第5話「きづく仲秋」
二人がぎくしゃくし始めてから数ヶ月が経った。
二人の膠着は同時に、玲が授業を受けなくなり、退院してからの生活に影を落としかねない事や、澪がリハビリに来なくなり、衰弱がいっそう激しくなる事を意味していた。
猫背の医者は、頭を抱えた。このままでは、彼らは一生後悔に苛まれる…
そんな時にもたらされた研修医からの一報は、医師にとって天の救いのように思われた。
「七瀬さんの母親がお見えですね」
七瀬家に頼る事も考えたが、最近報告が来た父の暴言により逆効果と思われた。子供に疫病神と言う親に、自分の患者を任せたくはない。…まずは母親が相談相手に足るかどうか、見定めなくては。
「ああ、こっちから行くよ」
病院の待合室。研修医に目当ての人物に案内してもらう。
が、
まず医師の目に映ったのは、顔をアザと腫れ跡でパンパンに膨らませた七瀬家の父だった。
笑ってはいけないが、これはちょっと…
医師は懸命に笑いを堪え、その横でビジネススーツに身を固めた美女に目を向ける。
「初めまして」
「初めまして、七瀬狭花(さはな)です」
「え、えーと…お父様は、」
ちょっと言葉に詰まってから、
「じ、自業を自得したようですね…」
どう言えばいいかもわからず、少し変な言い回しで推測を尋ねる。
「それはもう」
…合っていたようだ…
そりゃね、と医師は内心でぼやく。それだけの事をされる理由があるのだから、笑わないようにすり以上の気遣いは不要だろう。
「そのご様子ですと、ご令嬢の様子はお父様から伺ったようですね」
「はい、この節穴ではわかった事も少なかったですけれど。
あの子がまず読まなかった本に手を出したと聞いて、髪でも切ってないか心配です」
「ん?澪は髪なんか切ってなかっ」
「あなたには謝罪以外発言権はありません」
ひぃ怖、とぼやいてから発言の真意を探る。
髪を切ると言えば失恋、というのは安直だが、要は父親に理解されない言い回しであればいいという事だろう。なら、
「ここで立ち話もなんですし、とりあえずご令嬢の病気の説明をしたいので向こうへどうぞ。…お父様は既に説明済みですし、待合室でお待ちください。」
ついでに研修医に顔の手当てをするよう言う。…さすがに手当てまでしないのは医師として駄目だろう。
「あー、実際の病状の説明はどれくらい要りますか」
「いえ、主人から聞いております。
…先生、あの子は、…聞く限り、まるで失恋のように落ち込んでいるように思えました…」
なんで病のせいだと思えないんだ…
「あ、いえ、病かと思ったんですが。どうにも最近人気の小説を欲しがったと聞いて、そういう類いが好きな人に影響されたのかと思いまして…」
…外れてはいるが、なかなか鋭い…
これなら、相談にはもってこいだ。
「…では、これから経緯は話します。他言無用でお願い出来ますか?」
「勿論」
そして、彼らにあった経緯をつぶさに語った。
…この二人の物語は、悲劇でしかない。こんな形で終わらせるのは、後味が悪すぎる。
「…あの子も、難儀ですね…」
話を聞き終わった母親は、そう評した。
「ですので…お母様に…えー、術がないかとご相談をと思いまして」
「子供達の問題に、親が関わるのですか?」
「…少なくとも、今は助け船が必要だと判断します」
「…まあ、そうですね…」
ちょっと悩んでから、
「なんにせよ、その…九十九君でしたか、彼の親とも…」
「あー…彼は私の息子です。」
猫背の医者はその背中を一層縮こめた。
「あら、失礼。…」
こうして、子を思う者達による会談が行われた。
…院内学級の時間になる。猫背の医者は、意を決したように立ち上がり、コモンスペースに向かった。
一つしかないドアが勢いよく開け放たれ、そこから出てきたのは先生だった。
「え゛っ」
「さー九十九君、道徳の授業だぞー…」
「な、なんで先生が…」
「見てらんないからに決まってるでしょ。…法律上、私は君の父親なんだよ?」
「げ…」
(先生のお節介焼きめ…)
「それに、君だってわかってるんだろ?このままじゃ取り返しがつかなくなるって」
「ま…まあ、そうですけど」
「なら決まりだ。」
「待って…待って下さい…心の準備だって…」
数ヶ月も喧嘩したきりの好きな人と仲直りしろと言われて、即座にはいと言えるならまずこんなことになっていない。
「…まあ、そうだね。1日は猶予をあげよう」
「…少ねぇ…」思わず声に出る。
「ぼそっと呟いても丸聞こえだからね?
というか、君、明日がなんの日だか知ってるかい?」
「少年漫画雑誌の発売日ですね」
「じゃなくて」
今月、なんかあったかなぁ…祝日でもない。最も、病人はその日を祝ったりしないけど…祝ったり…
「………一つ、心当たりはある」
「何だい?」
「あいつの誕生日。前に星座占いの話になったときに蟹座だった」
「大正解だよ。記念にプレゼントでも持って祝わせる権利をあげよう」
「先生、俺はプレゼントなんて買いに行けませんが…」
「ネットワーク環境を使えばいい。明日の朝には届く」
「ぐぅ…逃げ道ふさぎやがって」
思わずため口で文句を言うが、
「何と言われようが構わないよ」
はっはっは、と笑いながら、医師は同時に親子らしい会話ができた喜びを覚えていた。
難病と診断された九十九玲が親に逃げ出されてから約10年。彼を引き取った医師は、しかし医師であるために彼の父にはなれない。
…だから、せめて今くらいは父らしく。
「先生、これ代金はどうやって払うの?」
「あとで支払うよ」
「予算がわかんねぇ」
「少々高くても気にしないよ」
「少々…」
「どんなので悩んでるのかな?へぇ、これを贈るのか!…九十九君が決めたんだ、予算なんて気にしない気にしない!なんならこれでもいいよ」
「えっ…5万って高すぎですって!先生に悪いですよ!それに…採寸がわからなくて…」
「私の話より七瀬君に似合うか考えたらどうだ?サイズは私が知っているよ」
「…………」
たっっぷりPCとにらめっこした後、
「本当にいいんですか…?…」
「もちろん」
九十九君は病院のコンビニしか知らないからだろう、相場感覚がまだわからないのだろう、と医師は思う。このプレゼントなら…結局3万で済んだが…安すぎたり高過ぎる事はない。
にしても…しっかり渡せるのか、しっかり仲直り出来るのやら。
医師は一番重要なことを思いだし、溜め息をついた。
…
「そう…彼のプレゼントはそれなの?」
「はい」
「ありがとうございます。少々準備が忙しくなりますね」
「準備ですか」
「そう。ちょっとパーティーを開きたいから、明日の夜に屋上の使用許可を頂いたりとか。…頂けますか?」
「なるほど、サプライズパーティーですか。もちろん、許可を出しておきます」
「あと、病院の近くに生地を売っている所は?」
「生地?」
「布地です」
「えー…ああ、近くという程ではないですが、見つかりました。後で場所を送ります」
「ありがたいわね」
…
朝。日に日に涼しさを越えて寒くなってくる気候は、少年の目を覚ますには充分だった。
まだ到着の時間まで猶予はあるが、一度めが覚めると再度眠るのも微妙なところだ。
というか、緊張してきて寝れる気がしない。
(大丈夫かな…)
少年は、慣れないどころか初めての事を眼前にカチコチになっていた。
指定した受け取り時間まであと2時間近く…
時間潰しに本を開く。
前まで笑いながら読んでいた膝栗毛も、考えさせられたインディオの破壊も頭に入って来ない。
ふと手に取ったのは、川端康成。『伊豆の踊り子』だ。
昔読んだ時と違い、今は少年は回復に向かっている。病にかかり、湯治をする主人公と自身を重ねながら読むが、
(七瀬がこう、健康でいてくれたらなぁ…)
と思い、
(それじゃ会えてなかったな)
と思い返す。
気分が乗ってきたので、女郎蜘蛛の刺青を彫る男の話を読んだ。主人の死に殉死できず、ついには全員が滅んだ一族の話を読んだ。
「九十九君ー、配達が届いてます」
「あ、ありがとうございます」
すっかり読書に熱中していた少年は、もう配達の時間を過ぎていた事に気付く。
(はぁー…緊張するなぁ…)
しかし緊張していてもどうにもならない、と重い腰をあげる。
(といっても車椅子だからまた下ろすんだけどな)
自分に軽口を叩いて勇気を振り絞り、
少年は『七瀬澪』と書かれた病室のドアをあける。
「七瀬、いるか」
「え…?つ、九十九…君っ!?」
「…来て、悪かったか」
「い、いや、そういう訳じゃなくて」
「誕生日プレゼント、持ってきたんだよ」
「…え?えっ!?今日誕生日って知ってたの?」
「まあ。…はい、プレゼント」
(めちゃくちゃ照れくさい…恥ずかしい…隠れたい…)
顔を赤らめ、背けながら少年は紙袋を渡す。
「なんだろ…」がさごそ、と紙を探る音がする。居心地が悪い、逃げ出したい、
「…ワンピース?」
「……………」
「……九十九君、顔真っ赤だよ…」
(気に入られなかったらどうしよう…まず受け取って貰えるのか…)
「…まず、九十九君」
「ひゃいっ」
「ありがとう。大切にする」
(良かったあああ……とりあえず受け取ってもらえた…)
少年は心の底から安堵するが、よく考えると、
(…でも、ここからが一番…)
「それと。
…ごめんね、私、君に八つ当たりしちゃってて。ごめんね、こんなプレゼント貰ったのに…素直に喜ぶことも出来なくて…ごめんね…ごめんね…ご…めん…うぅ…ご…め…ん…」
嗚咽と共に謝罪の言葉を繰り返す澪。
…玲は、決心する。
立つことも精一杯の足で、ベッドに上がる。足りない力は腕に無茶をさせる。
号泣する澪を、優しく抱き締める。
「…っ!?」
予想外すぎた行動に澪は固まる。…抱き締めた状態だから、顔は見えない。
顔を見られないなら、…言ってしまおう。伝えよう。玉砕でも構うもんか。
この想いを、届けよう。
「なぁ、七瀬。お願いだ。
…死ぬまで、俺の側で生きてくれないか」
頭を真っ白にしながら、どうにか言葉を紡ぐ。
ややあってから、
「ねぇ、九十九君。私からも、お願い。
…私が死ぬまで、私を支えて。私と、いっしょにいて!」
玲は、さらに頭が真っ白になった。
全く動かない頭は、たっぷり時間をかけて
(へ、返事がいるか)
「…もちろん。」
抱き締める力が、ぐっと強くなった。
「白のワンピースかぁ…綺麗だけど、私に合うかなぁ」
「合うって」
「ありがと。…というかこれ、夏用だね。九十九君のプレゼントだからいいけどね」
(…季節に合ってなかったかぁ…あちゃあ…失敗したなぁ)
「そんな顔しなくてもいいって。…ちょっと、外に…あ、そういえば九十九君歩けないのに上がってきたんだったね、向こう向いてて」
「へっ?」
「向こう向いてて!」
「わ、わかったよ…」
自分の不手際のせいで迷惑をかけたかと思う間もなく逆方向を向かされる。台に置かれた小さなストラップや小さな鏡はやっぱり女子なんだなぁ…と思っていると、衣擦れの音がする。
(えっ…ちょっと待って!?ここでワンピースに着替えるの!?警戒心0じゃない!?ちょっと!警戒くらいしてくれないかな!?)
とか思いつつ、
(あれ、鏡で見える…)
覗きはしっかりしていた。
「いいよー」
「はーい…………」
振り返り、言葉を失う。
自分の選んだ衣服に、初めて会った時に着けていたネックレスを着た澪は、
(綺麗だ…)
「九十九君、どう?」
「……す、すっげぇ綺麗だ」
語彙も何もあったものではない。どう表現しても、足りない気がする。
「…ありがとう。」
そして気付く。
「…というか…肝腎な事言えてなかったな」
「ぅあっ…あー…そうだね…」
「なぁ七瀬…いや、澪」
「……あ、玲くん」
「「好きです」」
気持ちは、これ以上ないほどしっかりと伝わった。感極まってもう一度…自分の恋人を抱き締める。
少女は、弱々しくもしっかりと、恋人を抱き締め返した。
昼過ぎになり、タクシーから一人の婦人が降りてくる。七瀬澪の母親である七瀬狭花だ。彼女は大きな荷物を抱えたまま、まっすぐインフォメーションに向かい、猫背の医者の居場所を聞き出す。
「こんにちは。どうでした?」
「さっき院内学級の先生に聞いてみたんですが、仲睦まじく授業を受けていたそうです。『砂糖吐きそう』との事でした」
母親は思わず吹き出す。若い子達は単純だ。
「あ、それで、許可はどうでした?」
「もちろん取りましたよ」
「ありがとうございます。」
それにしても、と医者は愚痴をこぼす。
「九十九君はついに私を父と思ってくれなかったですねぇ…この一件で父親っぽくできたらと思っていましたが…」
と、
「え?お医者さん、本当に父親なんですか?」
「いえ養子ですけど…父親って言いませんでしたっけ?」
「いえ…
あまりによそよそしくて悩みも見えたので、父親じゃないのかと思ってました」
「酷くないですかそれ!?」
「…先生。少なくとも彼を息子にしたいと思う人は、そんな九十九君、なんて他人行儀な呼び方はしませんよ」
「え」
意外そうに目を丸くする医者。
「はぁ…なんで男ってこんな単純な事に気がつかないわけ…というか、あなたは父親にはそんな他人行儀で呼ばれていたんですか?」
「お恥ずかしながら」
母親からはぁ…と深い溜め息が漏れる。
「…私の事より、彼らです。どうするおつもりですか?」
「そうですね…では九十九君と娘を屋上に招待して下さい」
「はい…」
かかあ天下は怖いなぁ、と内心でぼやいてから招待に向かう。
「入るよー」
「はい」
少年は溢れんばかりの喜びを浮かべている。若いなぁ…
「招待だよ。七瀬君の誕生日パーティー」
「招待?」
「屋上を使うよ」
「へえ!澪のためにですか?ありがとうございます!」
…本当に若い…
猫背の医者はその若さを羨む。年を取ると、どうにも気を遣いすぎていけない。…さっきから、『九十九君』とも言えず『玲』とも言えない。
「今ですか?」
「いや、晩だよ」
これは七瀬母からのリクエストだ。何故かはわからない。
「晩?…ああ、なるほど!先生も風流ですね」
あの母親は風流なのか。さっぱりわからない。
「…まあ、七瀬君は自分で誘うかい?」
「俺が誘いますよ」
「すまないね…」
晩になり、澪と合流する。
「そうだ、玲君!」
「なに?」
「今日、いきなり開けて入ってきたじゃん?今度からはちゃんとノックしてよ!特に朝は!」
「なんでだ?」
「リハビリ再開するのよ!晩は仕方ないけど、朝まで誰かに体拭かれるのが嫌なのよ」
(…覗き放題じゃない?それ……って、)
「あ、リハビリ再開するのか」
「君のためにも私のためにも、動ける時間は長い方がいいじゃん」
「ありがと」
「はーい」
…
「澪ー、開けるぞ」
「ありがと」
車椅子の少年少女が、屋上のドアを開けると、
ガチャリ
「先生…あれ?」
てっきり猫背の医者が呼んだのだから本人がいると思ったが、何か乗っている机だけがあった。
「とりあえず見てみよう」
「だね」
きぃ、きぃ…
車椅子の動く音がまるで繋がった枝、羽を同じくする鳥のように連なって聞こえる。
と、物陰から、
「澪ー…ハッピー…バースデー!」
パン!と、クラッカーの音。
「え、か、母さんっ!?」
(澪のお母さんか…)
サプライズとは聞いていたが、こちらもサプライズにかけられるとは聞いていない。猫背の医者に後で文句をいれてやろうと意気込む。
「初めまして、澪の母の狭花です。」
「初めまして、…えー、澪さんとご交際させていただいてます、九十九玲です」
「…事情はだいたい聞いてます」
「…よろしくお願いします」
(恋人の母親にサプライズで会うとか…きつい…)
「父さんは?」
「あそこで固まってる」
さっき出てきた物陰を指差す。すると、
「…」
ぽかんとしたまま微動だにしない父親が見えた。
(クラッカー持ったままフリーズしてるよ…)
「それより澪ー!なんで着てこないの」
「え?」
「プレゼント!待っててあげるから着替えてきなさい」
「は、はーい…」
…猫背の医者はどこまで喋ったんだ…
澪がワンピースを着るために病室に戻る。
気まずい…
「九十九玲君」
「はい」
「澪を、よろしくお願い」
「もちろんです」
「…澪が元気だったらね…」
「でも、それじゃ出会えてませんよ」
「え?」
「こんな状況だから俺達は出会えたんです。それでいいじゃないですか」
さっきの父親程ではないが、ぽかんとする母親。
「…それが君の答えね。やっぱり面白い子」
「あ…ありがとうございます」
「き…君は…「お父さんは黙ってて下さい」はい」
(あぁ…尻に敷かれてる…)
可哀想だがどうしようもない。
そうしているうちに、
「お待たせ、皆」
澪がようやくやってくる。今度は防寒のため、ワンピースに上着だ。
(やっぱり恥ずかしい…)
季節感など玲にも、猫背の医者にももちろんわからない。
(まあ、可愛いからいいか)
「じゃあ、母さんからの誕生日プレゼント」
「なになに?」
見た限り、ラッピングされているが大きいという程ではない。タオル…なわけないよなぁ…
「はい二人とも後ろ向いて」
「「はい」」
後ろ?
「ほいっ!」
そういって澪の頭に何か被せる。
「わっ!なぁにー、これ」
「九十九君に聞きなさい」
………………
白い半透明の布が、澪の頭上にかかっている。いわゆるヴェールというやつだ。
これは。もしかしてこれは。
「玲君」
「…………」
駄目だ。まともに見れない。
「ウェディングドレスよ」
照れて何も言えない俺に代わってお母さんが答える。恥ずかしい………
「………えっ!?ち、ちょ…………」
そのまま二人ともお互いを見れなくなり、俯いてしまう。
「じゃ、世界一カジュアルな結婚式といきましょ!」
…えっ。
ということで俺は急遽スーツに着替えさせられる。サイズはちょっと足が合わないが、多分お父さんの奴だろう。
誕生日ケーキの蝋燭を消した後、お母さんがケーキ入刀をしようと言い出す。
…この光景を、なんと言おうか。
タキシードでもない新郎に、ワンピースにヴェールの新婦。
ケーキも誕生日ケーキだし…
でも、
でも…
…ああ、言葉が見つからない。
でも、…忘れられない光景なのは確かだろう。
月明かりの下、横の新婦はとても嬉しそうで、誇らしそうで。
泣き笑いを浮かべるお母さんと事態が呑み込めないお父さんの対比がなんだか面白くて。
君は、この上なく綺麗で。
「あぁ最高だったわ!…母さんは父さんと帰るから、後は若い子たちだけで話しなさい?」
「えっ、ちょ」「えっ」「はい?」
「じゃーねー!」
驚く俺達…とお父さん。あの人今日ずっとあの調子だったな…
横を見ると、ヴェールを脱いだ澪と目線が合う。
そのまま二人微笑んでから、月明かりの下二人、唇を重ねる。
…月明かりの君は、十五夜の月よりも美しかった。
「…ねぇ」
「何」
「私が死んだとき、どうする」
「泣く」
「うん。…間違っても、死なないでね」
「せっかく生きれるんだ。死んでたまるか」
「そうだね。…あと」
「ん?」
「私をずっと引きずったりしないでね…いや、そりゃ、すぐ彼女作られたら妬いちゃうけどさ…」
「将来、ってことか」
「そう。私のせいで君の未来を妨げたくないのよ」
「…今は考えたくないけど、…将来は」
「ありがと」
…たとえ終わりが見えていても。
俺達は、歩みを止めない。
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