第7話「知る初冬」
「誕生日」
いつも通りの院内デート、改め読書タイム。澪と二人、山積みの本を読み上げていく。
すると、
「そういえばさー」
「ん?」
澪が手をだらりと下げて重し代わりにして読んでいた文庫本から顔を上げ聞いてくる。
「君って…誕生日、いつ?」
「え?誕生日?」
(突然だなぁ。えーと…えー…)
何とか思い出そうとしたが…
(忘れたな)
「ちょっと病室で見てくる」
「見てくる…って、覚えてないの?」
「だね」
車椅子を走らせ、自分の病室へ向かう。
…一度無茶をして澪の病室まで歩いた事はあるけど、毎回あんなキツいのは勘弁だ。
(誕生日ねぇ…んーーと…)
誕生日パーティーと言うにも、ケーキなんて猫背の医者が買ってくる訳がないし。祝われた覚えがないと、思い出せない。
自分の書類を見て確認する。
(んーと…あちゃ、8月か)
…残念ながら半年前に過ぎてしまっている。ちょっとガッカリして、
(誕生日パーティー…)
数ヶ月前のパーティーを思い出し、少し気分が高まる。
(…あんな風に澪と誕生日パーティーしたかったなぁ…祝って貰いたかったなぁ)
来年度はさすがに無理があるだろうし。
(…まあ、今はそれより澪を待たせて怒らせる方が厄介だ)
と思い、澪の病室へ向かう。
「入るよ」
「はーい」
文庫本を閉じ、メモ帳を開いている澪。メモ帳もやはり下げた手を文鎮みたいにして開いている。
「8月だったよ」
「残念…私も祝いたかったのに、もう過ぎちゃってたかぁ」
口を尖らせ、いかにも残念だという風に肩を竦める。
「仕方ないさ…」
「うんうん、仕方ないかもね…」
しかし、言動とは裏腹に、澪の目が妙に輝いている…まるで悪戯を思い付いた子供みたいな…
(なんか…やな予感…)
「…ねぇ玲君」
楽しみを滲ませた声。嫌な予感は膨らむ。
「…なにかな」
「君の誕生日パーティー開かない?」
…へ…?
(誕生日パーティー…?いや、なんで?さっき8月って言ったばかりだよね…?)
予想外過ぎてどういう事かわからず、思わず澪に尋ねる。
「ごめん澪…どういう事??」
「そのままだよー!君の誕生日パーティーを開こうよ、って話!」
「8月に?」
「まさかぁ!
…今から準備しよ!」
「…」
思考が止まった。…え?誕生日パーティーを?半年遅く?
「澪。それはさすがに遅すぎるよ…」
「違う、違うって」
何が違うんだ…?
「玲君の、17歳の誕生日!」
……………………
半年前では確かに無かった。うん。半年後だった。
「そういう問題!!??俺の理解力が悪いの!?」
「玲君、病院では静かに」
「あ、うん」
深呼吸、深呼吸…
「ふぅ。…で、なんで今か、なんで半年前じゃなくて半年後なのか、どういう意図か説明してほしいな」
「うん、えーとね。
意図は簡単。…思い出が欲しいんだ。
玲君に祝われたけど、私も玲君を祝いたくてね?」
(同じ事思ってくれてたのか…嬉しいなぁ)
「…じゃあ、半年後と言い切った理由は?」
「簡単だよ!過ぎた過去を祝うよりいつか来る未来を祝いたいじゃん!
それに、玲君ってさ、本来の誕生日が来た時に「あー澪と今年の誕生日祝いたかったのになぁ」なんて思いそうじゃん」
…
「…確かに」
「でしょ?
で、最後、なんで今か。これも簡単。
…そろそろ私の体が限界なの。力があんまり入らないんだ」
(…正直ちょっと、気がついてたよ…認めたくなくて黙ってたけど)
澪本人が言うなら、認めるしかなくなる。そうやって無理矢理現実を突き付けた彼女はしかし、屈託なく笑う。
「じゃあ、母さん…は無理だから、先生に頼みに行こう!」
「俺が頼みに行くの…?」
(こういうの、祝われる側が頼みに行くもんじゃないよね…)
「あ、確かに。大丈夫、私から説明しておくよ」
「ありがと」
ちょうどいい時間になってきたのでまた明日と言い合い、自分の病室に戻る。
…澪に任せて大丈夫だったのだろうか…主に澪の綺麗な顔に反してなかなか破天荒な振る舞いという点で。
思考の端によくわからないのろけが混じり、一人顔を熱くする。
…まあ、澪が俺のために開いてくれるんだ。楽しみに待とう。
…
(あれ?いつ開催か…言ってないな…)
それから数日、いつパーティーが開かれるか分からないまま、澪に聞いても
「秘密♪」
とのことだ。
いつ開かれるか分からないってちょっとドキドキする。これもサプライズかぁ…
さらにもう数日。
車椅子のキィ…という音がした。
(やっと来たか!)
実はわりと心待ちにしていたため、テンションが上がる。
ガチャ
「まっ…あれ?看護師さん、澪いませんでした?」
「さぁ?」
(あれ?車椅子の音したよなぁ…)
今来た看護師さんは澪をいつも引いてた人だ。澪はいないのか…
と、
「じゃん!」
「え?」
別の看護師に、車椅子に引かれて澪が出てくる。
「なにしてんだ」
「うん!開けられないからさ」
そういう澪の手には何だか色々なものが。
小さな袋。ケーキが入っているだろう直方体の箱。長い緩やかな円錐形のなにか。…そりゃドアも開けられないな…
…嬉しいなぁ…
「何だそれ?」
「じゃーーん!」
バサッ…
「……は、花束?」
名前は知らないが、白い花を主にした爽やかな花束。
小ぶりだけど綺麗な花…
「どう?」
「…澪っぽいな」
「えっ!?」
「ちょっと抱えてみて」
「えええ!?…いいけど…玲君へのプレゼントなのに…」
そう言いつつ花を抱えてくれる。…うん、澪に似合ってる。
「ありがと」
改めて花束をくれる。…なんだか心が熱い。心臓が強く脈打つ。
そんな心の乱れを隠すように、
「あと、それはケーキだよね」
「もちろん!後で食べよう!」
じゃん、と言いつつタルトを出してくる。
澪はあんまり食べれないからか、あらかじめ小さめだ。それなら初めからショートケーキで良いのに、といいかけて黙る。
(…澪と分けるからこそ楽しいもんな…)
そして…恥ずかしくて凄く聞きづらいけど、
「で…その…小さい袋は…」
「あ…うん…わ、私からのプレゼント」
はにかみながら照れる澪。顔をまともに見れない。
「……開けていい?」
「も…もちろん」
テープを丁重に裂いていき、現れたのは…
「………時計?」
落ち着いたデザインの懐中時計。
「格好よくて…君みたいって思ってね」
「退院したら、使って下さい」
「わかった」
カチリ、と開いてみて何か挟まれているのを見つける。
「ん?」
「後で開いてみ…あっ」
「遅いって」
手紙を懐中時計に挟んでいたのかぁ…
「…だって…照れちゃうから、文字なら言えるかなぁ…って…ね」
《まず、半年後の誕生日おめでとう!私のわがままでこんな早くてごめんね?
病を知った時、慰めてくれてありがとう。
生き甲斐を教えてくれてありがとう。
好きって言ってくれて、ありがとう。》
下に小さい紙がもう一枚。
《好き》
ああ…なんでこんな最高な事してくれるんだよもう…
振り向き、真っ赤な顔をする澪に…また足を震わせながら、背中に手を回し、抱き締める。
前よりも弱い力で手が回される。
二人、顔を赤くしながら見つめあい、
「「ありがとう」」
囁きあう。
…予告された余命は近い。
それでも、俺達は、
笑いあった。
「過去と未来」
病室のベッド、温かい布団。気の抜けた寝顔。
九十九玲は、珍しく寝坊をしていた。寒さが一気に厳しくなって、布団から出れないうちに二度寝してしまった質だ。朝はいつも七瀬澪とリハビリしようと決めていたが、今日は完全に寝てしまった。
なので当然のように、
「あーきーらーくん?」
「………わぶっ!うぅ…ん?澪?」
少女は抗議の意を込めて、コップに汲んだ水を…ベッドにかからないよう気をつけて…少年にちょっとだけかけた。…少年が間抜けな顔で飛び起きた。
「もう、今何時よ!」
「………うわ、寝坊した!」
寝ぼけ眼のまま驚く少年に対し、
「もう!…だからって慌てないで、ちゃんと準備しないと駄目だよ?」
そうたしなめる少女であった。
「もう…リハビリに来てみれば玲君ってばいないんだもん」
「ごめんって!何かお詫び…でも奢りが出来る資金がないな…うーん…」
「奢りって言われても病院の食堂か自販機しかないし、ね!」
「許してくれって…なんかご要望があったら出来る限り応えるからさ」
澪はにやりと笑い、
「おっけ、それいいね」と言い放つ…
(あ…これ駄目な感じだ…)
何をさせられるんだ、と身構える少年に対し少女はしばらく考えてから、
「そうだ!玲君の昔の話が聞きたいな」
(昔の…話…)
「まぁ…玲君も話したく無いことがあったりしたらそこは抜いてくれて構わないよ」
(話すことそんなにないし、全部抜こうかなぁ)
なんて邪なことを考える少年だったが、
「あ、全部抜こうとかそういう事したら君の車椅子に《覗き》って紙を貼らせて貰うよ」
「思ってない思ってない思ってない!!」
(なんでバレたの!?というかまだ根に持ってたんだ!)
「きみの考えくらいだいたいわかるって。いま意外そうな顔してたけど覗きなんて方法使われたらさすがに根には持つよ」
(うへぇ…)
顔に出やすいのかなぁ、と思うが自分の顔はわからない。覗きは役得だったから反省はしないけど、さすがにそれを貼られるのは勘弁だ。
「うーん…まぁ、家庭としては恵まれた訳じゃなかったけど、それなりに幸せではあったんだ」
…九十九玲が、まだ6歳だった頃。
『おかあさん…あたまいたい…』
少年は熱を出した。数日は自宅で安静にしていたが、一向に病状は改善せず、
『風邪じゃないのかしら…』と心配した母親により、両親に病院に連れていかれた。
病院の…当時はまだ髪に黒さが混じっていた…猫背の医者は、九十九家に残酷な宣告を下す。
『血液の病気ですね…今すぐに死ぬことはなさそうですが、放置しておくのは危険ですね』
『え…それって、つまり…?』
『有り体に言えば、ご子息は長期入院が必要ということです』
『そ…そうですか…』
『あ、あの…それ…長い間治療が必要ってことですか?…』
『そうですね』
『そうですか…なら、自宅療養とさせて頂きます』
『はい…?』
『ですから、入院は不要です。ありがとうございました。おい、帰るぞ』
『何を言っているんですか…!?この子は危険な状態にあるんですよ!?』
『今すぐ死なないんでしょ?体がすぐ治しますって』
『…治りませんよ…!?』
『じゃあさっさと治して下さい、今すぐ』
『な…今すぐなんぞ無理ですよ』
『治せないなら帰る』
『あなた、…本当に帰るの?』
『当然だろ、病気なんて根性で治るもんだ、それすら治せない医者に用はないだろ!』
『わ、わかったわ…』
『おとうさん…あたまいたくなる…しずかにして…』
『だいたいお前がこうやってなよっちいから病気にかかったんだ、自分の責任だ!』
『………………なぁ、おっさん』
『おっさんってなん…』
『医者バカにするのもいい加減にしようや。
こっちは命預かってんだ、素人の雑な精神論よりよっぽど確実な自信があるんでな』
『な…なん『選択肢は3つ。今すぐこの子を入院させてやるか、私にこの子を渡すか、…どうしてもこの子を死なせたいなら法廷で白黒つけるか』
『う…』
『どうなんだ』
『…………』
『だんまりか?もちろん逃げても構わないぞ、法廷で会うまでな』
『ぐ………俺はこの家の稼ぎ頭なん『知らん。どうであろうが親権が機能しそうな人間ではなさそうなのは確かだがな』
『あ…?』
『悪いことは言わん。やめとけ』
「…お父さん、ひどいね」
つらそうな顔で澪が呟く。
ちょっと申し訳ない気分になり、
「顔ももう覚えてないけどな」
とは弁明しておいた。
「…で、どうなったの?」
「弁護士に相談して養子縁組を立てさせて、先生に引き取られたよ。その間に病状は悪化してギリギリだったらしい」
少女は複雑な顔をする。
「…それにしても、やっぱりお医者さんは凄いね…命を預かってる、かぁ…なりたかったなぁ」
(なりたかった?)
「え?澪…まさか…医者になりたかったの?」
「まぁね。一応進学校で頑張って来たんだからさ、父さんや母さんの期待に応えたくてさ医学部を志望したんだ。」
「でも先生、試験はかなり難しいって言ってたよ?」
「通って、医師の試験も受かって、小さな病院を開設して…っていうのが私の夢だったんだ」
もう叶わない夢だけどね。
少女がぽつりと溢した言葉は、少年に深く刺さった。
夜、少年はベッドの上で考える。
夢。そんなもの、考えた事もなかった。
長年死と向き合い過ぎて、自分に未来が開けた事と向き合っていなかったのだ。
(夢かぁ…夢…)
(………俺の、夢…)
(澪と…)
(それこそ叶わない夢だ…なんだろう…)
(………澪の…夢…)
暗い部屋で一人、
あぁ
と呟く。答えは、見つかったようだ。
翌朝。真っ赤な目をした少年は出来る限り速く少女の元へ訪れた。
「なぁ、澪!わかったよ!」
「…もう…ノックか何かはしてよ」
「夢!
俺は、お前の夢を継ぎたい!」
「え…………?」
「医師に…なりたい!」
少女は、突然のことに目を白黒させたが、
「…駄目。それは駄目!」
少年に激しく反発する。
「な、なんで…??」
「駄目って言ったら駄目!」
少年は、喜んで貰えると思ったのに強く反発されて驚く。
「澪?」
「君は君じゃない!絶対に駄目!」
「俺は、俺…?当たり前じゃないか?」
「だったら私の夢を追いかけるなんてやめてよ…私は、君の夢を縛りたくないよ」
はっとした。
少女は、医師への道の厳しさを知っている。…義務感や恩義でなれるようなものではない…
だから、少年には自分の夢を追い求めて欲しい。そう思ったのだ。
(…それは嬉しいけど)
「澪。ちょっと違うよ」
「…?なにが…?」
「俺は君が見たかった景色が見たい。義務感や恩義じゃない、俺の夢」
「ゆ、め…」
「だからさ。俺は医師になりたい。」
「…本当に君の夢で…いいんだね?」
「もちろん」
「わかった。君の夢のために、明日からはきつめに教えて貰おう!」
うげぇ…と一瞬顔を苦くするが、
「まぁ、夢の為ならそのくらい安いもんか」
「単純でいいねぇ…私はそれでも迷いに迷ったのに…」
二人顔を見合せ、笑い合う。
こうして夢は受け継がれ、生きゆく者に託されていった。
…「ちなみに、医学部志望だと君は理系だよ」
「ですよねぇ…頑張らなきゃ…」
「思いっきり文系だもんね、君は」
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