第五話:刹那
耳元で五月蝿く飛んでいる羽虫の音で目が覚めた。
今朝は身体の節々が痛む五
日頃から鍛えてはいるが、昨日のボアとの戦いでは大分消耗したようだ。
窓の外を見ると、どんよりとした雲が太陽を覆っている。
しかし、天気は悪くない。
剣を持ち、外に向かう。
疲れているからといって、この習慣を蔑ろにするわけにはいかない。
起床後の数十分で剣の感覚を取り戻し、その後はモンスターを目の前にイメージして剣を振るう。
これを何度も繰り返す。
剣の握り方、振るい方はほぼ自己流だ。
剣を握る経験なんてそもそも無かったし、あくまでゲームの世界で体感した程度しかなかった。
日本刀の知識ぐらいしか無いし、戦いなんて初心者というレベル程度のものでしかない。
皆無に等しい。
そんな俺でも、この世界に来て、どうにかして生きなければと思った時、自然と剣を握った。
この世界の主要な武器が剣であったことにも由来するが、自ずと悟ったのだ。
剣を取って戦わなければ生き残れない。
食いぶちは露店で探せば見つかるかもしれない。
しかし、この世界では大した稼ぎは得られない。
店主は剣士を諦めた者、戦いで傷を負いやむなく店を営むに至った者など、元は冒険者だった人が多いと聞く。
経営に落ち着くのは身体がボロボロになってからでも遅くはない。
宿屋で朝食を取り、狩場に出掛ける前に、鍛冶屋に寄ろうと思う。
昨日のボアとの戦いで剣が大分傷んでしまった。
ノラ街の朝は冒険者が闊歩する雰囲気で満ちている。
今日の狩場はどうするか、どう戦うか。
戦略を練るパーティもあれば、露店で談笑しているパーティもある。
強者揃いのパーティ程油断はしないが、オンとオフの切り替えも上手いのが強いパーティだ。
俺のように単独行動のやつは無関係だが…。
鍛冶屋の前まで来たが、なんだか騒々しい。
いつもならこの時間帯は大して混雑もしていないが、何かでっかいモンスターでも現れたとか?
そんな話は昨夜聞かなかったし、大抵のモンスターのことであれば宿屋の主人が教えてくれるので、そういった類いの問題ではないだろう。
とりあえず、野次馬に混ざって、後方から様子を見てみる。
フードを被った若い男が、鍛冶屋の店主に何か言っているようだが、ここからではよく聞き取れない。
若い男が舌打ちをしながら、野次馬の中を移動しこちらに向かってくる。
避けるのが遅れ、肩がぶつかってしまった。
チッ。
また舌打ちだ。
朝からたぎり過ぎでしょ。
こちらを一瞥し、何事も無かったかのようにその場から去っていく。
フードで顔は良く見えなかった。
野次馬も同時に興味を失ったように去っていく。
いつもの静寂が訪れる。
はあ。
朝から面倒事は御免だな。
その男の相貌に特に変わった点は無かった。
目付きは悪かったが、店主と何かあったことに間違いは無い。
鍛冶屋のスミスに剣の修理を依頼する。
「こいつは、中々派手にやったな。まあ、剣自体がそもそもボロボロだ。新調を進めるが、俺は鍛冶士だ。新品同様に直してやんよ。すぐ終わるから待ってな」
「よろしく」
先程の一件が気になったが、気さくに話し掛けてくるので、ちょっと様子を見てみようと思う。
ポロっと話してくれそうな気がするし。
俺の剣はノラ街の一角にある中古武器店に置いてあった安いやつで、錆び付いた状態ではあったが、不思議と重さや長さなど含めて自分にしっくりとくる形状であった。
自分で研いで切れる状態にはしたが、素人には限界がある。
鍛冶士も言うように、そろそろ新しい装備も買いたいところだが、現在の懐事情では満足に飯も食っていけない。
頼れる仲間がいるわけでもないので、自分でなんとか工面するしかないのだが、ボアぐらいが今の実力、装備で対抗できる相手と言える。
ボアを倒しても、そこまでの収入は見込めない。
パーティに属するか、新しい狩場を開拓して、高い対価を得られるモンスターを倒すしかないか。
ところで、さっきの若い男はなぜ何も持たず店から出て行ったのだろう。
何かを依頼していたのか。
だとすれば、鍛冶士に何をお願いしていたのか。
年齢的には俺とさほど変わらないように見えた。
苛立ちの裏にどのような事情があったのか。
「終わったぞ」
しばらく考え事をしているうちに修理が完了したらしい。代金を渡す。
「直しはしたが、大分傷んでるから注意しろよ。武器を大切にするのも良いが、壊れたら何もかも無駄になる。自分の命を守れなきゃ、それで終わりだからな」
「…ありがとう」
「ったく、最近の若いやつは変な野郎が多いからな。さっきのフード野郎といい」
「あ、気になってたんだが、先ほど何かあったのか?何やら揉めていたようだが」
「ああ、大したことじゃねえ。以前、やつの、頭なんだが、そいつのパーティがでけえモンスターを討伐してくると言って、俺を筆頭に鍛冶士数十人に武器の整備の依頼をしてきてわけなんだわ。なんでも重要な案件らしくてな。それがどうも代金は払えないが、武器だけ寄越せと訳分からんこと抜かしてきたから、それは出来ねえと当然断ったわけだ」
ポロッと話し出した。
そんな危険のあるモンスターがいるという話を聞いたことはない。
いや、そもそもこの世界について、まだ知らないことだらけで、その辺りの情報にも疎いのだが。
鍛冶士複数人に対してそういった依頼が出来るということは、結構強いパーティなのかもしれない。
しかし、さっきのフードはそんな強そうにも見えなかった。
明らかに何か裏事情がありそうだ。
「それでどうするつもりなんですか?」
「どうするって、金が無きゃ、此方としても商品引き渡すわけにもいくまい。当たり前だろ」
また先程の話を蒸し返してきそうなので、少し話題を変えてみる。
「これから、この鍛え直していただいた剣を試しに狩場に行こうと思うのですが、どこか良い狩場をご存知ですか?」
「んあ?狩場か?ああ、兄ちゃんあれだろ、ボア狩のラトって呼ばれてるやつだろ。その装備といい、確かにボアぐらいが妥当とも言えるが、まあ無理しねえこったなあ」
若干哀れみの目でこちらを見つめつつ、気遣いからか、オススメのスポットを教えてくれる。
「ありがとう」
礼を言い、店を出ようとする。最後に店主はアドバイスしてくれた。
「兄ちゃん、仲間は大事にしろや」
パーティも探さなきゃいけない。
今日はいつもの狩場で慣らすか。
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