26. 会話がすでにバカップルである

 いよいよ今日は、私たちの文化祭当日である。ちなみに喫茶店として登録はしてあるものの、売るものといったらワッフルとシューアイス、いくつかのドリンクくらいだ。

 たったそれだけだが、まあ文化祭のメニューとしてはたぶん妥当だろう。

 運のいいことに、この高校は自転車で五分くらいのところに大きな業務用スーパーがある。色々な調達が楽でほんとよかった……。クーラーボックスはいくつかレンタルして、ドライアイスは今日の朝スーパーに買いにいった。足りなくなりそうになったらそのタイミングで買い出しに行く感じだ。


「しっかし、よく四着も集められたよねー。そんなに皆家にメイド服あるもんなのかな」


 首をかしげながら、風香は後ろ手でリボンを結んでいる。彼女が着ているのは、黒いロングワンピースに白いエプロン、ちょっと英国風なデザインの上品なメイド服だった。


「意外と皆、コスプレ好きなのかもね」

「えー、でもこのロングメイド、コスプレ感はあんまなくない!? なんでこんなの持ってるんだろ……可愛いからいいけど」


 カチューシャをつけた風香は、よし、とうなずいて、その場でくるりと一回転してみせた。ロングスカートがふんわりと広がる。

 どう? と感想を求められたので、「もちろん可愛いよ」と言っておいた。


「ふふー、ありがと。まなかも可愛い。……結びづらい? エプロンやってあげよっか?」

「お願いします……」


 どうにもこうやって後ろで結ぶタイプの服は苦手だ。言わずもがな、不器用なせいなんだけど。

 私のメイド服は和風だった。四着の中から各自好きなものを選んだのだが、四着の中に和風メイド服があると知って真っ先に選ばせてもらった。これなら簪をつけてもおかしくない、ということで、今日はちゃんと由良くんにもらった簪を持ってきている。

 デザインとしては、柔らかい印象の黄緑色の上着に茶色いスカート、白いエプロン。小さなレースがところどころにあしらってあるが、装飾は少なめでシンプルだった。襟とエプロンに入っている黄色いラインが可愛い。


 ちなみにもう二つのメイド服は、アリスっぽい水色のメイド服と、エプロンのボタンデザインが可愛い膝丈の黒メイド服だ。

 ……確かにこの四着がクラスメイトの家から借りられるって、どうなってるんだろう。四つの家から借りたとは言われてないし、もしかしたら四着とも同じ家なのかもしれない。

 さて、着替えたら今度は簪をつけよう。私の髪は短めなのでまとめにくいが、なんとか五回に一回くらいは成功する。


「へぇ、簪ってそうやって使うんだ」


 風香がまじまじと見てくるのでちょっとやりづらいが、「そうー」と返事をしながら慎重に手を動かしていく。ちょっと手元が狂うとすぐに髪がばらばら落ちてきちゃうのだ……なんて思ってるそばから落ちてきた。うぐぅ。

 悪戦苦闘して、なんとか見られる髪型ができあがった。更衣室の鏡で確認して、見えない後ろも風香に確認してもらう。うん、大丈夫そう。

 今日の更衣室は混んでいるので、終わったら早々に退散しなければならない。私が簪と格闘している間に、他の二人にはもう先に行ってもらっているし。

 髪の毛が崩れないようにゆっくり、しかしできるだけ素早く体を動かして、教室に向かう。


「男子にお披露目するのは初めてだよねー」

「男子にお披露目されるのも初めてだよね。どんなかなぁ」

「一番気になるのは由良君?」

「……そりゃあね」


 執事役四人の中で友達なのは由良くんだけだし、一番気になるとなると当然由良くんだ。次点で新開くん。いや、新開くんというより、それを見た理央ちゃんの反応が気になる。

 教室に着くと、クラスメイトが私たちを見て小さく歓声を上げた。口々に可愛いとか似合ってるとか言ってもらえて、嬉しいし照れるのだけど……つい、少し遠くにいる由良くんをじーーっと見つめてしまった。由良くんも私のことをじーーっと見てくるので、はたからはお互い見つめ合っているように見えるだろう。実際は全然目は合ってないんだけど。


 …………かっこよすぎないか?

 イケメンがかっこいい格好すると威力すっごいな。黒ピンを交差させて、ちょっと前髪を留めているのがあざとい。

 うっわー、かっこいい……かっこいい。執事服|(もどき)が似合っちゃう不良ってどうなんだ? いや、イケメンな不良なら執事服も似合うか、そうだよな。

 上から下まで何度も視線を往復させていると、ばちっと目が合ってしまった。


「……お熱いですなー、お二人さん」


 にやにやする風香にはっとして、慌てて由良くんから目を逸らす。こ、こんなにずっと見てるのも由良くんに失礼だしね。やめとこうやめとこう。


「え、まなかちゃんと由良くんって付き合ってるの?」

「えーっ、意外!」

「マジで!?」


「付き合ってないです!」

「付き合ってねーし!」


 風香の発言でざわめきだしたクラスメイトたちに叫ぶようにして否定すると、由良くんと声が揃ってしまった。……これはまた嫌なタイミングで揃ってしまったものだ。

 そうっと由良くんと顔を見合わせると、周囲から「やっぱり……」だの「へー……!」だの聞こえてくる。なんでこうなっちゃうんだ。

 これ以上否定しても怪しまれるだけだろうし、ここはもう、自然に過ごすしかないだろう。小さく息を吐いて気を取り直していると、新開くんがきらきらした顔で由良くんを引っ張って近づいてきた。


「椎名ちゃん、安藤ちゃん、めっちゃ可愛いな!」

「え、ありがとう? 新開くんも似合ってるよ」

「うん、似合ってるー」

「さんきゅ!」


 にっと笑う新開くんは、ばっちり執事服|(もどき)を着こなしていた。なぜか伊達眼鏡までしている。……さすがにそれだけじゃ私とキャラ被り! とは思わないものの、なんかちょっと微妙な気分だ。

 新開くんは「じゃ!」と手をひらりとして、理央ちゃんのほうに駆け寄っていった。由良くんを置いて。……え、なんで由良くん連れてきたの。

 まあ自然に過ごすと決めたのだし、こうなったら由良くんと会話したほうが自然だろう。隣の風香がそーっと私から少し距離を取ったのが気になるけど、まあいい。


「……似合ってるね」

「……ありがと。しーなさんもすげぇ似合ってるし、可愛い」

「由良くんもかっこいい」


 なんとなく小声で話し始める。


「簪も、マジでつけてくれてんだ」

「せっかく和風のメイド服があったんだしね」

「……ん、可愛い」


 ふにゃっと微笑む由良くんのほうが可愛いんだけど、とりあえず教室で気を抜くなと言いたい。このエセ不良め、可愛いんだよもう!


「オレもこれ、つけてきてるよ」


 そう言って由良くんがネクタイを少し持ち上げると、私のあげたネックレスが見えた。……そこにつけてたかぁ。服の下につけるのかと思っていたから不意打ちだった。

 二人してにこにこしていると、ちょっと離れていたはずの風香につんつんつつかれた。解せない、というような顔をした風香が、私と由良くんを見比べる。


「……ほんっとにまだ付き合ってないんだよね?」

「まだも何も、普通の友達だって」

「そーだよ」

「……わっかんないなぁ!」


 渋面した風香がまた離れていく。

 ……いやまあ、確かに、今のやりとりはうん、そう、だな。カップルっぽかったかもしれない。はっきり言葉にしてたわけじゃないけど、会話が聞こえていただろう風香には、簪が由良くんからもらったもので、ネックレス(見えていたかはわからないが)が私があげたものだと察しただろう。

 客観的に考えて、アクセサリーのプレゼントをし合っているような男女がただの友達であるはずがない、とは思う。

 ……うん? でも、ヒデから誕生日プレゼントにブレスレットとかもらったことあるぞ? こっちからアクセサリーをあげた覚えはないけど、男女の友達でもアクセサリーのプレゼントはそうおかしくない、のではないだろうか。

 それにそもそも私と由良くんなのだし、他の人からどう見えたところで友達でしかない。


「緊張するねぇ。お帰りなさいませ、は言わなくていいみたいだからまだいいけど」


 メイド喫茶のメイドといえば「お帰りなさいませ、ご主人様」とハートがつきそうな声で言うもの、という偏見のようなイメージがあったので、普通にいらっしゃいませでいいのはありがたかった。執事役のほうも、お客さんを『お嬢様』とか呼ぶようにとは指示されていないようだし。

 私たちの役割は、お客さんを空いてる席に案内して、注文を取って、お菓子や飲み物を運ぶだけ。特にメイドっぽいことも執事っぽいこともしないでいいらしい。


「オレはちょっと……居酒屋のノリになりそーで不安」

「あー、そっか、その問題もあるか。執事服で居酒屋のノリとか……いや、面白いんじゃない? やってみない?」

「そう言われたってやんねぇから」

「えー」

「えー、じゃねーよ」


 由良くんはちょっと呆れたように笑う。割と本気で言ってたんだけどなー。まあ、これ以上エセ不良キャラを壊すわけにもいかないし仕方ないか。

 そろそろ文化祭開始時刻なので、皆で最終確認をする。今のところ、特に問題なし。

 始まる前にとスマホを確認すれば、みなちゃんとヒデからメッセージがきていた。ヒデのほうは結音さんの都合がつかなかったらしく、この学校の友達がいる友達についてきてもらうらしいのだが、もう学校の前まで来ているとのことだった。


 そしてみなちゃんはといえば。


『ごめん、まな!』

『あおくんがすごい熱出してるくせに来て!』

『しかも家に誰もいないみたいだから、送って看病してくる!』

『あおくんの体調落ち着いたら行くね、ほんとごめん!』


 その後に三種類くらいのごめんねスタンプと泣いているスタンプが押されていた。

 ……あおくん――白山青葉くん、みなちゃんの彼氏さん。みなちゃんが白山くんのことを大好きなことは知っているから、そういうことならみなちゃんの判断にも驚かない。


『わかった!白山くん、お大事に』


 そう打って、ついでにヒデに了解のスタンプを送ってスマホの画面をロックする。

 みなちゃんが、こうして明確に私よりも白山くんを優先したのは初めてだった。寂しさのようなものはあるけど、それ以上に嬉しくて、何より安心した。

 よかった、と心底思った。

 ――本当にみなちゃんに、私以外の大切な人ができたんだな。


「しーなさん?」

「うん? あー、みなちゃんが今日来れるかわかんないって。あとヒデが来る」

「ひで」

「前に話した幼馴染だよ」


 そう言った途端、由良くんの顔がちょっとしかめられる。


「……来るんだ」

「まあ私も行ったしね、あいつの文化祭」

「え、いつ!?」

「みなちゃんの文化祭の次の日だけど」

「……誘われなかった」

「二日続けて誘うわけないでしょ」


 そこまで付き合わせるわけにもいかない。由良くんはまだヒデと知り合ってないわけだし、みなちゃんのときとはわけが違うのだ。

 だというのに、由良くんはなんとなく不満げだった。


「ヒデに会ってみたかった? でも今日会えるんだし、そんな顔しないでも」


 友達の幼馴染に会ってみたい、という気持ちはわからなくもないけど……。

 由良くんは「ちげぇよ」とちょっとぶっきらぼうに言って、それからはたと何かに気づいたように目を瞬いた。不満そうな表情は消え、不思議そうに首をかしげる。


「どうかした?」

「……や。なんでも、ねぇ?」


 なぜ疑問形なのか。

 まあ突っ込むようなことでもないか、と流して、深呼吸をする。校舎内が騒がしくなってきた。この教室は割と昇降口から遠いので、ほんの少しだけ猶予はあるだろうが、それでもすぐにお客さんが来るだろう。接客とか初めてだなぁ、由良くんのを参考にさせてもらおう。


     * * *


「よー、マナ」

「お、ヒデやっほー。席空いてるよ」


 始まってから数分でヒデがやってきた。

 ヒデなら「こちらのお席へどうぞ」とか案内しなくてもいいだろ、と思っていたら、「お帰りなさいませとか言わないの?」というふざけたことを言い出した。

 言わねぇよ、と返しかけたが、ここは教室。この声が聞こえる範囲にクラスメイトが何人もいるのだから、そんな言葉を吐くわけにはいかない。


「言わないよ……あれ、友達は? 一緒に来たんじゃないの?」

「腹痛いって今トイレこもってる」

「いきなりかー……っていうかヒデ、それ飲食店で言うことじゃないからね」


 苦笑して、とりあえず他のお客さんを優先的に接客する。始まったばかりでまだゆっくり休みたい人がいないせいか、想像していたよりは全然忙しくない。

 ちょっとくらい知り合いと話しても許されそうな雰囲気のときに、のんびりしていたヒデのもとに由良くんと一緒に行く。友達はまだ来ていない。……こいつ、どこ行くか言ってないとかじゃないよね? ちょっと不安だけど、私が面倒見るようなことでもないしほっとけばいいか。


「ヒデ、この子が由良大雅くん。由良くん、こいつが時川英明」

「マナひどい、俺がこいつで由良がこの子?」

「当然でしょ」


 ふん、と笑ってやると、なぜか由良くんがガン見してきた。


「……由良くん?」

「あ、や、なんでも。えーっと、時川くん?」

「ヒデでいいよ」

「……ヒデくん」


 結局くん付けはするのか、可愛いな。


「しーなさんの友達の、由良大雅です。よろしく」

「うん、これからもマナのことよろしくな!」


 きょとんと首をかしげる由良くんに首をかしげるヒデ。

 ……こ、こいつらかみ合わないタイプだったかー。そうだよな、割とヒデ天然入ってるしアホだし! いい奴なんだけどどうにもアホなんだよな! いい奴なんだけど!

 と、ようやく返しを間違えたことに気づいたのが、ヒデが慌てて「あ、俺も! 俺もよろしく!」とにへらっと笑った。


「……ん、よろしく。しーなさんのこともよろしくされました」

「うん、安心したー!」

「安心?」


 怪訝そうな由良くんに、ヒデはしまった、という顔をした。……この顔がどんなやらかしに繋がるかわからないので、とりあえずささっと紙コップにオレンジジュースをついできて、ヒデの目の前の机にずんっと置いてやる。


「サービスです、あとでお代請求するね」

「いやそれサービスじゃないじゃん!? ごめん!」

「何をやらかしたと思ったのか知らないけど、まあわかったならいいよ」

「……あのときのあれ、嘘だったんだよなーって思って? なら俺が余計なこと言っちゃ駄目じゃん?」


 あのときのあれ。嘘。

 ヒデにそう言われるようなことは、一つしか思い浮かばない。つまり、私が由良くんと付き合っているという、結音さんのためにみなちゃんがついた嘘。

 結音さんにはあれが嘘だとは言っていないはずだけど、ヒデにはみなちゃんが説明した、らしい。みなちゃんのことだからたぶん完璧に説明してくれたんだろうけど、今更どう説明したのか気になってきた。

 ……私が由良くんと付き合ってる。付き合ってる。今考えても、みなちゃんは大胆な嘘を。


「……っ私接客に戻る! ヒデはもう適当に出てって!」

「ひどくない!?」

「結音さんがいたらいつまでもいてくださいって言うとこだけど、ヒデだし!」


 なぜか熱くなった顔を由良くんに見られる前に、と「すみませーん」と呼んできたお客さんのところにすっ飛んでいく。仕事中、接客中。文化祭だからって、適当な仕事はしちゃいけないだろう。

 注文をとって、裏方の人たちに伝えにいこうとすると、ヒデと何か話していた由良くんが素っ頓狂な声を上げた。


「へっ、彼女いんの!?」


 ……なんでそんなびっくりしてるんだ。というかなんの話してるんだ、いったい。




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