第4週目!

 今週こそ。


 そう思っていたのは俺だけなのか、それともゴクアークヤツらの方でもなのか。


 やはり今日、ヤツらは活動している。しかも――、


「おいおい兄ちゃんよぉ、アンタ、俺の女に何してくれてんの?」

「い、いや、そのぅ……」

「こんなことよぉ、アンタの奥さんにバレたら大変なことになるんじゃねぇのかなぁ?」

「そ、そんな! 妻にだけは!」

「だよなぁ? そうなるよなぁ?」


 俺の目の前で、ケバい化粧をして派手なドレスを着た水商売風の女がけだるげに煙草をふかしている。その隣ではやくざの下っ端みたいな白スーツの強面こわもてが、気弱そうなリーマン風の男に詰め寄っていた。


 間違いない、こいつらゴクアークの関係者だ。

 そう思うのは、その女の顔が完全にタコだったからだ。タコに激似とかそういうレベルじゃなくて間違いなくタコ。タコの顔に人間の身体がくっついているっていう。


 もうどこから突っ込んで良いやらだわ、正直。


 とりあえずリーマンよ、お前の守備範囲どうなってる? どこを守ってるんだ? 博愛主義にも程がある!

 そして女! 人間騙すなら顔どうにかしろ! まぁ今回は結果オーライだったみたいだけどな!

 あと男! お前だけだ、マトモなの! まともにそれらしく成立してんの、お前だけ!


 何なの?

 マジでこの町何なの? 

 何でこんなやつらに目ェつけられてんの?


「そんじゃ、ま、とりあえずアレだ」

「あ、ですか……?」

「すっとぼけてんじゃねぇぞ、金だよ金ェ!」

「ひぃ!」


 これは良くない。

 正直、ただの痴話喧嘩だっていうなら無視して通り過ぎようかななんて良からぬ考えが浮かんでいたけれども、さすがに金品をゆすられている現場を目の当たりにしたんじゃあ割って入るしかあるまい。


「――待てぇいっ!」

「だ、誰だ!」

「(多少性的嗜好に問題がありそうだが)善良な市民を騙すなど、この俺が許さん! 変身!」


 まばゆい光と共に俺の身体は真っ赤なパワードスーツが装着された。そして変身完了と共にビシッとポーズを決める。


「この地域に平和をもたらすため、住民の笑顔を守るため、日夜戦い続ける孤高の戦士! ドラゴンレッド! そこのサラリーマンよ、早く逃げなさい!」

「は、はいぃっ!!!」


 さすが若い人は足が速い。もうあっという間に人混みに紛れてしまった。

 わざわざ手を引き背中を押さずとも自力で避難してくれる。ここがシニア達とは違うところである。


「アンタがドラゴンレッドね。サギッシー様から噂はだいたい聞いてるわ」


 タコ女が一歩前に出る。と共に白スーツはささっと彼女の後ろに隠れた。


 何? お前らの力関係そんな感じなの?

 そっちなんだ? 上司!


「アタシはゴクアークの準幹部ツツモタセーノ」

「お前か、最近昇格した準幹部ってのは」

「そうよ。アンタをって今度は幹部になってやるんだから! やっちまいな、コワモテ!」

「ワレェ―――――――!!!!」

「お前さっき普通にしゃべってたろ!」


 その白スーツは『コワモテ』という名前らしい。うむ、いつものチンピラーとは迫力が違う。これは期待出来るぞ。


 俺は不謹慎にも期待に胸を膨らませた。そりゃあ戦うとなれば、相手は自分より弱い方が良い。これは友情やら青春やらのバトル漫画なんかではなく、平和をかけた真剣勝負なのである。だから本当は、デコピン一発でダウン出来ちゃうくらいに力の差があった方が展開としては楽だ。さっさとチンピラーを片付け、怪人やら幹部やらをなぎ倒し、首領を始末すれば良い。


 しかしそれでもあまりに弱すぎると何だかこちらの価値が下がるというか。弱いものいじめみたいに見えるなんて投書が来たこともあったし、最近じゃSNSで晒されて炎上なんていう事態にも陥りかねない。


 頼む、頼むぞ。

 多少手こずる程度には強くあってくれ……!!



「わ、ワレェ――――…………」


 ……駄目でした。


「くっ……! アタシの可愛いコワモテをよくも……っ!」


 ツツモタセーノは拳を握りしめてワナワナと震えた。突き出た筒状の口もそれに合わせてぷるぷると震える。


 やっぱり墨とか吐くんだろうか。

 吐くんだろうな。そんで俺の視界を奪って、タコ殴りにするわけだ。タコだけに。

 成る程、それはなかなか厄介かもしれないな。


 『準』とはいえ幹部なわけだし、こいつはそれなりにやるんだろう。そういやこいつよりも格上のサギッシーとは何度か会ってるけど戦ったことないんだよなぁ。一回ちゃんと手合わせしとかんと。


 さて、どう出るか。


 俺達はにらみ合ったまま一歩も動かなかった。先に動いた方が負ける。そんなヒリヒリとした緊張感があった。そう、これだ。これなんだよ。ヒーローと悪との戦いってのはさ。敗者は死に、勝者が正義となる。絶対に負けられない戦いだ。


 ――ぴくり。


 ツツモタセーノの指先が動いた。

 来るか?


 彼女の指はゆっくりと肩にかけていたショルダーバッグへと伸びる。


 よく見るとロゴは『CHONEL』だった。思いっきり偽物じゃねーか!


 そこに武器をしまっているのか。何ともわかりやすい。

 しかしそのバッグは、シガレットケースと携帯、口紅くらいしか入らなそうな大きさなのである。ていうか、あんなちっちゃいバッグに収まる武器って何?


 ある意味気になりまくって黙ってガン見してしまう。まぁ、あいつらも変身中とか名乗り中は待っててくれるしな。一応礼儀というか。


 彼女は俺に視線を固定したまま、バッグの中から金色に光る小さな筒を取り出した。口紅のように見えるが。


 ツツモタセーノは長い髪をウザったそうにかき上げ、小首を傾げながらねっとりと俺を見つめている。ねっとり、というのは、そいつの顔がそもそもぬめぬめしているからそう見えるだけかもしれないが。


 そして、ねっとりぬめぬめとこちらを見つめながらゆっくりとその蓋を取る。底部の方をくるくると回すと出て来たのは、やはり口紅のようで、色はややくすんだ赤である。それをぬたぬたと筒状の口の周りに塗ったくり、一度上下(ああいう形状の口でも上下があるのだろうか)を合わせてから、パッ、と開く。

 ぬらぬらとした肌の表面に一際てらてらとした紅が引かれ、何とも艶めかしい……というか、もう何か生臭い。


「……で?」

「……は?」


 一体何が「……で?」なのか。


 俺はもうそろそろ必殺技であるドラゴンキックを出しておこうかとウォーミングアップを始めていたところである。別に出し惜しみしていたとかではないんだが、何ていうか、まぁ、出しそびれていた、というか。


「アンタはアタシといくらで寝たいわけ?」

「……は?」

「いやいやいや、だってアンタさっきからアタシのことじぃーっと見つめてるじゃない。一体何を考えてるのよぅ?」

「何って、いつ俺の(蹴り)をぶち込んでやろうかと」

「いやん、ケダモノ!」


 身体は人間であるはずなのにくねくねと身をよじらせる様は正にタコである。そんな気持ち悪いことを言いながら、俺に向かってパチンとウィンクまで寄越して来た。そろそろ我慢の限界だ。


「でも……良いわ。仕方ないわ。そこまで言うなら、アタシ、抱かれても良いわ」


 腰を……というか、尻をブリブリ振りつつ、筒状の口をブルンブルン揺らしつつ、そこだけはもう天晴としか言いようのないおっぱいをたゆんたゆんさせながら、ツツモタセーノが迫ってくる。


 目を細め、おっぱい部分にだけ焦点を合わせれば、うーん、まぁイケるかなぁ~、くらいには思ったんだが、一瞬でも顔が見えたらアウト。ただのタコ。いや、口の回りが不自然なほどに真っ赤なタコである。既に食える代物ではない。


 いや、でもおっぱいだけなら……。

 いや、でもそもそも俺、どっちかというと尻派なんだよなぁ。

 なぜいまこの状況でおっぱい派に?

 そんなことは一旦もう良い。尻派なのかおっぱい派なのか、いま議論すべきはそこじゃない。


 食えるか、食えないか、だ!


 そして、いま、その決断を下す!


「くたばれぇっ! タぁぁぁコやろぉぉぉぉぉうっ!! ドラゴンキ――――ック!!!!」

「きゃぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああっ!!!!???」



 ……自分で言っといてなんだが、『野郎』ではなかったな。一応女なんだろうから、『タコ女』にしとけば良かった。


 ヒーローたるもの、どんな時でも、どんな相手にでも、それが例えひと匙程度であっても優しさだけは忘れてはならないのだ。


「じゃあな、タコ。墨くらい吐けるようになっとけ」


 俺はそう言って、黒焦げになってぬたぬたとのたうち回っているツツモタセーノを一瞥し、その場を去った。




 

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