第五十八話:つないだ命。出会い
1
「……か」
「……おい、…大丈夫か」
暗闇で支配された世界から声が聞こえた。
真っ暗な世界で声を聞いた。
「…おい、あんた、大丈夫か?生きているか?息しているか?」
声にならない呻き声を上げた。
「大変だ。おい、こっちだ。急いで運ぶんだ」
意識はほとんど無かったが、耳元で叫ぶ誰かの声に、私の身体は無意識のうちに反応する。
声を発することもままならなかったが、それでも私の中の何かが懸命に生きようと訴え、必死に足掻いていた。
その意思に身を委ね、現実かどうかも分からない世界に、私の意識は必死にしがみつこうとしていた。
2
「…クラ…、…クラ、起きなさいクラ」
「ん、…んん、お父さま…?」
木陰で昼寝していたら、だいぶ時間が経っていたらしい。
「ほら、寝ぼけていないで。さあ帰るぞ。」
徐々に鮮明になってくる意識。柔らかい芝生と陽気が気持ち良くて、無防備にも、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
日中の照り返す日差しと暖かさはもう過ぎ去り、いつ間にか夕焼け色の空が周囲を包み込んでいた。
なんだ、さっきまでのは、怖い夢だったんだ。
膝についた土を払い、安心して、父の後姿を追う。
今日のお夕食は何かしら?ポテトとダッカ—のホワイトスープかしら。
それとも、父さまの大好きなウルフのステーキかしら。
夕食のメニューが何かを考えて楽しくなってくる。
まあ、なんでもいいわ。私は、父さま、母さまと一緒にごはんを食べられたらそれだけで幸せですもの。
心を躍らせて父の後を追う。
しかし、おかしなことに、一向に父の左手に、その温もりに触れることができないことに気づいた。
「おかしいわ。ねえ、お父さま、待って…」
声を上げようとするが、喉から出たのはか細い悲鳴のような何かだった。右手を伸ばしても、全く届く気配がない。
「お父さまの手に…全然届かないの…」
「…お父…さま…!」
「待って…私はここよ。置いていかないで…!」
3
「父さま…!」
思わず声を出し、右手を突き上げていた。
重い、重い瞼が開かれた。
瞬きをした。始めはゆっくりと、そして徐に瞬きを繰り返す。
そのうちに、あの焦げ茶色は天井の色なのだと分かってきた。ここは洞窟か何かだろうか。
何にも考えられない頭で、もっと顔を近づけようと頭を持ち上げようとする。
しかし、思うように力が入らず、数センチ上がったところで力尽きて、定位置に戻る。
「夢…か…」
なぜこんな場所にいるのか分からない。一体どういう経緯でこの場所で横になっているのか。首を横に動かす。全身に巻かれた包帯に血が滲んでいるのが見えた。
私の血だ。
でも、痛みは特に感じない。
まるで自分の身体ではないかのように、思うように動かせず、ただ全身包帯巻きになっている事実に全く現実味を感じられず、どこか遠い世界の出来事のように思えた。
「お姉ちゃん、目覚ました!」
突如、小さな女の子の声がした。
徐に左側に首を動かし、その声の主を発見する。
身を獣の皮で包み、顔には不思議な文様が描かれてある。幼い身なりで、年齢としては5、6歳ぐらいだろうか。
「良かった。気が付かれましたか?」
程なくして、大人の女性の声がした。
こちらの女性も少女同様に、私の知見には無い、不思議な格好をしていた。
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