第五十五話:切れない糸
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「シルク、お先」
「あ、はい、お疲れ様です」
「なに、今日も残業?早く帰りなよ」
「はい。すぐに終わるので。ありがとうございます」
「またね」
ラトたちが朝方トウヒの森へと出立してから12時間経った頃、シルクはギルドの仕事をこなしながら、デスクに置いてある時計とギルドの正門とをしきりに意識していた。
表情は冴えないが、周囲にはその気配は感じさせない。
既に日は沈み、ギルドもまもなく閉館の時間を迎える。
冒険者規約には、ギルドから出されるミッションについて、基本的にはギルドが閉館する前に、当日中に結果を報告することが望ましいとされている。
望ましい、とされているのは、勿論例外があるわけで、中には危険なミッションもあり、当日中に報告が困難な場合もあるためだ。
予定よりも日数がかかってしまったり、不測の事態で帰還が困難な場合。
モンスターとの戦闘による戦死。
職業柄、最悪のケースも当然想定していなければならない。
それがギルドに勤める、ミッションを管理する立場にいる者として、当たり前なことだと思っている。
規約上、ミッションから3日程経過しなければ、ギルドとして非常事態に対処することは有り得ない。
たとえ、その間に、当の冒険者たちが危険な目に遭っていたとしても、ギルドとしては何もすることは無いのだ。
冷徹に思えるだろうか。
冒険者になると誓った者たち。
そのほとんどは希望と誇りを持ち、その道へと進んできた者が多い。
しかし、同時に命の危険を伴うものであることも事実。
それを最初にギルドからも説明される。それを受けてもなお、夢を追い続けるのが冒険者であり、それを重々理解している。
だからこそ、ギルド側もちょっとやそっとじゃ動かないのだ。
私がギルドの受付を担当することになって、早5年になる。
5年と言ってもベテランなのかというとそうでもない。
私以外にも経験の長い受付嬢は沢山いる。
年々冒険者の数が増えてくるに従い、ギルドが抱える依頼の数も増えてきた。
それだけ冒険者の地位や役割は改善されてきているということでもあるし、街の人々にしてみれば身近な存在でもあると認識されている。
私はこれまで数多くの冒険者を見てきた。
駆け出しの冒険者から、それなりに腕の立つ冒険者まで、色々な冒険者の姿を見て、担当についてきた。
それでも大抵の冒険者は私の元から去っていく。
意図的に去るということではない。
文字通り、この世から去っていく。
朝、元気に、行ってくるよと言って勢い良く出て行った冒険者も、夜になり、そして日が昇り、また夜になっても帰って来なかった。
そんな日々を繰り返してきた5年間。
受付嬢としても板についてきた。本当にそう思っていなくても、自然に笑顔を出せるようになったし、内心に渦巻く黒い感情を内側に留めておくことができた。
そんな折、ちょっと気になった冒険者が現れた。
いつも一人でボアばかりを狩る冒険者。頼りない装備に、身なり。
私よりも何歳か若いぐらいの青年。
見る限り、弱そうな感じがしたし、すぐにまた私の元を去って行くんだろうと思っていたが、でも全然そんなことは無かった。
ボロボロになってもギルドにはしっかり顔を出しに来た。
モンスターを倒し、その報告と報酬を得るためにではあると思うけれど、ちゃんと帰ってきてくれた。彼がそう思っていないとしても、私は勝手にそんな風に考えていた。
ふと仕事の手を止めて、手元の時計を見る。
唇をかむ。
だから、彼に、彼のパーティに、今回のミッションを託してしまったのだろうか。
今回、ギルドとしても握っている情報は少なかった。不安材料があるとすれば、やはりそれは情報不足からくるものだったが、偵察任務であれば、命の危険も無いと私自身も思っていた。
ただの偵察任務、簡単なミッション。
トウヒの森への偵察ミッションはギルドの一部のメンバーしか知らない。担当である私と直属の上司、そしてギルド長。
まもなく一日が終わろうとしている。
私はこれまでも同じように何人もの冒険者を見送ってきた。
それでも、寂しい気持ちになる度に、そんなんじゃだめだと自分に発破をかけて、そんな表情を見せまいとしてきた。でも。
私も人間だ。時には、やっぱり自分の気持ちを隠し切れないときもある。
不安なことは不安だし、嫌なことは嫌なのだ。
両手で顔を覆う。
いけない、いけない。平常心、平常心。
受付嬢はどんな時も冷静に冒険者を導く者として、笑顔で強く有らなければならない。
3日というタイムリミット。
まだ彼らが危険な目に遭っているといえるわけでもないし、私の長年の経験からくる単なる妄想だと言い聞かす。
そう、単に、ちょっと道に迷ってしまって遅れてるだけなのよ、と自分に言い聞かせていた。
そして、閉館のために明かりを消すために、席から立ち上がるのだった。
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