21. エセな二人はどこまでも似ている
やってきたのは、たぶんチェーンじゃないカフェ。たぶんというのは、私が名前を聞いたことがないだけで、本当はチェーンなのかもしれないからだ。
どちらにしろ割と人気があるようで、入るまでに三十分くらい並んだ。誕生日だからお店選びは由良くんに任せたけど、かなりいい雰囲気のカフェだし、お高いんじゃないだろうか……。
ゲーセンで五百円しか使ってないからまあ、二人分のケーキと飲み物なら払える? いやでも、私はケーキだけでお昼済ませちゃえばいいにしても、由良くんは普通に他にも食べるかな? ……だとしたら申し訳ないけど、由良くんにも少しは払ってもらうことになるかもしれない。
なお、由良くんはもう今日のわがままを使い切っているので、私は奢る気満々である。
「何にする?」
うきうきしながらメニューを渡してくる由良くんにほっこりしながら、それに目を落とす。……あ、予想より高くない、かも? ケーキとドリンクのセットで九百円。合計千八百だとして、いやでも由良くんの食事もとなるとやっぱりお金足りないなぁ。二人ともケーキのみだったら、合計で大体千円……んー……。
「由良くん、ここでご飯も食べる?」
「や、ケーキセットだけでいっかな。メシは後でなんかてきとーに食うよ」
「なら私もケーキセットにしようかな」
よかった、それなら十分奢れる値段だ。安心してケーキとドリンクに目を流す。
セットドリンクはこの中だったらアイスカフェラテかな……ケーキは種類が多くて決めるのが難しい。なのに由良くんはあっさり、「オレこれにする」とガトーショコラを指差した。
「あーそれもおいしそう……うーん、悩むなぁ。このサントノーレってやつか、桃のチーズタルトか……」
なんとか二つにまで絞ったものの、どちらにしようかなかなか決められない。
サントノーレというケーキは今まで知らなかったが、写真を見るといくつかの小さなシュークリームの間を縫うようにクリームがしぼられていて、そしててっぺんにもう一つ、小さなシュークリームが載っている。
美味しそうだし物珍しさもあるのだが、この時期の桃のタルトは絶対美味しいだろうなというのもあって。迷う……。
「んじゃ、オレがこのタルト頼むから、しーなさんサントノーレ? 頼めばいーよ。半分こすればどっちも食えんじゃん」
こともなげに言った由良くんは、私の返事を待たずに店員さんを呼んでしまった。
「……ん、んん? いや由良くんガトーショコラにするって」
「特にこだわりがあるわけじゃねーし。……すみません、桃のタルトとアイスのカフェラテのセット一つと、サントノーレの……飲み物何にする?」
「え、えっと、私もアイスカフェラテで……」
反射的に返してから、注文を繰り返す店員さんの声を唖然としながら聞く。
去っていく店員さんを見送る私がよほど間抜けな顔をしていたのか、由良くんはぷっと吹き出した。
「ふ、ははっ……強引すぎた?」
「自覚ありですか、そうですか! 今日は由良くんの誕生日なんだから、由良くんが食べたいもの食べてほしかったんだけど!?」
「だから別に、ガトーショコラにこだわりはなかったんだって」
「そういうとこ、ひっじょぉぉに好ましいとは思うけど、なら絶対奢らせてよ? 奢らせろよ?」
「やだ」
「やだじゃねぇ!」
なんなんだいったい! こいつ!
怒ってるわけではないが怒ってみせる私に、由良くんはくすくす笑う。この野郎。絶対奢ってやるからな。
……駄目だ、口が悪くなってる。息を吐いて気持ちを落ち着かせる。こんな人目があるところでここまでの口の悪さを発揮するわけには――人目?
ふと気づいてしまった。気づいてしまって、うわぁ……と思う。
「……ねえ由良くん、今気づいたけどここってカップル多くない?」
「オレは並んだ時点で気づいた」
「そこで張り合うんじゃない。えー、いや、私もそこで気づいてたとしても入ったとは思うけどさ……」
言われたって状況は変わらなかっただろうから、気づいたなら言ってよ、という文句も言えない。
女の子同士で食べにきている人たちも多いが、それでもやっぱりカップルが目立つ。夏休みだもんなぁ……ほぼ皆、高校生か大学生かな。
「私たち場違いだね……」
うん、と神妙な顔でうなずく由良くんも、やっぱり私と同じことを思っていたらしい。
「まあ堂々としとけばいーっしょ。一応オレたちも高校生男女ではあるんだし、周りから見たらカップルっぽいかもしれねぇし」
「あー、そうかも。そう考えると場違いではないのか」
居心地の悪さはあるが、そこは我慢しよう。というか周りに意識を向けなければいいだけの話だな。
ケーキセットを待つ間に、お冷を口に運ぶ。暑くて喉が渇いていたのでごくごく飲みたいところだが、こういうオシャレなカフェだとそれははばかられた。仕方なくちょっとずつ半分くらいまで飲む。
由良くんはというと、どことなく楽しげな表情でネックレスを指でもてあそんでいた。
「……そんな気に入ってくれた?」
「うん? そりゃあしーなさんからもらったんだしな」
「そっかー……」
私だって、あの簪を気に入ったのは由良くんからもらったから、って理由もあるけど。ここまで素直に言われると、もうなんかいいやって気になる。なんにせよ、気に入ってくれたなら何よりだ。
「先輩たちもこういうお店来るのかな」
「真先輩とうらら先輩? 来んじゃねーかな。デートの話はあんま聞いたことねぇけど」
「うらら先輩好きそうだなぁって思う、こういうお店。真先輩はうらら先輩が行きたがるならどこでも行ってくれそうだし」
「はは、その逆もな」
確かに、と返事をしながらはっとする。……本人たちがいないのにわざわざ由良くんの前で先輩たちの話題を出しちゃうとか、嫌がらせにも等しい行為だ。
謝りたいけどここで謝るのも気を遣わせるかな、とそわそわしていると、察した由良くんが苦笑いする。
「んな気ぃ遣わねーでいいよ。そーゆう意味で好きってわけでもねぇんだし」
「でもそれに近いものではあるんでしょ?」
「……そりゃまあ、否定はできねぇけどさ。でもいいよ、しーなさんがしたい話して。そのほうがオレも喋ってて楽しいし、そもそもオレ、あの二人のことどっちも好きだし」
わずかに肩をすくめる由良くん。……心、広いなぁ。ヤキモチ焼いたりはしないんだろうか。
「……したい話、っていうなら。遠慮なく訊いちゃっても……いい?」
「お、おお……なんかこえーな。どんとこい」
若干怖がりながらもそう言ってくれたので、今まで気になっていたことを訊いてみた。
「うらら先輩を好きになった理由が気になる」
「…………だから別にそー言い切れる感じの好きではねぇんだってば」
「うん、ごめん、言いづらいならいいんだ。ちょっと気になっただけだし」
どんとこいと言われたって、嫌がる話題を続けたいわけではない。
だからあっさり諦めたのだが、苦い顔で黙っていた由良くんが、そっと口を開く。
「……笑うなよ?」
「え、笑うわけないじゃん。誰かを好きになった理由を笑うとか、それもう人として駄目でしょ」
「あー、うん、悪りぃ、しーなさんだもんな、笑うわけなかったわ」
その信頼はいったいどこから来てるのか。嬉しいけど。
「きっかけを一言で言うならめっちゃ、マジで簡単なんだけど」
「うん」
「……うらら先輩、が」
「うん」
「初恋の、近所のお姉さんに似てて」
うん、という相槌は打てなかった。
ほんの少し顔を赤らめる由良くんを、思わず凝視する。……待った。その流れはなんというか、嫌じゃないけど嫌な予感がする。気のせいかな? 気のせいだといいなぁ!
「似てるっつーのは、外見だけじゃなくて、中身とか雰囲気も。もちろんそんだけじゃねぇけど、きっかけはソレ、かな」
「……あの、さ、一つ訊きたいんだけど」
首をかしげる由良くんにも、おそるおそる尋ねる。
「由良くんが不良目指すようになったのって、もしかしてそのお姉さんが関係してたり、する?」
えっ、と目を丸くした由良くんに、「やっぱりかぁぁ」と顔が引きつった。
……あまりに、あまりに似たもの同士すぎないか、私たち。別に由良くんとそうなのが嫌だというわけではないけど、それにしたって似すぎだ。目指してる方向は真逆なのに。
しかし、これを訊いてしまったからには、私も話さないわけにはいかないだろう。
なんで、と訊きたげな由良くんにしぶしぶ口を開く。
「……私も、優等生目指すようになったのは初恋の人がきっかけなんだよね」
「マジで!?」
「マジで」
「うわぁ……オレたちそんなとこまで似てたのかよ」
本気で引いたような声を出された。そういう声を出したいのはこっちも一緒だよ!
「美術館でさ、私、中学の友達に会ったでしょ? あれ」
「……あれ?」
「あれが初恋相手ってこと」
仮にも初恋相手をあれ呼ばわりは自分でもどうかと思うが、まあ、もう未練なんてこれっぽっちもないのだ。室崎は私が優等生を目指すきっかけではあったけど、目指し続ける理由ではないし。
未練がないならどう呼んでもいい、という話でもないが……やっぱり私は、付き合うなら優等生っぽい子がいいと言っておきながら、そうは見えない彼女さんを作っていたことに勝手にムカついているらしい。ごめん室崎。
「……でもアイツの隣にいたのって彼女だよな? あの人、どー見ても優等生じゃなかったけど」
「あ、由良くんもそう思ったんだ? たぶん好きなタイプ変わったんじゃないかなぁ、あいつ。これであの彼女さんが優等生だったら、私たちのこの会話めちゃくちゃ失礼だけど」
「優等生じゃなくても失礼じゃね?」
「……うん、だね」
二人して反省した。よく知りもしない相手のことを勝手に語ってはいけない。
「あいつ……室崎が、付き合うなら優等生っぽい子がいいなんて言ってて。それ聞いて、なんか悔しくなったから今こうなってる、感じ?」
「……ふーん」
なぜかちょっとむっとした顔で由良くんは相槌を打つ。それはどういう反応なんだ。
由良くんも似たような感じでしょ、と言えば、彼は軽く笑った。
「言い切んだな……や、合ってっけど。うん、お姉さんがさ、どこからどう見ても不良なヤツと付き合いだして。なんか悔しく、なった?」
たぶん、悔しくなったという表現は私に合わせてくれたんだろう。だとしても、元から似たような感情は抱いていたはずだ。
……どこまでも似てるなぁ、私たち。
ちょっとシリアスな雰囲気になってしまったが、「まあ」と気持ちを切り替えるために明るく声を出す。
「不良はカッコいい、でしょ?」
「……ならしーなさんも、優等生はかっこいい、だろ?」
そう。私たちが優等生を、不良を目指している理由は、やっぱりそれが大部分を占めるのだ。かっこいいと感じるものに憧れることの何が悪いのか。……あれ、そもそも誰にも悪いとか言われてないな?
それはともかく、だ。
ふふふっ、と二人して同時に笑い出す。
「ごめん、笑うわけないって言ってたのに笑っちゃった」
「これは笑うっしょ……しょうがねーって」
お許しが出たので遠慮なく笑う。元から遠慮なんてしてなかったけど。
はー……楽しいな。由良くんといるのは居心地がよくて、すごく楽しい。友達になれてよかった、と思う。エセ不良とエセ優等生じゃなければ全然関わらなかっただろうし、そこ含めてめっちゃ笑えてくる。
……好きだなぁ。もはや由良くんのすべてが好ましくて、由良くんも私にそういう気持ちを持ってくれてたらいいな、なんて思った。そういうところまで似たもの同士だったら嬉しいけど、さてどうだろうか。
ちなみにこの好きは友達としての好きだ。他意はない。
「はは、はー、笑ったぁ。お腹痛い気がする、ケーキ食べれるかな」
「笑いすぎなだけじゃね?」
「だよねー」
そんな話をしていると、ちょうどよくケーキセットが届いた。とりあえずは桃のタルトを由良くんの前、サントノーレを私の前に置いてもらう。
あとでみなちゃんに見せようと二つのケーキの写真を撮って、さて半分にするか、となったところで気づく。タルトはまだしも、サントノーレがフォークじゃ絶対に上手く半分にできない。……一番上のシュークリームをよければ、まだいける?
「それ、めっちゃ切りづらそうだな」
早々にタルトを半分に切った由良くんが、サントノーレを見ながら言う。タルト生地って割と綺麗には切りづらいと思うんだけど、由良くんは見事に半分にしていた。器用だなぁ。
「しーなさんさえ良ければ、半分くらいまで食ってからオレにくれる感じでもいーけど」
「あー、のほうが良さそうだね。それでいい?」
私としては、由良くんがいいならそれで構わない。うなずいてくれたので、さっそく二人で手を合わせていただきますをする。
初めにカフェラテを一口飲んでから、シュークリームにフォークを突き刺した。あ、一番下の土台はパイ生地なんだ。うん、やっぱりこの感じは切り分けなくて正解だな。ホイップクリームにつけて、と……。
「……お、美味しい……」
ほわっと頬が緩む。
シュークリームはカラメルでコーティングされていて、バニラの香りがするカスタードとの相性が抜群にいい。ホイップクリームはただの生クリームかと思ったら、ほんのりと違う味がする。……ピスタチオ? そんなふうに色んな味が一緒になっているのに、不思議と調和している。とにかく美味しい。みなちゃんと食べたい……今度誘おう。
「こっちもウマい……」
由良くんもきらきらと感動の表情を浮かべていた。
「えっ、これもう一緒につっつこうよ。同時に食べたほうが絶対楽しい」
「楽しいって何……わかっけど。じゃあしーなさんもコレ、一緒に食お」
「やったやった! 食べる!」
私用に半分に切ってくれていたタルトを口に運ぶ。
……あー、美味しい……やっぱり桃、旬だなぁ。果汁たっぷりでみずみずしい。ため息をつきたくなるくらいの甘みだけど、甘酸っぱくなったジュレも使われていて、その味がタルトの内側のチーズスフレとよく合う。これはフォークが進む……やばい、うまい……。
「由良くん、このお店また来たい……」
「うん、来よーな……」
「今度はみなちゃんも一緒でいい?」
「え、ならオレいねぇほうがよくね?」
「なんで? ……あーでも、みなちゃんは白山くんと来たいかなぁ」
白山くんは大の甘党だったはずだ。美味しいケーキのお店なんてデートにはもってこいだろう。でもなぁ、私もみなちゃんとここ来たいな。みなちゃんが白山くんと来るより先に、私がみなちゃんと来たい。
「白山くん? 誰?」
「みなちゃんの彼氏」
「……彼氏っ!? 妹ちゃん彼氏いんの!? なんで!?」
「な、なんでって」
なんでも何もないと思うんだけど。
「……みなちゃんに彼氏がいたら困る?」
由良くんはうらら先輩のような女の子が好みなのだし、そんなに警戒する必要はないのかもしれないが、それでもこの反応は気になった。タイプとか関係ないくらいみなちゃん可愛いし……いやでも、うらら先輩に恋愛感情に近いものを抱いているなら、やっぱりみなちゃんに対してはない、か。由良くんは同時に違う人を好きになったりしないだろう。
その予想に違わず、由良くんは「そーゆうわけじゃなくて」と首を振った。
「びっくりしただけだよ。妹ちゃん、しーなさんがいれば彼氏なんていらねぇって言いそーだし」
「えー……そうかな?」
みなちゃんと白山くんの仲の良さを知っているから、由良くんの言葉にはうなずけなかった。
みなちゃんはたぶんもう、私がいなくたって白山くんがいれば大丈夫なのだ。まだそう確信できるほどには私は白山くんに会っていないわけだが、その推測は外れてはいないだろう、と思う。それがすごく悔しくて――同時に、すごく安心する。
「うーん、でも確かに私は、みなちゃんがいれば彼氏とかいらないかな」
「憧れるっつってたのに?」
「憧れはするけど、積極的にほしいとは思わないよ。そもそも好きな人もいないし」
好きな人。
そう言いながら、なぜか由良くんの顔をじっと見てしまった。
由良くんのことは好き、だ。友達として。……室崎に向けていた『好き』とは明らかに違う。この気持ちのほうが私にとって大事で、これからも大事にしていきたいから。
室崎のときみたいな、あっさり終わらせて、思い出にできるようなものではなかった。
「ん? なんかついてた?」
きょとんとしながら、由良くんは紙ナプキンで口元を拭う。
「……ううん、なんでもないよ」
もうすぐ夏休みが終わる。教室ではあまり関わらないようにしていた私たちだけど……夏休みで更に一気に仲良くなってしまったから、それももう難しいかもしれないなぁ、と思って。
なんとなく、ちょっと笑ってしまった。
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