25. エセ不良と妹は少しだけ似ている
その週の土曜日。みなちゃんの学校の最寄り駅で待ち合わせをして、私は由良くんと文化祭に行った。
「祭りんときでわかったけど、オレたちこーゆうのって甘いの食べすぎるよな」
「だよね……。まあでも、さすがにお祭りよりはテンション上がらないだろうし大丈夫でしょ。今日はカロリー摂取控えめでいきましょう」
そう話していた十分後、私たちはクレープ片手にタピオカドリンクを飲んでいた。美味しいからいいけど、不思議だ……。
色んな出店に目移りしながら、パンフレットを見てみなちゃんのクラスへ向かう。ふんふん、結構バリエーション的にはうちの高校と同じなんだなぁ。パンフレットを見た感じ、やっぱりメイド・執事喫茶はなかったけれど。
「お、アレじゃね?」
由良くんが指差した先には、まさにお化け屋敷、というような教室が。……外装、力入れすぎじゃない? 血文字のような赤い文字がめちゃくちゃ怖い……。いや、私は怖いの平気だから、怯えたりはしてないんだけど。
しかし隣の由良くんは別だ。眉を寄せ、唇にきゅっと変なふうに力を入れてお化け屋敷を見つめている。不良オーラなんて一切ない、ただ可愛いだけの由良くんだった。
「……やっぱり由良くん、やめといたら?」
「………………行く!」
そんな沈黙しちゃうくらいなら、行かないほうがいいと思うんだけどなぁ。まあ、ここは本人の意思を大切にしておこう。
きりっとした顔を作ろうとしている由良くんに軽く笑ってから、お化け屋敷の受付に向かう。クラスの前には数人が待機していたが、みなちゃんはいなかった。まだ今日の文化祭も始まったばかりだし、メイク係ならもうしばらくは仕事がないのだろう。途中でメイク直し、どれくらい必要なのかなー。みなちゃん怖いだろうし、あんまり忙しくなきゃいいけど。
私たちが着いたことはトークアプリで知らせていたが、さっき確認した時点では既読はついていなかった。受付する前に、これから入るよ、と知らせておいたほうがいいか。
そう思って廊下の端に寄って文字をぽちぽち打っていたら、ちょうど既読がついた。
『もう来てくれたのー!ありがとう!』
にっこりした絵文字とともに、そんな返信が届いた。
『急いで行くから、そこで待ってて!』
え、どこにいるか行ってくれれば私たちが会いにいくのにな。この高校の生徒であるみなちゃんのほうが、そりゃあ迷いなく移動できるだろうけど……。
由良くんにもみなちゃんの返信を見せて、そのまま人通りの邪魔にならないところで待つ。通るのは中学生らしき子たちが多くて、楽しそうにはしゃいでいるのを見てなんだか和んでしまった。
「まだ一年も経ってないのに、中学生が可愛く見えちゃう……」
「わかる。こう、なんか若いよな……」
「いや、若いっていうなら私たちもでしょ。JKとDKですよ、由良くん」
「え、DKとかあんの? JKしか聞いたことねーんだけど」
「あるある。えー、由良くん知らなかったのー?」
「知らなかった……」
「素直だなぁ!! 馬鹿にした感じで言ってごめんね!? 冗談だったけど!」
ぽつぽつと会話をしていたら、みなちゃんのクラスの受付の一人がそうっと近づいてきた。やっぱり邪魔だったか、と申し訳なく思いながら何か言われるのを待っていたら、「もしかして、」と好奇心にあふれた目が私を見ていた。
「みなかちゃんの双子のお姉さん?」
「……あ、はい、そうです」
私は眼鏡もかけているし、そう簡単にわからないだろうと思っていたのに、あっさり見破られてしまったらしい。見破られてしまった、といっても隠す気は元々なかったんだけど、みなちゃんが来る前にバレてしまったのはびっくりだった。
話しかけてきた三つ編みお下げの女の子は、「やっぱり!」と嬉しそうに声を弾ませた。
「似てるなーって思ってたんだ! 双子揃ってほんと美人だね……今日は彼氏さんと来たの?」
「あー、えっと、彼氏では――」
「彼氏じゃないよ!」
私を遮ったのはみなちゃんだった。どこからか早足でやってきたみなちゃんは、ほんのちょっぴり息切れしていた。
きょとんとする女の子を一旦スルーすることにしたのか、みなちゃんは私に微笑みながら軽く抱きついてきた。
「お待たせー、まな!」
「ううん、待ってないよ」
廊下で双子がこんなことをやっていれば目立つのは当然で、この高校の生徒らしき人はこそこそと「あれって椎名さんの……」とかなんとか話している。……やっぱりみなちゃんは有名ってことかな? ふふふ、お姉ちゃんとして鼻が高い。
私とみなちゃんを見ていた女の子が、わぁー、としみじみとした声を出した。
「ほんとに仲いいんだねぇ。みなかちゃん、教室でもよくお姉ちゃんの話してるんだよ。まなちゃん、だっけ?」
「まなかです……そうなんですか?」
「わ、和子ちゃん、恥ずかしいから!」
慌てて止めにかかるみなちゃんに、女の子(和子ちゃんというらしい)はにやにやとする。
「そうだよねー、いっつもすっごい楽しそーーに話すもんね、本人の前じゃ恥ずかしいよねぇ」
「和子ちゃんー! う、いや、恥ずかしいっていうのとはちょっと違って、まながいないところでまなのこと話してるって知られるのは別にいいんだけど、けど……でもなんだか、照れちゃうっていうか」
「みなちゃんが可愛い……」
「あ、やっぱりお姉ちゃんもそういう感じなんだ。双子だなぁ」
うぅ、うぅ、とちょっと頬を染めて恥ずかしそうにしているみなちゃんは、最高に可愛かった。これだけで文化祭に来て良かった、と思える。
「もう、いいから! まな、一緒にお化け屋敷入ろ~!」
「え、みなちゃん?」
「大丈夫大丈夫、由良くんも一緒にね! 三橋くーん、次、三人でお願い!」
受付の子にそう声をかけて、みなちゃんは私とがっちり腕を組んだ。痛いくらい力を込められるので、絶対大丈夫じゃないことがわかる。……私の前だとかっこつけたいとかそういうこと? でもそれなら、ここ最近の夜ずっと一緒に寝てた時点で手遅れだし……。
内心首をかしげつつ、順番待ちをする。まだ文化祭も始まったばかりなせいか、私たちの前には二人組がいるだけだった。これならすぐ入れそう。
「中は軽く迷路みたいになってるんだよ。私道順わかるから、案内するね!」
「それって迷路含めて楽しむものなんじゃないの……?」
「……」
みなちゃんは黙って微笑んだが、その分怖い時間が長くなるから嫌だ、と言いたいのがはっきりわかった。それくらい口に出されなくてもわかるけど、あえてここで黙ったのは……なるほど。
ちらっと横目に由良くんを見ると、気づいた由良くんが首をかしげる。
「みなちゃん、由良くんが怖がってるところ見たいんだね?」
「えっ」
「だって私がメイクしたんだよ? まなはあんまり怖がらないだろうし、それだったら由良くんの反応見たいなーって」
にこにこするみなちゃんに、由良くんは顔を引きつらせた。
つまりはこうだ。みなちゃんはせっかくだからメイクに対するお客さんの反応を間近で見たい、でも怖いのは嫌だ、私と一緒ならまだマシ、でも由良くんに怖いの苦手なのがバレるのは嫌だから何も言わない、と。
怖いのが苦手って可愛いだけだと思うんだけど、弱みか何かだと思ってるんだろうなぁ。みなちゃんは他人の前じゃできるだけ強くいようとする。そういうところもすごく好きだし、私の前じゃ弱いところも見せてくれるのが可愛いけど、もうちょっと気を緩めてもいいんじゃないか、という気もする。
「ちなみに妹ちゃん、どーゆうメイクしたの」
「言ったら面白くないでしょ? なーいしょ!」
「こっえぇ……」
「え、今のめっちゃ可愛かったじゃん」
「そーゆう話じゃねーよ」
どこかげんなりした表情の由良くん。そ、そっか、なんかごめん?
教室の中から悲鳴が聞こえてきて、みなちゃんと由良くんが同時にびくっと体を震わせる。それが合図だったかのように、私たちの前の二人組が中に入るよう言われた。前の組が出てくる前に入るのか……鉢合わせたりしないのかな、と思ったが、そうならないように計算しているんだろう。もし鉢合わせたら鉢合わせたで、それはそれで演出のようでちょっとよさそうだ。本当は誰にも会わないはずなのに会ってしまうって、怖くない?
「ま、まな、手ぇ繋ごうね!」
「うんうん、繋ごうねー」
「……しーなさん、オレ服とかどっか掴んでてい?」
「どうぞどうぞ」
可愛い子二人に囲まれてなんか楽しくなってきた。みなちゃんの文化祭に来ているんだから、そりゃあ最初からテンションは高かったけど。
みなちゃんはぎゅっと私の手を握り、由良くんは私の服の裾を掴んだ。ちなみに今日の私の格好は、肩から二の腕にかけてが花柄の透けるレースでできていて、袖が大きなフリルのようになっている水色のトップスに、七分丈のジーンズをはいている。例によって例のごとく、みなちゃんチョイスの服だ。
みなちゃんに選んでもらった服は全てがお気に入りなのだけど……これ、どのくらい由良くんが怖がるかにもよるけど、掴まれてる部分伸びちゃったりしないかな。
「服伸びるのもやだし、由良くんも手握っとく?」
「……いや、それはダメじゃね!?」
ぎょっとする由良くんに、「そうだよまな!」とみなちゃんもびっくりしたように続ける。
「だって私はもうみなちゃんと手繋いでるし、もう片方繋いだって恋人っぽくは見えないじゃん? 三人で手繋ぐのとか、きょうだいっぽいでしょ。そもそもお化け屋敷の中だけなら、他の人に見られることもないし」
恥ずかしさはあっても、どうせ由良くんもみなちゃんもめちゃくちゃ怖がるのだから、私の恥ずかしさなんてどっかに飛んでいくはずだ。怖がり二人に挟まれたら、お化け屋敷を冷静に楽しむしかない。
「……そういう問題じゃ……ないと思うな……!」
「あーでも、一理あるな……。服伸ばしちゃうよりはマシか」
「そういう問題じゃないと思うなー!」
私たちの会話が聞こえていたらしい受付の子が、ぶほっと吹き出した。思わず三人でそちらを向くと、彼はそっぽを向いて口元を押さえる。肩が揺れているので、どうも笑うのを堪えているらしい。
……今の会話に笑う要素あった?
「……たぶん、私がいつもと違う感じだからだと思う」
なんとなくしょんぼりしながら、私の心の疑問に答えてくれるみなちゃん。まあ確かに、普段のみなちゃんはこんなふうにテンション上げたり、大きな声出したりしないんだろうなぁ。きっとみなちゃんのことだから、やろうと思えば普段通りを演じることもできるんだろうけど、私の前のみなちゃん、を優先してくれたのだろう。可愛い。
そんなこんなのうちに、ドアが開いて案内係の子に呼ばれた。受付の子もだったが、この子もお化けの格好はしていない。
中に入ると、予想より暗かった。かなり遮光がしっかりしていて、ところどころついた豆電球くらいしか光源がない。とはいえ足下が見えないほどでもなく、安全性としては問題なさそうだった。よかった、これでみなちゃんと由良くんに引っ張られて、私がどっかにぶつけられるようなことはなさそう……。昔小学校のお化け屋敷をみなちゃんと入ったときには、手を繋いだみなちゃんが急に走り出したため、置いてあった机に思いきりぶつかったのだ。
今回は気を張っているし、あのときのようなことはない、と思いたい。
「これと同じお札がどこかに置いてあるので、それを探してゴールまで持っていってください」
そう言って案内係の子が見せてくれたのは、変な文字が書いてあるお札だった。ところどころ血のような赤い色が滲んでいて、それを見た由良くんがもうすでに身を固くしているのがわかった。みなちゃんはさすがこのクラスの子ということで、お札に関してはほぼノーリアクションだった。繋いだ手から緊張は伝わってくるけど。
それではいってらっしゃい、と見送られて、迷路のようになっているところに足を踏み入れる。そのときに忘れずに由良くんの手を握れば、「ぎゃー!?」と悲鳴を上げられた。
「び、びっくりした……私だよ」
「おれもびっくりした……ごめん……ありがとう……」
恐怖のせいか冷たくなった手に、由良くんはきゅっと力を込めた。うん、不安ならそれくらい力込めといてね……。
BGMはそれっぽい、ひゅーどろ……みたいな感じ。
入ってすぐ、少し離れた正面のところに、白い服を着た幽霊? がいるのがわかった。暗くてあまりよくわからないが、光があってもきっと顔は見えないだろう。黒く長い髪が、顔を隠しているような気がする。
「あ、あれ、あれも私メイクした……」
「え、そうなの? じゃあ見なきゃだね」
「椎名さんなんでそんな冷静なの怖い」
「なんで私が怖がられてんの……」
ぶるぶる震える二人を急かさない程度に、ゆっくりゆっくり幽霊に近づいていく、と、上から霧吹きのようなもので水がかけられた。
「きゃーーー!!」
「ぎゃーーー!!」
仲良く悲鳴を上げた二人を、どうどう、と落ち着かせるために手の力を強める。みなちゃんはどこになんの仕掛けがあるか知ってるはずなんだけどなぁ。
まなぁ、椎名さぁん、と二人に名前を呼ばれ、こんな状況だというのについちょっと笑ってしまう。二人を安心させるためにも、私だけはちゃんと冷静でいなくては。
そしてようやく、幽霊さんとご対面。ここで顔を上げられたらはっきり見えてしまう、くらいの位置で、幽霊さんはぬうっと顔を見せてきた。
「み――」
「きゃああああああああああ!」
「ぎゃああああああああああ!」
かわいそうな幽霊さんは悲鳴によって台詞を遮られ、挙句の果てに目をつぶった二人は私をぐいぐい次のゾーンへ引っ張っていった。ちょ、メイク見せて! 見たは見たけどもっとじっくり見たかった!
真っ白な顔で目をぎょろりとさせた幽霊さんは、片目や口から血を流し、左顎? 右顎? 左右まではよく覚えていないが、裂傷のような傷があった。あれが全部メイクでしょ……さすがみなちゃん。めっちゃ怖かった。
他のお化けや仕掛けにも二人は悲鳴を上げまくってほぼ走っていたので、私は満足にお化け役のメイクを見れなかった。クオリティ高いのはわかるんだけど、もっと、もっと見せてください! という感じだ。
即行でお札を回収して、即行で出口に着いた。ぜーはー息切れをする二人は、けろりとしている私を少し恨めしげに見てくる。
「まな、ほんとにこういうの大丈夫だよね……」
「怖くなかったの……?」
「怖かったよ? みなちゃんのメイクさすがだった! あんまりよく見れなかったから、一人でもう一回行ってこようかなぁ」
信じられないものを見る目で見られた。そんなにか。
「つーか妹ちゃんも怖がりだったんだな」
「………………そうでもないよ」
こわばった顔で微笑むみなちゃんに、由良くんもこわばった顔で「ウソつけ」と返す。
「んー、確かにちょっと怖がりなのは事実だけど、由良くんほどじゃないかなぁ」
「オレとおんなじくらい悲鳴上げてたじゃん」
「由良くんのほうがおっきかったよ!」
「そりゃ男女じゃこう、肺活量とかちげぇし」
「いやいや、こういうところって普通女子のほうが声響かない?」
「こーゆうとこの普通とか知んねぇし」
ほのぼのとした会話をする二人を横目に見つつ、お化け屋敷の列を確認する。並んでいるのは四組、かな。……んー、二人をそんなに待たせるのも悪いし、もうやめておこう。
和やかな言い争いを続けている二人に、「二人とも疲れただろうし、甘いものとか食べて休もっかー」と言えばなぜか揃って変な顔をされた。……なんか急に仲良くなってない? お化け屋敷でシンパシーみたいなの感じたのかな……。
「……うん、なんか食べよっか」
「食うか……」
「みなちゃんと由良くん、今ので一気に仲良くなったね」
なんだか複雑な気持ちもあるが、嬉しいのも確かだった。好きな人と好きな人が仲良くなるのは喜ばしいことである。
近くのパフェを売っているクラスに向かいながら、少し顔色の良くなったみなちゃんが口を開く。
「来週のまなの文化祭楽しみだな~。メイド服姿、まだ見せてもらってないし! 一緒に写真撮ろうねー!」
「う、うん……」
見られるだけだったらいいけど、一緒に写真はちょっと恥ずかしいなぁ。……けどまあ、それで喜んでくれるならいいか。
「でもなぁ、まな可愛いし、変なのに絡まれたりしないか心配だな」
むぅ、とみなちゃんはちょっとだけ唇を尖らせる。
「いや、高校の文化祭だよ? 早々そういうことはないんじゃないかな」
「……まあ、そうだよね!」
うなずいたみなちゃんは、しかしそれでも不安そうに、「でもいざってときはお願いね?」と由良くんに頼んでいた。
「いざってときがねぇといーけどな……」
「備えあれば憂いなし、だよ」
「ん、だな」
……やっぱりみなちゃんと由良くん、なんか仲良くなってる。それは嬉しい、うん、確かに嬉しい、んだけど。
ざわっと、胸が一瞬おかしくなった、気が。したような。してないよう、な?
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