第四十四話:石炭風呂

「…ギル爺、サンキュー」


「気持ちよかったですー!あ、ラトさんも早く入って来ると良いですよ!」


主人と話をしている最中、ミラとシュカの二人が風呂から上がってきたので、俺も風呂に入って汚れを落とすことにした。


初対面だというのに、二入はもうすっかり馴染んでいるようだ。


まるで、祖父と孫という構図だ。


主人は先ほど話していた時とは打って変わって、人が変わったかのように明るく二人に話しかけている。


気がかりではあったが、見る限りでは精神状態に異常があるという程ではなさそうだし、そこまで心配する必要もないだろう。


シュカのこともミラがいるからそこまで心配はしていないが、まあ大丈夫だと思う。


ときには楽観的な思考でいることも大事だ。


いつも神妙な面持ちで判断しているわけではないし、今はパーティメンバーのことも信頼していかないといけない。


「それじゃあ、自分も風呂に入らせていただきます」


「ああ、ラトさん、どうぞ」


「はい」


「ああ、それと…」


主人に呼び止められる。


「うちの風呂は石炭で温度調整してるもんで、ぬるかったらいつでも呼んでくださって結構ですから」


俺は首肯し、風呂に向かう。


風呂釜は大人が3人入れるぐらいの立派なものだった。


装備を外し、服を脱ぐ。


露わになっていた肌はすっかり黒ずんでおり、服で覆われていた肌との違いが鮮明になる。だいぶ汚れている。


炭鉱での戦闘は森林や草原とは違い、こういったところにも特徴が出てくるから、今回は良い経験になった。


特に大きな負傷は無いし、風呂に入ってもしみたりはしないだろう。


湯に浸かる。


炭の香りがする。


二人が入った後で、だいぶ汚れてはいないか心配していたが、流石の風呂好きだ。


湯は若干黒くは濁っているものの、溢れ出た分の湯を補おうと、新しい湯がすぐに湧き出てくる。


息を深く吐き出した。


…極楽だ。


身体の汚れと疲労とが洗い流されていき、心身ともに温まっていく。


戦場とは違い、緊張感のない無防備な時間があっても良い。


ゆるりと過ぎる時間を感じ、肌を覆う温もりに身を預けながら、もう一度、深く息を吐きだした。

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