27. 強いと言える恋もある

「よ、予想以上に忙しかったね……」

「だな……」


 二時間後、へとへとになって由良くんと一緒に休憩を取ることとなった。本当なら私は風香と同時に休憩を取るはずだったのだが、新開くんと風香が何やら話し、私と由良くんが同時に取ることになった。何かあの二人企んでるんじゃないだろうな、とは思うけど、疲れたのでとりあえず休憩したい。

 何が受けたのか、いやたぶん今時珍しいメイド・執事カフェなんかやってたからなんだろうけど、時間が経つにつれかなりたくさんのお客さんがやってきて、廊下に常時列ができるくらいだった。皆さん物好きだなぁ!

 大盛況により、予定より大幅に早く買い出しをしなくてはならなくなったので、さっきクラスメイトが大慌てで出て行った。


 休憩ついでに宣伝してきてね、と言われたので、休憩できそうなところを探しながら小さい看板を持って歩いていく。


「由良くん流石に接客上手かったね。特に笑顔の作り方」

「そ? ありがとー、しーなさんも上手かった。可愛いっていっぱいわれてたじゃん」

「由良くんもかっこいいとか可愛いとかいっぱい言われてたね」


 数瞬の無言。何タイムだ、これ。……由良くんがかっこよくて可愛いとか当然だし、それについては別に、何も。ただやっぱり、金髪ピアスがそのままでも、笑顔だとふっつーに可愛いイケメンでしかないんだなと思っただけだ。

 なんとなく二人揃ってむすっとしてしまったが、こんな顔じゃ宣伝になんてならない。看板を持ってないほうの手で頬を軽くむにむに引っ張って、通常の顔に戻す。


「変顔?」

「ちっげぇよ……あ、やば」


 慌てて頬の手を口元に持っていく。知り合いに聞かれていなかっただろうか。きょろ、と視線を動かしてみるが、知り合いらしき人は見えなかったのでほっとする。


「……とりあえず、どこで休もっか」

「休憩一時間っしょ? あんま並ばねぇとこのほうがいーよな」

「タモホっていっぱい席あるんだっけ。空いてたらそこでもいいかなぁ」

「確かあそこ、焼きそばとか売ってたよな。食いてぇ」


 タモホとは多目的ホールのことで、その名のとおり色んなことに使われる、三階の端っこの広めの空間のことである。

 目的地も決まったので、のんびり足を進めていく。この格好で看板持って歩くだけで宣伝になるから、特に声を張り上げたりしなくていいと言われていた。楽でいいな。

 廊下はそれなりに混んでいたので、看板を持っていると誰にもぶつからずに歩くのはなかなか大変だった。それを見かねてか、ひょいっと由良くんに看板を奪われる。


「代わりばんこでやろーぜ」

「……可愛いなマジ」

「何が!?」


 代わりばんことか言っちゃうとこだよ。まったく、私の心を、っていうか私の口調を乱さないでほしいものだ。こんな周りに人が多いと、近くにいる知り合いに気づかないうちに聞かれてしまうかもしれないんだから。

 まあさっき確認したんだし大丈夫だろう、と思っていたら、「あっ」という聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。


「まなかちゃーん、大雅君! きゃー、可愛い、かっこいい!」

「……うらら先輩?」


 振り返るとそこには、うらら先輩と真先輩の姿があった。おお、文化祭デート。さすがに学内じゃ恥ずかしいのか、手は繋いでいなかった。

 こんにちは、と言ってきた二人に挨拶を返し、「どこに行こうとしてました?」と訊いてみる。デートの邪魔をするのはちょっと申し訳ないけど、こんなタイミングよくお会いできたんだし、できれば一緒にお昼を食べたい。


「そろそろ二人のクラス行こうとしてたとこだったんだ」

「けど今は休憩中みたいだな。お昼まだなら一緒に食べていいか?」

「もちろんです! ね、由良くん」

「はい、むしろこっちから言おーとしてたことなんで」


 ということで、四人で多目的ホールに向かうことになった。……この時間に四人全員で座れるとこ空いてるかな?

 その懸念は的中で、最高でも二人分しかまとまった席が空いていなかった。二人二人で座るとして、そうなるとやっぱり先輩たちと私たちで分かれることになるよなぁ。残念だけどしょうがない。

 そう提案しようとしたら、うらら先輩がきゅっと私と腕を組んできた。


「私まなかちゃんと食べたいから、真君と由良くん、二人であっちでもいい?」


 え、と戸惑う私と由良くんを置き去りに、二人はぽんぽん話し始める。


「椎名ちゃんに変なことしないならいいっすよ」

「失礼だぞ真君。真君にならともかく、まなかちゃんにするわけないでしょ」

「俺にもしないでくれると嬉しいんですけど?」

「えー」

「そんな顔しても無駄です。……大雅、椎名ちゃん、そういう感じでいい? ごめんな、この人のわがままに付き合わせて」


 うらら先輩とお昼をご一緒できるのは嬉しいけど、せっかくのデートだったんじゃないだろうか。この先真先輩は受験勉強を始めなくちゃいけないだろうし、あまり一緒にいる時間が取れなくなると思うんだけど……。

 なんて考えていたのが顔に出ていたのか、うらら先輩があはっと笑う。


「デートとかそういうの気にしないでいいからね? どうせ真君には受験勉強見てあげる約束してるから、これからも頻繁に会えるし」

「……そういうことなら」

「オレもそれで大丈夫です」


 私とうらら先輩、由良くんと真先輩、でちょっと離れた位置に席を確保する。私は席取りに使えそうな持ち物を持っていなかったので、うらら先輩のハンカチをお借りしてしまった。

 焼きそばの列に並ぶと、にっこり笑ったうらら先輩が私の顔を見てきた。


「あのね、食べ終わってちょっとゆっくりしてからでいいんだけど……」


 こてん、と可愛らしく首をかしげる。


「恋バナ、しない?」




 焼きそばを食べ終わって一息ついてから、うらら先輩に「でも」と切り出す。


「恋バナって言っても、私聞くしかできませんよ?」

「あーうん、まなかちゃんがいいなら、私が一方的に話す感じになっちゃうけど……いい?」

「それはもちろん」


 うらら先輩と会うときはいつも真先輩もいたし、実はこの二人の詳しい話はあまり聞けていないのだ。他人の、というか親しい人の恋バナを聞くのは楽しいので、聞かせていただけるのは嬉しい。

 わくわくして姿勢を正すと、うらら先輩はんー、と悩ましげな声を出して、唇に人差し指を当てた。たったそれだけの仕草が非常に色っぽい。


「私ね、こんな顔しておいて、真君が初恋なんだ」

「え!?」


 初っ端から驚愕の事実だった。確かにその、お顔で判断してしまうのは大変失礼なことだとはわかっているが、こんなに美人なんだから恋愛経験は豊富だと思っていた。


「っていっても、まあその、経験がないわけでもなくて、実はまなかちゃんには言えないような、すっごい爛れた生活してたんだよね」


 あはは、と笑ううらら先輩は、ちょっと気まずそうだった。


「だから真君を好きだっていうのも、全然自分じゃ気づけなくてさ。人に気づかせてもらったんだ、情けないことに。ほんとはもっと、ほとんど最初から好きだったようなものだったんだけど」


 頬杖をついて、遠い目で真先輩のほうを見つめる。

 爛れた、というのがどの程度かわからないけど。うらら先輩はたぶん、その生活のことを後悔はしていなくて、それでもそのことに引け目を感じている……のかもしれない、と思った。


「気づいてからは、この気持ちがバレないようにしなきゃって必死になったなぁ。数ヶ月も耐えれば、こんなの勝手に消えてくれると思ってたんだ。恋なんてすぐに消えちゃうものだって、そう思ってたからね」


 ぎくりとした。

 ――恋なんてすぐに消えてしまう。

 そう思っていたのを、見透かされたようだった。そしてきっと、このタイミングでこの話をするのは……偶然では、ないのだろう。


「……違ったんですか?」

「ふふ、見てわかるとおり、一年経ってもこんなにらぶらぶです」


 真先輩から私へと視線を戻して、ほんの少し頬を染め、照れくさそうに笑う。その笑顔からは、色気よりもむしろ幼さのようなものを感じて。なぜかきゅっと、胸が痛くなった。

 うらら先輩の事情は知らない。そこに関しては、話してくれる気もないのだろう。

 それでも、うらら先輩が真先輩に出会えて、好きになれて、付き合えて、こうして今でも仲が良くて。

 本当によかったと、心から思った。


「……なんかね。私なんかがこう言うのは失礼だろうけど、まなかちゃんは私となんとなく似てる気がするんだ」

「……そう、ですか?」


 うん、とうなずくうらら先輩。


「恋に臆病そうなところ、とかね」


 続いた言葉に、思わずぽかんとしてしまった。

 ……恋に、臆病? 臆病になるような恋も、まだしたことがないのに?


「なんでそう思うんですか?」

「うーん、そうだなぁ。……Woman's intuition、ってやつかな」


 そう言って、うらら先輩はにこっと微笑む。発音が良すぎて一瞬頭で変換できなかったけど……Woman's intuitionって言った、よね。


「女の勘、ですか」

「あ、わかった? そう、女の勘」


 他の人に言われていたらまともに相手にしないだろうけど、うらら先輩の『女の勘』は本当にありそうで、納得するしかなかった。

 私がしたことのある恋は、室崎に対するものだけだ。

 確かにあれは、臆病だったと言えるかもしれない。だって楽しむだけで何もせず、そのままあっけなく終わってしまったから。

 でも、あれのせいで臆病に可能性もあるんじゃないか、と思ってしまって、頭の中がぐるぐるした。そうだと、したら。

 気づきたくないことに気づいて、しまいそうな。


「一年経っても、ってさっきは言ったけど、たった一年なんだよね。だから偉そうなことは言えないんだけど……でもね、好きって気持ちは、そう簡単に消えちゃうものじゃないんだよ。恋って案外強かった!」


 どこかすっきりした顔で、うらら先輩は笑った。


「ふふ、結構臭いこと言っちゃったなー。以上、お節介な先輩からの恋のお話でした。Thank you for listening!」


 ぱちん、とウインクで締めくくったうらら先輩は可愛らしかった。嫌味なくウインクが似合ってしまうのだからすごい。

 私のほうこそありがとうございました、とお礼を言いながら、もし、と考える。


 もし本当に、恋がそう簡単に消えない、強いものだとしたら。



 由良くんを好きだというこの気持ちが『恋』なのだとしても、何も――問題、ない?



「話終わりました?」


 真先輩の声にはっと我に返る。

 ……何考えてたんだ、私。由良くんのことは大好きだけど、それは友達としてだって、そう何度も思ってきたじゃないか。


「そろそろ大雅と椎名ちゃんの休憩終わりらしいんで」

「あ、ほんとだ、もうこんな時間経ってたんだ。二人が教室戻るなら、私たちも一緒に行こうかなー。二人が働いてるとこ見るの楽しみ!」


 立ち上がったうらら先輩が、「捨ててきちゃうね」と私の分のゴミまで回収して、ゴミ箱に捨てにいく。う、ぼうっとしていた。後輩である私がやるべきことだった。


「……しーなさん、どーかした?」

「え!? ど、どうかしたって何が?」

「や、何がっつーのはわかんねぇけど……なんか」

「だい、じょうぶだよ」


 なんだかまともに由良くんの顔が見れなくて、半笑いのような変な表情でうろうろと視線をさまよわせる。ど、どうしよう、落ち着こう、一旦落ち着こう。何をそんなに動揺してるんだ!

 まずは由良くんの顔を見よう。見れないとか言ってる場合じゃない。

 ぐっと体に力を入れて、由良くんの顔を真正面から――ぶわっと顔が熱くなった。


「……待って今は無理かもしれない」

「何が無理なの!?」

「ちょ、あと一分待って!」


 顔を両手で覆う。一分でどうにかできるものじゃないだろうが、どうにかしなくちゃいけない。もう教室に戻らなきゃいけないんだし。

 顔を覆っているせいで見えないが、どうやら帰ってきたらしいうらら先輩に、真先輩が呆れ声を出した。


「変なことしないって言ってたじゃないですか」

「変なことなんてしてないもん」

「……何拗ねてんすか」

「拗ねてません」


 始まった軽い痴話げんかを聞いていると、ちょっとだけ顔の熱が引いた気がした。

 ……そろそろ一分経つかな。

 ふー、と息を吐いてから両手を下げ、由良くんを見る。うん、よし、おかしくならない。もう大丈夫だ。


「帰ろっか、由良くん」

「おー? ……さっきからしーなさん、やっぱ変じゃね?」

「通常運転です」

「そーか?」


 怪訝そうな由良くんに、お前のせいだよと言ってやりたい。……いや、そもそも今回は由良くんなんも悪くないな。百パーセント私が悪いので、冤罪だった。

 当たり前のように由良くんが持とうとした看板を奪い取る。


「代わりばんこ、でしょ。さっきは由良くんがほぼ持っててくれたんだから、次は私の番ね」

「……じゃー階段のとこでオレに交代な」

「それは早すぎるでしょ」


 そんな私たちに先輩たちはちょっと顔を見合わせて、うらら先輩が「ね?」と微笑んだ。 何がね? なのかはわからないが、真先輩には伝わったらしい。

 そっすね、と呆れたような返事をした真先輩が、「ほらもう休憩終わるだろ。急ぐぞ」と急かしてくる。


「あ、そういえば言い忘れてたな。椎名ちゃんも大雅もすっごい似合ってるよ」


 ついでのようにさらっと言われたので、ちょっと照れてしまった。

 しかしお礼を返す前に、うらら先輩がとすっと真先輩に軽い肘鉄をくらわせた。……ヤキモチかな。可愛い。




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