28. 二人きりの打ち上げ
うちのクラスは文化祭二日とも大盛況で終わり、学年賞までもらってしまった。特に賞品や賞金が出るわけじゃないが、それでもなんだか嬉しいし、クラスの皆がテンションを上げていた。
というわけで、文化祭二日目、後夜祭が終わった今。皆で打ち上げに行こうという話になっていた。元は一週間後くらいを予定してたんだけどね……。本当に今日行くんなら、家で待っててくれてるだろうみなちゃんに連絡しなきゃな。
昨日来れなかったみなちゃんは、今日は来てくれた。白山くんはまだ熱が下がっていないようだが、昨日と違っておうちの人がいるので安心らしい。
私と一緒にいっぱい写真を撮って、由良くんをなぜかちょっと悔しそうに見て、ゆっくりとオレンジジュースを飲んで。みなちゃんは帰っていった。……そういえば今更なんだけど、みなちゃんが白山くんと来るつもりだったって、私聞いてなかったんだよな。みなちゃんに限って言い忘れはないだろうから、サプライズで一緒に来るか、私のクラスにだけ一人で入ってくる予定だったのかもしれない。みなちゃんは基本的に私と白山くんを会わせないようにしてくれているし、後者の可能性が高い。
「しーなさん、打ち上げ行く?」
「……」
教室で仲良さげに話しかけてくるんじゃない、と癖のように思ってしまったが、この二日間で私たちの仲がいいことはすっかりばれてしまった。由良くんがいい子だというのはもう皆にばればれだから、優等生である私には特に問題はないんだけど……由良くんとしてはどうなんだ。
まあ、由良くんから話しかけてくるってことは、もうそこまで深く考えていないんだろう。そっちがその気なら、私だって教室で普通に話しかけてやるんだからな。
「んー……迷ってるとこ」
みなちゃんは今日、一人で来て寂しかっただろう。だから早く帰ってあげたいけど、文化祭の打ち上げというたぶん高校でしか経験できないイベントに行かなくていいのか? とも考えてしまう。中学のときは文化祭がなかったから、これが初文化祭、初文化祭打ち上げということになる。
とはいえ。
昨日今日、ほぼずっと優等生を演じ続けていたので。……すごく疲れているのだった。ぶっちゃけ、夜まで保てる気がしない。
「え、まなか行かないの?」
「うーん、なんかすごい疲れちゃったんだよね。風香は行く?」
「そのつもりー」
そう答えた風香は、意味深な目で私と由良くんを見てきた。
「そうだ、二人だけで打ち上げしてきてもいいんじゃない? 仲いい人と二人っきりのほうが疲れないだろうし。あわよくばくっつ……んっんっ、面白いことになってわたしに報告してほしい」
「面白いことって何……」
また少女漫画みたいな展開を考えてるんだろうか。現実と漫画を混同しないで……。
……でもちょっと、いい案な気もした。二人とはいえ打ち上げは打ち上げだし、何より由良くんと二人だけなら無理に優等生である必要もないのだ。
問題は、優等生として打ち上げを休んでいいか否か、ということだけど。……まあ、大丈夫だろう。うん。優等生は夜に出歩かないほうがいいからな。それを言い訳に使うのなら、由良くんとこれから打ち上げをするのもアウトだけど。
「由良くんは行くつもりだった?」
「しーなさんが行くなら行こーかと思ったけど、しーなさんが行かねぇならいっかな」
由良くん私に懐きすぎじゃない? かっわいいなこいつくっそ。
そんな内心を隠しつつ、新開くんのほうにちらりと目を向ける。
「でもたぶん、新開くんは行くでしょ?」
「アイツはオレいなくても楽しくやるだろーし」
「……つまり私は、由良くんがいないと楽しめないと思われてるの?」
「えっ、いや、そういうわけじゃねえけど!」
あわあわ否定する由良くん。
……まあでも、由良くんがこう言うのなら、二人だけで打ち上げっていうのはやっぱりいい案だよな。
「じゃあ後は若い二人で~わたしどっか行ってるね」
軽く敬礼の姿勢を取った風香が、私たちから離れていく。若い二人でって、お見合いじゃないんだからね風香……きみのノリがいまだ掴めない。
残された私たちは顔を見合わせる。今はまだ、クラスの人が今からでも大人数で入れるお店を探しているところだから、不参加だと言うのも間に合う。
「由良くん」
「しーなさん」
名前を呼んだのはほぼ同時だった。無言で先を譲り合って、結局私からその先を続ける。
「二人でどっか行く?」
「うん、行こーぜ」
にぱっと笑った由良くんは嬉しそうだった。
由良くんはこの二日間、別に不良を演じていたわけではないからそういう意味では疲れてないだろうけど、接客経験者として一番活躍していた。その由良くんが打ち上げに参加しないとなると……っていうか、当日にメインで働いた私たちが参加しないとブーイングも食らいそうだが、頑張ったので許してほしい。
「でもファミレスじゃなー、んー……つってもオレのバイト先も、夜は高校生誘いたくねぇんだよな。となるとどこにすっかなぁ」
家で待っているみなちゃんのことが思い浮かんで、つい「うちに来る?」と言いそうになったが、さすがに言っちゃいけないな、とこらえた。昼間ならまだしも、夜に異性を自宅へ招き入れるとか、アウトもアウトだろう。
とりあえず、と由良くんに断ってみなちゃんに連絡を入れる。すぐに既読がついて、『できるだけ早く帰ってきてね!』と返信が来た。う、やっぱり今日寂しかったんだろうな。ごめんね、みなちゃん。
「とにかく、皆より先に出よっか」
「だな」
お店を予約しちゃう前に、と文化祭実行委員の子に「ごめん、私たち今日はもう帰るね」と言って教室を出る。どこに行くかは、歩きながらでものんびり考えればいいだろう。
……うん? いくら仲いいのがばれたからって、今のはもしかしてやばかった? この後二人でどこかに行く、と言っているようなものだった。……うわぁ。やってしまったものは仕方ないが、そこに気が回らないとか、この二日で私も相当疲れたんだな。
「優等生がクラスの打ち上げ参加しねぇでいーの?」
今更な質問にははっと笑う。
「それが許されるキャラでしょ、優等生って。……や、なんか体力使い切っちゃって。夜まで優等生保つの無理だなって」
そう答えれば、由良くんは納得してくれた。ボロが出そうになっていたのは、由良くんもたぶんわかっていたんだろう。その割に自分のボロに対しては鈍感だけどな。
窓の外は暗い。それでもまだ校内には人がたくさんいて、廊下を歩いているだけでもちょっと不思議な気分になる。
「しーなさん、オレに奢られてくれるつもりはある?」
「まったくない」
「よなぁ」
苦笑いした由良くんは、「じゃー高い店はなしだな」と難しい顔をする。高い店に連れてくつもりだったの? 奢りで? いくらバイトしてるからって、友達にそんなことさせるわけねーだろ。
昇降口を出て、二人で夜道をとことこと歩いていく。行き先は決まってないが、足は自然と駅の方へと向かっていた。
「やっぱりファミレスにする?」
「特別感欲しくね?」
「……んー、じゃあコンビニでなんか買って、公園で食べるとか?」
「補導されそーだな……」
「可能性としてはなくはないね……」
行き詰まってしまった。
「……でもさ、特別感っていうなら、こんな遅い時間に二人で歩いてること自体、特別感ない?」
こんな夜に、由良くんの隣を歩くのは初めてだった。街灯は十分明るいのに、空が暗いというだけでなんだかいつもと違く感じる。
どこかから鈴虫のような鳴き声が聞こえてきている。まだ気温的には夏だけど、もう秋はすぐそこだった。
「あるけど、それはなんかちげーじゃん」
「えー、だったら何か案あるの?」
「……ねぇ」
「でっしょ」
バウッ、といきなり犬の鳴き声がして、由良くんがびくっと思いきり体を震わせる。近くを通った散歩中の犬が、向こうから来る犬に吠えかかった声だった。
「……そういえば由良くん、怖がりだっけ」
「べっ、つに、怖ぇのはお化け屋敷とかそーゆーのだけだから!」
にやにやする私に、由良くんは強がりながら答える。へー、ふーん。
「ほんとに怖くないの?」
「……けっこー明るいし、しーなさん隣にいるし。だからマジで、今は怖くねーよ」
「……いっちいち可愛いんだよなきみ。なんなの?」
理由としては結構明るい一つで十分だったと思うんですけど。そこでなんで私まで含めちゃうかな。こんちくしょう。
な、なんなのって……と困った顔をする由良くんに、更にたたみかけるように「可愛い」と言えば、照れたのかそっぽを向いてしまった。隣にいる私が見えなきゃ怖いんじゃない? 大丈夫?
近くの茂みがガサッと音を立て、由良くんが「ぴゃっ」と小さな悲鳴を上げる。茂みから出てきたのは野良猫で、こちらに見向きもせずたたたっと走って行ってしまった。
「……ふ、ふふ、あははは、ぴゃっ? ぴゃっ?」
「わ、笑うなよ」
「だってぴゃって何!? 笑うでしょ! かわいー!」
お腹が痛くなるまで思いきり笑えば、由良くんはすっかり拗ねてしまった。そういうところも可愛いんだけど、これ以上は言わないでおこう。
笑いの発作が過ぎ去ってから、ふう、と息を吐く。笑い疲れた。
「やっぱ私が隣にいても怖いんじゃないの?」
「……怖くねーもん」
「お化け屋敷の中みたいに、手、繋ぐ?」
いたずらっぽく笑って、冗談のつもりで手を差し出す。
が、由良くんはなぜか足まで止めて、私の手を焦ったようにじっと見つめてきた。
隣を歩く由良くんが足を止めたのなら、私も歩くのをやめなければいけない。立ち止まって、由良くんの次の反応を待つ。もしかして冗談だって伝わってないんだろうか。さすがに私も、こんな人目のつく場所で由良くんと手を繋ごうとは思わないんだけどな……。
あと十秒待っても由良くんが困惑しているようだったら謝ろう、と思っていると、由良くんはぎぎぎっと視線を上げ、目を合わせてきた。
「つ、繋いで、いい?」
「……へ? 繋ぐのっ!?」
「やっ、別に! じょ、ジョーダンだよな! ノッてみただけ!」
「そ、そうだよ、冗談だよ! いや怖いならほんとに繋いでもいいけど!?」
混乱してそんなことを口走ると、由良くんがまた固まる。私も固まる。
な、なんなんだこの空気! びびるぞ! 嫌な空気じゃないけど、なんかどうしたらいいのかわからなくなる。二人して文化祭疲れが出てるのか!?
固まっていた由良くんが動き出す。
「ご、ごめんその、やっぱいーよ……。いやなんか、よくわかんねーけど、繋いでいいなら繋ぎてぇなって思っただけだから」
「繋ぎたいのかぁ……やっぱり怖い? バイトいっつも夜でしょ、帰り道とかどうしてんの?」
「走って帰ってる……」
「そう……」
これは繋いであげたほうがいい気がするな……。
そう思って手を伸ばしかけて、しかし止めてしまう。お化け屋敷のときはみなちゃんもいたから恥ずかしくなかったけど、今手を繋ぐ相手は由良くんしかいなくて、しかも外で、しかも夜。
……優等生として、この行為は許されるのか?
普通だったら許されるわけがない、けど。
元々こうして由良くんと二人で帰っているのも、優等生を演じるのに疲れたせいで。
だからつまり、今、優等生云々を考える必要は……ない、よな。
えいや、と気合いを入れて、由良くんの手を掴む。ぎょっとする由良くんに構わず、私の左手と由良くんの右手を繋ぎ合わせる。
一気に、体の熱が上がった気がした。
「……特別感。これで、十分な気がする」
「オレも思った……もう駅前のファミレスでいっか……」
疲れないために由良くんと打ち上げをしよう、となったのに、このどっとくる疲れはなんだろう。嫌な疲れではないけど、なんかもう、帰って寝たい。
「……この前も思ったけど、しーなさんって手ぇちっちゃいよな」
「由良くんが大きいんじゃない? 私平均的だと思うけど」
「そーか……? あとなんか、柔らけぇ……」
「女子だし……優等生だから筋肉も少ないし……」
言いながら、自分でもよくわからないことをいってしまったな、と思った。筋肉量なんて手の柔らかさにはあまり影響ないだろう。
だというのに、由良くんが「なるほど……」と納得してしまったので、とりあえず私も納得しておくことにした。何に納得したんだろう。わからない。
ぎこちない動きで、どちらともなく歩き出す。
由良くんが一歩踏み出す度に、手からその振動が伝わってくる。じんわりと麻痺したような手の熱は、どちらのものかわからなかった。
「わ、私たち何やってんだろう……」
「手ぇ繋いでる……?」
「繋いでるね……あと歩いてる」
「歩いてるな……えっと、呼吸もしてる?」
「してなきゃ死んじゃうもんね」
「そう、うん、死ぬ」
ほんと何やってんの? 何話してんの? えっ、いや……マジで何?
意味不明な会話をしつつも、どちらも手を離そうとはしなかった。
「……文化祭、楽しかったね」
「うん。それに、予想以上にいっぱい来たよな、お客さん」
「皆なんていうか、ミーハーだよねぇ」
なんとかいつものような会話をしようと努める。
「来年は何やるんだろうなぁ」
「こーゆうのは一回だけでいいよな……」
「ほんとにね。めちゃくちゃ見られて疲れる」
「写真断んのもめんどかったし」
「ねー」
何度か一緒に写真を撮ってくれないか、と頼まれたのだが、知り合い以外は断った。知らない人のフォルダに自分の写真があるとか怖いじゃん……。
にしても、来年、かぁ。うちの学校は毎年クラス替えがあるし、うちの学年は全部で八クラスある。来年もまた由良くんと同じクラスになれる可能性は低い。
「……来年も、同じクラスになりたいね」
「……なれなくても勉強会、続ける?」
「あー、続けたい、かな。字も上手くなりたいし」
「三年間ほぼ毎日ちゃんと練習すれば、しーなさんもたぶんめっちゃ上手くなるよ」
「へぇ、私は三年間ほぼ毎日ちゃんと練習しなきゃ、上手になれないと」
「そ、そこまでは言ってねぇし!」
否定するならちゃんと否定してほしいなぁ!
けどまあ、嬉しいことを言ってくれたので許そう。さすがに三年間字の練習に付き合ってくれるつもりだとは思わなかった。本人は口滑らせたことに気づいてないだろうし、と何も言わずに笑うだけにしておいた。
「え、なに、こわい、怒ってる?」
「笑顔見てその反応はなんなの? マジで怒るぞ」
「こわい……」
「由良くんほんっと可愛いよね」
本気で怖がっている失礼な由良くんは、私の言葉にむすっと唇を尖らせた。
「しーなさんのほうが可愛いし」
「…………ありがと。いつも思うけど、さらっとそういうこと言える由良くんすごいよね」
「しーなさんに言われたくねぇ」
「いやまあ私もさらっと? 言ってる? 言ってるか……。さらっとっていうよりはぽろっとだけどな」
お互い様だということを確認したところで、目的地に到着。店に入るときには、自然と手が離れていた。暗くないのなら、由良くんが怖くないのなら、手を繋ぐ必要はない。
明るいお店の中に入れば、あとはもう、本当にいつもどおりの私たちで。
帰りも、駅までの短い道を――手を繋がずに、いつものように話しながら帰ったのだった。
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