第三十九話:新人とパーティと不安と希望と

1


生暖かい陽気だ。ギルド正面の石段を上がりながら、空を見上げる。


つま先立ちするかのように、軽い足取りで、時折一段飛ばしながら駆け上がる。


ふう。

軽く深呼吸する。


ギルドまでの道のりは丁度良い食後の運動になった。


シュカも遅れながら付いてくる。一端の冒険者に劣らない堂々とした足取りだ。

一歩一歩が素早い。呼吸も整っているようだ。


これから初めての実戦となれば緊張もするだろうが、今のところはそういった素振りも無い。辛いとか苦しいとか、そういう感情をあまり表に出さない感じなのだろうか。一応絶えず観察はしておこうと思う。


2


さて、数日前に、新人の件で招集を受けて以来か。誰かと一緒にギルドに来るっていうのはそんなに無いからな。正面のゲートをくぐる。既に他のパーティはダンジョンに向かっているのだろう。人はまばらだ。受付に向かう。


「あら、ラト、いらっしゃい。今日は新人さんも一緒ね」


事務作業中のようだが、書類の束を抱えた受付のシルクが笑顔で愛想よく話しかけてくる。


やはりいつ見ても美人だし、懐が深い。


冒険者の中には話が苦手でまともにコミュニケーションがとれない者も結構いるが、そういった面倒な輩にも彼女なら問題なく応対できる。


「それで今朝はどういったご用件かしら?」


ギルドに来た目的は決まっている。


「新人を鍛えるために適当な狩場があれば教えてほしいんだけど」


「ああ、そういったことでしたか。では少々お待ちください。」


手元の書類を探りだす。


新人の冒険者だろうか。ファイルに挟まれた一枚一枚の紙を見ると写真が貼られており、どこの出身だとかどういった魔法を使えるかとか事細かく書かれているようだ。


この書類は不思議なもので、直接記入する必要が無いらしい。魔法が施されているらしく、冒険者に登録されたと同時に自動的に生み出されるらしい。


なんとも便利なシステムだ。


「新人さんは…シュカちゃん…ね。クラスはシーフで、冒険者アカデミーでの成績は良好。緊張しやすい性格で多少職業(クラス)との相性に難があるけど、実戦訓練をみる限り肝は据わっている印象…。ふむふむ…。それに可愛い!!」


この世界にもアカデミー、学校はある。貴族や商人専用のアカデミー、そして冒険者アカデミーなどがある。


実に様々であるが、基本的にどの世界でも金があるやつなら、アカデミーに子どもを通わせる。


ちなみに私は、冒険者アカデミーになぞ通ってないから、完全に独学、自己流である。


シルクは書類とシュカ本人を交互に見ながら何やらひとり呟いている。


こういった個人情報が載った書類をまじまじ見られるとなんだが自分自身が丸裸にされているようで気恥ずかしくなりそうだ。


シュカが珍しくたじろいでいる。


というのも今夜の獲物を見つけたかのような熱い視線をシルクが送っている。気になったのだが、最後の可愛いは関係あるのだろうか。


「ああ、すみません!つい。…では、気を取り直して。これまでパーティを組んでこなかったラトには申し訳なかったのですが、ギルドの方針、ひいては王国の命によって、モンスターへの対抗戦力の育成が急務になりました。よって、先日のギルド招集でもあったように、新人を各パーティに振り分け、冒険者全体のレベルを底上げするのが我々ギルドの狙いです。なので、単独行動をとっていた冒険者にももちろん協力をしていただかなくてはいけません」


ギルドの狙いなどとうに薄々気づいている。


王国の命というがギルドに息のかかった者が何人かいても不思議ではないし、襲撃についても、モンスター自身の暴走というより、何者かの差し向けの可能性もある。


それが外部ではなく、内側にいても何もおかしくはない。


そいつらが裏で何を企み、何を起こそうしているのかは謎だが、脅威とやらがいつどこに潜んでいるのか分からないのだ。


表向きはそういった話でも文句は言えないだろう。


シュカの方に目を向ける。


懸案事項はやはり新人か。


「そして、時を同じくしてなのですが、トウヒの森で怪しい動きが報告されています。」


トウヒの森は俺が普段狩場に使っている場所とは逆方向にある。


その辺りの地理には疎いが、そもそも商人が薬草や鉱石の採取に使うぐらいで、狩場としての魅力は無いということぐらいは知っている。


実際に商人の護衛として雇われ、冒険者がトウヒの森に訪れることは少なくない。


ただ、危険なモンスターがいるという話はこれまで聞いたことが無かったが。


「ここだけの話なのですが、先日商人の護衛で森に赴いていたパーティの報告によれば、不穏な獣の鳴き声がしたと。モンスターだとは思うのですが、実害も出ていませんし、情報も情報なので、詳しい状況はギルドとしても把握し切れていません。ギルド長は現状実害が出ていないので問題無いとお考えのようですが、このご時世ですし、一部の貴族からは周囲の状況把握に努めろと圧をかけられています。依頼自体はゴールド、プラチナクラスの冒険者にお願いするものなのですが、少しばかりラトたちには偵察をお願いできればと思います。もちろん、偵察なので危険を感じたら即逃げていただいて結構です。なので、狩場は近くの鉱山で見繕っておきます」


「不穏な鳴き声…?」


シュカが不安そうな顔でつぶやく。


実戦経験が無い新人だ。


未知の敵に対して不安になるのは間違った反応ではない。


さすがに狩場での戦闘自体は心配ないと思うが、その不確定要素を加えたときに、状況が急に一変することもある。


その不安に俺も一部賛成だ。


気がかりなのはゴールド、プラチナクラスへの高度な依頼であるにも関わらず、ブロンズの俺たちにそういった話を持ち掛けてきたこと。


人手が不足しているとか、猫の手も借りたいみたいな緊迫した状況なのだろうか。


だとしても安直過ぎないだろうか。とは言え考え過ぎか。


まあ、ミラとシュカで二人ともシーフだから偵察には向いているだろう。


俺もその辺りのことは心得ている。


伊達にひとりで戦って生き残ってきたわけではない。


できれば本格的な戦闘になることは避けたいが、偵察とは言え、万が一ということもある。


未知の状況で新人を抱えて逃げ切れると自信をもって言い切れるだけの保証もない。


少し考えて俺は切り出す。


「ちょっといいか。それほど難易度の高い依頼ではないと思うが、なぜ他のパーティではなくブロンズの俺たちにそんな依頼を…?」


シルクが答える。


「そうですね…。シーフが二人いて偵察に関しては問題無いと思って言ったのですが、すみません、これはあくまで私個人の意見として言ってます。実をいうと先ほど書類の整理をしていて偶然発見したもので、そういえばそういった要請が来てたなあと(ニコッ)。ああ…!忘れていたとかそういった話ではないんですよっ!見ての通り、もう大体のパーティの皆様は出立されたので、依頼するならあなたたちのパーティかなと…。それに私個人としてはラトを信頼してますし…」


懸念事項はあるが、別に悪い話ではないし脅威とやらで断る理由にもならない。


冒険者は常に危険と隣合わせだ。


いつ自分が死んでもおかしくない状況下で戦っている。


死など怖くないとかいうのは冗談だが、だからこそ油断は決してしないし、準備は絶対に怠らない。やることは常に変わらないのだ。


それにシルクに一目置かれていたというのは悪い気もしなくはないし、美人に頼まれたら断りづらいし…!(?)。


決して俺も個人的な感情で同意するわけではないですよ。


これはあくまで冒険者として当然の仕事。


依頼が来たら、報酬もらってっていうのがなんぼだし。


考えるまでも無い。まずは了承する。


「了解した。依頼については引き受ける」


ただ、今回はボア狩りのラトとしての俺ひとりではなく、パーティ、つまり新人を同行させて戦うことになる。


当然不慣れな者がいればそれだけでリスクになる。


その点が普段の俺には無い懸念の根源であって、過去のトラウマでもあるのだが。


「ありがとうございます。もちろんですが、依頼に見合う報酬もお支払いしますので、ご安心ください。では狩場については、この鉱山に行ってください」


3


「ちょっと待って」


話を止めようとする声がある。振り返る。その声の主はパーティメンバーの一員。


「ミラさん!」


シュカがミラの名前を呼ぶ。街に行ってくると言っていたが今までどこにいたんだ。


しかしいつもと少し様子が違う。怒っている?


「私抜きに勝手に決めないで」


どうやら仲間外れにされて怒っている?ようだ。


「ミラさん、今までどこにいたんですか?」


同じく抱いていた疑問をシュカが代弁する。


街にちょっと行ってくると言っていたが何をしていたんだろうか。


よく見ると、装備がいつもと違いしっかりしているようだ。


「…シュカがいるから、私も気合いを入れようと。頼んでおいた防具を取りに行ってた。新しい装備でびっくりさせようと思ってたんだけど。ちょっと時間がかかっちゃった…。あと、これはシュカにプレゼント」


シュカに渡したのは憲法色のアクセサリーだ。


どこか大人っぽい感じでなんだかお洒落だ。


魔法具とのことで、身に着けたものを守る効果があるらしい。


魔法具は高価なのであまり買えないのだが、ミラは一体どこにそんな大金を持っていたのだろうか。


また、確かに装備は真新しさを感じさせる。


どこか冒険者の先輩としての威厳を感じさせるようだ。


実際のところ、実戦に向かう新人を不安にさせないためのサプライズなのではないか。そういった気遣いがミラからは感じられた。


「それで、依頼というのは?」


ミラに促されて話の続きをする。


俺の懸念事項についてミラも察したようで、シルクに何点か質問していた。


思えば、これがこのパーティの初の戦闘になる。


これまでひとりでやってきた俺は、自分の身だけを案じて戦っていればよかった。


別に戦いの末命を落としたとしても誰も悲しみやしないし、冒険者が死ぬなんてことはよく聞く話だ。


しかし、こうして、教育・育成も含めてとは言え、過程はどうあれパーティを組む流れになった。


自分一人だけの命ではなくなった。


例えば、今の状況でミラが欠けても、シュカが抜けても、俺がいなくなってもパーティとしては成立しない。


この三人がいてのパーティ。


それを考えていなかったことに対してミラは怒っていたのだろうか。


「すまない。ミラ」


シルクとの話が済んだミラにこぼす。


「三人で依頼を引き受ける」


シルクがやはり笑顔でこちらを見ている。


「うん。そういうこと」


ミラが返事をする。今度は怒っていない。


「さあ、行くか」


「うん」


「はい!」


ギルドを後にする。他のパーティに後れを取ってしまった。


どこか昂る思いを感じていた。

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