第四十三話:生者の苦悩

「汚いところですまんの。儂一人なもんで。まあ適当に入ってくれ」


坑夫の男に付いてきて扉をくぐり家の中に入る。


「お邪魔します」


意外だった。


ボロい外観とは違って、屋内は綺麗に整頓されており、こじんまりとしているのに居心地が良さそうだ。


六畳間ぐらいのリビングにはやはり作業場なのだろうか、炭鉱関連の書類だとか機械だとかが置かれている。


いかにも一人暮らしという広さなので、作業場兼自宅ということなのだろう。


「ここはご自宅なのですか?」


「そうだ。狭い家だろう。まあ元は炭鉱の休息所として使っていたんだが、今はこの通り、炭鉱で掘削しているのは儂一人になってしまったもんで、こうして自宅として使っているという訳じゃ」


最初に会ったときに思ったのだが、不思議に思っていた。


モンスターも出る炭鉱。今は廃墟と化している場所で一人で作業していたという坑夫。


一体何があったのだろうか。


「わあー!綺麗にされてるんですね!」


目を見開き、シュカが珍しくはしゃいでいる。そういえば、こいつは掃除好きだったな。


「おうおう、お嬢ちゃんたちも中に入っておくれ。それと、儂こだわりのお湯に浸かると良い。だいぶ汚れておるだろうしな」


二人の様子を見て、爺さんが笑顔で勧めてくる。


「この歳になって楽しみといったら食べることや風呂に入るぐらいしかなくての。今沸かしてやるから、そこの椅子にでも座って待っといてくれ」


「…お風呂!」


ミラが目を輝かせる。ノラ街にも公衆浴場はあるが、金がかかる。


俺としても風呂に入れるのはありがたい。


鼻歌交じりに主人が浴場へと消えていく。


人が来たことが嬉しいのだろうか。


とりあえず、狭いが部屋の中を見渡す。


炭鉱の機械は坑道で見かけたものもある。


年季があるが、よく手入れがされており、大事に使われていることがうかがえる。


椅子は全部で4脚ある。


木製の椅子で、背もたれはクロスが入ったデザイン。中々にお洒落である。


机に写真立てがあったので、覗いてみる。


写真には炭鉱労働者だろうか。若い男が複数人映っている。そのうちの一人が主人だろう。若いが面影がある。


「ラト、何見てるの?」


ミラが近づいてくる。


「写真がある。主人の若い頃の写真らしい」


「ふーん」


大して興味はなさそうだ。


「…この人は女の人?」


写真を見て、男だと思った一人をミラが指差す。


ショートカットで初見ではよく分からなかったが確かに女だった。


実際のところ炭鉱に女性労働者がいることは珍しい話はではないが、男ばかりの労働環境という偏見があったので、ちょっと気になった。



椅子に座って5分ぐらい待っていたら、主人が戻ってきた。湯を張り終えたらしい。


「娘さんたちや。お入りなさい」


「…私はミラ」


「ああ、そうか。すまんの。自己紹介がまだじゃった。儂の名はギルベールという。皆にはギルと呼ばれとった。よろしくの」


「私はシュカといいます!よろしくお願いします!」


「俺はラトって言います。折角だから、二人とも先に入ってきてくれ。俺は少し爺さんと話でもしてるよ」


「りょーかい」


二人に一緒に入ってくるようにと言う。女の入浴を覗く趣味は無い…といったら嘘になるが、今は主人との会話の方が気になっていた。シュカがラトさんも一緒に入りましょうよ!と馬鹿なことを言っているので、ミラが少し恥じらいながらシュカを連れて行った。


「ラトのエッチ」


だから、そんなんじゃないからね…!?




さて、男二人だけになり、静かになった。

俺は椅子に座りなおす。主人は立ちながらしみじみと話を始める。


「久しぶりに人の声を聞いたんで、つい嬉しくなってしまったよ」


「なにがあったんです?」


うすうす勘付いていることではあるのだが、つい聞いてしまった。


主人も別に嫌な顔一つせずに、事の成り行きについて語りだした。


「ちょうど10年ぐらい前になるかの。炭鉱で事故があったんじゃ。まあ、珍しい事故では無いんじゃが…。落盤じゃ。儂を除いて、皆坑道の奥で生き埋めになってしまったんじゃ。あの日も普通に作業しとった。儂の妻もなあ。いつもはもっと浅いところで作業しとったんだが、なぜかあの日だけは一緒に深いところで作業しとったんじゃ」


「そういうのってなんかあるのかの…。やっぱり。人の死ぬタイミングっていうのは、誰にも分からないものなんじゃの…。でも、儂だけは生き残った。運よく、機械との間に挟まれて、隙間を必死にかき分けて戻ってきた。それから、助けを求めに近くの村に行ったが、もう手遅れだということで相手にしてもらえんかった…。それでも儂は諦め切れなかった。儂にできる仕事なんて他には何も無いし、ここを去るなんてことは考えられなかったんじゃ。妻のことも見捨てるわけにはいかなかった」


「それで、2年が経った。しかし、その後、事件が起きたんじゃ…。モンスターじゃよ。スケルトンやゾンビの類が、炭鉱に出現するようになったんじゃ。丁度儂一人になってから数年後にな…。これが何を意味するか分かるのかの…?」


爺さんは、ただ昔を思い出すように語り続けた。


俺は静かに相槌を打ちながら聞いていた。


「炭鉱には冒険者が時折モンスターを狩りにやってくる。素材を集めにくる冒険者もおる。アンデッドの類じゃ。冒険者からすれば、別に大したことない相手じゃろ。でも…」


その先はなんとなく聞かずともわかっていた。


主人の方を見やり、続きの言葉を待つ。


「冒険者の方々にはおかしな話だと思われるかもしれんが、儂はモンスターというものが、全て討伐の対象だとは思わないんじゃよ。それは儂がいつ死ぬかを待つかのように、今でも炭鉱で一人で作業していることと無関係な話ではないんじゃ。馬鹿みたいな話じゃがの。良い歳して、認めたくないだけなのかもしれんが…」


俺は錆びついた剣についたゾンビの体液をふと思い出していた。

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