第二十話:ボア皮

ボアは低級モンスターでどこにでも生息しているが、中には稀に独自の進化を遂げるモンスターもいる。


草地の無い平地では茂みなど身を隠す場所が無いため、周囲の景色に同化するように体毛が変色するボアもいる。


ボアは雑食で基本的に何でも食す。


以前森林地帯で、全長5m級のボアに遭遇した。


白毛の体毛に風格が感じられることはさることながら、漂う雰囲気に思わず息をのんだ。


相手がボアとはいえ、単体の冒険者がなんとか出来るものでもない。


その時は巨体がこちらに気づかぬように、ただやり過ごすことしか出来なかった。


いつもの狩り場に来ている。


この地帯のボアの特徴は大方把握出来ている。


低級モンスターの情報を得るために努力が必要か否か。


否と言えるのは強者のみ。


己を弱者と理解していない冒険者は雑魚相手に足元を掬われる。


ボア相手でも油断すれば簡単に命を落とす世界。


それが現実だ。


靴の紐を結び直す。


先日の模擬戦でだいぶ靴が痛んでいた。


アッパーはボアの皮を鞣しており、素材自体は安価だが価格の割には長持ちするため、駆け出しの冒険者に重宝されている。


底は、ボアの角に皮を幾重か巻いて固定したものを使用している。


ボアは環境への適応能力が高い。その身体は余すこと無く活用される。


だが、他の冒険者にとって、ボアは魅力の無い低級モンスターに過ぎない。


なぜか。


答えは明白だ。


ロマンが無い。


地道に数をこなせば、生活できる程の金は稼げる。


ボア狩りと呼ばれている俺は貧乏だが、それなりの依頼も時折受ける。


クレイの店に売りに行けば、相応の値で取引してくれる。


ただ、一攫千金といった夢が無い。


冒険者を志す者は命知らずの変わり者が多いと聞く。


単に社会に適応出来ず弾かれてきた寄せ集めのような気もしなくないが、モンスターがいる限り無くなる仕事でも無い。


よっぽどボアの方が環境に適応する能力が高いのではないかと皮肉も言いたくなる。


『こんな装備で大丈夫なのか?』


鍛冶屋のスミスに錆び付いた剣の修理を依頼したときだ。貧弱な装備について指摘された。


ボアは周囲の環境に敏感で鼻が利く。


フルプレートで街中を闊歩する冒険者を良く見るが、あれはどうぞ攻撃してくださいと的宣言をしているだけで、金属同士の擦れでボアにすぐに気付かれてしまう。


だからこそ、素朴な装備も馬鹿に出来ない。


単に金が無いとは言えない。


『ソールもな、ボア皮とはいえ何重にも重ねてやりゃ、それなりに日持ちするってもんよ。確かに地味な素材だが、アレンジ次第でアッパーも生きるんだわ』


スミスの整った真っ白い歯を思い出す。

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