第六十二話:アードの歴史

1


モンスターとの領地の奪い合いは何も今に始まったことではない。

数百、数千年前から、人とモンスターとの戦争は続いていた。


人族は生身の戦闘ではモンスターに到底及ぼない。モンスター一体に対して複数人で立ち向かわなければ、力の差を埋められない。


そのため、かつては人族の方が劣勢だったと言われている。それなら戦いの末、人族が滅び、現在ではモンスターが支配者として君臨しているはずである。


しかし、そうはならなかった。


奴隷として扱われることはなく、モンスターに屈することもなかった。


人族にあって、モンスターには無いもの。それは、思考することだった。


どうすればモンスターとの力の差を埋められるか。才能や奇跡というのは時に何百人に一人の割合で生まれることもある。そしてそれがモンスターを臆さず、たった一人の力でもモンスターに対抗しうる力になる場合もある。


長期に渡る戦乱の中で、人族はモンスターに対抗するための力を生み出していった。


その一つに冒険者の存在がある。国家に所属する正規兵士とは別に、村ごとに配備された自警団が、冒険者の起源だと言われている。主に王都を守ることを主任務とする国家兵士に、地方の村々を全て守護することは困難であった。そこで自警団が武装して、モンスターに立ち向かう戦力として力を付けていった結果、冒険者を統括する組合、ギルドが生まれ、国家と地方を結ぶ拠点になった。


次第にモンスターと人族との戦力は拮抗。いつしか戦いは長期化し、今に至るというわけだ。


人族の勢いが増す一方で、戦闘に向かない弱者はその潮流から取り残されるようになった。モンスターとの戦いで協力、連携しあっていた人族は次第に戦力が拮抗し、余裕が生まれる中で、弱者を支配し、人族の中でも優位に立とうとする者が現れた。


所謂少数民族と言われるマイノリティを巡って、争いや差別が起きるようになったのだ。流浪の民であるアードはそのマイノリティの一つであった。


元々アードは戦闘に向かない民族であったが、博識かつ聡明であったため商いが上手く、金融や流通の分野で力を持っていた。それを快く思わない人も当然いるわけで、度々野盗の標的になることもあった。


そういった経緯もあり、アードは村々を転々としながら生きる、流浪の民と呼ばれるようになった。


2


ミルはマリアの膝の上で気持ち良さそうにぐっすりと寝ている。


マリアは私にこれまで起きたアードの歴史を語ってくれていた。決して悲壮感に浸るわけでもなく、親しい友人と昔話をするかのように、穏やかな口調だった。


「私たちには故郷と言われる土地は無いわ。それでも村々を転々として、時には森の奥地にも身を潜めながら、モンスターとの戦闘も極力避けて暮らしている」


マリアはミルの髪を優しく撫でている。


「人間の方がモンスターよりも時々恐ろしいと思う時があるわ。不思議なものよね」


特に同意を求められているわけでも無いので、私はただその話に耳を傾けていた。


「確かに私たちに故郷はないわ。それでもアードには知恵がある。これまで積み重ねてきた先人たちの知識やこの世を生きる術を私たちは大切にしている。故郷と呼ばれる拠り所はないけれど、先人たちが残してくれた経典が今も私たちを生かしてくれていると信じている」


「だから、必要以上に干渉はしないけど、隣人を愛し、困っている人がいたら助け、知恵も貸す。そうやってアードの中で経典は生き続けているのよ」


マリアはどこか遠くを見るように窓の外に視線を向ける。


「あなたを助けたことも私たちにとっては当たり前のこと。それに対して、感謝するとかしないとかは別にどうでも良い。同意を求めるつもりもないわ」


「あなたはこの村で安静にして、身体が回復したら、好きに出ていって良いのよ」


そうして私に微笑んだ。


「いえ、そんなことは…」


迫害の歴史と交流を極力避ける民族。


多少変わった風貌と、他者が羨むような知性。


彼女らの過去と今に対して、返す言葉を今の私は持ち合わせていなかった。


でも、マリアは私が何も返せないことを特に気にすることも素振りも見せない。


「ごめんなさいね、こんな話。初対面のあなたに向かって」


「ふふ、なんだか、ついあなたが優しい瞳をしているから、つまらない話をしてしまったわ」


この子を寝かせますねと出ていくマリア。


「今日はお休みください、よほどのことが無い限り、この村は安全ですから」


彼女に、何と答えれば良かったのか。その答えを見つけることが出来るのだろうか。


ミルを抱えて部屋を出て行く後姿を、私はただ見つめていた。

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