13. ヤキモチのベクトル

「今日は私も一緒に行っていい?」


 みなちゃんがそう言ってきたのは、図書館での勉強会第五回目の日の朝だった。ちなみに勉強会は週三ペースくらいで続けているのだが、五回目にしてすでに、由良くんの課題も半分以上終わっている。夏休みの宿題って、何か調べる・作る系以外は、集中してやれば意外とそこまで時間かからないよね。


「あおくんとお昼一緒に食べる約束してるから、十二時くらいに抜ける感じだけど……私も由良くんに会ってみたくなっちゃって」


 あおくんというのは、みなちゃんの彼氏さん――白山しろやま青葉あおばくんのことである。

 そっか、今日デートなんだ……と思うとちょっと面白くない気分になってしまうが、そんな様子をみなちゃんに見せるわけにもいかない。白山くんはいい人だし、みなちゃんは彼のことが大好きだ。それがわかっているから、私もちゃんと白山くんとは普通に接して、みなちゃんからの白山くん話だって普通に聞くようにしている。


 返事はちょっと待ってもらって、由良くんに連絡を取る。すぐに既読がついて、「いいよ」との返信がきた。

 結局由良くんとは、あまりアプリでは話していない。たまに唐突にモコちゃんの写真が送られてきたりするくらいだった。図書館での約束は、特にスマホで連絡取らなくても会ったときにできるしなぁ。


 軽くスワイプして、少し上のモコちゃんの写真を見る。めちゃくちゃぶれた、と送られてきた写真だけあって、もはや犬にも見えないレベルの写真だが、それでも可愛い。犬ってすごいよな……。

 ほっこりした気持ちで白山くんへの嫉妬を打ち消してから、みなちゃんに返事をする。


「いいって。一緒に行こっか、みなちゃん」

「わ、やったー。あっ、ねえねえ、お揃いのワンピース着ていかない!? この前色違いで可愛いの買ったんだよ~」


 にこにこするみなちゃんに、ちょっと微妙な顔をしてしまいそうになる。

 ……みなちゃんとのお揃いは嬉しいし、いつもなら何も気にしないのだけど。

 でもみなちゃんのほうが可愛いわけで、同じ格好をすればその差がはっきりわかってしまうわけで。それで由良くんに会いにいくのは、こう、なんとなく、なんとなくなんだけど……ちょっとなぁ、と思ってしまう。

 けれど断るなんて選択肢は初めから存在していない。うなずこうとしたら、みなちゃんがまた「あっ」と声を出した。


「ただ勉強しにいくだけだし、そんな気合い入れた格好しなくていっか? お揃いは、また二人でお出かけするときにしようね」


 その提案に、ほっとしながら「確かに」とうなずく。

 ……しかし、なんでちょっと嫌だと感じたのか?

 内心で首をかしげているうちに、みなちゃんの二人分の洋服選びが始まったので、そっちに集中することにした。


     * * *


 待ち合わせはいつも図書館の開館時間、午前十時。それでも暗黙の了解で十分前には二人とも入り口前に着いて、だべっていることが多い。暑いが、木陰に隠れていればそれほど苦でもなかった。

 今日はみなちゃんが早く早く、と急かしてきたので二十分ほど前に着いてしまったのだが、由良くんはすでに到着していた。


「おはよー、え、いっつもこんな早く来てたの?」


 びっくりして尋ねれば、いや、と首を振られる。


「今日はなんか早く来すぎただけ……そっちが妹ちゃん?」

「うん、みなちゃんだよ」


 今日も今日とて、由良くんはイケメンだった。黒いポロシャツに白のクロップドパンツという、これまたシンプルな格好だというのにかっこいい。

 隣のみなちゃんは、ちょっと驚いたように目を丸くしていた。


「……なんか、不良っぽくないね?」

「えっ」

「だから言ったじゃん、エセ不良だって」

「それ妹ちゃんにまで言ってんの!?」

「うん、納得したー」

「納得された……」


 ショックを受けた様子の由良くんにくすくす笑えば、由良くんも頬を緩める。みなちゃんは私たちをじいっと見比べて、それからにっこり笑顔を浮かべた。


「思ってた以上に仲良しみたいで嬉しいな~。あ、申し遅れました。私、まなの妹の椎名みなかって言います。まながいつもお世話になってます!」

「あ、えっと、これはご丁寧にありがとうございます。由良大雅と言います。こちらこそ椎名さんにはいつもお世話になっていて」

「いやいや由良くん、それありなの?」


 完全に素じゃん。初めて会ったみなちゃんにそれでいいの? 仮にも不良を目指している者としてどうなの? 確かに初対面の挨拶は大切だとは思うけどさぁ……?

 お辞儀までしていた由良くんは、私の突っ込みにはっとして顔を上げた。


「な、なんか思わず……」

「あはは、うん、やっぱり納得納得。これからもまなをよろしくね、由良くん?」

「はい、それはもちろん……あっ、また……」


 ……由良くんがみなちゃんに対してめちゃくちゃ緊張しているように見える。やっぱりみなちゃんが可愛いからか。可愛い人の前だとそりゃあ緊張するよね、男子なんだし。

 でも顔だけなら、一応私もそんなに変わらないんだけどなぁ。雰囲気の差? みなちゃんが今着てる白とピンクの花柄シフォンワンピースとか、私には絶対着こなせないもんな……。


 みなちゃんは昔から、甘い色がよく似合う。私は逆に寒色系のほうが似合うので、今だってレースがついたグレーのシャツに、ネイビーのキュロットをはいている。あ、あと月と猫モチーフのネックレス。これはみなちゃんにもらったものではなくて自分で選んだものだが、お気に入りのネックレスだ。


「あと十五分かー。ちょっと早く着きすぎちゃったなぁ。でも由良くんが来てくれててよかった、挨拶も出来たし!」

「そう、ですね……」

「……敬語じゃなくていいんだよ?」

「は、い、うん」


 …………なにをそんなに緊張しているのか。学校じゃないからいつもの調子が出ない? や、でも夏休みに入ってからだって、私に対してはちゃんともっとエセ不良だった。これはやっぱり、みなちゃんに見惚れて、いる?

 それとも私が気づいてないだけで、由良くん人見知りだった? ……そっちだったらいいんだけど。

 落ち着きなくみなちゃんから顔を逸らした由良くんは、逃げるように私のほうに一歩近づいた。みなちゃんと私は隣にいるから、逃げるどころかむしろみなちゃんにも近づくことになっているが。


「そーいやしーなさん、昨日猫カフェだったんだっけ?」

「あ、そうそう。写真送ろうとも思ったんだけど、もう実際に全部見せちゃったほうが早いかなって思って。見る?」

「見る!」


 テンションの高い「見る!」だった。笑いを堪えながら、カメラロールを開いてスマホごと手渡す。目をキラキラさせて、わー、わー、といちいち声を上げる由良くんに、それでも必死に笑わないように頑張った。せめて写真を全部見終わるまでは邪魔しないであげよう。

 微笑ましく見守っていると、ちょん、とみなちゃんと肩がふれた。


「みなちゃん?」

「……なんでもないよ」


 そう言いつつ、ちょん、ちょん、と何度も軽くぶつかってくるので、とりあえず手を握ってみるとぎゅっと握り返された。どうやらこれで合っていたらしい。このままだと手汗かいちゃいそうなんだけどいいのかな……まあ、いいんだろうな。

 由良くんに視線を戻すと、ちょうど見終わって顔を上げたところだった。私たちが手を繋いでいるのに気づいて一瞬不思議そうにしたが、何も訊かずに屈託のない笑みを浮かべた。


「かっわいいな、猫! 猫派に寝返りそうだわ、オレ」

「おお、いいんだよ猫派になっても。おいで」

「や、冗談。オレにはモコがいっし」

「ほんと溺愛だなぁ。でもさっきの反応、ふ、ふふ……ふふふっ、もう笑っていい?」

「笑うとこあったか!?」


 遠慮なく吹き出せば、由良くんはおおげさにびっくりしてみせてから、私と同じように吹き出した。

 そのやり取りを見ていたみなちゃんが、また肩をくっつけてくる。わ、なんだなんだ? 目を合わせると、ちょっとだけむーっとした目で見返される。


 ……あっ。あ、あ、そういうことか!?

 気づいてしまったら、顔がにやけるのを止められなかった。

 ……つまりみなちゃんは今、ヤキモチ、を焼いてるのだ。うっわかわいい。私が由良くんと仲良しなのを見てつまらなく感じているんだな……? ご、ごめんね、由良くんに構いすぎたね!?

 ぎゅーっと私もくっつき返せば、満足そうな可愛い笑顔になるみなちゃん。きょ、今日も私の妹が最高に可愛い……。


「……仲いいなー、お前ら」

「でしょ!?」


 しみじみと言った由良くんに胸を張って答える。すぐ隣からみなちゃんの嬉しそうな笑い声が聞こえて、私も嬉しい。

 そんなこんなしているうちに、開館時間になった。

 三人で入って、いつものテーブルに向かう。普段は由良くんと二人で使っているテーブルだが、四人がけなのでみなちゃんには私の隣に座ってもらえば問題がない。割と広めなテーブルだしね。


「ちょっと私、課題に使う本探してくるねー」


 荷物だけ置いたみなちゃんはそう言って、どこかの本棚へ本を探しにいった。その姿が見えなくなったところで、由良くんがこそっと話しかけてきた。


「……妹ちゃん、なんか想像と違ったわ」

「えっ、どこが!? めちゃくちゃ可愛いでしょ!?」


 今まで由良くんには、みなちゃんについて可愛いところやすごいところばかり話してきた。いや、ばかりっていうか、みなちゃんにはそういうところしかないから当然なんだけど。

 だから、「想像と違う」イコール「可愛くない」ということかと思って、テーブル越しに由良くんに詰め寄ってしまった。


「いや、そりゃあ可愛かったよ。めっちゃ可愛いけどさ?」


 ためらいなくうなずいた由良くんに、とりあえず椅子に座り直す。

 ……めっちゃ可愛い、か。さ、さすが由良くん、わかっている。うん。みなちゃんはそりゃあ可愛いしめっちゃ可愛いのだ。……そんなの当然だし、確認することじゃなかった、かな。なんとなーく、もやっとしてしまう。

 なんか、ほら、うん、あれ、あれだ。みなちゃんに可愛いと言うのは私と家族と、そして彼氏の白山くんだけであってほしいっていう……つまりこれもヤキモチ! そっか、なるほどな、ヤキモチだわこれ。

 自分で自分の出した結論に納得して、由良くんの続ける言葉を聞く。


「なんつーか……しーなさん、愛されてんな」


 何を言われるのかと思えば、そんなことだった。

 ……そこが、想像と違ったところ?


「え、もしかして私たち、本当は仲悪いとか思われてた? っていうか、私の今までの話聞いてそう思われてた……!?」

「あ、いやいや、そーゆうわけじゃねぇよ。しーなさんが妹ちゃんのこと大好きなのはわかってたし、それなら妹ちゃんだってしーなさんのこと大好きなんだろーな、とは思ってたけど……想像以上だったっつー話」


 はあ、と曖昧な相槌を打ってしまう。まあ確かに、さっきの私とみなちゃんのやりとりは、かなり仲が良く見えただろう。だとしても、想像以上って言われるほどかなぁ?

 首をかしげると、「あー……そうゆうことか」となぜか生温かい目で見られた。えっ、何!? このタイミングでそれは謎すぎるぞ!?

 どういうことか尋ねても、由良くんは何でもないと首を振るばかりで答えてくれなかった。結局そのままみなちゃんが帰ってきてしまったので、仕方なく口をつぐんだ。勉強もせずにだべっているところをみなちゃんに見られるのは嫌だ。

 静かに三人で勉強を始める。


 途中でトイレに行って帰ってくると、由良くんがなんかすごく微妙な顔で見てきた。対するみなちゃんはにこにこ笑顔だ。可愛いけど何だろう……? 何か二人で話してたのかな。

 さりげなーく、視線で何があったのか話してほしいなアピールをしたが、二人ともにスルーされてしまった。……スルーされたらそりゃ大人しくしておきますけど。内緒話はちょっと寂しいぞ。



 そのまま勉強を続けて、十二時になるとみなちゃんが帰り支度を始めた。


「そろそろ私行くねー。今日は私お昼いないし、二人でどこかで食べてきたら?」


 あーそっか、今日のお昼は私一人なんだから、外食って手もあるのか。

 でもなんでそこで、由良くんと二人で? 別に一緒にご飯食べるのも構わないけど、そうなるとちょっとデートみたいだ。優等生としてはセーフに近いアウト判定を出したいんだけど。


「うん、じゃあどっかで食べてから帰ろうかなー。一人で」

「二人だけでメシ食いにいくのは、なんかな?」

「ね、なんかね?」

「……別に誰にも見られたりしないと思うよ? それに友達なんだし、そんな気にしなくてもいいんじゃないかな」


 二人して、確かに、と納得する。こういうのは意識しすぎるほうが問題なのかもしれないな。この辺りならクラスメートに見られるようなこともないだろうし。

 じゃあね、と手を振って去っていくみなちゃんを見送ってから勉強を再開し、約一時間後。

 図書館を出て、近くの木陰で、さて何を食べに行こうかと相談する。


「私は近くのファミレスでいいけど」

「んー、オレも。オレのバイト先なら安く食べれっけど、こっからだと一時間以上かかるしなー。さすがに二時過ぎっと腹減るよな?」

「…………うん? うんん? 由良くんバイトしてたの!?」


 衝撃の新事実だった。え、言ってなかったっけ、ときょとんとして肯定する由良くんに、「聞いてません!」と叫びを返す。

 う、うちの高校バイトしてよかったっけ……!? 禁止されてる、わけでもなかったけど、成績悪い人はバイト駄目だったような……? え、由良くん駄目じゃない!? めっちゃ不良じゃない!? 唯一の不良ポイント!?


「あ、先生にはちゃんと許可もらってっからな!」

「全教科赤点だったのになんで許されたままなの?」


 突っ込めば、うっと言葉に詰まる由良くん。


「……えーっと、うちの担任結構緩いじゃん? だから?」

「いくら緩いからってなー……そこまでいったらもう教師失格じゃない?」

「や、あの先生大分いい人だよ」

「そう? 由良くんの勉強私に全投げしてる時点で、かなり信用ならないんだけど……」


 本音を吐けば、由良くんは困ったように眉を下げた。

 そして数秒黙って、そうっと口を開く。


「あー……と。さらっと聞いてほしーんだけど、うちって母子家庭でさ。だからちょっとでも今から稼ぎたいんですっつったら、できる限り協力してくれるって言ってくれて。……あの人、オレが全教科赤点取ったのも、バイト頑張ってるせいだとか思ってんだよなぁ。

 で、たぶんしーなさんに頼んだのは、教わるなら先生よりクラスメートのほうが気が楽って前にオレが言ったからで……だからってまあ、まさか女子に頼むとは思わなかったから、そこに関してはダメじゃね? とは思うけど。だから、えっと、そんなダメな先生、ではねー、と……思う……」


 私に口を挟ませないような話し方をしていた由良くんは、最後をそう、自信なさげに締めた。


 ……あああ、もう、いい子だ。いい子すぎる。これ絶対、私が先生を悪く言ったから、たぶん元々は言うつもりのなかっただろう家庭の事情まで話して、先生を弁護しようとしたんだよね!? うわ、わあ……も、申し訳ない……。いくらなんでも、教師失格とか信用ならないとか言い過ぎだった。由良くんに大しても先生に対しても罪悪感やばい。

 がっくりとうなだれながら謝る。


「ごめん……優等生以前に、普通に人として今の発言は駄目だった。言うつもりなかったことまで喋らせちゃってごめんだし、事情知らずに散々言っちゃって先生にもほんと申し訳ない……そもそも、知らなかったを言い訳にできないくらい口悪かった」

「い、いや、言ってなかったオレも悪りぃし!」

「そういうのって相当仲良くないと話さないことじゃん? やっぱ話させちゃったこっちが悪いよ」


 そう言えば、由良くんがちょっとショックを受けたような顔で数秒黙り込んだ。


「……オレ的には、しーなさんは相当仲いい、んだけど」

「……ま、まじで?」

「まじで」


 しーなさんはちげぇみたいだけど、としょんぼりする由良くんに、慌てて否定する。


「いやあのね、私も! 私も仲いいって思ってるから! 高校で一番仲いいの由良くんだと思ってるから! さっきのはあれ、由良くん的に私の立ち位置どこら辺なのか掴めてなかったから!」

「……ふーん」

「ごめん拗ねないで!? 私が悪かった!」


 全力で両手を合わせて謝ると、由良くんがちらっと私の様子を窺う。


「……んじゃそのお詫びっつーことで、明日も十時に図書館集合な」

「……へ?」


 夏休みに入ってから結構頻繁に勉強会を開いてはいるものの、さすがに二日連続で行ったことはなかった。そもそも由良くんは、別にこの勉強会に積極的というわけでもなかったはずなんだけど。

 首をかしげる私に、由良くんはふっと笑った。


「そーゆうことで、メシ行こうぜ」

「え、どういうこと? なんで?」

「しーなさんに仲良くないって思われてたの、悲しかったなぁ」

「……ごはん、行こっか」


 それを言われてしまえば、これ以上食い下がることなんてできないのだった。

 言い負かされたみたいで悔しくもあったけど、満足そうにうなずいた由良くんが可愛かったので、まあいっか、とあまり気にしないことにした。


 ちなみにその後行ったのはファミレスで、由良くんはお子様ランチのページを何度かちらちら見て、あからさまに気になるなという素振りをしていた。

 あまりにイメージどおりで、あざとすぎない? と真顔で言いそうになった。結局言わなかったので誰かに褒めてほしい。

 結局ハンバーグを選んでいたのだが、両手をきっちり合わせて「いただきます」をしていたので、生温かい目で見てしまった。もちろん私もしたけど、うん、挨拶は大事だよね。いい子だね。




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