第五十四話:行く手を阻むもの
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ラトとシュカの二人がアードの村に到着したとき、ミラは以前としてゴブリンたちと膠着状態にあった。
ゴブリンを一体ずつ隙を見て切りつけ、倒しては回避を繰り返すが、中々敵を撒くことができないでいた。まるで何かに見透かされているような、そんな苦く嫌な気分。
敵の固有スキル…?
魔法を発動されているような気配は感じないが、モンスターの中にも戦闘に長けている連中はいる。
単に考え過ぎで、野生の勘というだけかもしれないが、当然索敵魔法のようなものを使用している可能性も考えなくてはいけない。
それに、歴戦のモンスターは経験から学び取り、冒険者がどういう戦い方をするのかも理解していると聞く。
ゴブリンでさえ、学習能力はある。決して侮ってはいけない。
モンスターの言葉や合図などが分かるわけではないけれど、隊列とか誰が指示を出しているのかとかその場の状況から判断して、どんな風に攻撃しようとしてくるのかは大体予想が立てられる。
あくまで低位のモンスターに限るけど。
そう自分に言い聞かせつつ、息を吐き、呼吸を整える。ラトたちと別れてからどれぐらいの時間が経過しただろう。
今のところ、多少の疲労は感じるが、思考ははっきりしていているし、多分冷静…だとは思う。
盗賊はその役割と攻撃のスタイル上、ある種の固有スキルをに身に付けている。
敵地に忍び込み敵情を探る隠密任務を引き受けたり、今回のような情報収集のための偵察等も良く盗賊に任せられるのだ。精神干渉の魔法などにも耐性はある。
再度呼吸を整え、思考を巡らす。
疑問に思うことがあるとすれば、ゴブリンがなぜそこまでしぶとく私を追ってくるのかという点。
倒しても倒してもゴキブリのように湧いてくるし、ゴブリンたちからは意図的な作戦や罠のようなものは感じられないのに、不思議と統率の取れた動きをしている。
でも、操られているという感じではない。
おそらく、ゴブリンたちに指示を出している高位のモンスターがいるに違いないが、現状、その存在を確かに断言できる根拠を見つけられていない。
木の陰から様子を窺う。
視界に捉えているのは3体のゴブリンで、彼らは周囲を見渡して警戒しているが、まだ私の位置には気づいていないようだ。
それ以外の位置にも気を配るが、ゴブリン以外の気配は捉えることができない。
まさかゴブリンたちだけで私を捕えようとしている…?
いやでも、と盗賊の勘が注意を訴えかける。
ゴブリンは単体では大した力が無いので、通常は集団で行動する。
1体1であれば、ゴブリンの討伐依頼自体は全く難しくないが、厄介なのは群れの規模が不明なとき。
例えば、今回のように暗闇という視界不良と慣れない環境に加えて、こちら側には地理の利が無いという状況で戦わないといけないのは中々に苦しい。
それに彼らは弱者ではあるが、真の意味で弱者ではない。
弱者なりの戦い方を心得ていて、その点では賢いともいえる。
これまでに倒したゴブリンの数は10体程。小規模な群れであれば、これだけ削れば冒険者を深追いすることはまず無いが、目の前には3体のゴブリンとまだ見ぬ敵の存在の圧迫感を感じている。
恐怖の類ではないが、死と隣り合わせの戦場であれば、多少の緊張はある。
だが同時に、引くことのない敵の状況から、疑いと訝しさの感情は消えない。
ラトとシュカは無事かな…?
思わず、微笑して胸に手を当てる。
こんな状況でも仲間の心配をする余裕は、少なからず、私にはあるようだ。
でも、それは無用な心配かもしれない。
シュカは駆け出しで戦いに不慣れだし、動きやスキルなどもまだまだ不安が残るけど、頼れるラトが一緒にいる。
何かあれば彼がカバーしてくれるだろうし、あの子はああ見えて芯が強くて、私なんかよりずっとしっかりしてる。
前を向く。
まだ夜が明けるには時間があるし、体力的にもまだまだ問題無いけど、このままゴブリンを相手にし続けるには分が悪いと思う。
ゴブリンたちは、共通の目的、共通の目標に向かって進む。それは人間を捕らえたいという物欲、快楽を貪るという本能的な欲求が彼等の中で一致していて、その目的を達するために行動しているのに過ぎないのかもしれない。
掌を見つめる。
大丈夫、震えは無い。
むしろ、今はちょっと怒りの方が大きい。
早くラトとシュカと合流したい。
シュカの頭を撫でてあげたい。ラトの声を聞きたい。
街に帰って、皆で笑顔でご飯を食べたい。
さあ、行くよ。
蝋燭の火のような、吹けばすぐに消えてしまいそうな意思は、頼りなくも、しかし確かにそこに強く燃え続けていた。
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