第二十五:油断

ノラ街自体は大きな街ではない。


昔、賭博によって栄えていた小さな裏通りに、荒くれ者や冒険者が集まって出来た一種の繁華街に過ぎない。


しかし、最近では商人も度々出入りするようになり、露店もちらほら見える。


正規の店ではないが、クレイのような独特な店もある。


ノラ街は田園都市ルースの外れに位置する。


俺の狩場からもさほど遠くは無い場所にある。


農作物を生活の糧にしている住民は多いのだが、冒険者も増えてきた結果、兼業で店を出す者もいる。


宿屋や飲食店も増えてきた。


通貨はルースの町並が刻印され、通貨名もルース(*1ルース=100円程度)としている。


ボアの肉は100gで0.3ルースぐらいにしかならない。


それぐらい住民には身近なものだ。


角や牙は装飾品等、様々なものに加工される。


取引の品としては大したことは無いが、必需品のようなものでもある。


しかし、活用出来る部分は多いが、大抵は売る部分に限りがある。


買い手もそれなりに質を選ぶ。


売り手も買い手を選ばなければならない。


だから、より高く買い取ってもらえるところにお願いする。


その点、クレイは及第点の取引相手というところだ。あのキャラも結構気に入っている。


さあ、そのボアが攻めてくるという話だが、大抵の冒険者はボアを侮っている。


「そんで、敵の、ボアの頭数は?」


厳つそうな冒険者が尋ねる。


「…おおよそ、300」


シルクが答える。


「ファっ?300?雑魚が束になったところで、なんの問題もねえなあ(笑)」


笑みが冒険者からこぼれる。


これを多いか少ないと見るか。


通常ボアは生息域が狭い。


群れ自体も10頭ぐらいで行動する。


その辺りでおかしいことに気づくが、通常、他のモンスターでも、幾つかの群れが合流して大移動をすることもある。


今回もその類と見たいところだが、移動には条件がある。


気象の変化。


生息域に大移動せざるを得ない状況が生じた。


食糧不足。


群を養うための植物や餌が足りなくなった。


そういった何かの変わり目に大移動をするのが普通だ。


しかし、今回の場合、そういった話は聞いていない。


明らかに異常な状況だと分かる。


冒険者の数はノラ街の規模から言って100人程度だ。


集まった数は80人ぐらいだが、ボアと聞いて帰った奴を考慮すれば、70人ぐらい。


相手はボアだ。


しかし、数の暴力は時に能力以上に厄介になる。


油断すると笑い事じゃ済まないぞ。


「正面から斬りつけちまえば、それで依頼完了だろ?」


ボアは正面にとりわけ強い。


戦力さがあれば問題ないが、敵の情報が少ない中で正面から当たるのはリスクが高い。避けるべきだろう。


しかし、冒険者たちは、完全に侮っている。


俺はフロアの一角に目を向けた。


ジェイがパーティーの面々を連れて静観している。


決して笑みなどは見せていない。いつもの調子とはまるで違う。


「すでに、敵の大群は街へと近づいています!冒険者の皆さんはすぐに現地へ向かってください!」


シルクが声を張り上げる。


俺の不安は冒険者たちの声にかき消される。


冒険者は各々外に飛び出す。


ジェイの顔色は変わらない。


ミラは俺のボロい上着をグイグイ掴む。


分かってる。


決して油断しない、侮らない。


そう分かっていたはずだったんだ。

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