31. ぽんこつ予定の友人は呆れ果てる

「新開く……新開、放課後ちょっと話したいことあんだけど、いい?」


 どこかそわそわとした様子で俺にそう問いかけてきたのは、友人の由良だった。校則違反の金髪にピアス、俺よりも着崩した制服。不良っぽく見えるけど、その実全然不良なんかじゃなく、かなり天然でお人好しないい奴。

 まだ詳しい話は聞き出せていないが、こいつはクラス一頭がいい椎名まなかちゃんとめちゃくちゃ仲がいい。なんで付き合ってねーの、ってなるくらい仲いい。

 そんな由良が。椎名ちゃんのほうをちらっとしながら、こんなことを訊いてきたら。


「おー、いいぜ」


 にやけそうになるのを我慢して、快くうなずいてやる。

 だってわくわくするじゃん? 期待するじゃん? ついに椎名ちゃんと付き合うことになったっていう報告か!? とか思うじゃん?


「最近のしーなさん、なんか……めっちゃ可愛くね? いや、最近っつーか、前から可愛いけど、そうじゃなくて、うーん……可愛いよな?」


 ――そんなことを大真面目な顔で言われてみろ、なんも言えなくなってもしょうがないだろう。

 わざわざ椎名ちゃんとの勉強会を休んで、俺に話したかったことがこれか。思わず言葉を失う。たぶん由良は、自分がどんだけアホで恥ずかしいことを口にしているか理解してない。理解してたら俺なんかにこんなこと言わないはずだ。


「……それ、俺はどういう答えを求められてんの?」

「率直な感想を」

「何に対しての!? ……いやまあ、椎名ちゃんはそりゃーカワイイよ。ぶっちゃけ客観的に見ればクラス一だろ」


 主観的に見れば当然理央ちゃんが一番可愛いのだが、今は関係ないので置いておく。

 俺の言葉に、由良はむっとした表情を浮かべた。


「……そう、しーなさんは可愛いんだよ」

「なんでそんな顔してんだよ……無自覚に嫉妬してんじゃねーよ……」


 ドリンクバーで取ってきたお茶をずずずっとストローで吸う。どうせ甘い話を聞くことになるだろうと甘い飲み物を避けたってのに、ムダだった。これ飲みきったらコーラとか飲も。

 オレンジジュースが入ったグラスを両手で持っている由良は、怪訝そうに目を瞬かせた。


「嫉妬?」

「うん、おっけ、そこからだよな。知ってる知ってる」

「あんだよ……」

「いやぁ、あんまりにもあんまりなもんで」


 俺ってこれ、どこまで口出していいものなの。誰かに教えてほしい。具体的には椎名ちゃんの友達の安藤ちゃんとか。あの子が一番、この二人の関係を楽しんでいるはずだ。

 んー、と考え込む。さすがにそろそろ、由良と椎名ちゃんの関係をただ見ているのはじれったくなってきたところだったのだ。文化祭で開き直ったらしい二人は、はたから聞いていれば、いやいやお前ら付き合ってるだろ、という会話を平気で教室でするようになった。付き合ってないのが信じられないレベルだ。


 だからまあ、いわゆる両片思いって状態なのかな、と生温かく見守ってきたんだけど。


「まさかなんも自覚してねーとは思わなかったわ……」


 はー、と思いきりため息をついてやる。この調子だと、もしかして椎名ちゃんのほうも無自覚だったりするんだろうか。頭が痛い。何がどうなったらここまで鈍感でいられるんだ、この二人。


「椎名ちゃんを可愛いって思うのは、どういうときなの」


 夏休みにばったり会って、どうにも学校とは違う雰囲気だったので深入りしてみれば、不良っぽいのが全部演技だと判明して。それから面白くなって絡み続けていれば、こんな話をしてくれるまで仲良くなれた。それ自体は嬉しいのだ。由良といるのは楽しいし、友達になれてよかった、と思う。

 思う、思うけど。

 こんな頭が痛い思いすることになるなんて、あれ、俺どっかでミスったか? とも思ってしまうわけだ。いや俺はミスってない、由良がミスってる、はず。


「……どーゆうときって言われても」

「あーもしかしていつでも可愛いって思ってる?」


 その答えじゃ駄目ですか? 的な雰囲気でおそるおそるうなずく由良に、更に深いため息が漏れた。いつでも。いつでも可愛いって思ってるくせに、こいつなんもわかってねーの?

 もはやなんか、イライラはしなかった。ただひたすらに呆れてしまう。


「いーか、由良。一般論として、だ」

「お、おお」

「どんなときでも可愛いって思えちゃうのは、その子のことが好きだからだよ」


 由良の周りだけ時が止まった気がした。かなり間抜けな顔になっているが、顔がいいので不細工には見えない。イケメンはこれだからムカつくんだ。

 じわじわと、由良の顔が赤くなっていく。おーおー、見事だこと。真っ赤じゃんか。なんとなくやさぐれた気持ちでそれを眺め、お茶を飲み干す。早いとこ会話にキリつけてなんか甘いものが飲みたい。糖分がほしい。


「そ、りゃー、しーなさんのことは好きだけど」

「はあ? 友達として好きとかそんなバカなこと言うんじゃないよな」

「え」

「え、じゃねーよ。はー呆れた! 超呆れた! 付き合い切れねー!」


 別に本気でそこまで思ってるわけじゃないが、こいつにはこのくらい言わなきゃいけないだろう。傷ついた顔をされたので罪悪感はあるが、これも由良のためだ。……この思考、相手のためだってことにして自分の行為を正当化してるクズっぽさあるな。やめとこ。


「俺は理央ちゃんのこと、めちゃくちゃ好きだよ」

「知ってる、何回も聞いたし」

「うっせ、今は黙って聞いてろ」


 しょぼんとして口を閉ざす由良。


「俺の場合はさ、入試の日に薬もらったっていう明確なきっかけがあったんだよ」


 忘れもしない、入試一日目。

 こう見えて緊張症の俺は、試験会場の教室で腹が痛くてうめいていた。そこへ「大丈夫ですか」と声をかけ、胃薬をくれたのが後ろの席の理央ちゃんだったのだ。もらった薬を水で勢いよく流し込めば、「あ、それ食後に飲むやつ……」と心配そうな声で言われたが、全然大丈夫だったし、効き目はすぐ出て試験に無事集中できた。

 帰りもわざわざ「大丈夫だった?」と訊いてくれたし、痛みが治まって落ち着いて見た理央ちゃんの顔は超可愛いしで、単純なことに、それだけでやられた。入試二日目の朝には張り切りすぎてでっかい声で挨拶してしまったのが恥ずかった。


 再会したのは入学式の日で、まさかの同じクラス。そりゃあもうテンションも上がる。上がった勢いのまま「俺のこと覚えてる!?」と訊いてみたら、ぽかんとした後に「ああ」と静かにうなずかれた。……どう考えても覚えてない反応だった。

 が、まあそのくらいではめげるわけない。

 今日まで毎日しつこくない程度にアピールしてきているつもりだし、毎日ますます理央ちゃんのことが好きになる。……問題はアピールがたぶんなんにも通じてないことなんだけど。そんなところも可愛いなと思ってしまうから、つまり俺は理央ちゃんにぞっこん、っていうわけだ。


「けど由良と椎名ちゃんの場合は、好きになるきっかけっていうのがたぶんなくて、二人で一緒にいる間に自然に好きになってたんだろーな、って俺は予想してる」

「いや、そもそもオレもしーなさんも、そういう好きじゃ」

「黙って聞いてろって言ったじゃん」


 そんな真っ赤なままで言われたって説得力がないのだ。


「俺は理央ちゃんのこといっつも可愛いって思ってるし、できることならこっちをちょっとでも意識してほしーし、もっとできることなら付き合いたいし、もっともっとできることなら結婚したい」

「……おお」

「由良はそういうの、全然ねぇわけ?」

「……ねーよ」


 なるほど、この言い方じゃぴんと来ないか。そりゃあ友達として好きだと思ってんならそうか。話の持って行き方をミスったな、と少し考えて、「じゃあ」と言い直す。


「もっと俺に向かって笑ってほしい、とか」

「……あー」

「椎名ちゃんが可愛いのは俺だけが知ってればいいとか」

「あー」

「幸せになってほしいなぁって心底思ったりとか、しない?」

「あーーー」


 あーとしか言えなくなったのか、と思うほどあーあー言った由良は、ぷすぷす湯気が出そうなほど真っ赤になって。


「それが恋じゃなかったらなんなんだっつー話だよ!」


 追い打ちをかければ、最終的に顔を両手で覆った。勝った。

 謎の勝利感を味わって、次の由良の行動を待つ。これでも認めないようだったら愛想を尽かすところだが、この反応的にそれはないだろう。

 顔を覆ったまま、由良がぼそぼそと話し始める。


「……オレ、本気で今まで、しーなさんのこと友達として大好きだと思ってたんだけど」

「だろーな」

「そうじゃねーんだとしたら、いや、つーかもう、そうじゃねぇのはわかったけど、その、こ、これからどうすれば……? えっ?」

「告ればいいじゃん」


 俺とは違って勝率百パーなんだから、とは言わないでおく。言っても俺が虚しいだけだ。なんせ好きな女の子からようやく友達認定されたばっかなもんで。道のりが長すぎて泣けてくる。

 ぶっきらぼうに言った俺に、由良は顔から手を離した。


「軽く言うなよ!!」

「軽くなんて言ってねぇよ……自覚したからにはもう、付き合いたいとか思ってんじゃないの?」

「……友達、のほうが、ずっと一緒にいられんじゃん」

「はあぁぁぁぁ?」


 由良が一瞬、びくっと震えた。それだけ凶悪な顔をしてしまったらしい。


「マジで言ってる?」

「……マジだよ」

「俺がなんのために自覚させてやったと思ってんの」


 早く二人に付き合ってほしいからだ。そんなこともわかっていない由良は、首をひねって考え出す。むっかつくな。


「まあそれはいいとして、由良と椎名ちゃんならそこら辺大丈夫だろ。二人が別れるとか想像つかねぇもん」

「……なんで付き合える前提で話してんの」


 むしろなんで付き合えねぇと思ってんのこいつ。


「いいからできるだけ早く告れよ。お前もよく知ってる通り、椎名ちゃんめっちゃ可愛いんだから、横からかっさらわれても知らねーぞ」

「うっ」

「そもそも椎名ちゃんに彼氏できちゃったら、今の距離感は許されないだろ。だったらもう、友達じゃなくなっちゃったほうがずっと一緒にいられんじゃないの」


 そこまでは考えていなかったのか、真っ赤だった顔が一転、青くなっていく。想像だけでそうなっちゃうなら、実際に椎名ちゃんに彼氏できたらどうなることやらだわ。

 グラスの中で水になった氷を、ストローで吸いきる。結局まだ、ドリンクバーなのにこれ一杯しか飲めていない。もうここは由良に奢らせてもいいんじゃないかって気がしてくる。それはそれでなんとなく癪に障るから、自分の分は自分で払うけど。


「当たって砕けたところで、椎名ちゃんならその後も友達付き合い続けてくれると思うよ」

「そうかな……気まずくなりそーなんだけど」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

「適当に言ってね?」


 砕けるわけないんだから適当に言っても許されるはずだ。むしろ許されなきゃおかしい。


「椎名ちゃんが他の誰かと付き合ってお前と全然遊べなくなる可能性と、告って付き合えてこれからも一緒にいれるかもしれない可能性、どっちに賭けんのかって話だよ」


 どっちに賭けるも何も、『賭ける』という行為ができるのは後者しかないわけだが。前者は何もしなかった結果の可能性だから、賭けるも何もないのだ。

 しかし冷静じゃない由良はそんなことにも気づいていないらしく、おろおろと俺の言ったことを考え込んでいるようだった。


「あのな、由良」


 とりあえずこれだけは言っておこう、と口を開く。


「今のお前、さいっこーにカッコ悪いからな」


 うっ、とまた呻いた由良は、小さく「わかった」とうなずいた。

 ……ようやく、よーやく! わかってくれたか!

 が、続いた由良からの問いに、上がったテンションはそのまま急降下した。


「新開、は宮野さんに告んねーの?」

「……お前と一緒にすんなよなぁ」


 勝率百パーの由良と、せいぜい十パーくらいの俺じゃ話が違いすぎる。理央ちゃんが相手じゃ、当たって砕けろ作戦も通用するかわからないのだ。せっかくやっと友達になれたのに、砕けたせいで避けられるようになったりしたら目も当てられない。


「俺の話は今はいーんだよ。で、いつ告る?」

「……もうちょい仲良くなって、から?」

「バッカかよ、これ以上友達として仲良くなってどうすんの」


 わかったと言ったくせに、どうも告白する覚悟はまだできていないらしい。

 まあそれも仕方ないか、とため息を押し殺す。俺たち第三者から見ればどう考えたって二人は両思いだけど、当事者である二人はその自信が持てないだろう。持てない、っていうか自信なんて皆無のはずだ。

 とはいっても、そこで第三者である俺が、これ以上由良の背中を強引に押すのはちょっといただけないか。


「ま、告るタイミングは好きにすれば」


 少なくとも同じクラスでいる間は、横からかっさらわれる心配もない。……なんて、言ってやんねーけど。せいぜい焦ればいいんだ。

 神妙な顔で「ありがとう」とお礼を言ってきた由良には何も返さず、飲みもん取ってくる、と席を立つ。ドリンクバーだけで粘るのもあれだし、席戻ったらなんか注文しよっと。


 グラスに氷を入れ、コーラのボタンを長押しする。

 ……俺も、もーちょい頑張んなきゃな。アピール方法変えてみるか? 好きな子がいるんだけど、その子が理央ちゃんに似てるんだよね~、みたいな感じでまんま理央ちゃんの話する、とか。……いくら理央ちゃんが鈍感でも、さすがにいくつか話したら気づくだろ。そしたらちょっとは意識してもらえるはずだ。

 問題はそれを始めるタイミングだけど、今はまだたぶん時期尚早だ。恋愛相談を持ちかけても不自然じゃないくらいの友達関係を築かなきゃ、だよな。



 残念ながら理央ちゃんが俺の想像以上に鈍感で、更には俺自身も鈍感だったということが判明するまで二年の月日が必要となるわけだが。

 それはまた、別の話である。




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