りかい?」

「違うよ、セイジさん。今日はファイナルクエストⅩの発売日だからね。まぁ僕はもちろんネットで予約してるんだけどさ。何ていうの? 並んでまで買う醍醐味っていうのかな。祭に参加する、っていうかね。そういうのも大事にしたいわけ、僕は」

「成る程ねぇ。でもそうなると家に同じゲームが2つもあるってことになるじゃないか。でも実際にプレイするのはそのどちらかだろう? それとも交代でプレイするのかい?」

「まっさか~、セイジさんてば何にも知らないんだな」


 人差し指を立て、それを左右に振りながらシゲル君は「チッチッチッ」と得意気である。黙れ、親のすねかじりニート野郎。


「ネットの方は保管用。どうせ届くのは明日だしさ。で、こっちがプレイ用ってわけ」

「ふぅん。まぁ、好きにしたら良いさ。さっさと帰ってそのファイ何とかってゲームやったら?」

「もちろん、でもさ、良いの?」

「何が?」

「だってホラ、今日って日曜じゃん? なんじゃないの?」

「なっ……?! 何っ?! し、シゲル君……」


 こっ、コイツ……! ただのクズ野郎かと思っていたが、敵出現の法則に気付くとは……! 侮れん!


「ホラ、噂をすれば……だろ? セイジさんが待ってるのは」

「なっ……何だとっ!?」


 俺のヒーローレーダーは何も反応していないぞ!

 俺のレーダーがイカレてしまったのか、それともコイツにはそれを嗅ぎつける特殊能力があるとでもいうのだろうか。その上、俺のレーダーを遥かに凌ぐ性能を持っている。

 さすがヒーローものには必ず付き物のアシスタント的ポジション! ただの小太り短パン野郎ではなかったというわけか!


 俺は、要所要所で敵にさらわれるなどして結果的にこちらの足を引っ張るだけの無能野郎とばかり思っていたこのシゲル君を少しだけ見直した。なのは、やはり『すねかじりニート野郎』という印象が拭いきれないからだろう。


 しかし、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 耳をすませば聞こえて来るではないか、か弱き人々の助けを求める声が……!


 ……おや?

 何も聞こえない……? い、いや、聞こえる。何だ? 何なんだ、この声は……ッ! この、地響きのような唸り声は……ッ!


「うっひょー! キタキタァっ!! さくら子たーんっ!!」


 奇声を発しながらシゲル君は駆け出した。彼の向かう先にあるのは選挙カーのように屋根の上に人が立てるタイプのワンボックスカーである。

 転落防止の手すりには手作り感のあふれる横断幕が張られている。その高校の文化祭クォリティの横断幕に書かれている名前は『井ノ川さくら子』――通称『さくら子たん』。この町のご当地アイドルである。


 可愛いか可愛くないかの選択を迫られれば、まぁギリ可愛い、かなぁ~? くらいのルックスではあるものの、ぶっちゃけスタイルだけは申し分ないくらい申し分ない。スタイルだけなら並の芸能人クラスといっても良いだろう。


 成る程、先ほどの唸り声は血気盛んな野郎共だったか。


 彼ら30~40代の男性は、この過疎化が通常の3倍で進みまくっている局地的超超超高齢社会である井川さくら町にとっては貴重な『若い力』ではあるものの、その約50%がフリーアルバイターで、老いた親達の悩みの一つである。それでも彼らはまだ働いているだけましな部類であり、完全無職の子を持つご家庭では「○○さんトコの○○君は立派にコンビニ(という名の個人商店)で働いて(週2勤務)いるのにアンタはいつ働くの?」という非常に重苦しいテーマが食卓に投げ込まれるのが常であるらしい。

 ちなみに正規社員の子を持つ親は完全に勝ち組ではあるものの、子の方では、男性はデキ婚狙いのハニートラップに日々警戒し、また、女性は臆面もなく「俺が主夫になって家を支えるから!(君はバリバリ働いて俺を養って)」などというヒモ立候補者を片っ端から蹴散らしていかなければならない。もちろん、そんな生活に嫌気が差し、この町を去って行く者がほとんどなのだが。


 どうやらさくら子たんの目的はこのさびれまくったさくら商店街のPRのようで、よく見るとATV(地元テレビ局)のスタッフが面倒くさそうな顔を隠しもしないでカメラを回している。


 もしかしてゴクアークの狙いはこれか……!?


 カメラの前で白昼堂々さくら子たんを誘拐して……とか。

 ふむ、あいつらにしてはそこそこの作戦だ。しかし、これは生放送ではない。

 その証拠にスタッフはさっきから「こことここはばっさり切りましょう」「とりあえず魚屋の部分は完全カットで」などとその魚屋の親父の前で言っているのである。ままま、抑えて抑えてマサさん。後で俺がこってり絞ってやるから。


 たぶんうまいことこの場から連れ出せたとしてもその映像がお茶の間に流れることはないだろう。そこまで考えてからやれよ。せめて生放送をジャックしろ。ていうかここには俺がいるわけだが。


 さぁ、どこからでも、来いッ! ゴクアークの怪人共ッ!



「お疲れさまでしたぁ~! ありがとうございましたぁ~!」


 おかしい。


 無事(そのほとんどがカットされることが水面下で決定しつつも)撮影を終えたさくら子たんが周囲の野次馬達に――とは言っても目線は完全にATVのスタッフに行っていたが――深々と頭を下げた。ハンディカメラとマイクくらいしか荷物がないらしいスタッフ達は商店街の店主達に一目もくれず、さっさとその場を去る。


 おかしい。

 何も起こらなかった。


 何で、何でだ!

 今日は日曜だぞ?

 今回は曜日縛りじゃないというのか! だったらアイツらこの一週間何してたんだ!


「――セイジさん、セイジさん」


 シゲル君がうずくまって頭を抱える俺の肩をトントンと叩く。


「あ、あぁ、シゲル君」

「どうしたんですか、セイジさん」

「い、いや、こっちのことだ。シゲル君は気にしないでくれ」

「ふぅん、まぁ良いっすけど。あぁそうだ、セイジさん、そういや今日って『全米オープンゴルフ』の日なんですよね」

「な……っ! ゴルフだと……!?」

「そうです、いつも見てる特撮番組全潰れなんですよ。いやぁ、発売日が今日で良かった。俺、リアタイ視聴派なんで」


 全米オープンゴルフ。

 それはなぜか敵がぴたりと活動を止める魔法のイベントである。


 たぶん好きなんだろう、ゴルフが。

 アジトで見てんのかな、全員で。

 余韻に浸りまくって活動出来ないんだろう、うん。


 どうやら今日は稀にある休日回だったらしい。俺はそんなことを思いながらアパートへと戻った。

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