24. 友達として、友達として

 文化祭の更に細かいことを決めていったり、メニュー表作りや装飾作りをしたりする日々が始まった。

 とはいえ当日にメイド・執事をやる人たちはあまり手伝わなくていい、という感じだったので、私は罪悪感が生まれない程度の最低限のことしかしていない。……不器用だし字も下手だしで、元からこういうことで活躍できるわけがないのだ。

 というわけで目下のところ、私にはうちの文化祭よりもみなちゃんの高校の文化祭のほうが重要だった。


 というかですね、可愛いんだよ。みなちゃんって確かにほわほわした雰囲気はあるけど、しっかりしていて冷静なのに、お化けとか怖い系がめちゃくちゃ苦手なのだ。その時点でまあもちろんギャップが可愛いんだけど、最近はますます可愛い。

 なぜかといえば、お化けのメイク係になったようで、毎日参考に画像とか動画を検索して涙目になっているから。そして夜は私のベッドに潜り込んでくる。正直暑くて寝苦しいが、それ以上に可愛いので全然構わない。ここ数年、こんなに何日も連続で一緒に寝たことなんてなかったので、昔に戻ったようで楽しい気持ちもある。


「まな、今日も一緒に寝ていい……?」


 その夜も力なく言ってきたみなちゃんに、私は「もちろん」と力強くうなずいた。

 私の隣に横になったみなちゃんは、疲れ切った声で語り出した。


「今日実際に、お化け役の子にメイクしてみたんだけどね」

「うん」

「……動画で見てたよりよっぽど怖かったぁ。しかも、私がメイクしてくから目の前で怖くなってくの……クオリティ高いの……」

「それだけみなちゃんが上手なんだねぇ」


 よしよし、と頭をなでてあげると、みなちゃんは「ありがとう……」と身を寄せてきた。可愛い。

 みなちゃんの高校の文化祭は今週の土日だ。もうあと数日しかないので、早く過ぎ去ってほしいのか、最近はみなちゃんが難しい顔でカレンダーを見ている姿をよく見る。


「まな絶対一人だと怖いよ? 誰かと一緒に来たほうがいいと思うなぁ……」

「うーん、ヒデの文化祭も今週末だしなぁ」


 そうじゃなかったら、ヒデと彼女の結音さんと一緒に行きたかったんだけど、被ってしまっているのだから仕方ない。

 他に誘えるような人といえば風香くらいだが、風香とみなちゃんは一切面識ないからなぁ。私はみなちゃんのために行くのだから、それに付き合わせるのも申し訳ない。みなちゃんの休憩時間には一緒に何か食べたりしたいし……。

 中学の頃の友達を誘うという手もあるが、高校に入ってからも連絡を取り合うような友達はいないのだ。何もかもみなちゃんが一番だったうえ、中三はひたすら勉強を頑張っていたから。


「……由良くん、誘ったら?」


 ぼそりと耳元で言われて、つい固まってしまう。身体のこわばりが伝わったのか、「まな?」と訝しげに名前を呼ばれる。

 ……いや、なんというか。

 あれから私も、考えてみたのだ。どこからどこまでが友達なのか、とか。


 そうっと、みなちゃんと視線を合わせる。至近距離で合った綺麗な目が、どこか心配そうにこちらを見返してきた。


「……妹の文化祭に付き合ってもらうって、なんか、友達のレベル超えてるかもなって……思ったり」


 みなちゃんがわずかに目を見開く。

 ……由良くんが女子だったら、きっと迷うことなく一緒に行った。

 でも自分たちがどう思おうとも、性差というのは大きなもので。周りから見たらアウトだよなぁ、なんて思い始めてしまった。

 本当はそんなこと思いたくなかった。一瞬自分でも、本当にただの友達として好きなんてありえるのか、なんて疑ってしまうくらいだとしても、やっぱり私にとって由良くんは大好きな友達だから。


 だとしても、思ってしまった時点で、友達のレベルを超えていそうなことは一緒にしてはいけないんじゃないか、という結論に至ったわけだ。

 友達だよ、と言って、誰からも怪訝な顔をされないくらいの距離感。……由良くん相手だとそれを保つのは難しそうだなぁ、とは思うけど、どうにか頑張りたい。


 だって、自分のことだからよくわかる。こんなふうに「付き合ってるの?」「好きなんでしょ?」と言われ続けたら、どうしたって影響を受けてしまう。

 もしかして私は、本当に由良くんのことが友達以上の意味で好きなんじゃないかって。そう、思ってしまうだろう。……それはすごく、嫌だった。

 友情はそう簡単に壊れるものじゃないけど、恋はあっけなく終わってしまうし、終わらされてしまうから。


「まな、それね、今更だよ」


 がばり、とみなちゃんがいきなり体を起こした。


「まなと由良くん、とっくに友達のレベルは超えてた。それでも友達として、今までの時間全部楽しんでたんでしょ?」


 まだ電気を消していないせいで、みなちゃんの真剣な表情がよく見える。

 ……楽しかったか、と訊かれたら、答えはイエスしかない。

 起き上がってうなずく私に、みなちゃんは柔らかく微笑んだ。


「だったら、そんな難しく考えないでいいんじゃないかな。たぶんこれからもずっと、周りからは付き合ってると思われるだろうけど、まなと由良くんだけでも、お互いを友達だってはっきり思ってたら……それは友達なんだよ」


 ゆっくりとした、子守歌を聴かせるような口調。


「少なくとも私は、そう思う。でもだからって、友達っていう関係にこだわらなくてもいい。人と人との関係性なんて、私とまなくらい強くなきゃすぐに変わっちゃうんだから。……そこはね、友達でも、恋でも、一緒だよ。どっちも不安定で、壊れやすくて変わりやすいの」


 どきりと胸が音を立てた。

 ……みなちゃんに、どこまで見透かされているんだろう。私が室崎を好きだったことは由良くんにしか言っていないし、みなちゃんに気づかれるような素振りも取っていなかったつもりだ。あの恋の終わり方だって、誰も知らない。

 それなのにみなちゃんがくれた言葉があまりにも的確で、少しだけ怖くなった。


 みなちゃんは「まなは、」と何か続けようとして、一瞬止まった。その顔に、寂しさが滲む。

 どうしてそんな、寂しそうな顔をするんだろう。

 それがわからなくて、歯がゆい気持ちでいっぱいになる。私はみなちゃんのお姉ちゃんなんだから、わからなくちゃいけないのに。


「そんな顔で悩んじゃうくらい、由良くんのこと大切なんだね」


 一つわかるのは、そんな顔をするくらい、みなちゃんは私を大切に思ってくれているということ。


「……どんな顔してた?」

「好きなだけ一緒にいるのは世間体が悪い、でもそれが心底気にくわない、って顔」

「え、その顔悩んでなくない? 気にくわない、でもう片付けちゃってない?」

「んー、だからね、そう。気にくわない! でいいんだよ。由良くんのことが大切っていうの、否定しなかったでしょ。大切なら距離なんて取らないで、好きなようにするべきだよ」


 今度はみなちゃんが私の頭をなでてきた。優しいその手つきに、心が落ち着いていく。下に降りてきた細い指先が私の頬をするりとなぞって、つん、と軽く押した後に離れていく。

 ……好きなようにして、いいかな。みなちゃんがそう言ってくれるのなら、いいのかもしれない。


「……ありがとう。誘ってみるね」

「うん!」


 じゃあもう寝よっか、と明るい声を出して、みなちゃんが電気を常夜灯に切り換える。私は真っ暗にする派なのだが、みなちゃんはそうすると怖いようで、一緒に寝るときは常夜灯だ。

 もぞ、と体勢を変えて、みなちゃんと向き合っておやすみを言う。クーラーは一人で寝るときより設定温度を一度下げているが、やっぱりちょっと暑くて、でもなんだかすごく心地よかった。

 ところどころふれあったところから、みなちゃんの体温と鼓動が伝わってくる。……よく、眠れそう。

 その予感通り、目をつぶったらすぐに、すっと意識が沈んでいった。






「……私は、大切すぎたから。距離、取らなくちゃいけなかったんだけどね」


     * * *


 翌日は火曜日、つまりは由良くんが部活に行く日だった。だから文化祭に誘うとしたら帰ってからトークアプリでか、明日の放課後だなぁ、と思っていたら、由良くんに部活に誘われた。正確には、うらら先輩と真先輩と一緒に、どこかに寄って帰らないか、と。


「ゆーれい部員のヤツらが、文化祭前は割と来っからさ。落ち着いて描けねぇんだよなー。うらら先輩も他のヤツがいっぱいいるとこより、オレらとどっかに行きたいって」


 そろそろ真先輩も引退だしな、と由良くんは寂しそうに言う。


「からしーなさん、今日の放課後どっか行かねぇ?」

「…………」

「……しーなさん?」


 目を瞬く由良くんは、ここがどこだかわかっているだろうか。うん、わかってはいるのだろう。わかってはいても、意識をしていないだけで。

 ただいまの時間、昼休み。私はついさっきまで風香と一緒にお昼を食べて喋っていた。その風香がトイレに行ったら由良くんが近づいてきたので、何かよっぽどの用かと思いきや、先ほどの言葉だ。

 ……夏休み明けだからって気ぃ抜きすぎだろこのエセ不良! いや、夏休み明けてからもう一週間以上経ってるし、そろそろそれも言い訳に使えなくなりますけど!?


「由良くん。ここ、教室」


 にっこり笑うと、由良くんはあっ、という顔をした。

 好きなようにする、とはいっても、教室での距離感はそのままだ。付き合ってると思われるのが嫌とかではなく、優等生と不良が仲良くしている、というのが多数の人にばれるのは、私たちのポリシーに反するから。


「なになに、由良と椎名ちゃんってやっぱそーゆう関係なの!?」


 私の前の席の理央ちゃんに絡んでいたはずの新開くんが、わざわざ振り返って興味津々に訊いてくる。

 ……やっぱってどういうことだ。


「由良と話すとしょっちゅー椎名ちゃんの話題出てくるからさぁ。怪しいとは思ってたんだよな」

「……由良くん」


 じと目で軽く睨めば、由良くんはぶんぶん首を振った。


「そっ、そこまで話してねーし!」

「いや、現に新開くんにこんなこと言われてるんだけど。そこんとこどう思うの」

「……それは、悪りぃと思うけど。でもしーなさんだって、安藤さんにオレの話いっぱいしてんじゃねーの?」

「いっぱいはしてないよ」


 してない。……してないよね。うん、いっぱいはしてない。が、なんとなく目を逸らしておく。

 というか私が風香にどのくらい由良くんの話をしているかなんて、由良くんは知らないだろう。なのにその確信しているような口ぶりはなんなんだ。私にそこまで好かれてるのはわかってるっていう自信の表れかな? 違うだろうけど。

 私たちの会話を聞いていた新開くんが、なぜか吹き出した。そしてけらけら笑うものだから、由良くんと二人して首を傾げてしまう。


「んー、ふは、なんでもなーい。……椎名ちゃん、先生に頼まれて由良に勉強教えてんだろ? さっすがクラストップだよな~」

「え、クラストップってなんで知ってるの」

「先生に訊いた」


 あっけらかんとした答えに、つい微妙な顔をしてしまう。聞いたのか訊いたのかわからないが、あの担任もさすがに訊かれなきゃ言わないだろうし、訊いたってことだろう。だとしても、訊くほうも訊くほうだし答えるほうも答えるほうだ。

 やっぱりこう、うちの担任の先生ちょっと駄目な気がする。


「新開くん、椎名さんと由良くんに絡むのはそれくらいにしておきなよ」


 理央ちゃんがため息をつきたそうな顔で言う。途端、新開くんが嬉しそうに目を見開いた。


「えっなになに、ヤキモチ!?」

「……誰が何に?」

「本気で訊かれるのつら」


 なかなか愉快なやりとりするよなこの二人……と思っていたら、教室のドア近くで、トイレから戻ってきた風香が面白そうにこっちを眺めているのに気づいた。そりゃあ戻ってきづらいよな、ごめん。楽しんでいるようなので謝る必要はないかもだけど。


「由良くん、風香も帰ってきたし、詳しい話はまた後で」


 ちらりと視線で示せば、由良くんはうなずいて自分の席へ戻っていった。


「へー、また後で」

「新開くん」

「はーい。ちぇー……いや、待って。今の名前呼ばれただけで察しちゃう感じ、すげぇよかった気がする」

「そりゃあさっきと同じこと言おうとしたし、通じて当然じゃない?」

「……そうだけどっ」


 新開くん、ファイト。つい生温かい目で見てしまって、「椎名ちゃんなんかその顔やめてー!?」と叫ばれてしまった。う、うん、ごめん。

 由良くんと入れ替わりで戻ってきた風香が、にやけながら口を開く。


「楽しい」

「そ、そう……よかったね」




 放課後は先輩たちと一緒に、夏休みに由良くんと行ったカフェに行くことになった。電車での移動が必要になるので学校の近くの方がいいんじゃないか、とは言ったのだが、私と由良くんから話を聞いたうらら先輩が「私も行きたい!」と主張したのだ。もちろん真先輩がそれを退けるはずもなく、結局そういうことになった。

 そしていつものようにたわいない話をして(いつものようにうらら先輩は真先輩をからかっていたし、真先輩もうらら先輩を赤面させていた)、二時間ほどしてから由良くんと二人で帰ることになった。


 恋人繋ぎで違う道に行く先輩たちを見送り、由良くんと歩き始める。先輩たちは電車を使って帰らなくてはいけないが、私たちは歩きで帰れる距離だ。……暑いし、ちょっと自転車がほしくなるけど。


「やっぱりうらら先輩、真先輩が引退したらもうあんまり来なくなるんだねぇ」


 寂しいね、と言えば、由良くんも「だなぁ」とうなずいた。

 真先輩が引退した後はどうするんですか、と訊いたら、そんな答えが返ってきたのだ。たまには来るよ、と言ってくれたけど、それでも会える日はがくっと減るはずだ。……二週間に一回以上は必ず会ってた由良くんは、私以上に寂しくなるよなぁ。


「……そういえばさ、初恋のお姉さんって今どうしてるの?」


 うらら先輩と似ているというお姉さんの話題を出せば、由良くんは「ん? あー……」と口ごもった。


「不良っぽい人が彼氏だったってゆったじゃん? その人と結婚したよ」

「……まじか」

「今年の六月にな。知ったのは八月だったけど」

「めちゃくちゃ最近じゃん」


 ジューンブライド、かぁ。

 お姉さんの話をする由良くんは少し苦い顔をしていたが、悲しそうではなかった。きっと、もう完全に吹っ切っているのだろう。

 ……お姉さんの結婚が高校入学前だったら、由良くんは高校で不良を演じることもなかったんだろうな。不良がカッコいいと思うその気持ちに嘘はないんだろうけど、キャラを変えるというのはとても疲れる。入学前にお姉さんの結婚というきっかけで吹っ切れていたら、わざわざこんな大変なことはしないはずだ。

 かくいう私も、室崎のことを完全に吹っ切れていたのなら高校でこんなことをしようとは思わなかっただろう。一度始めたら引っ込みがつかなくなってしまうし。


「これは皮肉じゃないんだけど、そのお姉さんが結婚したのが今年でよかったなって思っちゃう」

「うん? なんで?」

「だってそうじゃなかったら、由良くん高校入る前に不良やめてただろうし、そうなるとこんなに仲良くなれなかったじゃん? 全教科赤点っていうきっかけがなくなるんだから」


 ほんのちょっと黙った由良くんは、「確かに」となんだかおかしそうに笑った。


「……ん、これでなんか、今度会ったときにちゃんとおめでとーって言えそうだわ。さんきゅ、しーなさん」

「どういたしまして? お礼なら、そうだなー、今週末空いてればみなちゃんの学校の文化祭、一緒に行かない?」


 軽く訊いてみたら、「行く行く」とこれまた軽い返事がきた。……よかった。

 それにしても、おめでとう、か。私も美術館で会ったとき、室崎におめでとうって言っておけばよかったかな。……結婚でもなくただ付き合ってるだけなのにそれもおかしいか。


「そういえば由良くん、お化け屋敷苦手だったりする?」

「……妹ちゃんのクラス、お化け屋敷、なの?」

「あ、苦手なのね。了解」


 ならやっぱり私一人で入ってこようかな。

 そうつぶやくと、へにょっと眉を下げていた由良くんは「オレも行く……」と主張してきた。


「文化祭レベルのお化け屋敷ならだいじょーぶ。……だいじょぶ。いけるし」

「メイク担当みなちゃんだからクオリティ高いよ?」

「ぜってぇこえーじゃん!? やだ! っやじゃねぇけど!」

「どっち……」

「これで入んなかったら、妹ちゃんから冷てぇ目で見られそう……」

「えー、それはないと思うけどなぁ」


 あんだよ! と由良くんはわずかに青ざめた顔で叫んで、小さくうなり声を上げた。……そんなに怖いなら無理しなくてもいいのに。

 でも怖がっている由良くんは可愛くて、ついぷっと吹き出してしまった。ら、拗ねられた。それもまた可愛いと思ってしまったので、私本当由良くんのこと大分好きだよなぁ、と思った。――もちろん、友達として。




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