第6話 苦しみながらも甲子園へ!!

 楓は振りかぶって投げた。その初球はものすごいスピードで不動のミットに

入った。バッターも動けないでいた。


「審判」

「ス、ストライク!」


 思わぬ事に審判も不動に言われてからコールした。それと同時に

球場が大騒ぎになった。

 それから楓は投げて行き、三者連続三振を取った。

 ベンチに戻り、楓はすぐにバットを持つ。楓は投手で一番だ。

 その楓のコールに球場はまたざわつく。打席に入る楓。

 相手も楓が一番でこれまでの事を研究していた。でも、楓は

塁にも出したら危険という事も知っている。一人で盗塁して

ホームに帰ってくるからだ。

 なので相手バッテリーは勝負に出た。その一球目、相手の投手は

アウトコースに投げた。しかし、楓はそれを打ち、当然のごとく

それがホームランになった。

 

 この地区大会初の先頭打者初球ホームランが生まれた。


 それから今回は楓だけでなく、不動や矢野を始め、他の選手も

活躍し、4対0で碧陽が勝利した。もちろん楓のパーフェクトだ。

 そして、これが碧陽野球部の公式初勝利でもあった。


 この日の試合が終わり、一度学園に戻る。グラウンドでミーティングを

して、それから解散した。


「楓くん。体大丈夫?」

「ああ、問題ない」


 帰り道、香澄が声をかけてきた。


「勝ったね一回戦」

「当然だ」

「本当に甲子園に行けるかも」

「そうだな。まぁ俺がいる時ぐらいは夢を見せてやるよ」

「それって、私を甲子園に連れて行くみたいな?」

「ああ、なんかそんなのが言いたいって阿部達が言ってたな」

「そうそう。皆あの漫画みたいにしたいみたいだけどね」

「まぁ奴らだけじゃ無理だからな」

「そうだね。でも、楓君ならできるよね」

「ああ」

「・・・しかたない。私から言おう。楓君。甲子園に連れてってね」

「勝手についてこい」

「もう、素直じゃないんだから」

「俺がそんな事言うと思うか?」

「言ってほしい」

「断る」


 そんな事を話しながら楓は家に帰った。それから二回戦、三回戦と

碧陽は勝ち上がって行った。

 楓は連投だが問題ない。それに、球場には楓を見ようと毎回満員に

なるほどの客が来てるので、楓を休ませたくてもできない雰囲気でも

あった。

 

「朝霧くん、最後まで行ける?」

「問題ない。何もしない方がひまだからな」

「それならいいけど、万が一ってことも」

「その時は前の所に連れて行ってくれ。助かればな」

「え?」

「なんでもない」


 準決勝も終わり、グラウンドで最後の調整に入っていた野球部。もう

夏休みなのでスタンドも応援団が来ている。

 そんな地区大会の決勝戦がついに始まる。相手はこれまでこの地区の

大会で優勝してきている強豪だ。今年の甲子園でも優勝候補の一校でもある。


 満員のスタンド。メディアも大勢集まる。この準決勝の時から

地元でのテレビ中継もされている。

 そんな大舞台でも楓が動じる事はない。だが、それは少しずつ

せまっていた。


 球場内のロッカーで着替えていると楓が胸に手を抑えた。


「まさか、こんな時にか」


 少し痛み出す心臓。だが、楓は倒れる程ではなかった。その発作は

すぐにおさまった。


「楓くんどうしたの?」

「先輩、大丈夫っす」

「顔色が悪いみたいだけど」

「朝霧、お前また」

「問題ない!俺の事は気にするな」

「でも」

「だったら、俺を楽させてくれ。打席ではなにもしないぞ」

「それはそれで困るが。でも、俺達だってうまくなって

来てるんだ。皆、楓の負担を軽くするぞ」

「おう」

「できればいいな」

「つっこむな」


 皆ベンチに入る。すでに監督と香澄はいる。不動が監督に楓の

様子を話した。


「朝霧くん」

「しつこい。それなら俺は投げなくていいのか?」

「それは」

「じゃぁ心配するな」


 楓はベンチから離れる。楓が出てくるとスタンドがわいた。ここまで

全試合パーフェクトの楓だ。当然、プロのスカウトが全球団来ていた。

 時間になり、両校の選手が整列する。あいさつをし、試合が

始まる。


 今回先行は碧陽だ。なので楓は投手からではなく打者からの

スタートだ。

 それでも打席に入ると球場が異常なほど盛り上がる。まるで甲子園の

決勝の様に。

 

 一番の楓。相手は当然敬遠をし始めた。それに客達がブーイングを

する。敵もわかっているがやらざるおえなかった。

 楓はフォアボールで塁に出た。二番の三年の高井がバンとの

構えをする。相手は警戒しながら投げる。楓は走ろうと思えば

走れたのだが、不動達から自分で攻めるのはひかえてくれと言われたので

しかたなくおさええていた。


 バントが決まり、楓は楽に二塁に向かう。その度に球場が沸く。

 三番の二年の田島がヒットを打ち、楓は三塁に出る。今までと

違った戦法の碧陽の攻撃に敵の監督も対応に追われる。

 そして四番の不動の打席だ。ランナーが二人いる。しかも

楓が三塁打。相手は一点だけで終わらせようとする。

 それをわかっている不動。当然、ヒットを打ち、楓が

ホームに帰って来て、点が入る。この回は次の矢野も打ち

二点を取り終わった。


 そうして、いよいよ楓がマウンドにあがる。相手の一番が

打席に入り構える。

 楓は振りかぶり投げた。不動のミットに入る球。その速さに

一瞬静寂になる球場。審判がコールするとまた盛り上がる。

 

 スタンドでスカウト達が速度をはかっていた。その表示に

スカウト達が驚く。


「1、165!?」

「信じられん。初球でこの速さ」

「まさに怪物だ」


 それから楓は投げ続ける。あっという間に最終回まで

やってきた。碧陽が先行なのでこの裏を抑えれば

碧陽が勝ち甲子園出場が決まる。

 ベンチからマウンドに向かおうとした楓。だが、その

痛みがまたおそってきた。


「楓くん!!」


 それに気づいた香澄が叫ぶ。楓が膝をついていたからだ。それに

気づいた不動達もかけつける。スタンドもざわついていた。


「朝霧、立てるか」

「当然・・・くそっ!」

「朝霧、戻るか」

「大丈夫だ阿部。おまえが戻れ」

「だが」


 楓は立ち上がった。でも、その苦しそうな表情をチームメイトは

始めてみた。今までどんな練習も涼しい顔でこなしていて

笑ったりした事もなく、無表情の楓しかみてないからだ。

 審判もよってきて話始める。監督も来て、試合が一時止まる。

 

「じゃぁ大丈夫だね」

「問題ないっす」

「わかった」


 審判が戻り、香澄達もベンチに戻る。スタンドは楓が疲労で

倒れたと思っている。

 その楓が立ち上がりマウンドに向かうとスタンドから

拍手が送られた。


 不動が楓の所に向かう。


「あと三人。終わったら甲子園だよ」

「わかってる。さっきは迷惑かえたからな。しっかり終わらせますよ」

「絶対無理はダメだからね」

「了解っす」


 不動が戻り、試合が再開する。楓が投げる事に歓声が沸く。一人

一人と三振させ、ついに最後の一人だ。

しかも、この試合もここまでパーフェクトだ。さらにここまで

変化球を投げずにだ。

 さすがに相手もバットには当てているが前には飛ばせない。バントも

これまでそのバットをはじきとばしたりしてふせいでいる。


 そして、楓が投げた。しかし、その球はストライクから

外れた。


「朝霧が外した!?」


 それに驚いたのは不動達だった。そこから楓はストライクを

外し、スリーボールまで来てしまった。

 楓は表情こそ変えないが、顔を下に向けていた。

 そこに不動や矢野達が集まる。


「朝霧くん、変わろうか?」

「あと一人だ。変わる方がめんどくさい」

「しかし」

「心配ないって言ってんだろ!!下がれ」


 楓が怒りながら言うと不動が楓の頬を叩いた。


「キミが一人で試合をしてるなら何も言わない。でも野球は

皆でしてるんだ。キミ一人だけのものじゃない。それに

チームメイトの心配をして何が悪い?世間からどう思われても

仲間が苦しいなら僕は変えるよ。楓君」

「先輩」

「朝霧、あと一人だ。楽に投げろ。打たれても俺らが守る」

「キャプテン」

「打たせてけ。周りは三振をみたいかもしれんけどな」

「ああ。俺らは勝てればいいんだからよ」

「・・・すんません。じゃぁ任せます」

「おう」


 不動達は戻り、楓が残ると球場がまた拍手をする。そして

楓が投げた。その球はあきらかに今までより遅いが

それでも一年生が投げる速さじゃない。

 バッターはそれを打った。しかし、前には飛ばず、不動の

頭上に打ちあがり、不動がその球を取った。


 ゲームセットという審判の声が響くと、不動が楓の所に

向かった。


「勝った」

「やった甲子園だ!!」


 不動が楓に抱き着く。ベンチでも監督と香澄が泣いていた。

マウンドに集まる選手達。スタンドからも拍手と応援団の

演奏が続く。

 マウンドでは楓は落ち着いていた。


「おさまった、か。ってか離れてくれますか先輩」

「いいじゃんこんな時くらい」

「よし、楓を胴上げするぞ」

「ハッ?それは監督にだろ?」

「監督は女性だから。代わりにキミだよ」


 そうして不動達は楓を胴上げした。その時でも無表情な楓だが

心の中ではこれも悪くないかと思っていた。

 そして、高校野球史上初の全パーフェクトを達成した楓。大会の

式が終わると取材をされる。当然倒れた事も聞かれるがそれは

ただの疲労と伝えた。

 

 そうして楓は家に帰ると美香と話してからすぐに部屋で

眠った。

 

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