第4話 皆の前で倒れる楓

 楓は体をひねり、投げた。その球はミットに、いや、審判のさらに後ろの

客席前の柵に向かっていた。

 大きいガシャンという音の方を全員が見た。


「なんだ大暴投だ!」

「一年だから緊張してるんじゃねの?」

「ああ、あれなら自滅してくれそうだぜ」


 相手のベンチにいる奴らは笑っているが、監督と打席にいる

一番は笑ってなかった。


「あいつら何笑ってやがる。あれがミットに入ったら」


 打者は冷や汗をかいていた。すると、不動がタイムを取り楓の所に

向かった。


「どうしたの?」

「いや、場なれしてないせいか、足がうまく止まらくてな」

「ああ。確かにキミは初めてだもんね。それに、たぶん自分では

気づいてないかもしれないけど、緊張もしてると思うよ」

「俺が緊張?」

「まぁそれも考えて、好きに投げていいよ。これは練習試合だからね」

「了解です」


 不動は戻った。楓は一度深呼吸をする。そして、再び投げた。その球は

不動のミットに入り、さっきまでの笑い声が消えた。


「は、速い」

「なんだあの速さ」

「何キロ出てるんだよ」


 楓の球の速さに驚きが隠せない敵チーム。楓はそれから淡々と

投げ、三者連続三振をした。全部真ん中のストレートだけで。


「朝霧君、どうマウンドは?」

「まぁ悪くないっすね。まだ変な感覚はありますけど」

「それは慣れだからね。これから何回も投げて覚えて行けば

いい」

「了解」

「さて、じゃぁすぐに打席に行きなさい」

「ああ、俺が一番だっけ」

「そうよ。お願いね」

「へぇい」


 楓は帽子を取ってメットをかぶりバットを持つ。打席に向かう

時、相手がまた驚く。


「一番ピッチャーだと!?」

「そんなのありなのか?」


 楓のやる事は普通ならできない事だ。でも、それを楓は簡単に

やり遂げてしまう。


 左打席に立つ楓。それにも驚く敵。そして相手投手が投げた。楓は

その初球を狙い打った。

 その球は高く上がり、そして、バックスクリーンに入った。


「うそだろ?」

「あいつピッチャーだろ?」


 楓はゆっくりダイアモンドを回る。ホームをふみ、一点が

入る。

 

「本当にすごいわねあんた」

「別にたいした事はしてない」

「私、この部に入ってよかったよ」

「それはよかったな」


 楓はベンチに座る。それから試合は進む。楓の一発で相手の投手は

くずされ、他の選手達も打っていき、不動と矢野もつながり

一回で三点も取った。

 碧陽野球部始まって以来の快挙だった。それから当然楓が

抑えて、打席では敬遠される。でも、塁に出る楓は盗塁で三塁まで

進み、相手のミスを誘い、バッターが何もせず、一人でホームに

帰ってきた。


 試合が終わり、気づけば楓はパーフェクトをし、さらにホームラン

盗塁、二打点と驚異の数字を出していた。

 選手が並びあいさつをし、その試合を終える。


「進藤監督」

「どうもお世話になりました」

「いや、それはこちらです。それより、彼は何者なんですか?

あんな選手、今まで聞いた事ないですよ」

「ええ。彼はこれが初試合ですからね。でも、これから高校野球は

彼の一人舞台になるでしょう」

「そうですね。でも、うちも諦めないですからね」

「ええ。また公式で」


 球場を後にした楓達は、監督のはからいで食事に連れて行って

もらった。

 そこでも楓はバケモノクラスの食べっぷりを見せていた。


 それから学園で野球部が試合に勝った事が話題になっていて

その立役者の楓は一躍有名人になっていた。

 性格はあれだが、容姿も悪くなく、身長も高い。ビジュアル系

バンドに居そうなその姿でモテないわけがなかった。

 楓は休み時間に騒がれないように屋上に行く。実はここで

授業もサボっていた。楓はいわば不良に近い感じだ。


 それでも今はたまに野球部の連中が来て、談話したり

キャッチボールをしたりしていた。


 放課後、部活に入ると、今までいなかったギャラリーが

増えていた。特に女子が楓の応援をしている。

 その本人はそっちのけだが。


 そんな感じで一カ月が経ち、その間に楓達も何試合か

行う。楓が投げない時は打者だけで出て、必ず一打席目で

ホームランを打ち、あとは敬遠されるパターンになる。

 そうしてるうちに、楓はこの地区でも怪物と言われ

有名人になり、さらに地元のメディアも取り上げる

ほどになった。


 六月に入り、大会も近づいてきた。それにより楓への注目が

一段と増してきていた。

 

「今日も来てるな」

「うん。まだ公式で一回も勝ってないのにね」

「それだけ朝霧がすごいって事だな」

「そうだね。これまでの試合、全部パーフェクトでしかも

打者でも毎回ホームラン」

「敬遠されてもおかまいなく走って一人で点を取りやがる」

「うん。本当にすごいよね。見方でよかったよ彼が」

「ああ、あんなのが普通に優勝校とかに居たらおそろしいな」

「うちでよかったわ」


 不動達がグラウンドに向かう途中でそんな会話をしていた。

 その本人は阿部とキャッチボールをしている。それで

阿部が座ると、柵の向こうにいるマスコミ達がカメラを

構える。

 楓が投げるだけでシャッター音が響く。


 練習が終わり、部室で着替えて帰ろうとすると、取材を

申し込まれるので楓は裏から帰り、マスコミをまいて

家に帰る。

 

「お帰り」

「今日は早いんだな」

「まぁね。それで、今日は取材はしなかったのか?」

「するわけないだろ。俺はそういうのは嫌いだ」

「だろうね。せっかく有名になったんだからそれを楽しめば

いいのにな」

「俺に楽しい事なんていらん」

「まだ楽しめないか」

「ああ。俺が楽しむ事なんてない。たとえ、野球でもな」

「まぁそれもお前次第だな」


 楓は悩んでいた。今更笑って楽しむなんてしたって三年も

すれば自分は死ぬ。だから楽しんでしまったら死ぬ時に

苦しむだけだと。

 そんな感じで楓はどんどん野球に慣れて来て、今では

全国にその名が知れ渡っていた。


 そして、地区大会まであと、一週間という時にそれは

起こってしまった。

 

 放課後の練習の時、不動とキャッチボールをしていた時だった。


「!?くっそ!!また、か」

「朝霧くん!!」

「!?」


 楓がしゃがみこんだのを見て不動が大声を出し、監督も

部員も皆楓に駆け寄った。


「朝霧くん大丈夫か?」

「どうしたの?急に」

「な、なんでもない。戻れ」

「そう言ってもあんた、すごい汗じゃない」

「熱?いや、熱くない。でもこの汗は?」

「心配ないっていってるだろっぐっ!!」

「監督、救急車!彼がこんなに苦しんでるなんて」

「ええ。呼んでくるわ」

「待て、呼ぶ、なら、成瀬、の、俺の電話に登録してる」

「朝霧君!!」


 楓は倒れた。香澄は楓が言っていた通り、スマホを取りに

行き、そこに乗っていた病院に電話をした。

 監督と香澄がやってきた救急車に乗り、ついて行った。

 病院につくと成瀬がそこにやってきた。


「あの、あなたが」

「ええ、この子の親です」

「医者だったんですね。だから彼は」

「そうです。じゃぁついてきてください」


 楓はいつもの病室に運ばれた。点滴を打ち、ベッドに横たわる楓。


「えっと、お母さん?」

「いえ、ここでは先生でいいです」

「じゃぁ先生。彼は何か病気があるんですか?それとも急な」

「それについてですが、話す事ができません。本人の承諾が

ないといけませんから」

「でも、それじゃ聞けないですよ。楓君、何も話さないし」

「そうね。ところで、あなたは?そちらは先生ですね?」

「あ、すいません。私は教師ではないんです。この学園の野球部の

顧問で雇われてる進藤菫です。こっちは野球部のマネージャーで

朝霧君のクラスメイトでもある柴咲香澄です」

「初めまして柴咲香澄です」

「この子のクラスメイトか。いつも世話になってるね」

「いえ。それで楓君は?」

「まぁちょっとした発作だけですよ。薬を出すので、それで

抑えれます」

「発作って、心臓とかですか?」

「いえ、違うので安心してください。誰にでも起きる発作なので

まぁその時は苦しいですが、すぐに収まるので」

「そうですか。じゃぁ部活は」

「ええ大丈夫です。明日には戻りますから」

「よかった」


 二人はその後、少ししてから学園に戻った。楓が

気が付いたのは夜になってからだった。

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