第六話:酒場

単独行動で狩場に出掛けるなど、冒険者にとっては愚策である。


もちろん、規格外の力を備えた者は別だ。


ただ、ボア狩に関しては、何度も繰り返すことで次第に板についてきた。


ボアの特徴にも詳しくなったことで、大した労力を割くことなく索敵し、一体二体と相手に出来る数も増えてきた。


徐々にだが、懐事情も変わってきた。


装備を買うための金貨も少しずつだが貯めている。


不名誉だが、通り名も定着してきたことで、街で話す相手も出来た。


大抵は馬鹿にしたような物言いであるのだが。


それでも、ここでの暮らしに慣れてきている。


人という種族は環境への適応が柔軟に思える。


身の危険、危機感といった要素も影響してくると思うが、背水においては、生きるために剣を取る。


もちろん戦うことが全てではない。


俺が言いたいのは、逃げずに、向き合い続ける意志を持ち続けることだ。


まあ、ボア狩りしか出来ない冒険者の言葉は説得力に欠けるかもしれないな。


金が貯まったら、行ってみたい場所があった。


酒場だ。


ノラ街にはピンから切りまであるが、安い酒場でも、ある程度の稼ぎが無ければ入れない。


単独なので、一人でも行きやすい大衆酒場に入る。


通り名もあるため、知っている奴は俺の顔を見ては『よう、ボア狩』と笑いながら話し掛けてくる。


面倒事は御免なので、適当に手を挙げて愛想を振り撒いておく。


集団で喧嘩をふっかけられては、悔しいが俺に分はない。


適当に端に腰掛け、ボア酒をオーダーする。


ボアの成分が入っているのではなく、ランクの低い酒をボア酒と呼んでいる。


ボア酒を一気に胃に流し込み、一息ついた上で、店内をゆっくり見渡す。


着実に生活は変化しつつある。


ボアとの戦闘ではひけを取らなくなった。


動きも前にも増して俊敏になった感がある。


だが、それで満足しているわけではない。


ジェイのパーティのように、色々な狩場に出掛けて、もっと強いモンスターとも対峙したいし、更に剣技も磨いていきたい。


当然、金も欲しい。


最低ランクの宿屋の生活からはまだ抜け出せていないし、装備も貧弱だ。


強い敵と当たるならば、相応の準備が必要だ。


ちっ、ダメだ。


折角酒場に来たのに、俺のテーブルだけお通夜みたいになってやがる。


今夜はもっと飲むぜ。


「おっさん、ボア酒のおかわり頼む!」


安酒は悪酔いしやすい。


大分酒が回ってきたようだ。


気持ち悪い…。


テーブルに伏して、周囲を見渡す。


遅い時間帯なのに、まだ客が多い。


いつもこんなに盛況なのか。


こりゃ、また来てえな。


その時、目がある一点で止まる。


ん?あいつは…。


フード野郎じゃねえか?


店内中央に座しているパーティの中に、フードを被った人物がいる。


間違いない、あいつだ。


酔ってはいるが、意識ははっきりしている。


先日、鍛冶屋で見かけた舌打ち野郎。


鍛冶屋のおっちゃんが言ってたパーティってあいつらのことか。


フード野郎を混ぜて11人。


男が8人で、女が3人か。


ナックルダスターをはめ、明らかに腕っぷしの強そうな男がリーダーっぽいな。


その他の奴らはチンピラのような風貌で、大したことは無さそうだ。


良く見たら、客は俺とあいつらだけか。


そろそろ終いだ。


明日も早いし、もう切り上げよう。


勘定を済ませようと席を立とうとするが、奴等の話が気になる。



「おい、ドブ。お前、鍛冶屋の件、ヘマしたらしいな。使いの一つも出来ねえのか。なんのために、使えねえお前を拾ってやったと思ってんだ。誰のおかげで生きることができてんだよ、なあ?」


「…あなたのお陰です」


か細い声でフードは答える。


「そうだな。俺様の力があってこそだよなあ?それがどうだ。折角与えてやった仕事も満足に出来ねえ。正直、お前なんかもう要らねえよ。死んじまえ」


メリケンはフードを蹴っ飛ばす。


衝撃音に思わず、ビクッとする。


本気では無いようだが、端から見ていて気分の良いものでは無い。


他の奴等は笑いながらその様子を見ている。


まるで、俺のことを『ボア狩』と笑いながら馬鹿にする奴等と同類じゃねえか。


この時の行動を後に後悔するようなことになるとは、勿論その時は考えもしなかった。


「その辺で、いいんじゃないか?」


酒の力も借りていたと思うが、俺は自然な流れでフードの前に立っていた。


「なんだ、てめえは?」


「ここは酒場だ。暴力沙汰は此方としても気分が悪い。やるなら表でやってくれ」


自分でも珍しいと思うほど、すんなりと、真っ直ぐに言葉が出た。


「リーダー、こいつボア狩のやつっすよ!大したことないっすよ。やっちまいましょ!」


「ボア狩?ああ!なんでもボアばっか狩ってる単独の冒険者がいるって聞いたことあんな。お前か。弱いくせに生意気なんだよ。失せろ」


俺と同じような境遇の人間に共感してしまったのか、単に奴等の笑いが俺を馬鹿にしているように思ったのか定かではないが、この時なぜだか無性に腹がたった。


生活も以前と比べて徐々に良くなってきているし、慢心してたわけではないが、此方としても、好きでボアを狩ってるわけではない。


メリケン野郎が拳を振るってきた。奇襲だったが、直前でかわす。


「野郎、容赦しねえぞ!」


結末は分かっていた。


初撃は奇跡的に回避したものの、多勢に無勢。


当然ながら、殴られ、蹴られでボコボコにされた。


しかし、ここで予想外のことが一つ、いや二つ起きた。


一つ、それまで黙ってみていたフードが突然俺の前に出て、頭を90°に深く深く下げて、許してくださいと懇願したこと。


そして、二つ、そのフード野郎が男ではなく、女だったことだ…。

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