第五十三話:森に住まう民

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しばらく一方的に少女が話しながら歩く時間が続いた。


俺はその間も気を張っていて、警戒を解けないでいたが、ふと少女が歩みを止めるのが見えて、立ち止まった。


「さあ、着いたよ」


目を見張る。


少女の声とともに、視界が開けてくるのが分かった。


どうやら霧を抜けたらしい。


シュカも俺の後を恐る恐る付いてくる。


耳を澄ますと、前方から話し声が聞こえきた。


先ほど話していたアード…だろうか…?


周囲が認識できるようになると、ここがどういったところなのかが少しずつ分かってきた。


まず、少女たちのように毛皮を身に纏った者たちが、大勢見受けられた。


所謂ツリーハウスというものだろうか。トウヒの森の樹林を利用した家がざっと見ただけでも、10棟ぐらいは並んでいた。


不思議な光景だった。


歴史を感じさせるような立派な大木に、寄り添うように建てられている建物。


木材や草木を上手く使って建てられているそれは、中途半端な災害や脅威にはビクともしないような造りに見えた。頑丈そうだ。


鳥の鳴き声がした。トウヒの樹林から羽ばたく気配がある。


珍しい色合いの鳥だった。


気のせいだったのかもしれないが、虹色に輝いて見えた。


そして、どこか懐かしさを覚えるその村に俺は驚きを隠せなかった。


「ここは、一体…?」


もはや警戒の意識は消え、俺はただ驚愕で頭が追い付いていなかった。


情報が整理できていない。


ここの村は一体なんなんだ?

なぜこのような場所に住んでいるのか?

アードという民は一体何なのか?


「さあ、こっちに。まずは腹ごしらえさ」


周囲をキョロキョロ見回していた俺たちに少女がそう呼びかけ、とある家に案内される。


家に着くまでに他のアードとも顔を合わせた。


作物を作っているところで、仕事の手を休めては何事かとこちらを窺うも、少女がいることが分かるとそれきり興味を示さなかった。


警戒している様子も無ければ、攻撃的な仕草も垣間見られない。


思っていた反応とは違う。


案内された家は扉を開けると、爽やかな木々の香りがした。


お手製の家具だろうか、テーブルや椅子などは素朴だが、この家に良くマッチしていた。壁にはボアの毛皮で作られた衣服がかけられていて、剥製だと思うが獣の頭が飾られている。


「そこで適当にかけといてくれ。準備するから。アードは、こっち」


少女に言われ、アードは渋々という感じで後を追って奥へと入っていく。


シュカも緊張が解けたのか椅子に腰かける。


はあ…。


重いため息が出た。


激しい感情の起伏や圧迫があったとは言え、この程度の状況はどうってこともないと思っていた。


でも、始まりは森の偵察任務というちょっと変わった依頼を引き受けて、パーティを組んで、ゾンビとかゴブリンと戦って、霧の中に迷い込んで行き着いた先がこの場所だ。もしかして、彼等、彼女、…あの少女は神の使いの類なのではないか、と馬鹿馬鹿しくも想像してしまった。


「有り合わせのものだが、食べてくれ。口に合うと良いんだが」


少女とアードが、皿に料理を盛ってきてくれた。


肉の塊と呼ぶに相応しい見た目の料理。ブロック状で豪快に煮込まれたと思われる肉は食欲をそそる臭いを漂わせている。


その他には見たことも無い植物を炒めた料理があり、シンプルだが栄養価が高そうな気がする。どちらも美味しそうだ。


「毒なんか入ってないからね。安心して食べな」


ゴクリと唾を飲む。お約束の文句を言われ、料理を前にしてなのか、それとも少女の時折くる毒気に威圧されてなのか。まるで、あんたらはその気になれば何時でも殺せるんだよ、と言わんばかりの意図が含まれていると俺は勝手に解釈した。


「お前たち幸せだな!!姉さんの料理は、どこぞの料理人に負けないくらい旨いぞ!世界一だ!世界一!」


初めてアードが感情を昂らせた。尻尾と獣耳は無いが、喜んでいるように見える。


人間、緊張が解けると不思議と腹が減るものだ。


他人に出されたものには細心の注意を払わないといけない。


いついかなる時も一つの油断によって命を落とすということはあり得るからだ。これは冒険者としての常識だ。


だが、流石に今の状況では、その常識が通用しないように思う。


殺気も無ければ、俺たちを貶めようとかいう雰囲気も感じ取れない。


こういうとき、俺は結構あっさりとしている。これで死ぬなら、それまでだと思う。


「い、いただきます!」


フォークやスプーンがある訳でもないから、手づかみで肉を持ち、そのままかぶりつく。隣でシュカが悲鳴を上げたように思ったが、構わずかぶりつき、飲み込んだ。


これは…。


「うまいっ!!」


「そうだろ!そうだろ!!」


アードがテーブルを叩きながら、さらに自分のことのように得意げに喜んでいる。


「毒とか入ってないから、安心してもっと食べな。ほら、嬢ちゃんも」


少女に勧められ、そして俺の様子を見て決心したのか、シュカも料理に手を伸ばし一口。


ンンッ!


奇妙な声を上げて、料理を頬張る。気に入ったようだ。


「まだまだあるから、落ち着いて食べなよ」


出立前にシュカと食事をした俺は、彼女が結構な大食いだということを知っていた。


「これは何の肉なのですか?」


俺は無意識に気になって聞いてみた。


「ボアとウルフの肉だよ。アードたちが時折狩りに行ってくれるので、その成果さ」


ボアの肉は俺も結構食べているが、この味付けは懐かしさを感じさせるものだった。ただ一辺倒に塩を利かせるだけの料理とは違って、甘さや肉本来の旨味も感じられる。


「とても良い味付けなのですが、どういったものを使っているのですか?」


続けて質問する。


「この森では、味付けに最適な植物や木の実が色々あってね、それらを加工させて調味料として使ってるのさ。まあ先人の知恵ってやつだよ」


なるほど。それは良いことを聞いた。後で教えてもらおう…という呑気なことを考えている場合じゃなかった。


「ところで、折角ご馳走までしてもらって悪いんだけど、君に色々と聞きたいことがあるんだ。良いかな?」


間が悪かったか、少し空気をピリつかせてしまったか。


アードの眼光が鋭くなる。少女はそれを制止する。


「立場をわきまえろ、状況を考えろ、などと無粋なことは言わない。私はお前たちを歓迎した。客人の質問にはできる限り答えよう」


「ありがとう。色々と聞きたいことだらけだが、まずは君たちのことが知りたい」


もう料理からは、香ばしい香りはしなくなっていた。

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