38. 完璧でない妹の世界一
……なんだか今日は、やけに由良くんに見られる。
そう気づいたのは二時間目の途中だった。夏休み明けにこの席順……私が窓側から二列目の後ろから二番目、由良くんがその二つ右の列の一番後ろ、という席順になってから、授業中たまーに由良くんのほうをちらっと見ては、たまーに目が合うのを楽しむということをしていたのだけど。今日はなんか、ずっと視線を感じるし、由良くんのほうを見る度に目が合った。……私、寝癖でもついてるのかな。
いや、そもそも授業中に後ろのほうを向くとか、優等生として失格だとは思うんだけど、そこはまあ、先生に気づかれないようにやっているのでセーフということにしたい。
二時間目と三時間目の間のショートホームルームの時間で、斜め前の席の新開くんがすっと立ち上がって由良くんのほうに向かっていった。うちの担任の先生は滅多にショートホームルームの時間に教室に来ないので、普段なら新開くんは理央ちゃんに話しかけているんだけど。
なんだろう、と視線で追って、由良くんに話しかける新開くんを見る。席は割と近いはずなのに、会話は全然聞こえなかった。……気になる。
後ろからつん、とつつかれたので、今度は風香のほうを見た。
「由良くんとまたなんかあったの?」
「いや、特にはない、はず……」
心当たりと言えば、昨日の勉強会を中止にして、由良くんが新開くんと帰ったっぽいことだ。……もしもキスの件について新開くんに話したのだとしても、新開くんから見られるのはわかるが、由良くんから見られるのは本当にわからないな。
ちなみに風香には、キスの話はまったくしていないし、一昨日の遊園地の話も秘密にしている。なんとなく恥ずかしかったから。
「気になるから私聞いてくるね」
こちらは声を抑えているわけではないから、当然由良くんたちにも聞こえたのだろう。二人してえっという顔でこちらを見てきた。
構わず二人のもとへ行けば、「あー、じゃあ俺は戻るな」と新開くんはそそくさと席に戻り、理央ちゃんに話しかけていた。残された由良くんは縋るような目で新開くんに訴えかけていたが、戻ってきてくれないことを悟ると、しょんぼりと私に向き直る。
「しーなさん、何?」
「何、じゃないでしょ。あんなにずっと見られたら授業に集中できないよ」
「……あー、うん、わりぃ。気をつける」
おかしい。今度は目が合わない。……遊園地で、ちゃんと元通りになれたと思ったんだけどな。まだ何かぎこちなくなる要因があるんだろうか。
あれ、っていうか今気づいたけどなんか隈がある。寝不足? ……いい子の由良くんが夜更かしでもした? 昨日の夜急にバイトに入るよう頼まれたとか、そういうことだろうか。それ以外の理由が思いつかなかった。
納得いかないもやもやを隠して、とりあえず会話を続ける。
「気をつけてくれる、ならいいんだけど。えっと、今日の部活はどうする?」
「……ん、行く。しーなさんは?」
「私も特に用事ないし、美術室で勉強しようかな。……行っても平気?」
なんかこう、授業中ずっと見られてた割には、避けられているような感じがある。だからそう尋ねたのだが、案の定由良くんは「へ、へーきだよ」と動揺を見せた。……平気そうには聞こえないんですけど。
「……なんか由良くん寝不足っぽいし、今日は家帰ってゆっくりしたほうがいいんじゃない?」
「えっ、なんでわかんの」
「隈できてる。鏡見なかった?」
「見たけどそこまで見なかった……」
「なんかあったの?」
「なんかって!?」
お、と思う。……これは私に言いたくなさそうなことがあった、のかな? そうじゃなかったらこんな過剰に反応するわけがない。少なくとも、バイトという線は消えた。
じっと見つめてみても、やっぱり目が合わない。うろうろとさまよう目に、ちょっと悲しくなった。
「……私に関係することだったりする?」
「へっ!?」
「昨日新開くんと何か話したの?」
「話したけど別に特に変わったことは!」
「ふーん……目くらい合わせてほしいなぁ」
ちょっと嫌味っぽくなってしまった。
由良くんも悪いことをしていたという自覚はあったのか、指摘されたらすぐに私と目を合わせる。一、二、三。合わせてから三秒で、赤くなった顔ではわわとして、また逸らされてしまった。
……赤く? なんで赤く?
もう一回無理やり目を合わせてみようか、と思ったところで予鈴が鳴ったので、しぶしぶ自分の席に戻ることにする。昼休み、はこの調子だと新開くんとどっか行っちゃいそうだし、放課後かな。もし帰るっていうなら私も一緒に帰ろう。
放課後。もう一度訊いても部活に行くという答えが返ってきたので、二人で美術室に来た。イーゼルやキャンバス、筆なんかの準備をする由良くんを眺める。
様子がおかしかったのは三時間目くらいまでだった。それ以降は普通に目も合ったし、赤くもならなかったのだ。あの挙動不審はいったい何だったんだろう。
「……ねぇ由良くん」
筆を握って絵の具を出す由良くんに、向かいから話しかける。
きょとんとこちらを見る由良くんは、なんだかムカつくほどいつも通りだった。
「うん? なに?」
「さっきまで変だったの、なんだったの?」
「……や、やっぱ変、だったよな」
乾いた笑みを浮かべる由良くんに、もうごまかすつもりはなさそうだった。これはちゃんとした答えが聞けるかな、という期待は、しかしあっさり裏切られた。
「もうちょいしたら
「六日?」
うん、とちょっとびくびくしながらうなずく由良くん。
……六日。その期限がなんなのかはわからないが、六日、と由良くんが言い切るなら待とう。
わかった、と言った私に、由良くんはほっとしたように笑った。……笑顔を見る度に可愛いと思っちゃうの、どうにかしたいな。自覚前も可愛いとは思ってたけど、さすがにここまでの頻度ではなかったのに。
話を切り上げ、私はノート、由良くんはキャンバスに向かう。
火曜日は大体いつもこんな感じだ。私が勉強、由良くんが絵。六人掛けの四角い大きなテーブルなので、同じテーブルでも向かい側に座っていれば近さは感じない。何か話したいことがあれば話もするが、大抵はそれぞれのことに集中していて言葉は少なかった。
三十分ほど英語の予習をして、ふと顔を上げて由良くんのほうに目を向けると、テーブルに伏せて眠っているようだった。……道理でさっきからやけに静かだと思った。
そっと立ち上がって、忍び足でテーブルの周りを歩いて由良くんのところへ行く。
腕を枕にし、顔を横に向けてすやすや眠っていたので、寝顔がよく見えた。隈さえなければすごく可愛い。……六日後にはおそらく、この隈の理由も聞けるんだろう。
そっとそっと、由良くんの頭に手をのせる。由良くんは起きない。それをいいことに、柔らかい髪の毛に手を滑らせる。
――夏休みに、図書館で由良くんの頭をなでたとき。
あのときすでに、私は由良くんのことが好きだったんだろうか。早すぎる気もするが、そうじゃなかったらあんなことをうっかりやらかすわけがない。
あれも、これも、と今までの記憶をほじくり返す。
気持ちを自覚してから考えてみれば、由良くんを好きだったからなんだろうな、という出来事が多すぎて笑えない。
……私がこんなに由良くんを可愛いって思うのも、明らかに私が由良くんを好きだから、なんだよな。何それはっずかしい。
あー、と呻きたくなるのをこらえる。今由良くんに起きられるわけにはいかなかった。……顔が絶対、赤いので。
美術室は静かだ。暖房の時期は締め切っているから運動部の声もうっすらしか聞こえないし、なんとなく教室全体が膜で覆われているような、そんな感じすらする。
今日はそれほど寒くもないので、暖房の音も小さめ。
こうして由良くんの近くにいると寝息がはっきり聞こえて、可愛いな、と頬が緩む。
「……好きだなぁ」
つい、言葉が零れた。教室が静かな分大きく響いて、しまった、と思う。起こすほどの声量ではなかった、け……ど……?
由良くんの寝息が止まっていた。息は止まっていないけど、寝息が。いやほら、なんとなく違うじゃん、わかるじゃん。寝てるときと起きてるときの息って、割と違う。
つまり、これは。
「ゆ、由良くん?」
名前を呼ぶとまぶたがかすかに震えて、そうっとその目が開けられる。ぼんやりしているからさっきまでが狸寝入りじゃないのは確かだろうが、今の言葉は聞かれていた可能性がある。
自分でもびっくりな俊敏な動きで元の椅子に戻って、起きた由良くんから視線を逸らす。聞かれていたらどうしよう、とめちゃくちゃ心臓がどきどきした。
「……なんか今、」
「何かな?」
目を逸らしたままだと怪しまれるだろうから、頑張って目を合わせる。にっこりと笑ってみたが、引きつっている気しかしなかった。
「今、なんか、なんか?」
「何かなぁ? また寝ぼけてるんじゃない?」
寝ぼけて可愛かった由良くんが、そこで覚醒したようにせわしなく瞬きをした。あっ、正気に戻してしまった。寝ぼけた、はまだ禁句だったな……。
ごめん、と状況もよくわかっていないのに謝る由良くんは、それでもまだぼんやりした顔で、首をかしげた。
「しーなさんさっき近くなかった?」
「……寝顔を見ようと思って」
嘘をつくときには事実を混ぜるとバレにくい。優等生は嘘つかないとか、今はもう言っていられなかった。嘘をつく優等生だっていいじゃないか。人間は嘘をつくものだ!
「え、寝顔。あれ、そっか、寝てた!?」
恥ずかしそうな表情で、由良くんは口元を手で拭う。よだれはついてないから大丈夫だよ。そんな動作まで可愛く見えてしまうものだから、あーー、と思わず声が出てしまった。びくっとする由良くんに、「ほっぺたになんか跡ついてるよ」と嘘の指摘をしてみると、慌てたように両頬を手で隠す。
……か、可愛い。
こらえきれずにぷっと吹き出せば、からかわれたことに気づいたらしい。
「ほ、本気にしたじゃん!」
「ふふ、あはは、よだれもついてないよ、大丈夫、ちょっと嘘ついてみただけ」
「うぅぅ……なんでそんな可愛いことすんの」
赤い顔で眉を下げる由良くん。
可愛いか? 今の可愛かったか? 私も大概だけど、由良くんの可愛いもタイミング読めないんだよな……。可愛いって頻繁に思ってしまうのが恋なんだとしたら、もしかして由良くんの好きな人、私だったりしない?
――――うん? あ、れ? ……あれ、おかしい、な。
心の中で冗談っぽく考えてみたものの、案外しっくりきてしまって、思わず固まる。
由良くんはうらら先輩みたいな人がタイプだと思っていたし、私は由良くんに好かれるようなことは何もしていないし、私なんて由良くんと似合わないし……と今までその可能性を否定してきたけど。考えてみれば私だって、室崎と由良くんは全然違うタイプだし、由良くんとは一緒にいて自然と好きになったし、似合わないと思うくせに好きになったのだ。
……可能性、として。なくはない、のだろうか。
由良くんにはよく可愛いって言われるし、一緒にいて楽しそうにしてくれる。それだけで好かれてるかも、と思うのは自意識過剰にも程があるけど、ありえる、んじゃないかな。
もし由良くんが私を好きだったなら。
あのキスの理由としては、これ以上ないほどにふさわしい気がした。
「しーなさん?」
由良くんの声に、ふー、と息を吐く。
まあ、ない、かな。余計な期待をしてしまうよりは、期待なんて捨てて何もしないほうがマシだ。もし万が一、本当に由良くんが私のことを好きだったとしても、それでもお互い友達でいることを選ぶなら、それはそれでいいだろう。男女のお付き合いというものに憧れはあるが、好きな人と両思いだからって、必ずしもそうならなくてもいいはずだ。
――そこまで考えて思い出したのは、うらら先輩の言葉だった。「恋って案外強かった!」と言ったうらら先輩が、どうにも強く印象に残っていて。
このまま本当に何もしないでいいのか? なんていう疑問が、頭をもたげる。
……だって、由良くんが本当に私を好きかなんてわからないし。
好きじゃない人と付き合うなんて不誠実だって、前に言ってたから。好かれていなかったら、告白したって振られて気まずくなるだけだ。
それはちょっと……いや、かなり、嫌だった。
「……ううん、なんでも。六日後に何話してくれるのかなーって考えてた」
つまるところ。
やっぱり私は、うらら先輩の言うように『恋に臆病』だった、ということなんだろう。
「……オレも何話そうかなーって感じ……」
「え、決めてないの?」
「決め、決めてはいるんだけど、こう、臨機応変に変えていかなきゃって……」
いったいどんな話をするつもりなんだ。
何それ、と呆れて笑いながら、勉強を再開する。由良くんも筆を持ち、紙パレットに絵の具をしぼった。半分が秋の色彩、もう半分が冬の色彩で描かれたその風景画は、きっとまた『どこにもないもの』を描いているんだろうな、と思った。
* * *
帰ってから、みなちゃんに相談してみよう、と思い立った。みなちゃんが知っているのは私から聞く由良くんの話ばかりだから、みなちゃんに聞いたところで結論が出せるわけでもないけど。
そんなふうに思っていた、のだが。
「……みなちゃん。由良くんの好きな人って、私だったり……する、かな」
夕食を食べているときに何てことのないふうに訊いてみたら、みなちゃんがからーんと箸を落とした。床に転がった箸を、えっ、と見る。そ、そんな動揺するようなこと言っちゃったかな。それともたまたま、落としたタイミングと私が訊いたタイミングが被っただけ?
「……まな」
落とした箸を拾いもせずに、みなちゃんはなんだか泣きそうな顔をした。
「やっと気づいた、の?」
「え、いや、気づいたっていうか……そういう可能性もなくはないのかな、って……」
「なくはない、じゃなくて、あるよ。むしろ百パーセントだよ。それしかありえないよ。まなから聞いた話だけでもわかる。そもそも由良くんがまなのこと好きじゃなかったら、私が由良くんのこと許せると思う!? キスしたんだよ!?」
また怒りがぶり返してしまったらしく、興奮したようにまくし立てる。呆然とする私に、みなちゃんは「百パーセントだよ、わかる? 百パーセントなの!」と熱弁した。
ひゃく、ぱーせんと。
……えっ、マジ、で?
「いや、百パーセントは言いすぎじゃないかなっておもうんだけど……」
「じゃあ絶対!」
「変わらない……」
「私が絶対って言い切ってるのに、まなは疑うの?」
うっと言葉に詰まる。
……みなちゃんが言うなら、そう、なの、かな。自分だけで考えても、納得できる部分が多かった。そこにみなちゃんの保証が加われば、もう疑う余地はない。
ない、けど!
まさかそんな奇跡みたいな話をあっさり信じられるわけもなかった。
「ほんとは由良くんから告白してほしくて、この前のチケットも渡したんだけどね」
「あれってそういうことだったんだ……」
「うん。でもあれで無理なら、もうまなから告白しちゃったほうが早いよ」
「こ、告白? 私から?」
「絶対、ぜーったい! 大丈夫だから!」
私を信じて! と輝かしい笑顔で言って、みなちゃんは立ち上がった。そしてその場でぐっと拳を握る。
「まなは世界一可愛いんだからね!」
「私は世界一はみなちゃんだと思うけどなぁ」
「そういう話じゃないの! とにかく、告白しても振られないのは絶対だから! 付き合えるから! だから、ね? ……これ以上はもう、私はお手伝いしたりしないから。まなが考えた方法で、言葉で、由良くんに気持ちを伝えたほうがいいと思うな」
知らない間にお手伝いされてたのか……という衝撃は一旦置いておく。
告白、告白、かぁ。
……友達でいられるなら、そのほうがいいと思ったけど。可愛い妹にここまで言われて、嫌と答えられるお姉ちゃんがいるだろうか。少なくとも私は無理だ。
「わかった。ほんとに振られないかはわからないけど、」
「振られないよ。大丈夫、絶対大丈夫だから!」
私の言葉を遮って、みなちゃんが微笑む。とと、と歩いてきたみなちゃんは、座ったままの私を抱きしめてきた。
「大丈夫! まなのこと世界で一番好きなのは私だけど――たぶん由良くんは、世界で二番目にまなのこと、好きだから。だから、大丈夫だよ」
すぐに離れて、「世界一好きなのは私だけどね」ともう一度念押しするように言い、えへへ、と笑うみなちゃん。
……そこまで、なのか。それなら私はもう、由良くんも私のことを好きだという奇跡みたいな話を、本当に少しの疑いもなく信じよう。
「……ありがとう、みなちゃん」
笑顔で言うと、もう一度、今度は長い間抱きしめられた。
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夕食を食べてお風呂に入った後は、私たちはそれぞれの部屋で好きなように過ごす。私がまなの部屋に行くことも多いけど、行かないことはそれなりにある。……だからきっと、今の時間なら、ばれないはずだ。
まなが自室に入ったのを確認し、帰ってきたお母さんがお風呂に入るのも確認して。お父さんは今日は泊まりだったな、と頭の中まで確認して。
そこでやっと、スマホに指を伸ばした。
電話をかける。ワンコール。
『もしもし、みなちゃん?』
「……もしもし。あおくん、電話取るの早いね」
『ちょうどスマホさわってたから』
メッセージのやりとりはよくしても、電話をすることは、しかも私からかけることは滅多にない。だからきっと、今あおくんはにこにこしているんだろうな、と思った。声からしてすでに嬉しそうだった。
「あのね、あおくん」
顔にぎゅっと力を入れる。
「……会いたい」
『うん、わかった。今から行くね。着いたら連絡するから、こっそり出てきて』
私の彼氏は、本当に察しが良くて、本当に私のことが好きだ。……こんな夜の呼び出しに、応じてくれなくたっていいのに。
それでも、よかった、とほっとして体の力が少し抜ける。足下がぐらぐらする感覚が、ずっと続いていた。気を抜いたら倒れてしまいそうで怖かった。あおくんに会いたい、と今までで一番、強く思った。
お父さんが帰ってこないなら、今日のお母さんは長風呂のはずだ。時間的猶予は十分だった。
リビングのソファにぼんやりと座って、あおくんからの連絡を待つ。しばらくしてブブー、と震えたスマホに、画面も見ずに玄関へ飛び出した。足音を立てないように、玄関のドアの音を立てないように、外に出て。
「……あおくん」
迎えにきてくれたあおくんは、いつものようにほわっとした笑い方で、「行こっか」と手を差し出してくれた。
その笑顔を見た途端、こらえていた涙が落ちた。
「いく……」
どこに行くかは、決めずに。
あおくんとなら、どこに行ったっていい。……ううん、やっぱり駄目。まなに心配はかけられないから、今はまだ、遠くには行けない。
あおくんと手を繋いで、泣きながら夜の道を歩く。補導されたらどうしよう、なんて思ったけど、この辺りはほとんど住宅しかない。仮に警察が私たちのことを見つけても、痴話喧嘩をしたカップルが家に帰ろうとしているように見えるだろう。
「あのね」
「うん」
「まながね」
「うん」
「きづい、ちゃったの」
つっかえつっかえ、あおくんに話していく。
涙声だし、しゃっくりもしてしまうし。聞きづらい話にちがいないのに、あおくんは静かに聞き続けてくれた。
一通りのことを軽く話し終えたところで、あおくんが「頑張ったね」と繋いでいないほうの手で、頭をなでてくれた。
……頑張った。
わたしは、がんばった。
「わ、私が、私が一番、まなのこと好きなのにっ!」
そこだけは譲れなくても、頑張ったのだ。まなに、この重い愛を見せないように。由良くんとの仲を、邪魔してしまわないように。ひどい言葉を、吐いてしまわないように。
「私には……ぁん、あんなっ、あんなかお、して、くれないのに……っ!」
ありがとう、と最後に笑った顔。
あんな、
――あんな、
私は恋をしています、なんて。
そんなことが丸わかりな顔。
私は絶対に、引き出せない。
だって私は、まなの妹だから。
妹でしか、ないから。
私がまなに抱いていた感情は、当然恋ではない。恋なんてものをまなに向けたいとは思わないし、まなから向けられたいとも思わない。だって私たちは姉妹だ。双子だ。唯一無二の、片割れだ。
だから、引き出せない、というよりは、引き出したくない、というのが正しい。
けれどそれが、悔しくて悔しくて。
あんな可愛い顔を、今までずっと一緒にいたのに、今日初めて見たという事実が、死にたくなるくらいに苦しくて。
あおくんが手を握っていてくれなかったら、私が私でなくなってしまいそうだった。
「……みーちゃんは、頑張ったねぇ」
そう言って、あおくんが私を抱きしめてくれる。とんとん、と背中を叩かれた。もっと泣いていいよ、と言われているみたいだった。
こんな、夜遅くに、外で号泣するなんて、迷惑極まりない。
それでも、もう我慢できなかった。
「うああああああぁぁぁあ、わああ、ひっ、うわぁぁぁぁぁぁん、うぇ、ふ、ぅぅ……うああああああああぁぁ!」
ああ、あおくんがいてよかった。本当に、よかった。
何も気にせず大泣きする私の顔は、絶対にひどい。見れたものじゃないだろう。泣き止んで我に返ったら、あおくんにも見られたくないと思うはずだ。
けれど、あおくんには、私の弱さを見せてもいいと思えたから。
泣きはらしたその顔で、今日の最後にはとびっきりの笑顔を浮かべて、好きだと伝えたい。――明日の朝には、いつもの笑顔で、まなを「いってらっしゃい、大好きだよ」と見送ろう。
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