19. 発言が迂闊なのはお互い様

 デートみたい、と思っても、別にこれはただ偶然会って、たまたま一緒に回ることになっただけだ。由良くんとは友達なのだし、気負う必要もないだろう。


「何してぇ?」


 りんご飴片手に、由良くんがそう尋ねてくる。私も片手にりんご飴(ついでに肘の内側には小さめの籠バッグをぶら下げている)、もう片方の手は由良くんの腕……つまり両手が塞がった状態で、うーん、と考える。

 お祭り、といえばやっぱり食べ物系の屋台だ。歩きながら周りをきょろきょろ見るが、正直どの屋台も魅力的で困る。


「……悩む」

「わかる」

「……あっ、由良くん、かき氷! かき氷食べよ!」


 とある屋台を指差せば、由良くんがおー! と目を輝かせる。涼を取りたいところだったしちょうどいい。それに夏にしか食べられないものだ、食べておきたい。いや、夏以外でも食べようと思えば食べられるだろうけど。

 しかしここで問題が。かき氷を買うときには一旦私か由良くんがりんご飴を二つ持てばいいにしても、かき氷を二つ買ったら手が足りない。片手でかき氷は食べられない、よな……。

 由良くんも気づいたらしく、眉を下げてりんご飴を見つめる。


「……即行で食う?」

「いけるかな……?」

「初手りんご飴はミスったな」


 近くにあるベンチからちょうど人が二人立ち上がったので、さっとそこに座らせてもらって、ひたすらりんご飴をなめる。

 りんご飴って、食べ方難しいよなぁ。飴だけなめきってしまうと最後に残ったりんごが酸っぱく感じてしまうし、適当にかじっていって重さのバランスが崩れたら割り箸から落ちてしまうし。

 くる、くる、と回しながら、なめてなめて、ちょっとかじって、と丁寧に食べていく。あ、やった、このりんご甘いやつだ。

 ちょっと由良くんに目を向ければ、りんごの実にたどり着いた由良くんがぎゅっと目をつぶっていた。


「酸っぱかった?」

「すっぱい……」

「私のは甘かったよ! いえーい」

「ずりぃ!」


 お祭りということで二人してテンションが上がっていた。自覚ありだったけど、まあ楽しいからなんでもいい。

 結構長い時間をかけてりんご飴を食べきると、なかなかお腹に溜まっている。まあでも、かき氷なら実質水なわけだし全然いけるだろう。


「しーなさん何味? オレ買ってくるけど」

「え、いいよ、私も行くよ?」

「んーん、しーなさんはここでこのまま席取りしといて。せっかく座れたんだし、ゆっくり食いてぇじゃん?」


 確かに、どっちもこのベンチを離れてしまったら、すぐに誰かに座られてしまうだろう。なら私が行って由良くんが残ればいいじゃん、と言ったとしても、きっと由良くんは聞いてくれないんだろうなぁ。

 由良くんがわかっているかはわからないが、私は浴衣に合わせて慣れない下駄を履いている。家を出てからここに座るまでずっと立っていたので、そろそろ靴ずれ……下駄ずれ? ができそうだった。休ませてもらえるのはありがたいので、その気遣いに甘えて由良くんに買ってきてもらうことにした。


 由良くんはメロン、私はブルーハワイ。一口頬張って、その冷たさに二人してほわっと顔を緩ませる。はー、美味しい。

 ちなみにみなちゃんは、かき氷を食べるときにはいつもイチゴ味だ。可愛いよね。やっぱりみなちゃんにはピンクが似合う。


「ん、キーンってなった……」

「ゆっくり食べなきゃ」

「ゆっくり食ってたつもりなんだけど」

「……確かに由良くん私より遅いね?」

「だってもったいねーじゃん。さすがに溶ける前には食い切っけど」


 なんだろう、体質の差かなー、なんて話しながらかき氷を食べきって、一息つく。夜とはいえ、八月の夜は暑い。かき氷で体を冷やせてよかった。

 ちょっとしてから立ち上がり、またぶらぶらと歩く。



「あ、ねえ由良くんチョコバナナ!」

「チョコバナナってオレ食ったことねぇんだよな……」

「実は私も。食べてみない?」

「みる」


「しーなさん、今川焼き食っていい!?」

「……ああ、大判焼き」

「……へぇ、しーなさんは大判焼き派か」

「ふむ、そう言う由良くんは今川焼き派……」

「ま、呼び方はどーでもいよな」

「だね! 食べよ食べよ! 私も食べたい!」


「なんかさっきから甘いもんばっか食ってね?」

「由良くんも気づきましたか……」

「気づきました」

「……しょっぱい系行く? すでにお腹いっぱいなんだけど」

「あ、ポテトあるぜポテト! 二人で一袋買う?」

「おー、いいね!」



 そんな感じで食べ歩き、かなりお腹がいっぱいになってしまった。甘いものばっかり食べたからカロリーが気になる……いやいや、でもこういうお祭りみたいなイベントでは気にしてられない。気にせず楽しむのが正しい楽しみ方だろう、うん。

 とはいえさすがにもう食べ歩きは終わりだ。あとは遊ぶ系の屋台を少しやって解散、かな。


 ヨーヨー釣りをきゃっきゃとはしゃぎながらやり、由良くんは緑、私は青のヨーヨーをゲットする。偶然だけど、さっきのかき氷の配色と一緒だな。

 ぽよんぽよん手でつきながら、次はどうしようか、と言おうとしたら、由良くんが射的の屋台を指差した。


「あれやっていい?」

「えっ、由良くん射的できるの?」

「あーゆう系得意。しーなさんは?」

「んー……やったことないんだよね。由良くんやるならやってみようかな」


 屋台のおじさんにお金を払って鉄砲とコルクを受け取り、由良くんに教えられる通りにコルクを詰める。


「でっけぇのは基本取れねーから、軽そーなの狙いな。真正面撃つより、左上か右上か、当たったときに回るように撃ったほうがいーよ」


 ふんふんうなずきながら、ヨーヨーを由良くんに預けて構えを教えてもらう。

 軽そうなのかー……じゃああのお菓子の箱とかかな。

 脇をしめて、狙いを定める。左上か右上……うん、左上にしよう。片目をつぶろうとして、こういうのって両目開けてたほうがいいんだっけ、とふと思い出す。本か漫画で読んだ覚えがある。

 両目でじっと目標の箱を見て、肩と頬で鉄砲を固定。息を吐ききって一瞬止め……引き金を引く。

 ぱん、と乾いた音とともに少しの衝撃、落ちる景品。


「あーっ、当たった! しかも落ちたよ!」


 見てた!? と由良くんに喜び勇んで報告すれば、にこにこ笑いながら「すげぇなしーなさん」と拍手された。そうだろう、すごいだろう、もっと褒めていいんだぞ。初めてやってこれだからな!

 屋台のおじさんからおめでとう、と渡されたお菓子はまた由良くんに預けて、次のコルクを詰める。

 が、しかし、初回はただのビギナーズラックだったらしく、他は何も落とせずに終わってしまった。


「初めてで一個でも取れたらすげーって」

「えー、でももう一個くらい取りたかったな……」


 しょんぼりしながら、今度は私が荷物持ちになる。

 鉄砲を構えた由良くんは、真剣な顔で引き金を引く。最初に落としたのは、小さな長方形のお菓子の箱だった。

 あまり間を置かずに次々に撃っていく由良くんは、見事全部のコルクで景品を落とした。お菓子が四箱と、小さな羊のぬいぐるみが一つ。


「ほんとに得意だったんだねぇ……」

「ウソだと思ってたのかよ」

「そういうわけでもないけど、まさか全部当てちゃうくらい得意とまでは思ってなかった」

「じゃー見直した?」

「見直した見直した」


 預かっていた荷物を由良くんに返し、射的の屋台の前から二人で歩き出す。……あー、結構足が限界に近づいてきたな。


「しーなさん、このぬいぐるみいる?」

「うん? いや、特には」

「そっかー、どうすっかなコレ。しーなさんもらってくれるかもと思って取ったんだけど」

「……待て待て」


 そういうことをさらっと言うんじゃない。


「最初から私にくれるつもりだったの?」

「ん、まあ……? どーせなら思い出に残るの取りてぇなって」

「……さいですかぁ」

「えっ何」

「なんでもないっす。ありがと、もらっときます」


 お礼が雑になってしまったが許してほしい。照れるようなことを恥ずかしげもなく言うほうが悪いんだ。

 由良くんは首をかしげながらぬいぐるみをくれた。私の拳より少し大きい、白いもこもこした羊。丸っこいフォルムとつぶらな瞳が可愛かった。

 ついぬいぐるみと見つめあっていたら、由良くんがふっと小さく笑った。


「可愛いな」

「ね、小さいものってそれだけで可愛いよね。もこもこしてたりふわふわしてたら尚更」


 ぬいぐるみはすごく好き、とまではいかないけれど、普通に好きだ。だって可愛い。

 私の返しに由良くんは「うんうん」とおかしそうな表情でうなずいた。それからちらっとスマホを確認して、また私のほうを向く。


「安藤さんから連絡ねぇけど、もう帰る?」

「確かにもう、お祭り満喫しちゃった感はあるんだよね。でも風香とは全然回れなかったからなぁ。できれば合流して、ちょっとは一緒に回りたいんだけど」


 でも足の痛み的に厳しいだろうか。意識してしまうと立っているのもきつくて、一瞬顔をしかめてしまった。両足とも思いきり皮むけてそう。

 私の様子に気づいたらしい由良くんが、「足いてぇ?」と心配そうに私の足元に目を落とす。


「あーっと……悪りぃしーなさん、ちょいここで待ってて」


 きょろっと辺りを見てから、由良くんは私を屋台と屋台の間に置いて、人々の隙間を縫って小走りで行ってしまった。

 たぶん本当はベンチに座らせたかったんだろうな、とは思うものの、この人の多さだとベンチもなかなか空かない。さっきは運が良かったな。


 数分待てば、由良くんは水のペットボトル片手に戻ってきた。それを買いにいっていた、のか?

 こっち、と手を引っ張られるままに、近くの小さな雑木林のようなところに二人で入っていく。祭りの光によって視界に不自由はないが、それでも今までいたところよりは薄暗い。

 立ち止まった由良くんは、急に私の前でしゃがみこんだ。


「足、さわっていい?」

「……んんん?」


 今何を訊かれたんだろうと混乱したが、由良くんの手にあるのは水と絆創膏。……つまり、水で足を洗い流して、絆創膏貼ろうとしてくれてるんだな? 何かと思った。

 ほっとしてうなずけば、「肩つかまっててな」と言われたので、遠慮なくつかまらせてもらう。


「どっちの足?」

「どっちも……」

「はあ? もっと早く言えよなぁ」


 片足の下駄を脱いで宙に浮かせる私に、呆れたように言って、由良くんはその足をそっと掴んだ。そしてそれを由良くんの太ももに一旦載せてペットボトルの蓋を開けると、太ももから浮かせたところで、傷口にとぽとぽと水をかけた。


「冷たくてきもちい……」

「そりゃーよかった」


 ふわっと笑って、それから困った顔になる。


「清潔な布ねぇや……自然乾燥待ってからバンソーコーでいい?」

「あ、それなら私のハンカチで」


 籠バッグの中からハンカチを出して渡すと、由良くんは優しく押さえるようにして水分を拭き取ってくれた。

 もう片方の足も同じように洗い、拭き、それから絆創膏を貼ってくれる。


「……絆創膏も今買ってきたの?」

「ん? や、これは持ち歩いてるヤツ。でも今日思ったけど、消毒液も一緒に持っといたほうがいーな」

「そこまで準備万端にしなくていいと思うよ……」


 由良くんは自分の不良設定を忘れてるんじゃないだろうか。なんで不良が絆創膏持ち歩くの。

 治療が終わった両足で下駄を履き直す。やっぱりちょっとは痛いけど、かなりマシになった。

 由良くんの肩から手を離すと、彼は立ち上がる。


「ありがとう、助かった」

「んーん。ほんとはおんぶでもできりゃぁよかったんだけどな」

「よくねぇよ」

「今の口悪くなるポイントあった……?」

「眼鏡かけてないから気が緩みやすいんです」


 私の適当な答えに、由良くんは「なるほど」と納得した。納得しないでほしい。眼鏡は私のアイデンティティではあるが、かけてないときでも優等生であろうとするのをやめるつもりはないのだ。

 そのときピロン、と音が鳴った。由良くんのスマホだ。


「お、安藤さんだ。『ごめん、友達と別れた!合流する?そのまま帰る?』だって」


 手渡されたスマホで『合流したい』と返信して、待ち合わせ場所を考える。やっぱり入口が一番わかりやすいかなぁ。それでも広いけど。

 その旨を打って、OKとスタンプが送られてきたのを確認してから由良くんにスマホを返す。


「今日は付き合ってくれてありがとう。おかげで楽しかったよ」

「こっちこそ。こーやって祭り回ったのめっちゃ久しぶりで楽しかった」


 笑い合って、一緒に歩き出す。入口と出口は同じだ。由良くんももう帰るのだろうし、そこまでは一緒に行こう。

 ぽよん、と軽くヨーヨーをつきながら、バッグの中に入れてある羊のぬいぐるみを思う。勉強机の上にでも置こうかなぁ。


「そういえばさ、なんで羊だったの? 同じくらいの大きさで、他にもぬいぐるみあったよね」


 犬やら猫やら狐やら熊やら。割とバラエティに富んでいた気がする。


「なんでっつっても、別に深い意味はねぇよ? 最初は猫にしようと思ったんだけど……」

「けど?」

「それが一番、しーなさんが持ってたら可愛いかなって」


 ぼよん! と勢いをつけて由良くんの体にヨーヨーをぶつける。「いてっ」とあまり痛そうじゃないびっくりした声に反射的に謝るも、これは私悪くないと思う。

 今日はいったいどうしたっていうのか。いつにも増して発言が迂闊じゃない? 照れないように必死なんですけどなんなの。なんなの。


「あ、風香見つけたそれじゃあまたね!」


 遠くに見えた友達の姿に、これ幸いと早口で別れの言葉を言って、早足で彼女のもとへ急ぐ。戸惑いがちな「あ、ああ、またな?」には振り返らずに「うん!」と大きく返した。

 ……いや。この態度はさすがにちょっと大人気ない、かなあ。……仕方ない。

 ちょっと離れたところで振り返ると、由良くんはお? という顔をした。


「……最後に、もう一回!」


 今日は散々お世話になったのだから、こんな雑な別れ方は駄目だろう。


「今日はほんとにありがと、由良!」


 にっと笑って手を振るが、同じような笑顔も言葉も返ってこなかった。ぽかんとした由良くんに内心首をかしげつつ、そのまままた手を振って風香のところへ向かう。

 その途中で。

 あ、と気づいた。


 ……呼び捨てにしたな、私。由良くんのこと。それかー、それであんなにびっくりした顔してたのか。

 元々私は、人の名前にくんとかちゃんとか付けるのが苦手だ。今はたぶん、お祭りでテンションが上がっていてついぽろっと呼び捨てにしてしまったのだ。気をつけなくちゃ、私は優等生なんだから。


 ……いやでも、あんなびっくりすることなくない? どう考えても、今日は由良くんのほうがびっくり恥ずかしなこといっぱい言ってたと思うんだけど。今思い出すだけで照れるぞ。

 心の中でそんな言い訳をしつつ、「お待たせ」と風香にひらりと手を振る。


「まなか! こっちこそお待たせ、ごめんね――って、どうしたの?」

「……どうしたって?」


 だって、と不思議そうに風香が言う。


「顔赤いよ」


 気のせいじゃない? と言うには、顔に感じる熱がはっきりしすぎていて。

 私は曖昧に笑うことしかできなかった。

 ちくしょう由良くんめ。



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