37. ぽんこつ不良はとうとう察する

「……また……話したいことあんだけど……」


 おれがそう切り出すと、新開くんは心底嫌そうな顔で重々しくうなずいてくれた。ご、ごめん……友達少なくて、椎名さんのことは新開くんくらいにしか話せなくてごめん……。

 申し訳なく思いながら放課後ファミレスに行き、またそれぞれドリンクバーを頼む。


「で、今度はどうしたんだよ」


 すでに呆れた顔で、新開くんは頬杖をついた。

 実はですね、とおそるおそる話し始める。


「この前、なんか気づいたら、しーなさんにキスしてて」

「……は? 今なんて言った?」

「……しーなさんに、キスしちゃいました」


 沈痛な面持ちで言えば、目を見開いた新開くんが「はぁ!?」と叫んだ。


「え、告ったんだよな!? 付き合うことになったってことだよな!?」

「いや、それが、その、どっちも……違くて……」

「は、マジで? クズじゃん」


 ばっさり言い切った新開くんに、うぅ、と呻いてしまう。そう、クズだ。クズなのだ。自覚はある。

 おれが椎名さんにキスしてしまったのは、今から一週間ちょっと前の話。おれが持ってたのと似てるピアスを見つけたから、妹ちゃんにイヤリングに変えてもらったんだ、と話す椎名さんがめちゃくちゃ可愛くて。まなちゃん、と呼んでみたらびっくりするほど赤くなった椎名さんも、ほんとめちゃくちゃ可愛くて。

 可愛いなぁ、可愛いな、と思っていたら――気づいたらキスしていた。自分でもびっくりした。いくら自覚したからって暴走しすぎだろおれ、と逃げ帰りながら死にたくなった。

 その後も『たぶん寝ぼけてた』なんて言い訳にもなってない言い訳したのも含めて、本当に最低だと思う。問い詰められた挙句に、結局好きな人はいないと言ってしまったのも最低だと思う。


 到底許されないことをしたのに、椎名さんはバレッタ一つで許してくれた。しかもそのバレッタをつけて一緒に遊園地まで行ってくれた。これってデートじゃん!? と予定が決まったときからそわそわしっぱなしだったが、ペアチケットが妹ちゃんからのプレゼントだというのが少し怖かった。

 たぶんあれは、妹ちゃんからのさっさと告白しろというメッセージだったのだろう。

 それを察していながら、二人で観覧車にまで乗っていながら、おれは結局何もできなかった。


「気づいたらしちゃってたんだよ……」

「クズじゃん」

「逃げ帰って、あれは寝ぼけてただけとか言っちゃった……」

「クズじゃん。え、他に何言えばいいの俺。ごめん由良、なんも弁護できねぇわ」

「クズクズ言っててほしい……」

「それで由良の罪悪感が減るっていうなら、もう言わないようにするな」


 あっ、ごめんなさい……。

 謝りながら、話を続ける。


「しーなさんが、喜びそうなものくれたら許してあげる、って言ってくれたからバレッタあげたんだよ。そしたらマジで許してくれた」

「あー、まあ、そりゃあ許すか……」

「えっ、許すの? ふつう許さなくね? 急にキスされたんだぜ?」


 かわいそうなものを見る目で見られた。そして何も答えずに、「で?」と続きを促してくる。


「それで、好きな人がいるっつーことがバレて」

「は? なんで……とは突っ込まないけど、バレたのに告んなかったの?」

「う……うん。そしたらしーなさんも好きな人いるっぽくて」


 あのとき、新開くんから言われた「横からかっさらわれても知らねーぞ」という言葉が頭をよぎった。椎名さんはおれのものでもなんでもないんだから、かっさらわれるも何もないが、それでも確かに、しーなさんを誰かに取られた、という感覚があって。


「最近できたんだってさ……誰だろ……」


 椎名さんは優等生だ。だからおれ以外には、せいぜい新開くんとくらいしか男子と付き合いがないはずだった。椎名さんが優等生なのは学校でだけだし、知らない間に誰かとの出会いがあったか、それとも中学時代の知り合いとかかもしれない。

 なんにしても、やっぱりこのまま友達でいるしかない、と思ってしまった。

 椎名さんに好きな人がいて、おれのことを友達だと思ってくれているのなら、おれの告白はしーなさんの負担になる。それは嫌だった。


「さいきん」

「うん、最近だってさ」

「最近かぁ。へー、ほぉ。なるほど」


 意味深な相槌を打つ新開くん。


「お前らってなんか似てるよな……」


 しみじみと言われた言葉の意味は、ちょっとよくわからなかった。確かにおれと椎名さんは同類だけど、椎名さんがエセ優等生だと言うことには、新開くんはまだ気づいていなかったはずだ。

 けど説明してくれそうになかったので、そのまままた話を続ける。


「……で、そしたらしーなさんが、妹ちゃんからペアチケットもらったから一緒に行こうって言ってきて。昨日行ってきた」

「うっわ、ナイスタイミングじゃん」

「妹ちゃん、オレがしーなさんのこと好きだっつーことも、キスしたことも知ってんだよ」

「……好きな相手の妹にお膳立てされて、それで告白もできなかったわけ?」

「できなかった……」


 話を聞いてるだけでお膳立てだとわかる、ってことがちょっとショックだった。やっぱりあれ、お膳立てだったよな……。あれから特に妹ちゃんから連絡が来たりはしていないが、どれほど怒らせてしまっているかと考えると胃が痛い。その怒りは至極当然のものだから、どれだけでも受けていいんだけど。

 妹ちゃんから怒られるだけで、椎名さんとこれからも友達でいられるなら。それで十分だ、と思ってしまうから、おれはクズなんだと思う。キスした責任を取って、本来は告白くらいするべきなのだ。


「カッコわりぃ……」


 顔をしかめた新開くんは、遊園地で何をしてきたのかを訊いてくる。一つずつ思い出しながら言っていったら、観覧車に乗った、というところで待ったがかかった。


「……観覧車乗ったの?」

「乗った」

「それでなんもしなかったって?」

「しなかった」

「……っクズじゃん!」


 精一杯我慢してくれていたようだが、またクズじゃんが飛び出してきた。

 新開くんはわなわな震えながら、「え、マジ? マジで?」と信じられない、と言いたげな顔で身を乗り出してきた。


「観覧車とかそれもう、付き合う前の男女が乗ったら今から告白するの合図だろ!? てっぺんでキスするのが基本だろ!?」

「え、もしかして新開く……新開も割と少女漫画読むタイプ?」

「うっせーわ! 別にそんな読まねーよ! あといい加減新開って呼ぶのに慣れろエセ不良!」


 椎名さん以外にエセ不良と呼ばれるのはなんとなく違和感があった。

 ごめん、と謝ると、新開くんは……いや、慣れるためにも心の中でも新開って呼んだ方がいいな。新開は深いため息をついた。


「まあ俺からのアドバイスはなんもないな。正直勝手にやってろって感じ」

「ひでぇ……」

「ひでぇのはキスまでしといてヘタレて告白もできなかったお前だろ」

「……仰る通りです」


 本当に仰る通りだった。何も言えない。


「なんで告んねーの、由良」

「好きな人がいるってわかったのに、今更告白なんてできねーじゃん」

「……なんでわかる前に告んなかったかなぁ」


 新開の声に苛立ちが混じる。

 ……うん。好きな人がいるってバレたとき、おれがすぐに椎名さんのことだ、と言ってしまえばよかったのだ。告白する覚悟をまだ決めていなかったから、先延ばしにするために嘘をついてしまって、その結果、これからもずっと告白せずに友達でいるしかなくなってしまった。


 ――椎名さんが、好きな人と上手くいかなきゃいいのに。


 そんな、最低なことを願ってしまう。

 椎名さんに彼氏ができたら、新開も言っていたように、これからも今まで通り遊ぶなんてことはできないだろう。それは彼氏さんに対して不誠実だ。友達付き合い自体をやめる必要はないだろうけど、それでも距離感を考える必要がある。

 でも、椎名さんが好きな人に振られたら。

 これからも――


『幸せになってほしいなぁって心底思ったりとか、しない?』


 はた、と新開の言葉を思い出す。

 新開に言われることがことごとく当てはまって、確かにこれは認めるしかない、と自覚に至ったきっかけの一つ。

 あのときは、確かに、と思ったのだ。椎名さんには笑っていてほしくて、幸せになってほしい。そう、思っていたはずだった。

 ……それさえ願えなくなったのなら。

 おれにはもう、友達でいる資格さえないのかもしれない。


「ま、俺はしても大丈夫だと思うけどね、告白」

「……なんでだよ」


 はー、と思い切り呆れた目で見られた。


「考えてみ。キスされたのにそんなあっさり許すって、椎名ちゃんの性格からして、相当お前のこと好きじゃん」


 それは、そうだった。まさかあんなに簡単に許されると思わなかったのだ。

 おれのことを好きだから、と考えれば、納得のいく話だけど。……それはないだろう、と思う。おれと椎名さんは友達で、椎名さんからも何度もそう明言されている。まだおれも自覚をしたばかりだから、好きになってもらえるようなアピールもしていない。

 だから単純に、許してもらえたのは友達として好かれているからなんだろう。


 そこまで考えて、何かが引っかかった気がした。……なんだろう。

 とりあえずは、目の前の新開く……新開に返事をすることにする。


「……でも、友達だし」

「でもじゃねーよ鬱陶しい」


 あーもうじれったい! と新開が叫ぶ。


「いいか!? 今まで言わないで我慢してきたけど! もーー我慢できねぇ! 椎名ちゃんぜっったいお前のこと好きだからな! 絶対だぞ!? これで間違ってたらなんっでもしてやるよ! 今回のことは無理やり自覚させた俺にもちょっとは責任あるし!」

「え、そんな責任はないっていうか、え、いや、ちょっと待って新開くん、何言ってるの?」

「あっはは、お前動揺するとそんな素丸出しになるんだな」


 放課後になってから初めての笑顔だった。

 ……絶対? 何が? 椎名さんが、おれのこと? 絶対? 好き? 何がどうなってそうなってるんだ? いやいやだって椎名さんには好きな人が……それがおれだって話? いやいやいやそんなわけ。そんなわけない、だろう。

 混乱のあまり真顔になってしまう。


「何言ってるの? え、何言ってるの?」

「なんで三回も言うんだよ……。椎名ちゃんが、絶対、お前のこと、好き。そういう話。理解できる? できねーって言うなら何回でも言うぞ?」

「新開くんがそう思い込んでるのはわかったけど、その根拠はどこにあるの」

「真顔で素の口調やめろよ……なんか怖いぞ……」


 そうは言われても。

 いや、確かにここまでボロが出てしまうのはダメだ。……え、おれどうやって話してたっけ? 割と本気でわからない。頭から飛んだ。

 落ち着くために、ドリンクバーで取ってきていたオレンジジュースを飲む。

 えっと、基本なんか伸ばし棒的な感じでぶっきらぼうに話して、『ない』は『ねぇ』とかにして、疑問形のときの『る』は『ん』に変えることが多くて……うん、思い出してきた。いける。たとえばさっきの「何言ってるの」は「何言ってんの」になるんだよな。わかる。だいじょうぶ。


「根拠っていうと、まあ普段の様子見てたらわかるとしか言えねぇけどなぁ……。お前ら、明らかに付き合ってる空気なんだよ」

「どーゆう空気だよ……」

「……見ててほっこりする?」


 それって付き合ってる空気なのか、ほんとに。


「あとはまあ、さっき思ったのは、椎名ちゃんの妹もお前らのこと応援してるっぽいじゃん? お前が椎名ちゃんのこと好きだって知ってて、キスしたのも知ってて、それでお膳立てしてくれるってそういうことじゃん」

「いや、さっさと振られろってことだったのかも」

「ネガティブかよ。……それならさっさと、お前の気持ちを勝手に椎名ちゃんに言ってるはずだろ」


 あ、と思う。

 確かに、妹ちゃんが本当におれのことが嫌いになって、おれに振られてほしかったら、あることないこと椎名さんに言うのが一番早い。どう考えたって、椎名さんは妹ちゃんの言うことを信じる。

 なのに、わざわざペアチケットをくれた。しかも、妹ちゃんはついてこなかった。正直、デートみたいだってちょっと浮かれたおれに、そんなわけないじゃんとでも言いたげについてくるかと思っていた。


 そっか。……さっき引っかかったのは、妹ちゃんだ。

 椎名さんがおれを許してくれたのが、おれのことを友達として好きだから、ということだとして。それなら妹ちゃんの行動はおかしい。妹ちゃんが椎名さんに好きな人がいるということを知らないわけがないし、その状態で椎名さんにキスしたおれを許すことは絶対にない。

 ……いや、別にたぶん、妹ちゃんからは許されているわけではないんだろうけど。

 だけど、遊園地というデートでお膳立てをしてくれたのは確かだ。それはおかしい。……絶対、おかしい。


「……しーなさんが、オレのこと、好き?」


 そうじゃないと。

 妹ちゃんの行動に、説明がつかない。


「そうそう」

「……絶対?」

「そう言ってんだろ」


 呆れた顔で、新開くんが笑う。

 ……妹ちゃんの行動によって理解する、というのは、どうかと思うけど。でも椎名さんが……おれのことを、好き、なら。つじつまが合うこともいっぱいあるな、と今までのことを思い出して。

 ぶわっと、顔が熱くなった。


 全部、椎名さんが、おれのことを、好きだから?


「まあ、なんか由良と椎名ちゃん、思考回路似てるっぽいし? 椎名ちゃんも、これからも友達でいるほうがずっと一緒にいれる、とか思ってるかもしれねぇけどな」


 にやけそうになってしまった顔を、確かに、と真顔に戻す。

 ……そう思われてるなら、そのほうがいいんだろうな。あ、いやでも、妹ちゃんがお膳立てしてきたってことは、椎名さんもおれと付き合いたい、とか、そういう、こと、を……考えたり、してたり、しない、のか? わけがわからなくなってきた。


「早いとこ告ったほうが楽になると思うぜ」

「……うん」


 一応うなずきつつも、告白する気はまだなかった。

 理解した、とはいっても、椎名さん本人に確かめなくては本当にそうかはわからない。……妹ちゃんの行動で全部を判断するのは危険、だよな。冷静に考えれば、いくら妹ちゃんとはいえ椎名さんのことを全部わかっているわけではないだろう。……いや、妹ちゃんだしな。椎名さんより椎名さんについてわかっててもおかしくない。ということはやっぱり、椎名さんはおれのことが、好き、なの、かな。


 と、とにかく、今は椎名さんにそういう意味で好かれているか否かは関係ない。おれを好きかどうか、ではなくて、おれと友達のままでいたがっているかどうか、を確認しなくてはいけないだろう。たとえ好かれていなかったとしても、友達という関係を壊してもよさそうだったら告白するべきで……壊してもよさそう、だったら……。

 いや、椎名さんがおれを友達として好きなのはまず間違いないんだし、友達じゃなくなっていいわけがない。おれはどうするのが正解なんだ……?


「その顔はなんかめんどくさいこと考えてる? じゃあ期限付けるってことで。んー……まあもう数日程度じゃ状況は変わんないだろうしな。告白すんのってすげぇ勇気いるだろうから、それも考慮して、一週間後に告れ。何が何でも告れ。一週間後な。忘れんなよ」

「……そんな早く?」

「もっと早めてもいいんだけど?」


 なんか文句あんのか? という目で見てくる新開くんに、大人しく「わかった」と言っておく。一週間後、かぁ。……うん、それ、なら気持ち的に余裕は、少し。あるような。

 うあーー、とおれが不安の声を上げているうちに、新開く……新開は飲み干したグラスを持って新しい飲み物を取りに行く。


 振られるのは別に、怖くない。

 おれが怖いのは、椎名さんと今までのように話せなくなったり、避けられるようになってしまったりすることだった。


 どうかそんなことになりませんように、と。

 一週間後の告白の結果を考えて、おれはテーブルに突っ伏した。……からだが熱い。そろそろ冬といってもいい季節だけど、どうにも暑くて、アイスでも注文したい気分になった。




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