第四十九話:迷いの霧


元来た道を引き返す。


それほど、歩いたわけではないのだが、周囲の景色が変わっている。


霧が濃く深くなってきたようだ。


月明かりによって、辺りが薄くベールがかかったようになっていて、幻想的にさえ見えるが、今は不安の方が大きい。


予定では既に街に戻っているはずだったのだが、即席パーティの弱みが露呈したか。いや、単に俺の見込みが甘かっただけか。


「だいぶ遅くなってしまいましたね…」


シュカが弱気な声で俺の気持ちを代弁する。


「心配要らないよ。元来た道を辿れば良いだけだ。それとも、怖いのか?」


気持ち明るめに返す。


「そんな!…怖くは無いんですけど、その…なんか薄気味悪いっていうか…」


確かに霧は深くなるばかりで、視界が悪くなる一方だ。


野宿も考えてはいたが、ゴブリンの群れが確認できた時点で、安易にテントを張るのは危険だが…。


「ミラ、今どの辺りになる?」


心配するなとは言ったものの、俺自身もその気持ちは隠し切れてはいない。


「…近づいてはいる。でも、ちょっと時間がかかってる…」


歯切れの悪い返事だ。


「まだ、かかりそうか?」


「…この霧が鬱陶しい」


分かってはいたが、苦しい状況だ。霧については詳細な情報が無かった。


舌打ちする。


だからこそ初見での攻略は手探りになるし、厄介なのだ。


「そうだな、早めに森を抜けたいところだが、まずは焦らず、俺たちの身の安全を最優先に考えなくてはいけないな」


苦しいが、ここは決めなければ。


「ミラ一旦ここで休憩しよう。テントを張る。シュカ手伝ってくれ」


「あ、あれ、でも、野宿はしないんじゃあ…?」


シュカの足が止まる。


「この霧のせいでまともに進めていない。それに、このままむやみに動いてもモンスターの餌食にされる危険性が増すだけだと思う。ミラの意見も聞きたい」


「…ごめん。私が不甲斐ないばかりに」


ミラが謝る。


「いや、ミラを責めてるわけじゃないから」


「うん、分かってる…。正直不安はあるけど、私もこれ以上の行動は危険と判断…」


一旦は決まりだ。


「よし、そうと決まれば、すぐにテントの用意だ。見張りは交代でやろう。最初は俺、次にミラ、最後にシュカだ。シュカ手伝ってくれ」


「は、はい…!」


シュカが慌てて返事をする。


まだ声に力はある。


「ミラはその間見張りを頼む」


「了解」





「おかしな質問だとは思うけど、シュカは野宿したことあるの?」


気を紛らわすためにシュカに質問する。


「学園時代に実際にレクチャー受けてますよ。まあ実際にモンスターとかに襲われるとかいう危険は再現してなかったですが」


確かにところどころぎこちなさはあるが、訓練されたそれの印象を受ける。


「へえー、なるほどな。炭鉱でも思ったんだが、中々優秀だな、シュカは」


「中々は余計ですよ。これでも学園では上位だったんですから」


暗くて良く見えないが、照れていることは分かる。


「さ、ラトさん、早く終わらせちゃいましょう!ミラさんにも休んでほしいですし」


「そうだな」


あまり深くは考えていなかった。




テントの設営が終わり、シュカとミラを先に休ませている。


俺から順番に見張りだ。


テントの隣にある大木に身を寄せながら、周囲に気を配る。


先ほど気づいたのだが、霧が少し晴れて若干だが遠目を見渡せるようになってきた。


モンスターの気配は今のところ感じない。昼間見たゴブリンの気配も感じ取れない。


近くにはいないようだ。


「…どう?」


テントで休んでいたはずのミラが声をかけてきた。


「ん、寝てたんじゃないのか?」


顔を見ずに答える。ちょっとびっくりした。


「ただでさえ、視界不良の中スキルを酷使してたんだ。見張りぐらいは俺に任せてくれよ」


「…うん、でも…ラト、もうすぐ交代の時間だよ…?」


おかしい。もうそんなに経ったか。


「あ、そうか…。悪い。案外時間が過ぎるのは早いんだな…」


立ち上がる。


うっかりしていた。もしかして、俺無意識のうちに寝てたのか…?


「…ごめん、嘘。ちょっと寝れなくて出てきた」


一瞬思考が追い付かなかったが、俺の思考は正常だったようだ。いや、ちょっと動揺したから、そうでもないのか。


「眠れないのか?」


「…ちょっとお腹が空いてて」


「たしかにな。戻ったらステーキでもがっつきたいところだ」


「私は甘いものが食べたい…」


「ふっ、そうだな」


冗談とは珍しい。


夜だから当たり前だが、ミラの顔が気持ち更に暗く見える。


若干の沈黙があった。


「…私正直暗いところ、得意じゃない。暗くて、光が無くて、どこか寂しい感じがする。そういうのあんまり好きじゃない」


「うん」


「…でも、星空は好き。見上げると、真っ暗な中に浮かぶ一面の光の粒々。暗闇に飲まれずに発せられる光。あれは、過去を映す光だけど、なんだかこう、見てると何か懐かしさが込み上げてくる感じ」


「懐かしさ…?」


「そう。なんか遠い昔に自分もそうしていた気がする感じ。不思議な感じ。…おかしい?」


「どうだろうな?俺も時々そういう気分になることがある…」


「そうなんだ。なんなんだろうね、この気持ちは…」


不思議と懐かしさが込み上げる。


その感情は俺も時折感じていた。


どこか知らない自分が、知らない世界で体験した記憶があるかのように。


「さあな。んじゃ、ちょっと休憩するわ。よろしく、ミラ」


「ん、了解、あとは任せて。おやすみ、ラト」


「おやすみ」

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