18. 客観的に見てそれはデートである

 人々のざわめきと熱気の中、私は一人立ち尽くしていた。


 近所の神社のお祭りに、風香を誘って来たはいいものの……見事にはぐれた。おまけにこんな日に限ってスマホを家に忘れてきたというお馬鹿っぷり。携帯は携帯しなきゃ駄目だろ私……。

 もはやどこではぐれたのかもわからないが、はぐれたと気づいた場所からあまり離れないほうがいいだろう、と比較的人の邪魔にならない屋台と屋台の間に避難させてもらっている。買いもしないのにこんなところで突っ立ってしまって申し訳ない。


 目の前を通り過ぎる人々の中から、頑張って風香を探そうとしてみる。案外普通の服の人が多く、浴衣の人に注目すればいいのだけは不幸中の幸いだった。

 とはいえ見つからなくてはなんの意味もない。


 ……これは、合流は諦めなきゃ駄目かなぁ。スマホを忘れた私が悪い。それか、家までは歩いて十五分くらいだから、もう取りに帰ったほうが早いような気がする。もしその間も風香が私を探し続けてくれていたら本当に申し訳ないけど……。でも、このまま時間だけが過ぎていくよりはマシだろう。


 よし、そうしよう、と足を一歩踏み出したら、とん、と軽く誰かがぶつかってきた。え、あれ、ぶつかってきた、よな……? 人の流れに乗ろうとタイミングをちゃんと見計らったから、たぶん私からぶつかった、ということはないと思う、のだが。

 ぶつかってきた相手は、同い年くらいの男の子だった。ぶつかられたにしろぶつかったにしろ、謝罪はしなくてはならないだろう。すみませんと謝って、そのまま歩き出そうとすると「待って」と腕を掴まれた。


「ね、君さっきから一人でずっとそこにいたよね?」

「……はあ」


 なんだこいつ。

 こんなところで立ち止まって会話とか邪魔すぎるので、仕方なく一歩戻ると、意図を察してくれたのか彼も人波から外れてくれた。


「もしかして、友達とはぐれちゃった?」

「……そう、ですけど」


 人の好さそうな笑顔だが、どうにもうさんくさい。

 由良くんとは違う、まったく似合っていない金髪の時点で、すでに心証は悪かった。こんな人が私に何の用だろうか。私が友達とはぐれたか否かなんてこの人にまったく関係ないと思うんだけど。

 っていうかなんで私がしばらくここにずっといたことを知ってるのか? こわ。


「あ、ごめんね、可愛いなーって思って見てたら、なんか困ってるみたいだったから……つい声かけちゃった」


 …………あっ、なるほど! これナンパか!

 みなちゃんと一緒にいないから油断していたが、顔だけ見れば私だって可愛いのだ。一人でいたらこうなるかもしれないと見越しておくべきだった。

 にしても厄介なことになった、と内心舌打ちしそうになるのをこらえる。

 へらっと愛想笑いを浮かべて、小さく首を傾ける。


「困ってないので大丈夫です」

「でも結構長い間ここにいたよね? 友達の特徴教えてくれたら一緒に探すけど……」

「私の家、ここから結構近くて、今スマホ取りに帰ろうとしてたとこなんで、ほんと大丈夫です。スマホあればちゃんと連絡も取れるんで」

「そう? ならよかった。よかったら送ってくよ。俺もちょうど、いったんこの人混みから抜けたいなーって思ってたんだ。そんな遠くないなら、また戻ってくればいいだけだし」


 くそめんどくさい。

 思わず真顔になってしまいそうだった。大人しく引き下がれ。そしていい加減に腕を放せ。

 何が厄介って、こういう押しつけがましくない感じでしつこく言ってくる奴は、断り続けたら逆ギレしたりするのだ。経験談である。扱いがマジでめんどくさい。


「……なら、神社の入り口までお願いしてもいいですか? さすがに家までは申し訳ないんで」

「近いんでしょ? それくらい全然大丈夫だよ」


 にこにこ笑っているが、おまえがにこにこ笑ったところで可愛くないんだ。みなちゃんか由良くん求む。

 どうしようかなぁ……家までついてこられたら、みなちゃんと会わせてしまう可能性もある。みなちゃんに不快は思いはさせたくないし……どうにかみなちゃんには会わせないようにしたいんだけど。

 あー、と適当に声を伸ばしながら考え込んでいると、とある人――ここにいるとはまったく想像もしていなかった人と目が合って、間抜けにぽかんと口を開けてしまった。



「――コイツ、オレのツレなんでほか当たってもらっていいっすか」



 由良くん、とつい小さく名前を呼ぶ。

 一年前とほとんど同じ言葉。やっぱりあのときの黒髪の彼は由良くんだったのだと、再確認するのには十分だった。


「なんだ、もう見つかったんだ。よかったね」


 やけに友達部分を強調して、にこやかに言うナンパ人。


「俺も君たちと一緒に回っちゃ駄目かな? 実は俺も友達とはぐれちゃっててさー、一人で回るのも寂しいなって思ってて」


 うわーメンタル強いぞこの人。呆れを通り越してもはや感心してしまった。すごい。おまけにまだ私の腕を掴んだままだ。

 私が何か言う前に、由良くんが無言で私の腕から彼の手を無理やり払い落とし、ぎろりと彼を睨みつけた。


「どっか行けっつってんのわかんねーの?」


 とてつもなく低い声だった。しかもその表情は……あまりにも『キレた不良』っぽくて、向けられた当人じゃない私でさえ身がすくみそうだった。

 ナンパ人さんから怯んだ気配がしたと思ったら、舌打ちをして去っていく。

 それを見送ってから、由良くんははーと息を吐いて、私のほうを向いた。


「……大丈夫だった? しーなさん」

「え、あ、う、ん……」


 目を白黒させながらもなんとかうなずけば、由良くんはほっと表情を緩めた。ふわっとした笑い方は、いつもの可愛い由良くんだ。

 ……え? さ、さっきの何……? 去年ナンパから助けてくれたときだってあんな顔してなかったんだけど。っていうか由良くんあんな顔できたの!? あれ保ってればもうエセ不良とか言われませんけど!? いやエセ不良とか呼んでるのは私しかいないけどさ!


 混乱する私を、由良くんは頭からつま先までまじまじと見つめてきた。


「……浴衣だ」

「へっ、う、うん、浴衣だよ……?」


 生成り地に、青い紫陽花。青いといっても花びら一枚一枚がすべてただの青というわけではなく、水色や薄青緑、深い青など、色味の違う青が混ざっている。少しレトロな雰囲気なのがすごく可愛いと思う。

 ちなみにこの浴衣も、みなちゃんと色違いでお揃いだ。持ってる浴衣は三着あるが、全部みなちゃんと色違いだった。


「簪もつけてくれてる」


 嬉しそうにふにゃりと笑った由良くんに、あ、と固まる。そう、今私の頭を飾っているのは由良くんにもらった簪。

 ……なんかめっちゃくちゃ恥ずかしい! まさかこんな人いっぱいのところで、よりによって由良くんと会うとか思わないじゃんか!


「今日はメガネも外してんのな」

「ゆっ、浴衣なら裸眼がいいってみなちゃんが」


 この羞恥心をどうにかごまかそうと、あの! と無理やり話を変える。


「ありがとう、しつこい人だったから助かった」

「ああ、どーにかなってよかった。マジで気をつけろよ? しーなさん可愛いんだから」

「……うん」

「浴衣すげぇ似合ってっし、尚更な。ただでさえ祭りってなんか浮かれてるヤツ多いし」

「はい……」


 あーもう由良くんが浴衣着てたら私だってベタ褒め返ししてやるのに! なんで由良くんシャツとハーフパンツなの! これじゃ私だけ照れて終わりじゃん……。

 唸り声を上げる私を由良くんは不思議そうに見て、それから「あれ」と首をかしげた。


「しーなさんなんでこんなとこに一人でいんの? 確か祭りは安藤さんと来るっつってなかったっけ」

「はぐれたうえにスマホ家に忘れて途方に暮れてたとこ」

「何してんの?」

「面目ない……」


 呆れる由良くんにうなだれて、それからはっと顔を上げる。


「由良くん、スマホ持ってる!?」

「え、そりゃ持ってるけど?」

「貸していただけませんか……風香に連絡取りたい」


 ああそーゆうこと、と納得した由良くんは、スマホのロックを解除して渡してくれた。あ、ありがたい……。まったくためらう素振りもないのがさすが由良くんというかなんというか。

 たぶん友達登録はしてないだろうな、とクラスグループの欄から風香を探して、タップ。……あれ、もう登録済みじゃないこれ? もしかしてクラス全員、最初に友達登録しちゃうタイプだったりするんだろうか。いやいや不良やるつもりならさすがにそんなことはしないよなー! そもそもそれなら、夏休み前まで私の連絡先登録してなかったのもおかしいし……だとするとなんでだ?

 気になりはしたが、風香とのトーク画面を開いて文章を打っていく。


『まなかです。偶然由良くんに会ったからスマホ借りてる』

『風香今どこら辺にいる?』


 既読はすぐにはつかなかったので、由良くんと会話をしながら待つ。


「由良くんごめんね、わざわざ。っていうか由良くんこそ、一人でどうしたの?」

「さっきまでは真先輩とうらら先輩と一緒いたんだけど、別れてきた。あんま邪魔したくねーしな」

「ふーん……でもさすがに、あの二人もこんなお祭りデートに由良くん誘うとは思えないんだけど?」


 何か隠してるんじゃないの、と暗に訊けば、由良くんはばつの悪そうな顔をした。


「……二人で行くつもりだって聞いて、最初だけ一緒にいさせてくださいって頼み込んだ」

「それでお邪魔虫は早々に退散、ってわけね。あ、ねえねえ、うらら先輩の写真ある? 浴衣着てた?」

「着てたけど、さすがに彼氏の前で彼女の写真は撮らねえよ……」

「……それもそうか」


 でも彼氏の前じゃなかったら撮ってたような口ぶりですね?

 なんとなくむっとしながらうなずいていれば、由良くんが「今度真先輩に見せてもらえば?」と提案してきた。


「文化祭で三年引退しちゃうけど、それまでに来ればさ。……まー、普段の幽霊部員たちも文化祭前だけは描きに来っから、来にくいかもしんねぇけど」

「……今ね、美術部に引退なんてあるんだー、と、真先輩ってそういえば三年だったっけ、で二重にびっくりしてる」

「ひでえ」


 けらけら笑う由良くんに、私もつい笑ってしまった。

 引退かぁ……真先輩が引退したら、うらら先輩がうちの学校に来ることもなくなる、よな。少なくともわざわざ美術部に来たりは。

 ……たまに息抜きで真先輩が美術部に来てくれたら、うらら先輩もそれに会わせて来てくれるかな? まったく会えなくなってしまったら由良くんも寂しいだろうから、そうだったらいいな、と思う。


「……それにしても、また助けてもらっちゃったなー」


 再び話題を変えれば、由良くんは「また?」ときょとんとした。


「去年の花火大会。由良くん、女子二人組をナンパから助けなかった?」

「……んなことあったっけ……あー……うん、なんとなく、思い、出した? え、あれってしーなさんと妹ちゃんだったの?」

「うん。私はあのときまだ髪長かったし、印象違ったかもしれないけど。あのときもさっきも、オレのツレなんで、って助けてくれて、助け方同じでちょっと面白かった」


 表情は全然違ったからびびってしまったわけだけど、そこは言わないでおこう。私のことびびらせたとか知ったら、由良くんショック受けそうだし。

 

「同じだった? なんかハズいなそれ……」

「あはは、だから私、最初っから由良くんのこと怖がってなかったでしょ? あんなふうに助けてくれた子がほんとに不良だとも思えなかったし」

「しーなさんもオレのこと最初は怖かったって言ってなかったっけ?」

「その最初、が今年のこととは言ってないでしょ」

「……長年、っつーわけでもねぇけど、長年の疑問が解けた気分。つーかやっぱハズい」


 由良くんはちょっと頬を染める。……あー安心する、いつもの由良くんだなぁ。

 和んでいたら、次の由良くんの質問で思いっきりむせそうになった。


「あれ、でもオレ、あのときまだ黒髪だった気ぃすんだけど、よくオレだってわかったな?」


 ……あんな短時間のやりとりで、再会時には髪色まで変わっていたとなれば、普通は気づきませんよねー! まさか顔がめちゃくちゃ好みだったとか言えるわけがない。

 どうごまかそうか必死に頭を働かせながら、とりあえずあっははは、と曖昧に笑ってみせる。

 なんとなく、てごまかせるか? 由良くん相手ならいけるかな。うんいける。たぶんいける。いけなかったら困る。

 そう結論を出して口を開いたとき、由良くんのスマホがピロンと音を鳴らした。風香からだ。わああナイスタイミングありがとう! 即行でメッセージを確認する。


「……りんご飴の屋台のとこ? どこだ……」

「ざっくりしてんなあ」

「わかんないから入り口に戻って合流でもいい? っと……」


 すぐにつく既読に反し、返信はなかなかこなかった。どうしたんだろう。

 じっと待つこと五分、送られてきたのは『ごめん』の文字列。


『由良君って誰かといる?』


 なんでそんなこと、と思いながらも『今は一人みたい、というか私といるだけだよ』と返すと、風香はなら、と続ける。


『中学の友達と会っちゃって』

『しばらくこっちと回っちゃ駄目かな…??』

『ほんとごめん!!!』

『でもまなかも彼氏と回ったほうがいいと思う!』


 え、え、つまりそれは、私にしばらく由良くんとお祭り回れ、と?

 画面が見えないように少し離れていてくれた由良くんに、戸惑いがちに視線を向ければ、「どーした?」と気づいて近づいてきてくれた。画面を見せると、ぱちぱちと目を瞬く由良くん。


「……彼氏?」

「彼氏? ……あっ、そこ読み飛ばしてた! うっわ風香あいつまだ勘違いしてたの!?」


 頭を抱えたくなる。つ、付き合ってないって言ったじゃんー! 教室じゃそこまで会話してなかったから、客観的に見たらそこまで仲良くは見えないと思うんだけど!?

 読み飛ばしたっていうか咄嗟に認識できなかったっていうか……なんにしろ、そんなこと書かれてるのに気づいていれば、画面をそのまま見せたりしなかったのに。気まずすぎる。


「……オレも一人でどーしよっかなって思ってたとこだし、しーなさんさえよければ、一緒に回る?」


 そして由良くんは優しすぎる。

 お願い、というゆるい猫のキャラのスタンプに、『わかった』と返して、こっそりため息をつく。


「由良くんさえよければ、お願いしていい?」


 どことなくわくわくした顔で「もちろん」とうなずいた由良くんとともに、大分長い間立っていた場所から移動する。両隣の屋台にはご迷惑おかけしました。

 風香とはぐれたのは神社に来て割とすぐのことだったから、まだ何も買ったりやったりしていない。何からしようかなー。さっきの風香の言葉のせいで、今すっごくりんご飴食べたい気分なんだけど、りんご飴って食べ終わるまで時間かかるからな。手が塞がっちゃうからちょっと避けたい。


「なー、オレりんご飴食べてぇ」

「……やっぱり?」


 こういう思考回路似てるんだよなぁ。一緒にいて楽でいいけど。

 何の屋台がどこにあるのかわからないので、適当に進みながらりんご飴を探す。「はぐれねぇように掴まっていーよ」と差し出してくれた腕に、そういうとこなんだよな……と思いながらも大人しく掴まった。はぐれるよりはいいし、手を繋ぐよりもいい。

 そしてふっと思ってしまった。


 ……なんかこれ、デートみたいだな?




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