第六十一話:村の教え

1


「ごめんなさい。私、まだあなたに名乗っていなかったわね」


襟を正して、改めて女は向き合う。


「この村で薬師をしている、マリアと申します」


「そして、この子はミル。よ」


ミルは、マリアの膝に額を伏せて、小さく可愛い息を吐きながら気持ち良さそうに眠っていた。沢山食べてお腹がいっぱいになって眠くなったのだろう。マリアは優しくその頭を撫でている。


「改めまして、私はクラ・スアードと言います。助けていただいて、本当にありがとうございました。わたし、感謝してもし切れません…」


深く頭を下げる。記憶は曖昧だったが、助けがなかったら、今の私の命が無いことぐらいは分かる。


「いいえ、直接助けたのは私ではありませんから。でも、本当に良かったわ」


初めて会ったときも感じたが、年若で私と幾分か違うぐらいなのに、年長者と話しているような安心感がある。落ち着いた口調や素振りがそう感じさせているのだと思う。というよりも、薬師の場合には、大抵こういう人が多いのだろうか。


「村の若者たちが狩りに出ていたとき、帰り際に、森で倒れているスアードさんを見つけたようなんです」


2



食事を終えた後、私が助けられた経緯をマリアから聞いていた。


「クラと呼んでいただいて、構いません」


「あら、そう?」


ニコッと可愛らしくも微笑む。しかし声のトーンは幾分か落ちる。


「では、クラさん」


「ひどいケガでしたわ。あなたが運ばれてきたとき、普通ならもう死んでいてもおかしくない危険な状態だったわ」


改めて続きを説明する。マリアの表情が歪んだのが分かった。


「私はこの村唯一の薬師でね、軽傷も、重症の患者も皆私を頼ってくるの。この村は、モンスターも近くにいるし、安全とは限らない。クラさんのように、冒険者がモンスターに襲われて、この村に運ばれてくることも稀にあるの」


「どうして、私が冒険者だってことを…?」


素性を話して無かったので、不思議に思って反射的に聞いてみる。


「あら、こんな辺鄙な森に外からわざわざ入るのは、冒険者や薬草探しの薬師、それに命知らずの変わり者ぐらいよ」


「そして、あなたが首から下げているシルバープレート。それが何よりの証拠だわ」


冒険者のクラスは、下からブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナと分かれており、シルバーまでで全体の8割を占めていると言われる。森の事情に詳しいとなれば、モンスターや冒険者について多少詳しくても何もおかしくはないだろう。


「実際のところ、森の外からやってくる冒険者の方々と、こうして直接話すことはほとんどないわ。なぜなら森にはモンスターが潜んでいるし、私たちはモンスターと戦う術を持ち合わせていない」


「それに辺鄙な森といったけれど、この村はモンスターに見つからないように予め立地が工夫されているわ。そのこともあって、冒険者がこの村に迷い込むことも例が無い」


戦う術が無いなら、予めその脅威に対抗できる状態にしておけば良い。拳が強いならそれに頼ることも出来るが、手段がないなら工夫する。当然の考えだと思う。


「外的な交流を避けているというわけでは無いのよ。私たちは特殊な民族なの」


「私たちは、流浪の民、アード。経典に従い、隣人を愛し、生を全うする者」

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