15. 一生大事にするもの

 翌日、図書館前で待っていた由良くんは、どこか緊張した顔をしていた。おはよう、と声をかけると、「おはよう……」と力ない声で返される。


「……どうかした?」

「な、なんでもねーよ!」


 明らかにおかしいのでそう訊けば、首を振った由良くんが、持っていたバッグをぎゅっと抱きしめる。……いつものバッグよりやけに大きいな? 何か持ってきてるってこと?

 じーっと見つめると、由良くんはすごく困った表情でうろうろと視線をさまよわせる。……いじめてる気分になってきたなぁ。かわいそうだし見て見ぬふりしたほうがいいか。

 スマホで時間を確認すると、開館まであと五分。うーん、何話そうかな。


「あ、そういえば。由良くんってどこでバイトしてるの?」


 昨日は私のせいで違う話に流れてしまったので、聞きそびれていたんだった。

 由良くんの髪色で、なおかつ高校生でもできるバイトは限られているはずだ。まず飲食はない。コンビニ、は割と髪色自由なイメージあるけど、不良っぽい人を雇うかどうかがわからない。さすがに由良くんも、バイト中は不良にこだわったりはしていないだろうけど。……けど見た目と雰囲気がなぁ、喋らなければ少しは不良っぽいからな。だとすれば接客以外?


 私が深く突っ込まなかったことに安心したのか、由良くんはほっとしたように表情を緩ませて答えた。


「居酒屋だよ。学校の最寄りの隣駅のとこ」


 ――居酒屋! そっか、そういうのもあったか!

 由良くんっぽくないと感じると同時に、めちゃくちゃ由良くんっぽいバイト先。

 え、えー、由良くんが居酒屋でバイトかー……どんな感じか気になってそわっとしてしまう。というか高校生って居酒屋でバイトするのオッケーなんだっけ。由良くんのことだから、オッケーじゃなかったらやってないとは思うけど。

 居酒屋、居酒屋なー。

 笑いそうになるのをこらえながら訊いてみる。


「もしかして居酒屋選んだのって?」

「……不良っぽいっしょ?」


 ちょっとドヤ顔をする由良くんに、やっぱりかー! と思う。あまりに予想通りすぎる。でも昨日、近かったらお昼食べに行きたかったような口ぶりだったから、昼間からやっている割とちゃんとした、治安が悪くないところなんだろう。いや、治安が悪いというのは居酒屋に対する偏見か……?

 にしても。


「マジ可愛い……」


 思わず心の声が漏れてしまった。

 安直というかなんと言うか。こんなことでドヤ顔をしてしまうのがさすが由良くんだ。和む。


「え、居酒屋って可愛いか?」

「居酒屋の話じゃない……」


 居酒屋を選ぶきみの話だよ。

 思いきりはてなマークを浮かべる由良くんに、また可愛いと言いそうになった。うん、これ以上はやめておこう。

 それでもつい、顔がにやけてしまう。

 不良っぽいから居酒屋かぁ。けどたぶん、遅刻もしたことないんだろうし、真面目にバイトしてるんだろうな。そしてきっと、他の店員さんたちにめちゃくちゃ可愛がられてるんだ。目に浮かぶ。


「……今度、由良くんがバイトしてるときに行くね?」

「や、それはちょっとハズいかな……」

「見たいなー由良くんが働いてるとこめちゃくちゃ見たいなー!」

「それでオレが調子乗って教えるとか思ってねぇよな!?」


 そんなことを言いつつ、結局しぶしぶ今月のシフトを教えてくれた。ちょろいなぁ……。


「でもマジで来ねぇでほしい……。ぜってぇからかわれる。それもハズい」

「……それはかわいそうか」

「うん、オレかわいそう」

「そっかー」


 そこまで言うならやめておこう、と思ったので、私も大概ちょろいのだった。




 図書館に入って勉強を始めると、しばらくして由良くんがおもむろにバッグをテーブルの上にのせた。

 そして中から取りだしたのは、紙袋に入った……お菓子っぽい何か? 中身がおしゃれな包装を施された、大きめな四角い箱だということしかわからない。


「え、どうしたのこれ」


 私にくれる、ということなんだろうけど、由良くんからこんなものをもらう理由ってあっただろうか。首をかしげると、由良くんはじとっとした目をした。


「昨日、妹ちゃんから誕生日聞いたんだけど」

「……誕生日?」

「すぐに訊かなかったオレも悪りぃけど、なんで教えてくんなかったの」


 ぷんすこしている由良くんに、えー、と嬉しさと戸惑い半分ずつの笑みを浮かべる。

 私の誕生日は四月十二日。学校が始まっている時期とは言え、さすがにそんな入学早々クラスメイトに祝ってもらえるわけもなく、みなちゃんとヒデ、家族からお祝いしてもらっただけだった。もちろんみなちゃんのことは盛大に祝い返した。

 由良くんと話すようになったのは六月なので、その時点で誕生日からは二ヶ月くらい経っていたことになる。……というか現時点でもう三ヶ月以上だよ? 普通なら、来年はちゃんと渡そうってなるだけで、わざわざ今年分のプレゼントを用意したりはしない。由良くん律儀すぎる。


 とはいえ、昨日聞いた、ということは、昨日私とお昼を食べた後に買いにいってくれたのだろう。

 その気持ちがすごく嬉しいし、なんとなく、由良くんが選んでくれたものなら私も好きだろうな、という気がして、袋の中を見るのが楽しみだった。


「このタイミングで誕生日プレゼントもらえるなんて思ってなかったよ」


 思わずそうこぼせば、由良くんはぷんすこした雰囲気を消して、はにかんだ。


「さすがに半年とか経ってたら悩むとこだけど、まだ三ヶ月だろ? や、もう三ヶ月、だけどさ。いっつもお世話になってっし、やっぱ渡してぇなーって思って」

「う、うっわー、ありがとう! 嬉しい、もらっちゃっていいの?」


 周りの人の迷惑にならない程度の大きさで、喜びの声を上げる。

 もちろん、と言われたので、頬を緩ませながら紙袋に手を伸ばした。なんだろうな、なんだろうな。中の箱に目を落として、はたと動きを止める。

 ……すぐにでも開けたいところだけど、ここは図書館。ペットボトルや水筒など、蓋を閉められるタイプの飲み物を飲むのは大丈夫だが、何かを食べることは禁止されている。残念だが、中を確認するのは家に帰ってからになりそうだ。


「一応常温でもへーきだけど、冷やしてから食べたほうがウマいと思う」

「おお、じゃあそうするね。何買ってくれたの?」


 今は実物を見られないにしても、せめて何なのかくらいは知りたい。


「ゼリーの詰め合わせ。キレイなの選んだから、苦手な味あったら見るだけでもいーし。妹ちゃんと一緒に食べて……っと、そうだ」


 はっとしたように、由良くんが私の顔をまっすぐ見てくる。


「しーなさん、誕生日おめでと。妹ちゃんにも言っといて。昨日はびっくりして言い忘れちゃったから」

「……あり、がとう。すごい嬉しい」


 なんか、なんか、こう……たまらない気持ちになった。なんだろうこれ。嬉しいやら照れくさいやら何やらで、ちょっと動揺してるみたいだ。

 でも、みなちゃんと一緒に、かぁ。つまりこれは、私だけじゃなくて、私たちにくれたってことだよな。たぶんだけど、そのほうが私が喜ぶと思ったんだろう。実際、私だけじゃなくてみなちゃんのことまで考えてプレゼントを選んでくれたことが、今飛び跳ねたいくらいに嬉しい。


 ……嬉しいと同時に、友達である私と昨日会ったばっかりのみなちゃんが同じ扱いなんだなぁ、なんてめんどくさいことも思ってしまった。

 不満なんてあるはずもないが、ちょっとだけ寂しいのも確かだ。はっ、なるほど、昨日私に相当仲良くないと~なんて言われた由良くんの気持ち、こんな感じだったのかもしれない。

 受け取った紙袋を丁寧に隣の椅子に置いて、由良くんに視線を戻す。


「で、えーっと……その」


 なぜか頬をほんのり赤くした由良くんが、そうっともう一つ包みを差し出してきた。白いリボンが結ばれた、水色の袋。うっすらと見える中の影は、長方形の箱だった。

 ……うん?

 目を瞬く私に、由良くんが「これも」と消え入りそうな声で言う。


「も、っつーか、こっちが本命……」

「え、あ、うん、え、ええ? そ、そうなの?」

「そうなの……」


 オウム返ししただけなんだろうけど、由良くんが「そうなの……」って言うの可愛いな……。

 と、そんなことを考えている場合ではなかった。

 大きさ的に、今度はお菓子ではない、とは思う。けれど、だとしたら何なのかまったく想像ができなかった。おそるおそる受け取って、リボンに手をかける。


「開けていい?」


 由良くんがうなずいたのを確認してから、そうっと包みを解いていく。現れた木の箱を開けると、そこには。


「……簪?」


 銀色の棒の先に、大きめな水色のまんまるがついていた。どことなくヨーヨーにも見える透明さと模様で、下にぶらさがった、すべてほんの少し色味の違う水色の小さなビーズたちと合わせて、夏らしい涼しげなデザインだった。

 メインの丸と棒部分は、ダイヤ型のビーズと、銀色の花のようにも見える不思議な形の部品で繋げられている。


 ……か、可愛い。めちゃくちゃ好みだ。簪は今までつけたことないから、つけ方調べなきゃ……。私の髪は短めだけど、簪をつけられないくらいじゃないだろう。というかショートでもつけてる人いるし、髪の長さはそこまで重要じゃない、はず。由良くんが私に使えないものを選ぶわけないし。

 水色だから普段の服にも合わせやすいな、いっぱいつけよう! もしかしてそこら辺も考えてこの色とデザインを考えてくれた!? あー、センスいいな由良くん!! さすが!


「あー……えっと、気に入らなかったなら持って帰るから、遠慮せず言えよ?」

「えっ、き、気に入ったよ! めちゃくちゃ好きだよ、これ!」


 いつの間にか黙り込んでいたせいで、由良くんを不安にさせてしまったらしい。慌てて否定すれば、由良くんはふにゃりと相好を崩した。


「ほんと?」


 ――うっわぁ。


「…………ほんと、ですよ?」

「あんだよそれー」


 いや、だ、って、だってな!? おまえが可愛すぎるのが悪いからな!? お願いだから自分のかっこよさと可愛さを自覚した振る舞いをしろ!?

 ふはっと笑う由良くんから、そろそろと顔を背ける。だ、大丈夫、顔は熱くない。赤くなってはないはずだ。耐えた、耐えきったぞ私。すごいぞ私。


「よかったぁ、昨日しか時間なかったから、めちゃめちゃ急いで探したんだよ。しーなさんのことだし、妹ちゃん無視したプレゼントはねぇなとは思ったけど、かといって二人に一個もなーって。それで気にせずもらってもらえるよーな、高価じゃねぇもんだろ? 激ムズだった……」

「お、おお……」


 そんなに悩ませちゃったのか……。ちょっと申し訳ない。


「から、気に入ってくれたならすげぇ嬉しい」

「うん、うん……一生大事にするね」

「え、そこまで? そんな高くねーし、たぶん夏だけ使うにしても何年かしたら壊れんじゃねえかな……」


 あっ、そっか、その問題があるか。せっかくもらったんだから普段使いしたかったけど、その分早く壊れちゃうのはなぁ……。

 難しい顔をする私を見て、由良くんはすごく嬉しそうだった。


「しーなさんって他にも簪持ってたりする?」

「ううん、これが初めてだよ」

「おー……じゃー妹ちゃん妬くかもな」

「やく……ああ、ヤキモチ? 確かにそうかも」


 でも家に持って帰るなら、みなちゃんに隠しておけるようなものでもない。由良くんにもらったんだよーと自慢したいくらいだが、そしたらみなちゃん拗ねちゃうかもしれないし……んー、拗ねるみなちゃんは可愛いけど、それ見たさに行動はしたくない。

 ……いかになんてことのないように報告するかにかかってるな! 頑張ろう。


 由良くんがこてんと首を傾ける。


「なんとなく水色選んじゃったけど、よかった? 昨日の妹ちゃん見た感じ、妹ちゃんピンク系、しーなさん青系なのかなって思ったんだけど」

「うん、そう! はっきり決めてるわけじゃないけど」

「じゃー逆に、ピンクのにしといたほうが新鮮でよかったかもか……」

「……いや、ピンクはあんまり似合わないんだよね、私」


 苦笑いすると、「そーか?」と由良くんは不思議そうな声を出す。


「しーなさん可愛いんだから、なんでも似合うんじゃね?」


 ……さらっとそういうこと言っちゃうんだもんなあ!


「由良くんは、自分に似合わないって思う色ある?」

「え、オレ? あんま考えたことねーけど……あ、ピンクは似合わねぇんじゃねーかな」

「由良くんはかっこいいし可愛いから、なんでも似合うと思うよ?」


 あえてにこにこ言えば、ぽかんとする由良くん。そして赤くなっていく顔を見て、仕返し成功、とほくそえむ。いや先制を許した時点でちょっともうあれなんですけど。

 今度こそ熱くなった顔を、簪を持っていないほうの手でさりげなく隠す。さりげなくできていないだろうが、由良くんも動揺してるはずだし、気づかれることはないだろう。


「……ありがと?」

「ここでお礼言われるのは予想外だったわ……」


 更に照れるからやめていただきたい。

 どういたしまして、と返しながら簪に目を落とす。

 やっぱり綺麗だなぁ……できれば今すぐにつけたいけど、練習もせずにつけられる気がしないし、そもそも普段使いをするかどうかの問題が解決していない。うーん……ほんとにどうしようっかな……。


「あー、のさ」


 おそるおそる、といった感じで由良くんが口を開く。


「基本のやり方ならわかっから、しーなさんがよければ今つけてやろーか?」

「え、ほんとに!?」


 なんでわかるんだ、と思ったのがわかったのか、由良くんは「お姉ちゃんがたまに使ってるの見るから」と言ってきた。み、見ただけでわかっちゃうんだ。簪って割と難しいイメージあったんだけど、もしかしたら意外と簡単なのかもしれない。


 お言葉に甘えて頼もうとしたが、ふっと気づく。

 ……男の子にヘアアレンジしてもらう、というか、髪の毛にさわられるって、なんか恥ずかしくない? しかも今は夏だし、ここに来るまでの自転車で汗もかいた。普通の距離なら平気でも、簪をつけてもらうくらいの距離だと臭く感じる、かも。


「……や、やめておく」


 断れば由良くんは残念そうにしたものの、素直に「そっか」とうなずいてくれた。私の気持ちを察したわけではないだろうけど、ありがとう……。


「ところで、由良くんの誕生日はいつなの?」

「八月の二十一」

「よかった、まだちょっと先だった……」

「オレは知らねぇうちにしーなさんの誕生日終わってたけどな」

「まだ気にしてたの!?」


 ぷんすこタイムは終了してたんじゃないのか、とびっくりする私を見て由良くんは楽しそうに笑ったので、ただ私をからかっただけらしい。

 八月二十一日、八月二十一はちがつにじゅういち……よし、忘れないぞ。私が毎年覚えてる誕生日は家族とヒデ、それから数人の友人のだけだったけど、今年からは由良くんのも加えなきゃ。


「何かほしいものある?」

「んー? んー……今は特にねーかなぁ。コンビニ菓子とかでいーよ」

「何ふざけたこと言ってんの?」


 ゼリーだけじゃなく簪までもらったのだ。いくら高くないと言われたって疑わしいところだし、もし本当に高くないものだったとしても、コンビニ菓子が見合うわけがない。そもそも私が! ちゃんとしたものをあげたいんだよ!

 ついむすっとして言えば、由良くんは「ごめんなさい」としゅんとした。い、いや怒ったわけじゃないんだよ……何言ってんのこいつって思いがつい漏れてしまっただけで。


 心の中でそんな言い訳にもならない言い訳を考えつつ、何をプレゼントしようかなぁ、と思考を巡らせる。

 男子へのまともなプレゼントってしたことないんだよな。ヒデはとりあえず変なお菓子あげとけばテンション上げてたから、参考にならないし。

 まあ、まだあと一か月くらいあるんだし、のんびり考えればいいか。


「ゼリーも簪も、ほんとにありがとね。みなちゃんにもちゃんと伝えるから」

「うん、どーいたしまして。よろしくな」


 心底嬉しそうに微笑むものだから、絶対に誕生日には素敵なプレゼントで喜んでもらおう、と固く心に決めた。



 ちなみに由良くんからもらったゼリーの詰め合わせは、花のようなカラフルなゼリーでめちゃくちゃ可愛かった。ぷるぷるな透明の中に、これまたそれぞれ色の違うムースが入っていて、美味しさも抜群。


 みなちゃんも嬉しそうに食べていたし、簪にもヤキモチを焼かなかった。見せたらすぐに私の髪の毛につけてくれて、「可愛い、似合ってる!」と写真をぱしゃぱしゃ撮ってくれたのだ。次の日には、こういう簪もいいんじゃない? と鈴蘭のような簪を、色違いのお揃いで買ってきてくれた。

 ……こっちを普段使いで使って、由良くんのほうは何か特別なときに使おうかな。



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