11. ニアリーイコール惚気

 由良くんとは、夏休みが始まって最初の月曜日に図書館に行く約束をした。

 今日はその前日の日曜日である。やるべきことは早めに済ましてしまったほうがいいだろうということで、いきなりだが、ヒデ、ヒデの彼女の結音さん、みなちゃん、私でランチすることになった。ランチ、といっても高校生のお財布的にお高い店は厳しいので、普通にファミレスだ。


「あ、あの……初めまして、間宮まみや結音ゆうねです。英明くんにはいつもお世話になっています」


 注文を済ました後、緊張しているのか、ヒデの隣に座る結音さんはおどおどとそう挨拶してきた。写真の何倍も可愛い。本当にヒデにはもったいないくらい可愛い……。

 胸まであるさらさらな黒髪は、先の方だけゆるく内側を向いている。垂れ目がちな目が、私たちを見ながらぱち、ぱち、と瞬く。白く、それでいて健康的に見える肌は、今は少し赤く染まっていた。……うん、やっぱり緊張されている気がする。


「初めまして。ヒデ、あきの幼馴染の椎名まなかです」


 あだ名で呼ぶとか、そういう仲がいい感じはやめたほうがいいかな、と思って付け足したというのに、私の配慮に何も気づかないヒデが「何その呼び方?」と不思議そうな顔をした。お前はちょっと、いやかなり、女心ってものを学べ?

 不安そうに眉を下げた結音さんが、「いつもは違う呼び方なんですか?」と訊いてくる。ほら見ろヒデ、お前の彼女さん不安がってんぞ。

 安心してもらえるようににへらっと笑いながら、上手い具合に説明する。


「あー、いつもはヒデって呼んでるんですよね。今はこう、挨拶の場だったのでちゃんと名前言ったほうがいいかな、と。でもヒデって呼んでるからって、特別仲いいってわけじゃありませんからね! 幼馴染、腐れ縁だからです!」

「え、女友達の中じゃマナが一番仲いいんだけど、俺」

「……アホか! ほんっとにヒデはさぁ!? 私の説明無駄にしたぞ!?」


 どうせ私が優等生じゃないということは、ヒデ経由で結音さんにもバレるだろう。だから何も取り繕わずにキレてみせれば、びっくりしたのか結音さんがびくっと体を震わせた。わっ、ごめんなさい、怯えさせた!?


「ご、ごめんね、結音さん、えっと、つまり、今日会いたいって言ったのは、幼馴染が私たちだからって何の不安もいらないですって言いたかったから、なんですけど……」

「ヒデが台無しにしちゃったよね……。ヒデ抜きで会えばよかったかな、ごめんね、結音ちゃん」


 みなちゃんが謝ると、結音さんは慌てたように首を振る。


「い、いえ! 英明くんの幼馴染さんには、以前から会ってみたいと思っていたので……それに、英明くんがいなかったら今日はもっと緊張していたと思いますし。二人とも、とっても可愛いので……」


 それも不安要素なのだろう、可愛い、と言いながら、結音さんは悲しそうな顔をした。……付き合い始めたばっかりの彼女にこんな顔させるとか、ヒデありえなくない?

 とはいえ、また怒りを表に出して結音さんを怯えさせてしまっては申し訳ない。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 私とみなちゃんが可愛いのは、客観的事実である。みなちゃんが世界一可愛いと思うのは私の主観全開ではあるが、みなちゃんが可愛いのなら、双子の私も可愛い。中身の話は別として、だけど。

 一目惚れをされて、猛アタックされて。そして付き合い始めたと思ったら、彼氏には可愛い幼馴染の女の子が二人もいた。それはかなり、複雑な心境だっただろう……。


「あ、えっと、挨拶が遅れちゃってごめんなさい。私は椎名みなか。まなの双子の妹です……っていうのは、ヒデからもう聞いてるかな?」


 姿勢を正してそう言ったみなちゃんに、結音さんはうなずく。


「はい、英明くん、幼馴染さんたちの話はよく話してるので……女の子だっていうのはついこの前知って、ちょっとびっくりしちゃったんですけど」


 ぎこちなく笑う結音さん。む、無理に笑わなくていいんですよ……本当にヒデがごめんなさい……。ここで私がヒデの代わりに謝るのも駄目だろうから、黙っておくしかない。

 謝るべきヒデはというと、「言ったつもりでいたんだよなー、ごめんな、結音」とちゃんと謝っていたので、ほんの少しだけ溜飲が下がった。ここで謝らなかったら幼馴染やめたいレベルだった。


「たぶん結音ちゃんは、よく聞いてた幼馴染が女子で不安に思ったんだろうけど……大丈夫だよ、私、彼氏いるからね」

「え、そうなんですか?」


 きょとりとした結音さんにうなずいて、みなちゃんがスマホの画面を見せる。そこに写っていたのは、みなちゃんと彼氏さんのツーショット写真だ。二人でお花見デートに行ったときの写真で、私はすでに見せてもらっていたのでそっと目を逸らす。……だって、ジェラシーが……。

 仲がいいんですね、と微笑んだ結音さんは、柔らかい表情になっていた。が、次に私に視線を向けてきたので、うっと思う。垂れ目がちな優しい目が、まなかさんは……? と思っているのがありありとわかった。


 さっきの私とヒデのやりとりから、仲がいいのは伝わってしまっているだろう。加えて、ヒデは女心のわからないアホだ。英明くんが気づいてないだけで、まなかさんってもしかして英明くんのこと……なんて思われている可能性もなきにしもあらずなのである。もしそうなら、はなはだ不本意な誤解だ……。

 うーん、やっぱりこれは、嘘をつかなくてはいけない流れか。


「私も彼氏いるから、だいじょ――」

「うっそだろ!? えっ、みなか、俺聞いてないんだけど!」


 ヒデ空気読めや。そしてなんで私本人じゃなくみなちゃんに訊くの? つーかおまえ、この前の私のメッセージまともに読んでねぇな? 必要があればそういう嘘もつくっつったろーが!

 あんまりにもイラッとしてしまったせいで、心の中の口調が乱れまくった。落ち着こう私。

 この嘘についてはみなちゃんにも言っていなかったのだが、察しのいいみなちゃんは話を合わせてくれた。


「ついこの前ね。だよねー、まな?」

「うん、先週先週」

「えっ、誰だよ……っていうかなんで俺に言ってくれないの?」


 ヒデは本気で嘘だと気づいていないようだが、そのほうが信憑性も高くなるしまあいいだろう。結音さんもすっかり信じたようで、安心しきったように体の力が抜けたのがわかった。

 しかし、誰、か……。どういう設定にするか全然考えてなかった。やばい。

 みなちゃんに視線で助けを求めれば、心得たようにうなずいてくれた。


「由良くんなんだってさ。私の警戒大当たり、っていうことだよ」


 そこで由良くん出すの!?

 びっくりして固まりそうになってしまったが、私よりもヒデのほうが「マジで!?」と驚いたので冷静になれた。

 そしてこのタイミングで、全員分の料理が届く。皆していただきますと手を合わせ、各自食べ始める。私は今日はペペロンチーノにした。美味しい。

 ほんのちょっと食べ進めた後に、ヒデが口を開く。


「この前は詳しく聞かなかったけど、由良ってどんな奴なの」


 ……どんな奴? 正直に語ってしまっていいんだろうか。まあ、どうせしばらくしたらヒデには嘘だってばらすし、いい、のかな。

 ひとまずフォークを置いて、口の中のペペロンチーノを飲み込む。

 由良くんってどんな子、と説明するのなら。まず言うべき言葉は決まっている。


「とにかくばかわいい」


 真顔で言った私に、三人とも「ばかわいい……?」と首をかしげた。


「理由は省くけど、不良目指してる子なのね? でもめちゃくちゃいい子なせいで、全然不良じゃないの。エセ不良なんだよ」

「エセ不良……」

「ろくに勉強しないでも教科書読むだけでわかっちゃうし、字がすっごい綺麗だし、素の口調も柔らかいし……。私が由良くんの課題確認して、全問正解、大変よくできましたって言ったら、わーい! とか言ったんだよ!? 不良目指してるくせに!」


 あれはほんとに、どっと気が抜けた。


「お姉さんのこともお姉ちゃん呼びだし、そもそも人呼び捨てにしたことないから、女子のこと皆名字にさん付けだし、そんな不良がいるかよって感じなんだよね。部活だって美術部で、めちゃめちゃ綺麗な絵描いてたし。外見はまあ、確かに不良っぽくはあるんだけどさぁ……。でもイケメンだから、金髪もピアスも普通に似合ってるんだよね。で、笑い方が全然不良っぽくないし、言動も全然不良っぽくないから、大抵ばかわいいんだよ……わんこみたいなんだよね……」


 それも大型犬じゃなく小型犬だ。本当に不良に向いてない。

 まだまだ話し足りないが、とりあえずはこれくらいで由良くんがどんな子かは伝わるだろう。ふう、と息を吐いて三人の顔を見て……あれ、と目を瞬く。

 みなちゃんはにこにこしながらもどこか悔しそうな顔、ヒデは楽しそうな顔、結音さんは微笑ましそうな顔。三者三様の表情だった。

 ……なんか変なこと口走ったか? いや、普通のこと言ってたよね? あれ?


「やー、まさかマナになー、そっかぁ……ふっふっふ、文化祭で会うの楽しみになってきた。由良ってやつによろしく言っといて」


 え、そんなこと言われると、嘘だってばらしにくくなるんだけど……。由良くんの人柄については何も間違ったことは言ってないから、問題、ない?


「まな、後でもうちょっと、由良くんについて聞かせてほしいな?」

「う、うん……」


 なんだろ、ちょっと怖いな……。

 戦々恐々していると、向かいに座っている結音さんがふふ、と小さく笑った。


「……まなかさんは、その由良君って人のこと、大好きなんですね?」

「へっ」


 ……誰が誰を? 大好き?

 理解できないうちにも、顔は勝手に熱を持っていく。きっと今、私の顔は真っ赤になっている。

 えっ、と、えっ? いや、なんでそうなる……うんそういう嘘ついたんですけど……え? あの話だけでそんなこと思われちゃうの? たぶん由良くんと仲良くなったら全人類似たような感想抱くよ? それくらい残念なエセ不良だよ?


 結音さんがいる場で、そういうのじゃないから! と言うわけにもいかず。

 少しでも熱を冷まそうと、水をぐいっと飲んでから食事を再開する。


 ……私が由良くんを好き? いや確かに、友達としての好意は抱いている。それもかなり。だって由良くんは、私の同類だ。気も合うし、お世話になってるし、好きにならないはずがない。

 とはいえ、それが恋かどうかは別の話だ。


 恋なんて、今まで一度しかしたことがなかった。それも、明確な好き、ではなく、たぶん好き、くらいで。それでも恋をしているという自覚はあった。

 あのときは、毎日好きな人のことを考えるだけで楽しくて、話せるだけで楽しくて、とにかく楽しかったしどきどきした。綺麗な思い出として残しておけるような、そんな恋だった。


 由良くんとも毎日話していて、そりゃあ楽しいけど……あのときと今とでは、何かが違う。一度恋を経験したからこそわかる。私は、由良くんに恋をしていない。これはただ、友達として好きなだけだ。

 ……あのとき好きだった人と、由良くんと、どっちが好きかと訊かれたら由良くんだと答える。でもそれは、その『好き』を友愛にまで広げたからで、恋として考えるならあいつ、のはず。……うん、絶対そうだ。




「今日はありがとうございました。今日こうやって会ったのは、わたしのため、だったんですよね?」


 会計を終えて外に出ると、結音さんが申し訳なさそうにお礼を言ってきた。察してましたか……まあ、そうだろうな。そもそもヒデの彼女なんて、察しが良くなくちゃ大変だろうし。


「あー、うん、誤解が解けたならよかったです」


 はい、ありがとうございました、ともう一度お礼を口にした結音さんは、優しくふわりと笑った。


「まなかさんもみなかさんも、素敵な彼氏さんがいるんですね。お話が聞けて、わたしまで幸せな気持ちになっちゃいました」


 ぴき、と固まる私の代わりに、みなちゃんが「そう言ってもらえると照れちゃうな」とはにかみを返す。

 素敵な彼氏さん。……素敵な彼氏さん? あれしか話していないのに、由良くんを素敵な彼氏さん認定された……? なんで?

 ぐるぐる考えているうちに、結音さんはヒデと一緒に帰って行ってしまった。ぼんやりしていたが別れの挨拶はたぶんちゃんとしていたと思う。


「……まな」


 隣に立っていたみなちゃんが、私の顔を覗き込んできた。


「帰りながら、由良くんの話聞かせてくれる?」

「……うん」


 話、といっても。何を話せばいいのか。そもそも友達になったのが先月の話だし、長々と語れるほどの思い出話も持ち合わせていない。

 私が由良くんから字を教えてもらっていることだけは隠して、由良くんのことを思いつく限り話していく。

 かっこいいからという理由で不良を始めたこと、素の口調出したら思いっきり笑われたこと、プールでちらちら顔を見られたこと、相合い傘の日の詳しい話、美術部に見学しにいった話、絵しりとりの話、モコちゃんの話……。


 途中で、あれ、なんか思ったより話せることいっぱいあるな、と内心首をかしげたが、とりあえずは語り尽くした。ファミレスが近所だったこともあり、家に着くまででは終わらなかったので、家に着いてからも話していた。

 私の部屋で、私はソファに座り、みなちゃんはベッドで抱き枕を持って座り。ちなみに抱き枕は、ぺたっとした格好で寝ているシロクマだ。中学のときに私がUFOキャッチャーで取ってきたやつ。

 UFOキャッチャーは大分得意なので、私の部屋にもみなちゃんの部屋にも、私が取ったぬいぐるみ類がいくつか置いてある。


「……それで、由良くんは友達なんだよね?」


 話を聞き終えたみなちゃんが、確認するように尋ねてくる。


「うん、友達だよ」


 迷いなくうなずく私を、みなちゃんはしばらくじーっと見つめ。

 そして、小さく息を吐いた。


「そっかぁ」

「……あっ、そうだ、みなちゃん」


 危ない、言い忘れるところだった。


「明日由良くんと図書館で勉強してくるんだけど、どんな服着ていけばいいかな……?」


 そう。いつも学校で会うときは、当然制服がある。うちの制服は冬服はセーラー襟のブレザー、夏服は普通にセーラー服だが、かなり可愛いデザインをしている。私の私服よりもおしゃれなくらいだ。

 ……うん、今までは制服だからよかったのだ。でも明日は、由良くんと初めて私服で会うことになる。変な格好をしていって笑われたくはないが、私は私のセンスに自信がない。字も絵も下手な私にセンスがあるはずがなかった。

 休日は基本みなちゃんとしか出かけないし、そういうときにはみなちゃんが嬉々として私の服を選んでくれる。センスが培われる機会もなかった。


「…………うん、とびっきり可愛いの選んであげるね!」


 みなちゃんはにっこりと笑ってそう言ってくれた。しかし、ありがとうと返す間もなく、「ちょっとごめんね」と部屋を出て行ってしまう。すぐに聞こえてきたドアの音的に、自分の部屋に戻ったらしい。みなちゃんの部屋は、私の向かい側の部屋だった。

 そして響いてくる、タンッ、という小さな物音。……何してるんだろう?

 すぐに戻ってきたみなちゃんは、ワンピースをいくつか持ってきてくれた。あ、これを取った音……だった? なんか違った気もするけど。


「図書館だったら、あんまり派手なのじゃないほうがいいよね!」

「あー、そっか、確かに。さすがみなちゃん」


 みなちゃんが持ってきたワンピースは、清楚なものばかりだった。どれもみなちゃんが着ているところを見たことがないから、いつか私に着せようと買っておいたのかもしれない。みなちゃんはそういうところがある。

 みなちゃんが持ってきたのは三つのワンピース。どれも可愛いし、みなちゃんが選んでくれたと言うことはたぶんどれも私に似合うはずだ。どれがいい、と訊かれても答えようがなかった……。


「……どれも可愛いなぁ」


 ワンピースを私の体にあててくれていたみなちゃんが、悩ましげに眉根を寄せる。


「みなちゃんが選んでくれたんだもん、そりゃあ可愛いよ。いつもありがとね!」

「……可愛いなぁもう、あー、可愛い」


 一瞬だけ悲しそうな顔をしたみなちゃんは、ぎゅっと一度目をつむった後、真面目な顔で私の洋服選びをしてくれた。今までになく真剣だった。

 みなちゃんのことだから、買ってある服は全部可愛いんだけどなぁ。いつもならさっと決めてくれるのに、今日はどうしたんだろう。


 みなちゃんの着せ替え人形になりながら、由良くんに変だと思われなきゃいいな、と思った。由良くんがそんなことを口に出すわけがないが、思われるだけでも嫌だ。

 みなちゃんのセンスを否定されるのは耐えがたいので。




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