第五章 鉱山での戦い

第四十話:鉱山での戦い

ギルドから偵察の依頼を受けたとは言え、今すべきことは新人の育成。それが第一優先だ。


ミラと談笑するシュカの方を見て、例によって考え事をしていた。


シルクに勧められた鉱山は、今のところ相手にするのはスケルトンばかりで、いまいち自分としては張り合いが無かった。


しかし、実戦経験が無い新米冒険者にすれば、この手の相手から経験していく方が良いのだろう。


まずは戦うことがどういうことなのかを実際に肌で感じてみないことには戦場での勘というのも身につかない。


だが、スケルトンでは、その勘というものが身につくのか些か疑わしい。


奴らは数こそ多いが、手数も少なく、敏捷性も無い。


言ってしまえば隙だらけなのだ。


シーフとしては、正面を切って戦うことはあまりしないが、スケルトン相手であれば問題ない。


ただ、それで安易な自信を持ってしまってはいけないし、自分が強いと錯覚されては困る。


シュカは始めこそ緊張していて動きがぎこちなかったが、ミラに諭され、そしてスケルトンを一体ずつ倒していくことで、次第に固さが取れてきているようだ。


今ではすっかり自信をつけて、ミラと談笑している。


確かに、俺としても今のところは余裕だ。


ほとんどミラが攻撃してくれているし、シーフとしての振る舞いだったりを指導してくれているので、ほとんどやることが無い。


だから例によって考え事をしている。


だが、モンスターの強さに今のところ心配は無いとは言え、鉱山という閉鎖的な空間であることには変わりはない。


視界自体は良いとは言えない。


シーフは隠密任務に長けているので、暗闇でもたいてい目が利くスキルを持っている。


なので、そういうスキルに持ち合わせが無い俺は現状役に立っているとは言い難いが、こんな薄暗いところにわざわざ女同士でモンスター狩りにくることも無いだろうと適当に言い聞かせ、勝手に自分自身の存在意義とやらを納得させていた。


まあ俺がこの場にいることにはやはり意味があるだろう。


そう言い聞かせていると、シュカが振り向き話しかけてくる。


「ラトさん!どうですか!また1体倒しましたよ!私結構戦えてますよね!!」


笑顔且つ上機嫌で自分の戦闘への評価を求めてくる。ドヤッというような表情をしている。


確かにここまでは順調だと思う。


ミラがいてくれるのは大きいが、彼女自身、戦闘の感覚を身につけることは大事だ。


ここは素直に褒めてやりたいが、俺がそんなことをするだろうか。


いや、絶対に軽々しく褒めたりとかしない。


「相手はスケルトンだ。新人とは言え、この程度の相手に苦戦してたら先が思いやられる。誰であれ、同じ結果になる。戦えて当然だな」


少し厳しい言い方だったろうか。


シュカが少しシュンと縮む。


悪い気もするがこれでいい。


図に乗って一人勝手な動きをされて、パーティ全体の命が危うくなってからでは遅い。


ミラもそういったことを理解しているので、優しく慰めている。


お姉さんタイプなのだろうか。


結構面倒見がよく、中々二人して仲が良いから微笑ましくなる。


暗いからあんまり表情が見えないけど。


さて、モンスターは今のところスケルトンばかりだが、シルクが勧めてくれた狩場だ。


何か裏があるに違いない。


鉱山だし、ついでにクレイの店で売れるような素材が手に入ればいいのだが。


「二人とも、止まって」


ミラが停止するように手を上げる。


前方に何かを感じ取ったようだ。


確かに、少し臭いが変わった。


異臭がする。


肉が腐ったような臭い。


シュカが身構え、ダガーを握る手に力が入る。


「なんでしょうか…。臭います…」


これは…死臭だ。ということはモンスター…。


「…ゾンビ。来る…!」


「うぅ…!」


シュカの動きが硬直する。ミラがシュカの前に立つ。


3体ぐらいだろうか。


黒い影がこちらに迫ってくる。動きはスケルトンよりは多少敏捷だ。


グググヴウヴヴヴォオオオオブブブッ。


何かを叫びながら奴等が迫ってくる。


ゾンビ自体は個体の強さは大したことは無いが、大量に攻めてこられると厄介だ。


首を落とさないと活動を停止しないので、シーフのダガーで首を落とすことは中々難しい。


基本的にはファンタジーの世界ではウィザード、魔法医師とかがパーティに一人ぐらいいて治療してくれるもんだが、俺らのパーティにそんな者はいない。


即効性のポーションぐらいは持ってるが、それはあくまで一時的な場しのぎの薬品でしかない。


距離を詰められて、動きを封じられれば奴らは新鮮な肉を食らおうと内臓を抉り出そうとしてくる。


ググヴウヴヴヴォオオオオブブッッ!


シュカに襲いかかろうとする。


シュカが注意を引き付ける。


奴らは目が見えないので、獲物を臭いや熱で判別する。


ゾンビが腕を振り上げ、シュカに攻撃してくる。


その初手を躱し、手に握るダガーでゾンビの背面を突き刺す。


突き刺した箇所から血のような液体が噴き出す。


さらに悪臭が充満する。


ゾンビの動きは変わらない。


やはり、首を落とさない限り倒れない。


シュカは素早く動きを反転させ、ゾンビの首元に背後からダガーを突き刺す。そして、一気に搔っ切った。


ヴギャアガギャアアブブブブウッッ!!


生きた生物であればそう簡単に首を切ることはできないが、肉が腐っているので、刺した箇所から抉ればなんとかなるようだ。


ゾンビは悪臭漂う液体を放出させながら倒れる。


まずは一体目。


二体目がその隙にシュカに襲いかかろうとしている。


ミラの戦闘を見て若干の硬直は取れたようだ。


重心を落とし、低姿勢にダガーを構える。


ゾンビ相手では正面からまともに戦うのはリスキー。


確実に首を落とすために、錯乱させる。


鉱山で激しい戦闘をするのは危険だが、シーフの敏捷性であれば問題は無い…はずだったが、足を滑らせ前のめりに転ぶ。


…マズイ。


俺は、鞘から剣を抜き、シュカの元に向かう。


視界不良で思うように動けない。


ゾンビがシュカに追いつく。


倒れたシュカにゾンビが覆いかぶさろうとしている。シュカはそのゾンビの口元にかろうじてダガーを当て、なんとか持ちこたえる。


「嫌あああああー!!」


シュカが悲鳴を上げる。


ゾンビに齧られてゾンビ化するなんてことは無いが、ゾンビに齧られたところから細菌が入り込み感染症を引き起こし死に至ることはままある。


適切な治療を受けられれば致命傷にはならないが、今のパーティではキツイ。


口元に当てたダガーの樋を押し、ゾンビに一瞬生まれた隙を見逃さずに刃を返して頭に突き刺す。


頭にダガーが突き刺さった状態でゾンビが咆哮する。


だが動きは鈍くなったようだ。


その間にゾンビと距離をとるシュカ。


身体は恐怖で震えている。


「こっちにも注意を向けるんだったな、クソ野郎」


 俺はそのゾンビの首元を渾身の力を込めてぶった切る。その拍子にシュカが刺したダガーが勢いよくゾンビの頭部から抜けた。


これで二体目。


「ケガはないか、シュカ」


「…大丈夫です。ちょっとびっくりしただけです」


びくびくしているが、負傷してはいないようだ。とりあえず、ホッとする。


ヴギャアガギャアアブブブブウッッヴヴヴギャ!!


三体目をミラが始末したようだ。戦闘は終了だ。


「シュカ、大丈夫…?」


ミラが慌てて駆け寄ってくる。自分の身よりもシュカの身を案じていたらしい。


「ミラさん…はい!この通り、元気です!転んで汚れてしまいましたが…」


シュカは少し涙ぐみ、ミラに抱きつく。やはり怖かったようだ。


「一旦下がろう。少し休憩だ」


そう二人に言い、見守る。


前方に若干気配を感じるのが気になった。

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