36. やらかしていないのが問題である

 由良くんと遊園地に行く、日曜日。

 鏡の前で由良くんにもらったバレッタをつけ、よし、と気合いを入れる。耳には由良くんが持っていたピアスに似たイヤリング。

 ……友達でも、友達からもらったアクセサリーと、友達が持ってるのと似てるアクセサリーつけるのって、そうおかしくないよね!? 由良くんのことだから私の気持ちに勘づくことはないだろうけど、なんとなく気恥ずかしくてつい指先でイヤリングをいじってしまう。


 今日の待ち合わせは私の最寄り駅で、電車の中で落ち合う予定だった。そろそろ家を出なくてはいけない時間なので、鏡で全身を確認する。

 もし絶叫系に乗るようだったらスカートはちょっとめんどくさいかも、と思ったので、紺のホットパンツをはいている。上は白襟付きのグレーのニット。襟に施されている花の刺繍が可愛い。秋用のAラインコートを羽織れば、今日のコーディネートは完成だ。

 ……デートっぽくない、かつ可愛い服ということで、みなちゃんと一緒に選んだけど。大丈夫かな。いや、みなちゃんが選んだんだから大丈夫じゃないはずがないんだけど……。


「まな、出なくていいの?」

「……出る! いってきます!」


 黒のショートブーツに足を突っ込み、みなちゃんに見送られて家を出る。タイツをはいていても空気がひんやりとして、やっぱり長いズボンにすればよかったかな、と少し後悔。

 最寄り駅に着いて、由良くんに送られてきた号車が止まるところで待つ。この駅は割と始発に近いので、乗り換えまではたぶん隣で座って行けるはずだ。

 どうにもそわそわしてしまって、電車が来るまで小さく深呼吸をする。……デートじゃない、デートじゃない。これはデートじゃない。みなちゃんの言う基準ではデートだとしても、気にしちゃいけない。

 カンカンカン、と音が鳴り始め、電光板にも電車が来ることが赤文字で書かれる。すぐにやってきた電車を緊張しながら待っていれば、電車が止まりきる前に、中に乗っていた由良くんと目が合った。


 ドアが開く。おそらく「しーなさん」と口パクで呼んできた由良くんが、ふわっと笑って手を振ってくる。……あー、今日も可愛い。一瞬思考が止まって、危うく乗り逃すところだった。

 怪訝そうな顔に変わった由良くんにはっとして、慌てて電車に乗り込む。


「お、おはよう」

「はよー。なんかぼーっとしてた?」

「してた……」


 そんなふうに話しながら由良くんの隣の席に座って、うっ、と思う。ち、近い。近くない? 電車って隣の人とこんなに近かった!? 見も知らぬ人相手だったらまったく気にならないのに、なんで今はこんなに近く感じちゃうんだろう。

 気を遣ってくれたのか、由良くんが座っていたのは端っこの一つ隣の席で、私は端っこに座ることになった。必然的に隣には由良くんしかいないことになり、ますます距離が気になる。

 ……このくらいの距離なら別に、今までも経験してたっていうか! 夏祭りのときとかほとんど由良くんの腕掴んでたし、ぎりぎりふれ合ってない分今日のほうが遠いと言えるんじゃないか!? えっ、今気づいたけどあんなずっとさわってたとか、夏祭りのときの私羨ましい!

 そんな心の中の大騒ぎも、由良くんの小声の言葉で鎮静化される。


「……なんか、電車って意外と隣の人と距離ちけーんだな」


 ちょっと恥ずかしそうな笑顔に、あえなく撃沈した。ひ、卑怯だぞ由良くん……。

 そうだね、と返した声は少し裏返ってしまったが、幸運なことにそれには気づかれなかったようだった。小声で言ったので、電車の走る音でそこまで捉えられなかったらしい。


「今日のチケットって、妹ちゃんからもらったんだよな?」

「あ、うん。仲直りしておいでって」


 本当はデートしておいで、だったが、まあ意味合い的にはそう変わらないだろう。


「……妹ちゃん、まだ……あーいいや、それでさ、チケットの値段ってわかる?」


 何を言いかけたんだろう。また後で訊いてみればいいかな、ととりあえず由良くんからの質問に答えることにする。


「ギフト券みたいで、値段は書いてなかったなぁ。調べたらわかると思うけど、みなちゃんたぶんお金は受け取ってくれないよ?」

「えっ、そうなの」

「みなちゃん的にこれはプレゼントだと思うから。もらったプレゼントにお金払ったりしないでしょ?」

「そーだけど……えー、マジか……じゃあ今度はオレが、妹ちゃんと彼氏さんのためになんか買えばいいのかな……」

「そのほうがいいね」


 みなちゃんと白山くんは、デートらしいデートをそこまでしていないみたいなので、こうやって遊園地のチケットでもプレゼントし返したら喜んでくれるだろう。

 ……デートらしいデート。

 自分で墓穴を掘ってしまって、思わず呻きたくなる。電車の中なのでこらえた。

 あー、王道ってそういう。この前みなちゃんが言ってたことが、今やっとわかった。確かに遊園地ってデートの場所としてそれっぽいし、つまり王道なんだろう。


「……遊園地に二人で行くって、デートみたい、だよね」


 ぽろっと言ってしまうと、由良くんが笑顔で固まった。


「…………うん」


 やや赤くなった顔でうなずいて、由良くんはそろーっと向かいの窓のほうへ視線を向ける。うわっ、やっぱり由良くんもこれデートっぽいって思ってたんだ。

 そこからなんとなく会話が止まって、十分後の乗り換えまで無言で過ごした。

 着く前からこれとか今日どうなるんだ!?


     * * *


 そんな心配は杞憂に終わり、遊園地に着けば二人ともテンション高く遊ぶことができた。日曜日だからそれなりに人は多いが、それほど有名な遊園地というわけでもないので、待ち時間もせいぜい一つのアトラクションに三十分ほど。

 どれから乗ろうか、となったとき、由良くんの視線の先にあったのはメリーゴーランドだった。


「……由良くんメリーゴーランド乗りたいの?」

「んー、いや、しーなさんが乗ったら可愛いだろーなって」


 不意打ちを食らいかけたが、大丈夫大丈夫。これくらい日常茶飯事だ。オールオッケーだ。とっちらかりそうになる思考をなんとか固定させて、ふむ、と考えてみる。


「……確かに由良くんが乗ったら可愛いな」

「え、何が『確かに』なの」

「というわけで一緒に乗りましょう」


 メリーゴーランドはあまり人気がないのか、待ち時間もなく乗れる。

 どうせなら二人一緒に乗るか、ということで、一人しか乗れない馬ではなく二人用のゴンドラに乗って、回り始めてから気づく。これじゃあ可愛さがわからない。


「失敗した……?」

「まーこれはこれでありっしょ」


 にっと笑った由良くんが可愛かったので、これはこれでありだな、とうなずいた。馬に乗ってたらたぶん、由良くんの顔こんなにじっくり見れなかっただろうし。

 次に乗ったのは空中ブランコだった。絶叫は無理な私だが、これくらいなら全然大丈夫というか、遊園地のアトラクションでは一番好きなくらいだった。すぐに二回目も乗ってしまった。

 そして次はゴーカート。


「……しーなさん、免許取らねぇほうがいーと思う」

「だね……」


 そんな結果になりました。いや、うん、楽しかった。事故りそうだったけどとても楽しかったです。ただ車の運転に関して自信がなくなったので、免許は取るにしてもペーパードライバーになりたい。


「由良くんは上手かったね。免許取る?」

「これで上手かったからって車も上手いとは限んねーけど、まあ取るつもり」

「おお。じゃあ取ったら乗せてね!」

「車あったら行けるとこも増えるもんなぁ。……うん、大学生になっても一緒に遊ぼうな。なるべく早く免許取る!」

「わー、やった!」


 大学生になってからの約束ができたのが地味に嬉しい。由良くんのことだから、この約束を破ったりはしないだろう。さすがに車内に二人きりは緊張するし、新開くんと理央ちゃんとかと一緒に行けたらいいなぁ。……そこまで付き合いが続いたらいいな。

 次は、とアトラクションを探している最中に観覧車の前を通りかかって、二人して顔を見合わせる。


「観覧車は……」

「アウト」

「だよねぇ。うん、優等生として異性と密室に二人っきりはないかな」

「優等生関係なくふつーにダメ!」


 そういうわけで観覧車はなしになった。


「あ、由良くんソフトクリームある」

「……でもそろそろ時間的に昼メシじゃね?」

「ソフトクリームくらい大丈夫じゃない?」

「それもそっか」


 観覧車の下にあった売店で、私はバニラ、由良くんはバニラとチョコのミックスを買う。

 一口なめて、二人一緒にぶるっと震えた。


「そーいやもう冬か……」

「いや、十一月はギリ冬じゃないから……たぶん……。寒いけど美味しいし、食べ終わったらいっぱい歩いてあったかくなろ」

「だな」


 ベンチに座ってのんびりソフトクリームを食べる。食べれば食べるほど体の中から寒くなる。でも美味しい……。こういうとこで食べるソフトクリームって美味しいよね。由良くんと一緒だから、というのもあるかもしれないけど。

 遊園地内はカップルで来ている人たちもそれなりにいるが、子供連れの家族が多かった。……私たちはたぶん、客観的に見ればカップルに見えるんだろうな。やっぱりデートか、これ。


「ずっと気になってたんだけど、しーなさんがつけてるイヤリングって、前言ってたヤツ?」

「うん、由良くんが持ってるのに似てない?」

「すっげぇ似てる。オレも今日つけてくればよかったな……」


 ちょっとしょんぼりする由良くんの耳には、シンプルな金の小さい輪っかがついていた。

 ここでお揃いにするとますますカップルのデートのようになってしまうから、このイヤリングをつけてくることをあえて言わなかったのだ。

 その代わり、というわけでもないが、今日の由良くんは私があげたネックレスをつけていた。お互いがお互いに渡した物を身につけている、というのはなんともカップルっぽい。……気持ちを自覚した今になって恥ずかしくなることが多すぎるな! 文化祭で簪とネックレスつけてたの、もしかしなくてもめちゃくちゃ恥ずかしいことだったんじゃないか!?


「でもイヤリングもバレッタも、やっぱ似合ってる」

「あはは、ありがと。由良くんもそのネックレス、似合ってる」


 こうして褒め合うのもカップルっぽいんじゃ、と思ってしまって、迂闊に会話ができない。ま、まあ私たちは友達なんだし、いくらカップルっぽいことをしていたってカップルじゃないんだから、自然体で話していいはずだ。

 ソフトクリームを食べ終わって、入り口で取ってあった園内の地図を二人で覗き込む。何に乗ろうか。ここから見える近い範囲では、ジェットコースターかフリーフォールか、コーヒーカップか。


「しーなさん絶叫乗れる?」

「……乗れる。由良くんは?」

「…………乗れる」


 乗れもしないのに見栄を張った私に、由良くんも同様の言葉を返す。あっ、これはお互い苦手だなとはたぶんお互い察したが、せっかくなのでフリーフォールに乗ってみることにした。上下の動きしかない分、まだマシに思えたから。


 が、しかし。ここで一つ忘れていた、というか意識していなかったのは、遊園地に来るのが久しぶりなら、絶叫に乗るのはもっと久しぶりだったということ。

 ――なので舐めていた。完っ全に舐めていた。

 わああああああああぁぁぁと二人して大絶叫をし、終わった頃には茫然自失状態だった。


「……待って由良くん私腰抜けてる。うそ、初めて腰抜けた」

「オレもしばらく歩ける気しねぇ……」


 そうは言っても次のお客さんに迷惑なので、係員のお姉さんに手伝っていただいてなんとか立ち上がり、二人で支え合いながらよろよろ移動する。もはやくっついてるとか何も思わなくなってきた。絶叫すごい……。

 近くのベンチで座り、二人ではーーーと息を吐く。


「やばかったね……」

「喉いてぇ……」

「由良くんやっぱり絶叫無理だったんだ」

「しーなさんと一緒なら大丈夫かなって思ったんだけど、やっぱムリなもんはムリだったな……」


 そう言ってしょんぼりする由良くんにきゅんとしてしまった。待て待て私の心臓、ちょっとやっぱりチョロすぎやしないか。いくら自覚したからって働きすぎじゃありません? ……でも思い返せば、自覚前から由良くんの前では割と働いてたな。ほんと、いつから好きだったんだろう。

 むむ、と考え込みそうになったが、由良くんの声で引き戻される。そろそろお昼ご飯にしないかという提案だった。確かにもう十四時を回っていて、お昼というにも少し遅めの時間だった。


 園内のレストランで私はオムライス、由良くんはハンバーグを食べた。遊園地価格なので割と高く、味はまあそれなり。それでもお腹が空いていたのでぺろりとたいらげた。やっぱりソフトクリームの影響、何もなかったな。

 レストランで少しゆっくりして、次のアトラクションに向かうことにする。


「次、コーヒーカップ乗らね?」

「いいけど、回しすぎたりしないでね?」

「オレのことなんだと思ってんの……んな子供みてぇなことしねーし」


 ファミレスだけじゃなく、さっきのレストランでもお子様ランチのページをちらちら見てた人の台詞とは思えないな。ぷんすこする由良くんに生温かい目を向けたら、「あんだよ」と軽く睨まれた。全然怖くなくて可愛かった。

 コーヒーカップは、本当にあまり回さずに楽しんだ。交代で軽く回しつつ、周りの景色を楽しんだ感じだ。途中までは穏やかに会話できていた、のだけど。


「酔った……」

「えっ、大丈夫?」


 酔い始めた由良くんがぐったりし始めてしまったので、回すのをやめてカップが止まるまで待つ。

 終わった後にまたもよろよろ移動する由良くんとともに、またもベンチに座る。このベンチにお世話になるのは、ソフトクリームのときも含めれば三回目だった。


「おなかいっぱいのときのコーヒーカップってだめだな……」

「私は平気だったけど……由良くん酔いやすいのか。なんか飲み物とか買ってくる?」

「ん、持ってるから平気」


 そういえばちょくちょくペットボトルのお茶を飲んでいた。

 気分が悪そうな顔でペットボトルの蓋を開けた由良くんが、その蓋をぽろりと落とす。そしてそれを拾おうと身をかがめて――中のお茶を盛大に零した。

 しばらく二人で無言だった。幸いにも、私たちの服は両方無事だ。地面に広がるお茶のシミに、由良くんが情けない顔で助けを求めるようにこちらを向く。


「……私のお茶飲む?」


 正直、気持ちを自覚した今間接キスなんてことしたら大変というか、できることなら避けたい。本当のキスをしておいてという話になるが、それでも間接キスは恥ずかしい。

 それでも気分が悪い由良くんをそのままにできないので、そっと自分のお茶を差し出せば、ものすごい勢いで首をぶんぶん振られた。


「あっ、きもちわるい……」

「そんな頭振るから……」


 うぅ、と悲しそうにする由良くんに、仕方ないなぁと立ち上がる。最初に言ったとおり、何か買ってこよう。お茶でいいかな、自販機どこにあったっけ。

 ちょっと待っているように言って、早足で自販機を探す。んーっと……あ、あった。

 無事さくっと見つけられた自販機でお茶を買い、また早足でさっきのベンチに戻ると、由良くんが二人組の女の子から声をかけられていた。座ったままは失礼だとでも思ったのか、立った状態で二人の相手をしている。


「あの、だからオレ、友達と来てるので……」

「その友達も一緒でいいって! ね、一緒に回らない?」

「人数多いほうが楽しいでしょ!」


 まさかの逆ナンだった。えっ、マジか。私が離れたのほんのちょっとの時間なんですけど!? 可愛すぎてあまり意識になかったけど、そういえば由良くんってイケメンだったな……。いや、かっこいいも思ってたけど、もうそれが自然というか、わざわざ『イケメン』だと認識することが少なくなったというか。

 心底困った様子の由良くんに、さてどうしよう、と考える。……これでナンパから助けてもらったお返しができるな、と思うとちょっとおかしくなった。もう一回逆ナンから助ける機会があれば、今までのが全部チャラになる。

 ……正直、由良くんに女の子が寄ってるところを見るのは気分が良くないので、そんな機会がなければいいんだけど。

 なんて考えていたら由良くんと目が合ってしまったので、すっと息を吸って駆け寄る。


「おまたせ、大雅!」


 そのまま、由良くんの腕にぎゅっとしがみつく。うわ、自分でやったことだけど由良くんがめちゃくちゃ近い。心臓の音が伝わってしまったら嫌なので、腕に当たっていた胸をそうっと離す。

 ぎょっとする由良くんと、びっくりした様子の女の子たち。


「え、あ、な、なんだ、彼女いたんだ!」

「もー、それなら最初っから言ってよね!」


 あっさり引き下がった彼女たちは、ちょっと文句を言いながらも「それじゃ!」「お邪魔してごめんね!」と去っていった。ちょっと離れたところで「彼女可愛くない?」「イケメンと美少女でめっちゃお似合い……」と小さく話しているのが聞こえて、なんだかくすぐったい気持ちになる。

 お似合い、お似合いか。確かにうん、外見だけならそうなのかもしれない。私はみなちゃんに似て可愛いしな!

 ふふーん、とちょっとにこにこしていると、「し、しーなさん」と弱々しい声で名前を呼ばれた。至近距離から。


「……あっ、ごめん」


 慌てて由良くんから離れる。腕にしがみついたままだった……!

 勢いでこんなことをしてしまったが、今更恥ずかしくなってくる。絶対今顔赤い。けど由良くんの顔も真っ赤になっていたので、まあおあいこか……。

 でも、好きな人相手でもないんだから、そんなに赤くならなくていいのに。由良くんだから仕方ないけど……。女友達も私が初めてなくらいだもんな。


「えっと、お茶、飲む?」

「……うん」


 こくこくお茶を飲む由良くんから、なんとなく目を逸らす。……由良くんが飲み終わったら平常心に戻ろう、というか戻そう。

 お茶を飲んだ由良くんは、大分顔色がよくなっていた。とはいえそれでも、すぐには激しいアトラクションには乗らない方がいいだろう、ということで――


「まあ、友達だったらアウトじゃねー、かな……?」

「か、かな? 時間を無駄にするのもちょっとあれだもんね……」

「うん、景色キレーそうだし……」

「うんうん、それにゆっくりできそうだよね」

「……乗る?」

「……乗りますか?」


 なぜかさっきはスルーした、観覧車に乗ることになった。なぜかはたぶん、私も由良くんもわかっていない。まだ乗ってない穏やかなアトラクション、という時点でかなり選択肢が狭まったので……流れで……?


 まあ乗るなら乗るで楽しもう、と二人で観覧車に乗り込んで、上からの風景を楽しむ。遠くに見える山が、なかなかに綺麗だった。あと、駐車場の車がミニチュアサイズに見えてなんか可愛い。

 てっぺん過ぎまでひとしきりはしゃいだ後は、向かいの席に座ってのんびりお喋りをする。


「今日はありがとな、楽しかった」

「あれ、もう終わりな感じ?」

「観覧車ってシメって感じしねぇ……? あと単純に、オレたち絶叫ムリならもうあんま乗れるのねぇなって」

「あー、確かに。……由良くんが気分悪くなければでいいんだけど、空中ブランコもう一回乗っていい?」

「ふは、三回目? いーよ、乗ろ」


 さすがに三回目は却下されるかな、と思っていただけに嬉しい。やったー、と笑えば、由良くんもにこにこ笑う。

 が、ふと表情を陰らせた。


「……なんとなくなんだけどさ」

「う、うん? 何?」

「オレとしーなさんが観覧車に乗ったの、妹ちゃんに言わねぇほうがいい気がする」

「……そうかも。キスしてきた相手とそんな迂闊に! って怒られそう」


 笑って言うと、由良くんが気まずそうな表情を浮かべる。


「その説は本当に申し訳ありませんでした」

「丁寧すぎない? もう許したって。大丈夫だよ」

「いや、その後も含めて……ほんと、ごめん……」

「寝ぼけてたは流石にないよねぇ」

「うっ……うん……」


 そこは自分でもわかっていたらしい。口元をぎゅっとさせて申し訳なさそうにうつむく由良くんに、もう一度「大丈夫だよ」と声をかけておく。

 ……どういう意味でのキスだったのか、わからないけど。

 これからも友達でいるのなら、もう二度と由良くんとキスなんてできないわけだし、得をしたとでも思っておくことにしよう。私が由良くんを好きだったことに感謝するんだな! と言いたくなった。


 観覧車を降りて、空中ブランコに乗って。

 そのまま電車で家の方面に行き、途中駅で下りてみてカフェに入った。またケーキを半分こしてから食べ、暗くなってきた道を歩いてまた駅へ戻って電車に乗る。

 私の方が一駅下りるのが早いので、じゃあね、と手を振って降り、家に帰った。


 そして今日の話をみなちゃんにしたら、また静かに切れていた。今日の由良くんは何もやらかしてないと思うんだけどな……?




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